第23話

白い鎧を着て、盾と剣で武装した人間の壁が目の前に現れた。

魔族に比べるときっちり整列していると思った。同じ人間という種族だから背や大きさがある程度揃っているからか。または、協調性が高いからかもしれない。

それでも1万の魔族に対して5000人ほどだろうか。大勢の人間が集まっているのに、話声や足音がひとつも聞こえなかった。まるで石の壁のように、沈黙を保ち魔族の侵攻を防がんとしている。

僕とエクレアは横並びで歩みをすすめる。

この国の騎士たちの姿が1人1人確認できるぐらいの距離になってきた。みんなバイザーつきの兜をしているため目線や表情なんかの情報は見えない。人間味がなく不気味だと思った。人間同士だと相手の顔が見えると戦いにくいから、顔を覆うのかもしれない。僕はすこし悲しくなった。

魔族の側から出てきた僕らだ、当然ひどく警戒されているようだった。

「ふー。ご主人、人間のほうは、変に威圧すると襲い掛かられるからやらないよ」

レインは青白い光を消して、手足を見慣れた人間の手足に戻してから僕の後ろでそう言った。多少気を抜いたのだろう。それでも眼光鋭く、目は前方の人間の集団を敵とみなしている。なにがあっても対応する姿勢が見えた。

「魔族側からひょっこり出てきた僕と、お話ししてくれる人がいるかどうかだよなー」

まとわりつくような視線を受けながら歩いている。気持ち悪い。疑惑的な目がこれだけ多いと、話す内容にもその目が向けられるだろう。はじめからレッテルが張られている交渉なんてやりにくさしか無いと思った。

「いいわ。話の分かる人を呼んであげる」

エクレアは一歩、歩みを進めた。そして一瞬振り返って僕と目が合った。笑っていた。なんて胆力だよ。

僕は表情が固まっていることに気が付いた。

たぶん、僕がひどい顔をしていたんだと思う。こんな場面、緊張しないわけがない。さきほど嘔吐してなければ、また吐しゃ物をまき散らしてしまいそうだ。

「頼りないあなたに代わってあげるわ」

「頼りにしてるよ、ほんと」

騎士団の人たちは僕たちを見て、人間だとわかったためか、ざわついていた。

いや、あるいは気が付いたか?

騎士団のなかから、装飾のついた大きな鎧の男が人の壁を無理やり割って、走って出てくる。

剣も持たず、気が付いてすぐに来たような風貌で、ひどく慌てていた。

装飾が多いということは、騎士団のなかでも偉いひとだろう。見た目でそういう区別つけておかないと、全員同じ鎧では締まらない。

そんな偉い鎧の人が人の壁の集団の前へ出てきて、いきなり跪いた。兜を外し、脇にかかえて、頭を垂れる。

その様子を見たほかの人は意味を理解して、同じ行動を取る者が続いた。偉い人がそうしたから、それに習って膝をつく者もいたのだろう。

行動が伝播する。大きな波がそうさせるように、人が跪いていく。

ガシャガシャと金属がこすれる音がして、やがて収まった。

王都の騎士団員は、全員が頭を下げ、膝をつき1人の人間に従っていた。

やっぱり暴力よりもシンプルにわかりやすいのが、権力だ。つくづく思う。伝統からなる権力なんて、とくに人間は守ろうとする。権力と支配なんてうまく言ったものだし、良く書いたものだと思う。

魔族のときの対応と比べると、面白いと思った。

人間は権力に従い、魔族は武力に従う傾向があるのだろうか。

どちらも力であり、見えにくくわかりにくい点では一緒だけれど。

エクレアが歩きながら先頭の男に声をかけた。

「いま帰った」

素っ気も無い言い方だった。感情を押し殺し、冷静に言っていた。

これが、義務なんだろうなと思った。

「ご無事で!!!!なによりです!!!!!」

エクレアがつぶやいた言葉に騎士団の先頭に居る大柄な男は大げさに返事をした。

後ろ姿を見ていてもわかる。エクレアは眉一つ動かさずにいるだろう。

「この事態はなにごとか」

「一時ほど前より、魔族による侵攻が見られました。応じたまでです」

「白翼は?」

「白翼の騎士団は……その、王女殿下の捜索に向かっており戻りません。伝達はしています」

なんだ、あの男。どこかで会った気がするけど全然思い出せない。

「ご主人、あの大きい人、ほらお風呂の。ご主人に服着せてくれた良いおじさん」

「あのゴリラみたいな巨躯とうるさい声に覚えあったとおもったら、そこか。あの人なら言葉通じると思う」

エクレアと対峙している男はいまだに僕の姿が目に入らないらしい。ただただ、エクレアが戻ったことに安堵していた。あんた風呂で一枚壁の向こうにいたのすれ違ってるぞと言ったら怒られそうだ。

僕は戦うに似つかわしくない恰好をしているので、とても目立っていると思う。周りが鎧姿のなか、一人だけ非戦闘民族衣装であるTシャツにサンダルだ。

一番偉い人の鎧には、肩パットや首周りのふさふさなんかが付いていて格好いい。足元を見ても鉄製の長靴を履いている。

【銀盾の騎士団長:カレス】

ランク:A レベル:68

僕はオヤジに向かって右手をあげてワキワキとしながら左右に振った。

オヤジは一瞬礼儀のなってないゴミを見るような目で見てきたが、すぐに目を見開いた。

「よっ、いま魔族の魔王さんのとこ行って来て侵攻ストップしてきた。王都内に立ち入り許可の依頼出したら断られたって困って、軍展開するまでなってたぞ。相手さんの欲しいもの王都で探してくるからもうちょいこのまま騎士団展開して抑止力になっててほしいな。あと、服着せてくれてありがとう。」

「ボウズ……ッ!!ボウズは外交官じゃったか。感謝する!!」

「俺が外交官なわけないだろ。俺が外交官だったら、外務省特権で他国から密輸しまくって金儲けした上でさらに機密費使いこむっての。他国のお偉い人と緻密なスケジュール組んで動く仕事とか俺にはムリムリ。俺はただの通りすがりの一般人で、俺んとこの外交官が今もうまく向こうさんの頭を押さえてるだけ」

風呂オヤジは関心するように頷いたあと、硬い表情を崩した。にっかり笑って口を開く。

「ホワイトアスパラガスのようなやつがこんなところで活きるとは思ってもみなかったわい。裸の付き合いじゃ、ボウズを信じよう。ボウズの言う通りにしよう。あとは任せた。ワシはお前に賭けるぞ。うまくいったらワシの娘をやろう」

「大穴狙いにもほどがあるだろ。俺にゃ絶対真似できねーよ。あと風呂オヤジをパパって言って良いのは女だけだろ。そっちは真似したくもねーよ」

騎士団長カレスが右腕を突き出してきた。

僕は握られた右手に、同じく握った拳を合わせる。

「ボウズ、王女殿下を連れて王都へ入ってくれぬか。そちらには優秀な護衛がおるようじゃ」

ピンと立てた耳をしながら魔族を睨むレインを見てそう言っていた。なにかを探しているようで、しきりに首をかしげている。

「王女殿下の護衛が俺でいいのかよ?まあ、良いけどさ」

「すまんの力不足で」

申し訳なさそうに、騎士団を率いている男が言った。

「あとは俺が口先だけの野郎じゃないことを神様に祈っててくれ」

「そうさせてもらうとしよう」

騎士団長は一歩下がり、右手を頭に当てるように敬礼をした。

ザッと同時に音がした。後ろで騎士団員の全員が、習って礼をしていた。

僕は礼の受け方がわからずびっくりして一歩引いてしまった。騎士団のひとたちはそんな様子を笑ってすませてくれた。

ぺこぺこと頭を下げながら僕はそそくさと王都内へと移動しようとした。

「ルシフェル、こっちじゃない。そっちだぞ」

レインがそんなことをつぶやいていた。僕はなんのことかわからなかった。

「どうした?レイン」

「ううん、なんでもない。ちょっとかくれんぼしてた」

「ん?おう?」

尻尾を振りながら言うレインにごまかされた気がする。

なんのことだろう?

騎士団のもとから離れてエクレアがようやく口を開いた。

「ふみまろ、私も妹さんを探すわ」

「助かる。王都内なんかどこ探せばいいかわからない。ちなみに人口どのくらい?10万とか?」

僕はアンジェルクより数倍大きな街を見てそう聞いた。こんな城壁つくるのどれだけ時間がかかるんだろう。

「10万もいないわよ。けど、その半分よりちょっと上ぐらい居るわね」

「言っとくけど、こっから先考えてないぞ。獣人差別があったなら魔族差別も絶対あるだろうからほかの人の助力は得られないし、こっちは3人だぞ」

「匂いも感じられないなー」

レインがすんすんと鼻を鳴らしながら言う。

「ねえ、私たちが探すヴァンパイアの子ってどんな子なの?」

「ん?んんー?ああ、ヴァンパイアの女の子だよ?」

「ばっかじゃないの!?あーっ、もう、意外に頼りになるとか思ってたのに!!肝心のところ聞いてないじゃないの!?」

「落ち着け。見たらわかる、きっと。人気のないとこ探せばいる、だろ?いたらいいな?」

「ちょっと自信なくしてるじゃないの!」

「そんなもん、もとからないやい!!さっきから興奮してたから大丈夫だったけど、落ち着いたら足震えてきたじゃないか!!ムリムリ怖い怖い。魔族の大群の中歩くとかどんな神経してんの、バッカじゃないの」

「えへへー、実は危なかった」

舌をちろりと出してレインが謝ってきた。

「レーイーン!?」

エクレアがレインに詰め寄った。

「わっ、エクレアさんこわいこわい~。だいじょうぶ、なんとかなる。ご主人ならうまくいく」

「だよなー。大丈夫。僕らが見つけられなかったら困るの魔族と騎士団の人たちだから。あいつら出たはいいけど鉾の納めどころ無くしてるから、ビール買ってきて笑って見てようぜ」

「悪魔かあんたはっ!?」

「それいいねー。最後倒しちゃえば何事もなかったようになるし」

「とりあえず買い食いしながらヴァンパイアちゃーんって探す方針で行こう」

僕のシャツの首が引っ張られる。

レインも同じ目にあっていた。

「あんぽんたん主従ーッッ!?ちゃんと、すれ違う人の全員を見て、ヴァンパイアの特徴ないか見るの!!鋭い歯!!赤い目!!切れ長の耳!!2つ以上当てはまったらお兄さんが探してたよ来ってお話ししてみるの!!わかった!?わかんなかったら、ビンタ!!」

「「はい!!」」

怒れる形相のエクレアに詰め寄られ、僕とレインは身を縮めて返事をした。

エクレアなら魔族の海に置いてきても生還する気がする。

バシンと背中を叩かれ、僕は逃げるように王都への門へ走った。

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