第20話
馬車はガタゴトと揺れていた。
そろそろ僕のお尻が痛くなってきたころだった。
レインが起きた。
素早く身を起こし、眼光鋭く馬車から飛び出し幌の上に乗った。いつものレインの顔じゃない。見えた横顔は、僕の知らないレインの顔だった。
「ごしゅじーん。ちょっとあっち見てくるね」
レインは馬車の上から逆向きの顔をひょっこり出して笑っていた。
地面に降りたレインは一足飛びで空の彼方へ走り出した。
「……どうしたの?」
「わからない。けど良くないことが起きてる。レインが感づいて見に行った」
「どっちに?」
僕はレインが飛んで行った方向を指さした。
「……王都で、なにかあったのね」
エクレアの目つきがすっと冷たくなる。
エクレアは寄りかかっていた僕から離れた。王都の方向に視線を向けて立っていた。その背中は近寄りがたかった。
どすんと馬車が揺れる。レインが帰ってきた振動だった。
「ご主人、魔族だ。魔族の軍団が王都に布陣してる。って言っても上級デーモンが10体ぐらいだったから数は1万ぐらい。ただ結構ソーサラーが目玉飛ばしてる。視覚魔術でなにか探してるみたい。人間の軍隊がいま門からゾロゾロ出てきてるとこ。どーする?」
「ああ、そういう?うん、うん、なるほど? わっかんねえな、これ」
専門外だ。まったくの専門外だ、これ。とんでもないこと起こってる。
ちょっとどうにかしてやろうとか思ってた僕がバカだった。
ひょっとしてこれって戦争では?その開戦では?
プラカード持って戦争反対って言って止められるような状況じゃねえな。
エクレアが僕の腕をつかんだ。顔が蒼白で、その眼には光がさしておらず、目線が揺れていた。
「お願い。止めて」
振るえる手で僕の腕に助けを求めてきた。そんな姿見たくなかった。
それと同時に怒りが湧いてきた。なぜこいつにこんな顔をさせる必要があるんだ。
僕は何よりも、エクレアを守りたいと思った。
「わかった」
そう答えた。
「レイン、質問2つ。1つめ、1万の魔族が敵対したとしたら倒せるか?2つ目、魔族を率いていている者がいるか?また、この状態でそいつと俺が話しはできるか?」
「10倍いても100倍いても倒せるよ。魔族であたしを止められるのは1人だけで、その1人もいなかったから。いるのは魔人かな、1人出てきてる。たぶんそいつが率いてる。でも、ご主人。ムリ。あたし1人ならそいつと対面できるけれど、ご主人を連れてだと守り切れない。あたしが魔法得意じゃないから、ソーサラーから守り切れる保証が無い」
レインはきっぱりと言い切った。できることはできる。できないことはできないと言い切る。
「戦争とかいう暴力が嫌いだ。しかけた魔族が何らかの目的を暴力を用いて解決させようとしていると思う。そのポイントだけ押さえないと、目の前の1万を屠ってもまた起こるだろ、これ。クラウゼヴィッツも言ってるだろ。戦争なんて目的のために戦闘を使用する手段だって。うん、俺の野心を満たす目的はないし、この方向で問題ないと思う」
僕は足で床を叩き、指を動かし心臓の鼓動と同じぐらいの速度でこめかみを叩きながら、足りない頭を巡らせる。
「結局、暴力に割って入り発言するのに力が足りないとか本当にイヤになる。手段は2つ俺が力になるか、力持ってくるかだけれども、状況変わっても手段は変わらないか。遥かに召喚したほうが益があるか?ああ、もう考えるの面倒くさい。こういうとき臆病で無能すぎる自分が嫌いで泣けてくる。レイン馬車止めて」
レインは急に名前を呼ばれて驚いたように、急いで馬車を止めた。
僕を見て目を見開いているエクレアの頭をなでると馬車を飛び降りた。
「臆病であるより果断であれ。そう言うけれど俺の持ってる選択なんて結局召喚しかないわけであって、あとは運頼みでしかねーんだよなあ。戦争のトリガーに指をかけて、コイントスするようなもんだろ。あー、やだやだ無責任に傍観できる立場だったらどんなに良い事だろう。さて、やるか」
僕はすたすたと馬車を後ろに、歩いて森のほうへ歩いて行った。
「ちょっと、どこ行くのー!?」
エクレアが思わず僕に叫んでくる。
「怖くてちびりそうだから小便してくる。あと、祈ってて、女神が俺を見てるように。いやたぶん見てるんだろうけれど」
「あんたさっきから言ってること無茶苦茶よ!?」
「いつもだろー?なあ、俺の事信じてくれる?」
そうエクレアに言った。エクレアは顔を真っ赤にして言った。
「信じてるに決まってるでしょ、バカーッ!!」
にやりと口元が緩むのがわかった。あいつが信じてくれることが僕の自信になる。
森に踏み入る。なぜ森に入る必要があるのか自分でもわからなかったけれど、召喚の結果を観測するのは僕だけで良いと思った。
足場の悪い森に入り、行く当てもなく歩いた。すぐに開けた場所に出た。森の中心というには近すぎるけれど、不思議な場所を見つけた。
その一帯だけ、木や花や雑草も生えない。日差しが差し込み、ぽかぽかと気持ちよかった。森の防火帯かと思うようなぽっかり空いた森の穴。人為的に作ったものなんだろうか?それとも自然にだろうか。
僕は右手の親指と人差し指をはじいた。
「セレナ、見てるんだろ。ここから一番面白いところだろう?目を離すなよ」
僕は空に向かってそう叫んだ。
笑い声が聞こえてきそうなほど、心地のいいさわやかな風が吹いた。
残っているスキルポイントを確認した。
笑っちまう。
777ポイント。
召喚のタブを開いた。相変わらず簡素なシステムだ。
ボックスに数字を入れて、召喚ボタンを押せば使い魔が召喚されるシンプルなつくり。
その数字を入れるボックスに入れた数字は777。
「この確定演出外したら本当に泣く」
僕は召喚のボタンの前で指を一本構えた。
この瞬間が、時が止まったように感じる。永遠の刹那、勝つか負けるかのリスキーな一瞬。
「フリーズ!!」
天に向かって、僕は叫んだ。
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