第19話

「ちょっと、これじゃ荷台に乗るのとかわらないじゃないの!?」

王都へ向かう馬車の中。アンジェルクの街を出てすぐにエクレアが避難がましく叫んだ。

幌のついた馬車の中、床にいっぱいに敷き詰められたのは屋台で買って来た料理たちだった。

僕はギルドに馬車を借りに言って驚いたんだけれど、人が快適に乗れるソファなんかを積んでいる馬車はめったに無いらしい。貴族でもないと持っていないとのことだった。おかげで床に直に座る馬車を借りてきたんだが、せっかくならピクニックをしようと思った。街の屋台のほとんどから料理を買って、馬車に乗せ込んだ。

でもせっかくなら、大久保利通が乗っていたようなソファ付きの馬車が乗りたかったな。襲われたらたまらないけれど。

カリーヴルストのように、ソーセージにトマトソースをたっぷりかけた物や、干し肉のサンドイッチ、焼いたジャガイモの串に、串焼きエビの束。鉄板で焼いた目玉焼きの乗ったトーストや揚げたバナナ、フィッシュフライに川魚の塩焼き、赤魚の素揚げなど買って来た。

このうちの何品かは見る前にレインの胃袋に消えていた。

僕はエビの串焼きを片手に4本持った。どこぞの女神のアイスクリームのように、1つ1つ大事に食べた。

「ご主人、その食べ方どしたの?」

「前、食いしん坊に教えてもらった」

「むかし、あたしの……尊敬するひともそんな食べ方してた。けど、そっくりでびっくり」

「流行ってんの?この食べ方」

「食いしん坊がそうやって食べるだけじゃないの? 1本もらうわね」

「僕からエビを奪うお前のほうが食いしん坊だろー!?」

ひょいと指の間から串が抜かれた。後で食べようと思ってたのに……。

湖が近いからか、魚やエビがおいしい。あまりにもおいしすぎるんだろう。買って来た魚が無くなっていた。フィッシュフライは僕が食べようと、僕の目の前に置いておいたのに、今ではそれを包んでいた葉っぱしか残っていない。ちくしょう。

レインはおいしそうに魚の素揚げを頭からかみついて食べていた。本当においしそうに食べるなあ……。僕は余っていたバナナを食べながらそう思っていた。

食べ終わるとレインがこてっと横になった。体を丸めてすぅすぅと寝息をたてる。

その様子に僕とエクレアは静かにしようと頷きあった。

僕が座っている横にエクレアがそっと身を寄せてくる。

小さな体の肩と僕の肩が触れ合った。

聡明な頭が、僕の肩に重さを預けてきた。いい匂いがした。甘い匂いだった。

「最初」

ぽつりとエクレアがそうつぶやいた。

「最初にあなたとあったとき、一刻も早く王都に帰りたいって思ってた。いざ帰るとなると、やっぱりちょっと、帰りたくないわ」

「貴族の娘さんが、いったい何言ってんだ。ノブレスオブリージュってやつじゃないのか?高貴さは義務を強制するだっけ?なんの権利があって誰が言ったかしらないけどさ」

「ほんとイヤな奴。あきらめの言葉に使わないでちょうだい。王都に帰ったら、ちょっとだけどお礼するから」

「別にいらないけど?」

「そう。でも、私の気のすむようにさせてちょうだい。うんと御馳走を振る舞うわ」

「やっぱり、いる」

「現金なやつ」

エクレアもすうすうを寝息を立てた。病み上がりなのに、それを感じさせもしない気丈な女だった。僕も目を閉じようかと思った。けれど、それはもったいない。今この貴重な瞬間を、記憶に焼いておこう。きっとエクレアと会える機会は、ぐっと減ってしまうのだから。場合によっては、もう2度と無いかもしれない。

そのぐらい身分違いだった。

自惚れじゃなく、僕の目は物事を見通し過ぎる。

たまにそれを否定したくて、バグかなにかの可能性じゃないかと確かめたくてじっとエクレアを見た。最初はマジか?と思って気を逸らすためにセクハラしていたけれど。

僕はエクレアの寝顔を見つめた。

なにも無い空間に、文字が書いたパソコンの画面のような青い画面が浮かび上がる。

僕とエクレアを遮るように、その文字が浮かんでいた。


【セレナーデの王女:エクレア・ウィルセラフ・フォン・セレナーデ】


プリンセスが僕の横で寝息をたてている。

僕はこの偶然を楽しんでいる一方で、どうもヤツの顔がちらついていた。

セレナの手にかかればこれは必然では?

つまり、このまますんなり王都に行けるとは思えなかった。

なにか一働きさせられる。そんな予感がした。

そう思えるほどに今までがツき過ぎているとも思う。

右手の親指と人差し指をはじいた。

選択肢を確認しておくとしよう。

女神の笑い声が聞こえた気がした。


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