第22話

「フェンリル、状況の説明を求めます」

瞬きしていたら、場所が変わった。森の中から、いきなり街道に出た、目の前にはヒポグリフの馬車がある。すぐ横にエクレアとレインが立ち話をしていた。

2人はいきなり現れた僕とルインを見て「えっ?」とでも言いたげな顔をしている。

「っきゃ、なに!?」

エクレアの横で暴風が起こった。思わずエクレアが顔を覆い立ちすくむような勢いの風だった。首に巻いたスカーフがはためいている。

「ルシフェルッ!?オマエッ!」

レインは、反射のように素早い行動を起こした。その拳を振りかぶり、12枚の翼を生やした黒髪の女性に向かって放った。

放たれたルインは涼しい顔をしている。立ち姿から余裕が見て取れた。

「相変わらず、話の聞かない子ですこと」

ルインはあきれたようにそう言った。どこか嬉し気で再開を望んでいるようでもあった。

ルインは放たれる銀狼の一撃に応じて、その場で手を伸ばした。レインの動きとは異なり、ひどくゆっくりした動きだった。まるで、来るのがわかっているかのような動きだ。

ルインは、レインの拳を片手で止めた。

鈍く重い振動が響き、風が止んだように静かになった。

え?この天使、レインの攻撃受け止めました?

「ッチ、本物かよ」

レインの目が血走る。唇の端が上がっているが、笑っていない。犬歯をむき出しにし、威嚇していた。

「本人確認はこれでよろしいですか?わたくしでは頼り無いかもしれませんが、同じ主に仕える使い魔同士、よろしくお願いいたします。」

「ってことはご主人、また使い魔召喚したのか!?しかも、ルシフェル呼び出したのか!?」

レインは悠々と笑みを浮かべ頭を垂れる天使み向かって、指さして言った。

「そゆこと。いやあ、冥府の門とか、コキュートスの最下層とか、遠かったわー。また危うく死にかけた」

二度と見たくない門を思い出しながら言った。あの先とか行く勇気はないし、理由があっても行かない。

「冥府の門を見たのか!?ご主人、大丈夫か!?発狂してないか!?」

「発狂した。発狂して嘔吐して頭われそうになって死にかけた。けど、召喚成功してるよ」

ピースしてレインに見せた。レインとエクレアが頭抱えていた。

「っもー!ムリすんなよー!」

「あんた一体、どんな危ない橋を渡る賭けしてきたのよ。私は文句言えないんだけど……」

「まーまー、助かったんだから良いじゃん。っはっはっはー。さて、行こうか」

僕の右にはフェンリルのレインが控え、左にはルシフェルのルインが控える。

【フェンリル】ランク:S

【ルシフェル】ランク:S

この2人を並べるとお互い言い合いが絶えないようだが、頼りになるのは間違いない。

気苦労が増えた気がするけれど、その分楽しみも増えた。

その前に仕事だ。

ルインがこれから起こることを想定して、馬車を元居た街へ帰るよう促していた。

レインはその横で尻尾を立てながら、羽を羽ばたかせるルインに現状を説明していた。

「ルシフェルとフェンリルを一緒にして大丈夫なの?」

エクレアはそう僕に聞いてきた。

「あの様子なら問題ないと思うけど、やっぱ一緒にしちゃまずい?」

「伝え聞いている限りは、とってもまずいわね。あの2人、うんと長い間争い続けたライバルよ。天敵にも近いわ。けれど、あの2人が手を組むとなると敵は無いんじゃないかしっら」

「悪いけれど、これで僕はもう手が無い。これでダメなら諦めろ。」

「ほんと、これだけの手を打てるのあんただけよ。感謝してる。あと、無茶ばっかり言ってごめんなさい」

「無茶だってわかってても、なんとかしてやりたくなるんだ。男ってバカだよな」

「……もうっ」

僕の使い魔2人が僕を振り返った。

「いつでも行けます、ご主人さま。どちらへでも転移できます」

「このマルチウィザード本当にバケモンだよ。改めて知っても意味わからない」

レインが横で面白くなさそうにルシフェルを褒める。

「あなた自分がラグナロクの悪夢と言われてたこと知らないんですか?フェンリルを見たらラッキーだ。なぜならあなたは死んでないんだから。とか言われて兵士の夢に出てくる恐怖でしたよ、神殺し」

「ルシフェルが笑えば100人が裏切ると言われたオマエにゃ言われたくないね、神食らい」

「やだ、それほめ言葉ですよ。傾国の美女ですって?やんっ、嬉しいです」

ルインはほほを染め、恥ずかしがりながら、あざとく左右に首を振った。

「こんの腹黒天使」

「負け犬ワンワンがなにか吠えていますわ」

2人がにらみあった。まったく、こいつら!!

「1回だけだ!!1回ポセイドンが邪魔してふいを突かれただけだ!!」

この2人仲いいけれど、後でな!!と思って2人の間に割って入った。

レインの胸とルインのお尻を揉みしだく。

「あんっ、ご主人ーっ」

「んっ、ご主人さま、申し訳ございませ、んんっ」

「乳くり合うのあとにしようなー?」

「あんたが言うなーっ!!」

後ろから強烈な蹴りが飛んできて、僕は地面に倒れた。いや、倒れると思ったけれど衝撃が来ない。どうやら空中で静止していた。この魔術めいた現象、ルインか。

「ご主人さま、この位置からでもどちらの陣営の者にも会いに行けます。どちらから行かれますか?」

「さきに話聞くのは魔族で良いと思う。要求があったら人間側と交渉しなければいけないから。人間が好き好んで戦争したいなら逆だけど」

「そんなわけないでしょう。魔族側からの意見を伝えれば、理解の得られる範囲ならなんとかしてみせるわ」

「承知いたしました。ご主人さま、エクリアさま。では、まず魔族のヴァンパイアの王の元へ転移いたします。フェンリル、準備を」

「いつでも行けるー」

レインはそう言いながら背伸びをした。見たことが無いぐらい楽し気に顔を輝かせている。

「では行きます。3.2.1」

ルインは僕に1つずつ数を数えて、行くよと伝えてくる。

エクレアが大きく息を吐いた。

大丈夫だと言うように肩に手を置いた。小さな手を僕の手の上に重ねてきた。

――――ゼロ

合図とともに瞬きをした。

僕は本当に一瞬、瞬きをしただけだった。そんな刹那の間だった。

場所が変わった。テントの中のような場所だろうか。

木の机と椅子が置いてあり、火のついたランプの明かりが揺れている薄暗い天幕の中だった。

「動くな殺す」

レインが瞬きの間に、テントの中にいた数人を気絶させていた。

1番偉い人だろうか。銀髪の長い髪をした男の首に指先を揃えた手を当てていた。

え、これ交渉できるの?これ取り返しつくの?レインさんちょっと手が早すぎない?

男が立ち上がろうとしたが、レインが肩に手を置いて静止する。もう男の自由は許されていなかった。

余裕のあるゆっくりとした動作で、ルインが僕の前に立った。12枚の大きな羽を2度ほど羽ばたかせ、翼を強調していた。白い翼と黒い翼が入り混じった堕天使であるその身を知っているか?と聞いているようだった。

体を引き半身になり、僕を紹介するようにルインが口を開いた。

「わたくしは元魔王サタンと申します。そちらはフェンリル。我が主が話をお求めです。席についてくれますね?」

これ普通なんだ。これで関係こじらせないんだ。こっからのネゴシエーションって、どうやっても生殺与奪はこっちが握っている。間違えた返答をすれば殺すっていう一方的なものじゃないの?僕的にはこう、利害の調整できれば良いなと思ってたんだけれど。

ほらエクレアも顔引きつってる。予想外に対応できてない。やっぱり、なにかおかしいぞ。

あれ、交渉ってお互いの利益を差し出して両方が頷くんじゃないの?これって交渉じゃなくて……。やめよう。考えるのはやめよう。

目の前にいる整った顔をした男は、この状況でもどうにか落ち着いた。

自分の首を飛ばそうとしている存在と、目の前にいる翼を持った存在の2人をよくよく見ているようだった。

しばらくして男が口を開いた。

「ヴァンパイアの魔王。不死王ブラコ。純白の6枚翼、漆黒の6枚翼を持つ知恵と美の極みだけでも恐れ多い。加えて、神殺しの神狼か?。こちらに、伝説を相手にする気はない」

魔王だ。勇者が対面すべき方が目の前におられる。すごいイケメンで背も高く、落ち着いた雰囲気の魔王だ。そんな魔王様でもうちの使い魔が一歩も引かずに攻めて行ってる。勇者かよ。

魔王さんを僕は見た。

【不死王:ブラコ・ヴラド】ランク:S レベル:81 種族:ヴァンパイア

ちらっと僕は自分のステータスを見た。何度みてもレベル:1だった。なんで俺こんなボスクラスと対面してんだろう……。

僕吸血鬼好きなんだけどサインくれないかな。いま敵だから絶対無理だろうな……。

僕は掌を相手に向けて椅子をさした。どうぞ、おかけください。

無言で椅子に座った魔王さんが言った。

「生きた心地がしない」

レベル81の人が見えている光景が僕と同じ光景だとは思えない。生きた心地がしないというのは、どうなんだろう。冥府の門を見たときの僕ぐらいの気持ちなんだろうか。

レインがバチバチに気が立って今にも噛みつこうとしていることや、笑みの絶やさない天使が右手だけは魔王に向けていることが、そんなに身動き取れないような状況なのだろうか。

この場をセッティングするのにずいぶん手間をかけたように思う。

目的を果たそう。

いつもふざけている僕がこんな大きな意味を持つ席につくのはどうかと思う。せめて、スーツとネクタイが欲しかった。

それでも腹をくくって、話すしかない。

これが僕の意思で作り出した戦場なのだから。

「腹を割って話そうブラコ。同じ卓に座った以上、僕らは対等だ。僕が話している限りこの2人に手出しはさせない。2人とも一度下がってくれる?」

レインは牙を収めた。首にかけていた腕を下ろし歩いて僕の後ろにつく。

ルインは右手を下ろした。翼をはためかせながら、僕の後ろについた。

「僕は目の前にあるものを憎むから戦おうとしているわけじゃない。背後にあるものが愛おしいから戦うつもりだ。なぜ戦おうとしている?」

たとえ話じゃない本心だ。僕はエクレアが納める国ならば、彼女の体の一部のように愛おしい。バカな理由だと思う。

「どうしても救い出したい血縁者がいる。人間に捕まった我が妹だ」

ブラコと呼ばれる魔族は、堪え切れない感情を込めて唇をかみしめていた。血が出ても構わない。そんな熱さを見せていた。

「人間の、その街にいるのか?」

「そうだ。……頼む、見逃してくれ。俺の命で良いのならば払う。財宝が欲しいのなら城ごとくれてやる。今だけで良い、俺の邪魔をしないでくれ。復讐はしない。ただ、妹が心配なだけなんだ」

魔王は、目の端に涙を堪えながら僕に頭を下げた。

「さきに使者を送り、捜索の依頼をかけたところ断られた。勘違いをさせてしまったらしい。人間の王女も数日前から行方が知れないらしく、同じ内容を突き付けたことを偶然としない人間から王女誘拐の容疑をかけられた。この手段はこちらとしても悪手であることは存じ上げている。だが、なにもせずに、人間の街にいる我が妹を置き去りにはできない」

嘘はついていない。そう思う。けれど違和感があるのはなんでだろう。

「人間の街にいるってのは、どうやって知ったのさ」

「情報を持ち寄せてくれた者がいる。魔人だ。現実に王都の中より、妹の魔力をわずかに感じる」

ルインが翼をはためかせながら、指を立ててあごに当てていた。

「確認できました。王都内にヴァンパイアと思われる魔力を感知できます。けれど、動きませんね。……ふぅん」

目を細めた天使が悩んでいた。

一応、目の前の男が言うことは嘘ではなさそうだ。

「ルシフェル、探知ひっかかるか?オマエのが範囲も精度も上だろ」

「引っかかるのですが、場所の特定ができません。基本4種の探知魔法に妨害が入ってますね。妹さん、幻惑系の魔術お得意ですか?」

首を左右に揺らしながらルインが魔王に聞いた。

「幻惑、幻覚の魔術を好んで使うイタズラっ子だ。妹が本気で隠れると探すのは至難の業と思う」

決まりだな。

僕はテーブルから立ち上がった。

「かくれんぼ。ハイドアンド・シークって言ったほうわかりやすいのかな。行って来るか。おい人手足りんから、エクレアも付き合え。あの街に住んでるんだから詳しいだろ」

「言われてはっとしたのだけれど、実はあんまり街中しらないのよね」

「貴族は肝心なときに使えないな。引きこもりが」

「だーれが、引きこもりよ!?」

目の前のヴァンパイアはすっかり毒気が抜かれたように口を開けていた。

「さーて、あたしも行ってくるかなー」

レインが尻尾を振りながら言った。

「フェンリル、わかってると思いますけれど、あなたは街中で走ってはいけないわ。あなたにぶつかられると、人が死にます」

「屋根の上とか走ればいいだろ、知ってるよ!!街中ではご主人に迷惑かけないようにしてるもん!」

「ご主人さまをお願いします。わたしはここで押さえに回ります」

ルシフェルはフェンリルの目を見つめて、そう言った。

レインは考える必要もなく応えた。

「あっち?よろしく」

「あら、気づいてたの。人が悪いのですね」

「ん?いや、敵じゃないから放っておいても良いと思った」

「フェンリル、知ってました? わたくし、完璧主義者ですの」

「ルシフェル、知ってるか? あたしは難しいことは、わからない」

2人はそう笑い合う。

ルインはテーブルの傍に残り、レインはこの天幕を出ようとする僕に続いた。

「あーっ、魔王ブラコさん。ちょっと待っててくれる?ヴァンパイアの女の子とゲームしてくるから」

「身に余る好意に、感謝が絶えない。ただ、なぜ、そんなことをしてくれるのだ?人間は魔族というだけで、取り合ってもくれなかった」

「魔族というだけで、妹を心配する兄の不安を否定するならそいつはきっと人間じゃねーよ」

僕は魔王の問いにそう答えた。

「ルイン、ここは頼んだ。僕らは王都で妹さんを探してくる。さきに人間に開戦すんなって釘をさしに行ってから王都入るよ」

「なによりもご無事をお祈りしています。なにかありましたらお呼びください。念じるだけで構いません。コキュートスの最下層にでも災禍の海にでも駆け付けますわ」

「ばーか。そんなとこ、あたしが行かせるわけがないだろ」

レインは長い舌をペロっと出してルインに笑いかけた。ルシフェルは思わず見惚れてしまう所作で首をかしげながらウィンクした。

天幕を出た。

王都が目の前に見える。城壁が高く、魔族ですらも飛び越えられない大きさだった。

王都が目と鼻の先だというのに、やけに遠く感じる。

魔族の壁が僕らを阻んだ。

しまった。ここ、そういえば思い切り敵地だった。

そう不安がったところ、レインが僕の前に出た。

「ビーストアウト」

レインがそう唱えると、体が変化した。

両肘より先が銀の体毛に覆われ、手が爪に変わる。

膝より下も同じく獣のものに変化した。

ぜったいこれ肉球あるタイプの手足だ。今度お願いしたら触らせてくれないだろうか。

「神威」

青白い光が輝きだした。

レインが光を纏うように、青く白い光を身にまとっていた。

目に見えた変化はそれだけだった。

それだけなのに、魔族が倒れ始めた。レインに近い魔族が気を失い地面に倒れたり、となりの魔族に体をぶつけている。

「通る。死にたくなければ道を開けろ」

レインの声は鈴のように響いた。

響く声に応えるように、野太い声が魔族の波を超えて聞こえてきた。それを合図に道が開く。林の中に自然にできた獣道のように、魔族の大群の中、僕らを通すためだけに道ができた。

「なんだか、おかしくなってきちゃった」

そう言ったのはエクレアだった。目の前の奇跡が信じられないらしい。

そりゃ魔族の海が割れるなんて思いもしない。モーゼかよ。

レインが左右に首を振り、視線を飛ばす。それだけで道が広がる。

ゆっくりと歩き始めたレインの後ろを、僕とエクレアは手をつないで渡った。

周りに見える魔族さんたちが怖すぎてひとりで歩けない。

石で出来た石像がなぜ動いてるんだとか。筋骨隆々の2足歩行の牛とか、でかい盾と剣を持ち鎧を着込んだ大きな人間とか、2本の剣を構えたトカゲとか。同じような魔族が集まり隊列を組んでいる。それを無理やりどかして、僕たちは歩いていた。

目を閉じて歩きたくなるほど長い魔族の海をレインの舟で渡った。危なげなく、波一つ起こさず、静かにわたり切った。

魔族の列を抜けると目の前には王都なのだが、その前にもう1つ壁がある。

人の軍隊の列だった。

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