第26話
幻惑魔法とか幻覚魔法とか言われても、ちっともわからないが、そんな人を惑わす仕掛けなんてものはまったくなかったことはわかる。
王都の中、主要な道を通り、王都の出入り口の門まで帰ってくることができた。
ヴァンパイアの魔王さんの妹さんは、眠りが深いようで、ずっと眠っていた。黒いうさぎの人形をきゅっと握りしめて、離してたまるものかと言っているようだった。
大きな門の近くへいくと、門番さんの周りに数人の男たちが集まっていた。
しれっと耳に小指を突っ込み、あくびを噛み締めるような顔で立つ門番のおっさんと、その周りに派手な色の長い服を着た身なりのよさげな男たちが詰め寄っていた。門番のおっさんの態度とは裏腹に、身なりのいい男たちは怒声をあげている。
もめているのがはっきりとわかった。
「門を開けるなと言っていたのに開けた理由を説明せよ」
「門番として無責任だ」
「許されない行為だぞ」
口々にそう非難が飛んでいた。
そんな様子に足を止められた。良い気分はしなかった。
その様子を見たエクレアが、歩幅を大きくし肩を揺らしながら詰め寄った。
後姿を見ただけでわかる。怒ってらっしゃる。
エクレアでもこんな風に怒るんだ。
「門を開けていただけますでしょうか」
静かにエクレアが問いかけた。
「ぼっちゃんのお連れさんかい。いやぁ、いまちょっと立て込んでてねぇ」
エクレアは門番と身なりの良い男の間に堂々と割って入った。
門番さんは門を開けたいけど邪魔がいるんだよ、と困っていた。
身なりの良い男たちはバカな町娘が現れたとでも言わんばかりに下賤な視線を浴びせ、唾が飛ぶぐらい大きな口を開けて言った。
「魔族がすぐそこまで迫っているのに、門を開ける必要がどこにあるのかね。魔族を引き入れたいのか?バカじゃないのかね」
エクレアは言葉を返さなかった。
「お願いします。門を開けて頂けませんでしょうか」
エクレアは頭を下げた。
頭を下げる先は貴族ではない。ひとりの門番だった。
門番のおっさんはたじたじになる。頭を下げる少女の前に両手を振りながら慌てていた。
すぐに落ち着いて、つぶやいた。
「はぁ……負けちゃったよ。おーい、もっかい開けるぞ。片開きでいく。おっさん今日で仕事やめるからよろしく。また仕事探さないとなぁ……とほほ」
おっさんの合図で、ほかの門番さんが扉で作業をはじめた。重い扉が数人がかりで開かれる。
「ふざけるな!なんの真似だ!いますぐやめろ!」
「こんな少女の言いなりになって恥ずかしくないのか!?」
「王都を守るための門番が、門を開いてなにをするつもりだ!?自殺願望のガキ共を通してどうなる!?」
おっさんは両手で耳をふさぎながら、貴族たちが声を収めるとゆっくり口を開いた。
「門番はねぇ、すーぐに見分けるのよ。違和感働かせて、信頼できる人かどうかってね。このお嬢さん一行は信頼できるほう、通って良し。ただ、そう判断しただけよ?なにか間違いがあるのかよ」
おっさんは凄味を効かせてそう言った。貴族たちをびびらせるのには十分だった。
「我々、貴族の意見を無視していい道理にはならない!!」
「あのねぇ、こんなときに立場なんかいちいち気にしてられんの?というかお宅さんよ、貴族なんだったら、よけいにお嬢ちゃん一行に口出しすんのまずくないかい?」
「こんな小娘ごときどうとでもなる!!我々は王都を守るために言っているんだ!!」
「気持ちはわからんでもないけど、おっさんの目には王都を守るために動いてるやつを邪魔してるようにしか見えないけどねぇ。一生懸命な奴を、邪魔すんじゃないよ」
エクレアが王の名を使わない理由がわかった。
僕のためだと気が付いた。
ここで女王の名を出してしまうと、この事件を解決した主体が自分になってしまう。そんなつまらないことを、こいつは平気で考えていそうだった。
個人として僕に協力しているスタンスは意地でも崩す気はなさそうだった。
王都の固く閉ざされた城門が開いた。
僕は女の子を抱きかかえたまま、貴族の男達の横を素通りした。
エクレアは門番に深く頭を下げて、僕に足並みをそろえた。
貴族の男が息をのむ音が聞こえた。後ろを通るレインが一睨みしたんだと思う。
僕たちは城門を出た。
「ありがとう、エクレア」
「うん」
僕たちは短いやり取りをした。それで十分だと思った。
出たとたんに後ろではギィギィと重い音が響く。城門が閉まっている。
外は嘘みたいに静かだった。
眼前には鎧を着込む兵士と魔族が対立の図を描いている。にも関わらず沈黙を保っていた。
空気がピリピリと緊張し、息がつまるような息苦しさが伝わってきそうだった。
そんな様子は僕はどこか現実離れしていると感じた。絵画のようだとも思った。
その光景をレインが遮った。
見守るように後ろにいた僕の使い魔が前へ出る。銀色の、光を弾く綺麗な毛並みをした尻尾を一度左右に振った。
レインはその端正な横顔を見せ、視線を僕へ向けた。
「ごしゅじん、こっからはあたしの後ろについてきて」
僕は頷いた。となりのエクレアも頷いていた。
なぜかレインは、歩くだけだというのに手を強く握りしめてゴキゴキと音を鳴らしていた。
レインさん?わかってる?戦闘なんてないよ?この女の子を魔王さんにお渡ししたら終わりだよ。
レインは嬉しそうに尻尾を振りながら歩きだした。僕は女の子を起こさないようにゆっくりとその後ろを歩く。エクレアが非力な僕を心配そうに見てきた。
「代わりましょうか?」
「男の意地でどうにかなる」
「虚勢もそこまでいくと実力ね」
あきれたようにエクレアが言ってくる。
「この子起こしたほうが楽なんじゃないかって疑惑を一生懸命押さえてるんだから勘弁してくれ。あと、マジでこの子起きないから」
「キスしたら起きるんじゃない?」
「お前は戦争の火種を撒きたいのか?」
「案外理性的じゃないの」
「リスクに怯える現代社会人だぞ。なめるな」
「言葉はわからないけれど……ダメさはわかるわ」
人間の軍隊だか騎士団だかわからないが、兵士たちが通り過ぎる僕たちを横目で見てくる。
緊張感の欠片もない奴らだと思われてるんだろうな。実際その通りだけど。
突撃と言われれば突撃するしかない兵士たちは緊張の面持ちは見えないが空気を張り詰めていた。
兵士たちの列が切れる。列の一番前に立つ、大柄な男がこちらに手を振ってきた。
僕は手を振り返したかったが、荷物をお姫様だっこしているせいでできない。エクレアが代わりに顔の横に手をもってきて優雅に振り返していた。さすがというべきか、様になっていた。
魔族の大群の前には一人の男性が日の光を嫌うように、頭からすっぽり黒いローブをかぶって立っていた。魔術師を思い浮かばせるその姿は不気味だった。
ヴァンパイアの魔王さん、日光に弱いから天幕張ったりローブかぶったりしてるんだろうな。
そこまで考えて、はっとした。
もしかしてこの女の子も日光に弱いかもしれない。そんな中お姫様だっこで歩いてくるの拷問だったのでは?だから目覚めないのでは?と心配になった。
ローブをかぶっていた男性が、ローブを取り、走って僕らの元へ向かってくる。その姿は心配した兄の姿そのもので、僕はこの魔王の事が好きになれそうだった。
僕は安堵していた。
これでこの事件は、終わるだろう。
鉾を収めて、ばいばいしたらすれ違いは終わる。
神様が、僕をこの世界に連れてきて、この出来事に巻き込んだのであれば、僕はそれを遂行することができただろうか?
ヴァンパイアの魔王がすぐ近くまで来た。僕の腕で眠っている女の子の顔を覗き込んだ。目には涙と笑みの感情が両方見て取れた。
「感謝する。本当に、ありがとう」
ブラコは僕の目を見てそう言ってきた。僕はそれに笑って答えて、お姫様を兄の元へ帰すように、腕に力を込めて伸ばした。
そのときだった。
急に暗くなったと思った。
日が遮られた。僕のすぐ後ろで物音がした。
ついつい、振り返る。
目が合った。
瞳孔が開き、口元には凶悪な笑みを浮かべ、目は嬉しそうに笑っている男だった。
敵意を僕に向けていた。
突然現れた見知らぬ男は、僕に腕を伸ばしている。
なにがなんだかわからなかった。
「邪魔者は死ね」
僕はそんな言葉を浴びた。
エクレアのつんざくような悲鳴が、耳を貫いた。
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