第24話
「これは予想外なんだけど?まさかここで躓くの?」
僕はエクレアとレインと一緒に王都への入り口まで来ていた。
入り口はやはり城壁に埋め込まれた鉄製の扉だ。分厚く、重く、傷の多い古びた門だが重厚さは衰えていなかった。
それをじっくり見ている暇なんて無かった。
僕は目の前に槍を突き付けられていた。
鉄の棒の先に取り付けられた鋭い穂先が僕に向けられている。
先端恐怖症ではないのだが、恐れるには十分だった。この金属に貫かれるイメージはたやすい。両手を挙げて後ろずさるのが精いっぱいだった。
それを見たレインは、僕が聞いたことのないぐらい低い声でうなりをあげた。
「オイ」
言葉が僕に槍を向けている兵士たちに届く。兵士たちはすこしの躊躇を見せながら槍を握りなおした。
「レイン、ストップ。まだだ、まだダメだ」
「わかったよ、ご主人」
僕に向けられている槍の穂先をレインが掴んで兵士を押し出した。レインは僕と槍との間に割ってはいった。
「あちゃー、ここまでくると私を知らないか……」
目の前で槍を構える王都の門番たちを見て、エクレアが頭を抱えた。
「こんの引きこもり王女!!ほんとに袋の中で生きてたんじゃねえの!?」
「また言ったわねあんた!! 王都の出入りのときに、いちいち顔を見せてにこやかに手を振れとでも言うの!?」
「それをしていれば、きっとこんなことにはならなかっただろうよ!!」
「するわけ無いでしょうが!!というか、あなたは私のこと知ってたわけ?」
「知ってた。はぁ?お前もしかして自分の立場見せつけて僕をびっくりさせようとしてた?残念でしたー。知ってますーぅ」
「こんなときでも言動が腹立たしいわね、この男!!」
ぶつかり合う僕とエクレアは周りを置き去りにしていた。
いきなりだった。
城壁の上からロープが落ちてきた。そのロープを伝って、男が一人するりと降りてくる。金属の鎧を上半身に来て、槍を器用に持ちながら着地した。男が手を挙げると、ロープが回収される。
「騒がしいと思って見てみれば、いったい誰を閉め出しちゃってんのよ、ええっ?おっさん驚いて降りてきちゃったじゃないの」
独特の話し方をする気だるげなおっさんが城壁からロープ一本で降りてきた。身体能力高いな。見上げたときに首が痛くなるぐらいの高さがある。
「アレスさん!ですが、貴族の公爵家の方々が絶対に門を開けるなと……」
「門を開けるなって言っておいて、その公爵家はどこに行ったって話だよねえ。情けなくなっちゃうね、トホホ」
飛び降りてきた門番はがっくしと落ち込みながら門番同士で話をしていた。
「はい、全員聞いた聞いた、門を開くよ。もともと俺たち門番は騎士団じゃないんだから、貴族さま方になにか言われることはないのよ。大丈夫、ぜーんぶ責任は俺が持つから。それに、俺たちの仕事は門を閉めることじゃない、門を開けることだろう?」
木の槍を抱えた門番が、手を叩きながらそう言った。
人懐っこい笑顔を浮かべながら、門番のおっさんが振り返る。
「よぉーヘンタイちゃん、お元気? おっさん、元気すぎて困っちゃう。おっさん一応義理堅いからね、恩人が閉め出しくらってるのおもしろくなくて降りてきちまった。あとで怒られるよ、とほほ」
「アンジェルクの腰痛おっさんじゃないか」
数日前にアンジェルクの街の入り口で街案内をしてくれた気だるげな門番さんだった。
「やあー数日ぶりだねい。ドラゴンステーキうまかったぜぇ、ごちそうさん。なんだか大変なことに巻き込まれてる気がするけれど、おっさんただの門番だから指くわえて見守らせてもらうしかないのよ。門番は通る人を安心させるためにいるってのをわかっちゃいない奴ばっかりでやになっちゃうよ、ほーんと」
おっさんは「急いでるんだろ、さっさとお行き」と手を振ってくれた。
門番が数人がかりで重い鉄の扉を開ける。地面と扉がこすれる音がして、門が開いた。
「ぼっちゃん、ちょっといい顔してきたんじゃない?」
「どうせすぐまた、死んだ魚の目に戻るさ」
「へへっ、頑張りなさいよ。ありがとね、ぼっちゃん」
「こちらこそ、ありがとう。助かった。またケガしたら呼んでよ」
「やーだよ。ケガしないように、気を付けるとするよい。ぼっちゃん、なんか大きいことしてんだろ?頑張れよい」
僕ら3人は門を超えた。
門を超えて、石造りの絨毯に踏み入れた。街中はしんとしている。家の中で待機するように指示されているんだろうか。人気は無かった。
だめだ。まだ、やらなきゃいけないことがあるのに。
「あーっ、だめだって本当。ごめん、ちょっと待って」
「どうしたのよ?えっ?」
「ご主人!?どうしたの!?どっか痛い?」
「ちょっと、わかんない。あぁ、もう、本当に……優しくされたり、信頼されたりするの慣れてないんだって。ダメなんだよ、俺。器用に取り繕ってる分、ひとの感情に弱いんだって」
目頭が急に熱くなった。
なんでこのタイミングなんだと思う。
誰もいない街中で、なんで俺泣いてるんだろう。
ルインが召喚して助けた俺についてきてくれて、今も魔族を押さえてくれているから?
魔王が俺を信用して妹の捜索をお願いしてくれたから?
風呂であったオヤジが俺を見込んで王女の護衛や交渉役を認めてくれたから?
たまたま会ったことのある門番が、リスクを冒してでも門をあけてくれたから?
レインが何度も俺を庇って助けてくれるから?
エクレアが俺を信じて、傍にいてくれるから?
こんなに期待され、ひとの好意を受けるのがはじめてだ。心が戸惑ってしまっている。
「ちょっとだけあなたの心がわかった気がする。誰よりも綺麗で、好きよ。あなたが立ち止まったら、私も止まるわ。一緒に行きましょう」
僕は、手だけエクレアに伸ばして、頭をつかんだ。ぐしゃぐしゃになるまで撫でた。
エクレアの髪型が爆発するころ、僕はやっと落ち着いた。
前を向いた。
「おっま、ひでえ髪型してんぞ」
「あんたが言うなーーーっ!?」
そう言って僕らは笑い合った。
「ごしゅじん、あたしもいる。あとルシフェルも。1人じゃないよ。なんかあったら、いっしょに考えよ?」
僕は唇を噛みながら、レインを抱きしめた。レインは何度も僕に頭をこすりつけてきた。
「ありがとう。行こう」
2人にそう言った。エクレアは必死に髪を直しながら頷いた。レインは尻尾を振り、体を左右に揺らしながら頷いた。
「ふーみーまーろーっ!!」
突然、女の叫び声が聞こえた。
おい、ちょっと待て。この声。
そう思って呼び止められた先を見ても、なにもない。僕の空耳だろうか?たしかに今……。
「下!下!」
「ん?なんだこのウサ公」
白い兎だった。手のりサイズの白い兎がこっちを見て鼻か口だかわからないところをモゾモゾして話している。
「えー?もうわたしのこと、わすれちゃった?……ブー。ふみまろのばーか、えっち。これからふみまろの部屋にあったえっちなDVDのタイトルを言いまーす。『ご奉仕天国~目が覚めたら専属メイドが10人いた~』『エルフのコスプレ7変化~白と褐色どちらが好きですか?~』『ある日出会った金髪お姉さんとの忘れられない筆下ろし』」
お前なにちゃっかり僕の見てるDVDタイトル覚えてんの!?!?
「っだー!?お前いきなり何言ってんだよ!?僕が擦り切れるほど見たタイトル並べるんじゃない!!」
このウサ公、中身女神かよ!?
「せーっかく、ひとが頑張ってナビゲーターとして出てきてあげたのに、忘れてるとかひどいじゃないの」
「僕に兎の友人はいない!その姿でわかるわけないだろう!兎のナビゲーターって不思議の国のアリスかよ!」
「そうそう、頑張るふみまろをちょーっと助けてあげようと思ってね!不思議の国からはるばる来たのよ!」
えっへん。そう胸を張る白兎を見つめて言った。
「実際どうなん?」
「見てるだけじゃつまんないんだもん~。面白そう。わたしも混ざる」
僕はしゃがんでうさぎの前に両手を差し出した。うさぎはぴょんと跳ねて僕の手に乗る。
「そちらのうさぎさん、お友達?」
「えーっと、前の世界の友達。たまに気まぐれにこうやって助けてくれる」
「よろしく~」
うさぎは器用に二本足で立って短い前足をぴこぴこ振っていた。
「……かわいい」
エクレアは可愛さに騙されていた。中身はとんでもない暴力女だぞ。
「うー?この声と匂い、どこかで」
「ふふっ」
レインの悩む様子にセレナ兎はほほ笑んだ。
小さな声でセレナに「いいのか?」と聞いた。「元気そうな姿見れてなによりね。今度ゆっくりした時間つくることにする」と僕の耳に口を付けながらもぞもぞしゃべった。
「走るのよ、ふみまろー!ハイヨー!ふみまろー!」
「なんでちょっと西部劇っぽく言うんだよ!?僕は馬か!?」
「前までの奴隷根性見せなさい!馬車馬のごとく走れー!鞭打つわよー!」
「お前やっぱサイテーだ!!ちっくしょう、行くぞエクレア! レイン!」
僕はそう、レインとエクレアについてこい!と言った。
「あっ、間違えた。やっぱ、こっちの通りよ!」
「うぉーい!?」
「やだ、怒らないの。あなたと一秒でも一緒に居たいからに決まってるじゃない。ふみまろ、好きよ?」
「許す!」
「ちょっろーい!」
「兎だろ!?自分で走りやがれ!」
「いーやっ!かわいいから兎で来たけど、前足、短くて動きにくいんだもん!ねー、ふみまろ、アイスたべたいー。アイスー」
「ねーよ!?自販機探して来い!」
「無いなら作ってよ~。あーっ、一本前の通り右」
「一本前の通り!? 作ってやるからちゃんと道案内しろよ!?」
「はい、じゃあ、まっすぐね。次もーっとまっすぐいったら左曲がりまーす!」
「最初からそれやれよッ!?」
僕と兎のやり取りを見ながら、後ろからセレナとエクリアがついてくる。
「しゃべる兎の友達と話してるアイツ、ちょっと危ない奴じゃない?」
「あれっ、あたし……兎にご主人とられて、嫉妬してる。むーっ」
後ろでそんな声がしたけれど、聞こえないふりをして一生懸命走った。
白い兎がきゃっきゃと楽しそうだった。
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