第18話

「よっ、おはよ」

ホテルのロビーにあるテーブルで、優雅にモーニングを召し上がっているお嬢様に声を掛けた。

髪は綺麗に整えており、洋服もどこかで買って来たのか黒いミニスカートに白いブラウス。明るい色のストールを首に巻いていた。

「ひどい顔してるわよ?顔洗って来たら?」

「朝からシャワー浴びたんだけど、体がだるすぎて。エクレアはどうよ、ご機嫌麗しゅうございます?」

「それ社交会で使うとイヤミだからやめたほうがいいわ。お陰様で元気よ。2日間もゆっくり療養したのは初めてだったわ。あなたは大変だったみたいね。それで、レインは?」

「ぐーすか寝てる。起こしたら寝ぼけて襲われそうになったから置いてきた」

「そう、元気そうね」

エクレアは澄ました顔で白いパンをちぎり、赤い色のジャムと白いふわふわのクリームを塗って口に入れた。行動がいちいち絵になる奴だと思った。

「今日このあと王都に行こうと思うんだ。どうよ?」

「ありがとう。ちょっと悪いと思ってるわ」

「気にすんな。王都かアンジェルクかどっちかに家でも買って腰落ち着けようと悩んでるから、ちょうど良い。大金入っちゃったらなにしていいかわかんなくなったよ」

「状況が変わったんだから、仕方がないんじゃない?これからもっと変わると思うけれど」

「僕運だけで生きてるから、なんか良いことないかなーって思いながらふらふらしてると思うけどな」

「あなたを見てるとお金があってはじめて自由が成り立つんだなーって実感しちゃうわ」

「良いだろー。僕いま幸せだわ」

「あなたの幸せ、個人的に腹たつけれどね?」

「ひでえ女だな」

エクレアは口元に手をやってくすくすと柔らかく笑っていた。

「王都までって馬車?」

「ふつうは馬車よ。歩いても良いけれど1日かかるわ」

「馬車だと半日ぐらいか?」

「街道が整備してなければ、ね。街道があるからお昼には着くわよ」

馬車って思ったよりはやいんだな。

ということは馬車を用意して、レインを起こして乗り込んで寝てれば、すぐ王都か。

王都についちゃったら、貴族であるエクレアとはお別れだな。身分違いの距離の遠さよ。

「なによ、じっと見て。惚れた?」

「自分に自惚れてるだけだよ」

「いつもじゃないの」

エクレアが皿の上にあるフルーツをぺろりと平らげた。まだいけるわね。なんて自分のお腹を押しながら言っている。人からドラゴンステーキを奪うような食いしん坊だ。こんな上品な朝食じゃ足りないだろう。

「馬車捕まえてくる。街道に立って手を上げてれば馬車くるだろ?」

「あなたの国の文化でしょ、それ。空の馬車の多さが知れるわね。乗合の馬車なら街の門の近くに止めてある馬車に乗ればいいわ。荷台に荷物と一緒に乗せられて狭い思いするけど。したくないなら大きい商会やギルドに馬車を依頼して、空いていれば貸してくれたり乗せてくれるわ」

「ギルド行って馬車借りてくるか。むかし荷台から落ちたことあるからもう二度と荷台は嫌だ」

過去に、荷物に押されて軽トラの荷台から落ちたのを思い出した。トラック関連に、いい思い出が全然無いな。

「一緒にいきましょうか?」

「いや、大丈夫。それよりレイン起こしておいてくれない?たぶん寝起きにキスされるけど」

「わかったわ。レインなら全然いやじゃないし、かわいいわね」

「もし押し倒されたら、尻尾だ。尻尾を掴めば大人しくなる」

「なに戦わせようとしてんのよっ!!」

僕はテーブルを立った。

エクレアは紅茶を飲みながら手をひらひらを振っている。よろしくと言葉が飛んできて、それに応えるように僕も手を後ろに上げた。



さほど手間取ることも無く、僕はギルドで馬車を借りてきた。といっても、これ馬車というのか?4本の足でけたたましく鳴いている鳥を見つめて思う。僕と目があうと必ずそのバカデカいくちばしで僕を突いてくる。それをよけるのに必死だった。

ロレーヌいわく、これは愛情表現で気に入られているらしい。同じ愛情表現でも、この必殺の一撃を食らうぐらいならば、僕はレインのペロペロ攻撃を食らい続けたい。

馬車を借りにいったのに、荷台はあるけれど馬が無かった。レインにひかせようと提案するも馬の代わりになる魔物がいるとのことで借りてきたのがこの鳥だ。ヒポグリフとかいう鳥。名前を聞いた僕はデカいカバを想像していて拍子抜けをくらった。

胴体に巻き付いたベルトで荷台を軽々しく引っ張っている。パドックで見た馬よりも倍ぐらいでかい巨躯をしているから、馬力も倍はあるんだろう。

「ここで待て。いいな、待て。動くな、動くなつってんだろ!?」

飛んできたくちばしを手で触り落ち着かせる。

何度も待てと言ってようやく落ち着いた鳥を後ろに、金の王冠亭に入った。

さて、レインのやつ起きているかな。そう思ってロビーを見回すもいない。

部屋で待っているのかなと思い、僕が借りていた部屋へ行く。

扉を開けた。

ベットの上でシーツがもぞもぞ動いている。レインの奴まだ寝てやがる。エクレアは失敗したか。

しょうがない。レインには悪いけれど尻尾をつかませてもらおう。

「レーイーン、起きろーっ」

そう言ってベットのシーツを勢いよく取り上げた。

「いやっ、だめっ、だめだめっー。んんっーっ」

僕は固まった。

ベットの上でレインが寝てるもんだと思ったら、寝ていたのは2人に増えていた。

レインは当然のように服は着ていない。どうも服が嫌いらしくすぐ脱ぎ捨てる。

そしてなぜかレインと同じベットで寝ているエクレアも、上半身には青い下着のみ身に着けていた。スカートがめくりあがり青い下着が見えている。ニーハイに包まれた足がばたばたと揺れていた。

エクレアの真っ白できめ細かい肌が晒されている。

その体の上にレインの銀の髪がかかり、きらきら輝いていた。

「ばっか、見るな!!見るなーーーっ!!あんっ、んっ、ひぁーあっ!?」

エクレアは怒りか恥ずかしさからか顔を真っ赤にしている。

その頬や首筋を、レインの赤く長い舌が通った。

レインが唇で耳をもてあそび始めた。エクレアはレインの腕をぎゅっと掴み、目を閉じて口から吐息を漏らしている。

「レイーンっ、ずるいぞ。僕も混ざりたい!!」

僕はふりふり揺れているレインの尻尾をもってきゅっと手を握りしめた。

「きゃんっ!! あっ、はぁぁんっ」

目を開けて、背中を仰け反らせるレインの肩を捕まえた。肩を抱きしめて引き起こすとレインは両手で僕の腕をつかんでガジガジと噛んでくる。

「ごーしゅじーん、尻尾敏感なんだって! びっくりしちゃった。おはよ、ご主人」

そう言って振られる尻尾が僕の足に当たった。

「レイン、下見てみ」

「へーっ? わっ!?エクレアさん!?ごめん、ごめん~~~っ」

レインの耳がふにゃっと垂れた。レインが手をエクレアに伸ばしばたばたと動かす。顔を舐めにいくつもりだろう。残念、それは今は逆効果だ。

「エクレアー……惚けてる。大丈夫か?」

「ちょっと頭ぼーっとしてるわ。まだドキドキしてる。あんたは見るなーッッ!!」

「いてっ、はいはいわかった!!わかったから、枕投げるな!」

顔面に飛んできた枕を顔面で受け止める。レインのよだれが付いていて、なんだかぬめっとした。

床に落ちているブラウスを枕の代わりにエクレアに投げる。

2人に背中を向けて、腕を組んで支度を待った。

「レイン、ちょっとここ座って。そうそう、髪結んであげるわ」

「ひゃっ、くすぐったいよー」

「本当に綺麗な髪ね、羨ましいわ。はい、できた」

「おーっ、邪魔じゃない」

「きゃっ。ふふっ、もうっ」

そんな声が聞こえてきて僕は後ろを振り返りたい気持ちと葛藤しながら、なんだか悶々としていた。

「お待たせ。行きましょう」

「ご主人―っ、見て―!どうー?」

レインは僕の前に走って来て、くるりと体を回して後ろ姿を見せてきた。

高い位置で髪がまとまりポニーテールになっている。活発なレインには、とても似合ってると思った。

「似合ってる。元気いっぱいって感じが好きだ」

「えへへー。エクレアさん、あとでこれどうやるか教えて?またご主人に褒めてもらうの」

「いいわよ。別の髪型も教えてあげるわね」

レインがエクレアに頬すりした。エクレアは困ったように眉をしかめながらも、目が笑っていた。

「ちょっと姉妹みたいだな」

「ほんと、びっくりしちゃう。こんな距離感の近いお友達ができたのはじめてよ」

「お前いままで、ぼっちだったのか。僕といっしょだな」

「ぼっちじゃない!あなたと一緒にしないでちょうだい!?」

「はぁ、強がるなよ」

「勝手に納得すんな!!」

バシンと背中を叩かれて僕はよろける。わふっ、とレインが笑っていた。

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