第14話


冒険者ギルドが運営している食堂に来た。木製のテーブルと丸椅子が所せましと置かれている薄暗い酒場だ。暗い室内とは反対に人が賑わい盛り上がっている。木製のジョッキに入った飲み物を乾杯してはガンガン飲み干す姿がところどころで見受けられた。こういうところ、どこも変わらねーなと思った。暗くなったらみんなで集まりお酒を飲む事が生活の一部になっている冒険者が多いんじゃないか。早めの時間に来たのに、ギルドの食堂はとっても繁盛していた。

適当な席について注文を通せば良いのかなと思い、近場の席に座ろうとしたらロレーヌがひょこっと後ろから顔を出し声をかけてくる。左手には指輪がはまっていた。

「やっほ。席とっといたよ。奥へどーぞ!」

ロレーヌの案内で1番奥の席に通された。予約席という木製の札が取り除かれる。4人がけのテーブルに座ると僕らを待っていましたといわんばかりにすぐに大量の料理が運ばれてきた。

ビール入りの粉で揚げたドラゴンの肉、赤ワインで蒸煮にしたドラゴンのほほ肉、ドラゴンのテールスープ、ドラゴンのカルパッチョ、薄切りにして茹でたドラゴンのサラダ、ピリッと辛いソースでグリルしたドラゴン。

そして出てくるドラゴンステーキ。1ポンドはあろうかというデカい肉の塊が僕たち3人それぞれの前に置かれる。格子目の焼き目がついたステーキは香ばしい匂いがし、肉から永遠に油が溢れだしてきており、はやく食べろと訴えて来た。

「僕もう我慢できないんで頂きます」

「いただきまーす」

そう言って僕とレインがドラゴンのステーキに斬りこんだ。すんなりとフォークがささり、長く刃の粗いナイフを1度引くだけで、スッと肉塊が切り分けられた。切って出てくるドラゴンの油は、きらきらと光っている。その美しさに唾を飲み込んだ。フォークで持ち上げる確かな重さの肉を口に運んだ。舌の上にのせると、うそのように軽く感じた。そして甘い。1回噛むと肉から旨味が溢れ出て来てが口に広がり幸せになった。

「はじめて食ったわ、こんな肉。うまい。本当にうまい」

「んん~~~~っ、はぁぁ~~~~んっ」

甘美な声が聞こえたと思ったらエクレアだった。フォークを思わずテーブルに落とし、頬に両手を当てて目を瞑っていた。まるで頬が落ちないように押さえつけているようだった。

「ハッ。まずい。美味しすぎてまずいわ。人前だってこと、忘れてたわ」

咀嚼し飲み込んで冷静になったエクレアが口元に手をあてながらそんなことを言った。

「すげえエロい声出してたぞ」

「仕方ないでしょ。出ちゃうんだから」

「今の言い方すげえ好き」

「ヘンタイ。今は許す。あんたに構ってるのもったいないから」

「僕の存在ご飯以下って言うのやめてくんない? わからんでもないけど」

こんな機会をくれたレインにありがとうと言おうとしたら、ステーキに豪快にフォークをぶっ刺してかぶりついていた。ワイルドで恰好いい。ペロリとステーキを瞬く間に平らげて言った。

「おかわり」

まだ近くにいてくれたロレーヌが思わず吹き出しながらも「おっけー」と注文を伝えていた。

口の周りを汚したレインと顔をがあった。美味しいねと「にひひひひっ」と笑い合った。

「ふみまろくん。お願いがあるんだけど」

ロレーヌがそう声を掛けてきた。

「いいよ。なんでも言って。といってもドラゴンここで提供して良いかの確認かなんか?それならいいよ。こんだけ力はいった料理、せっかくだしみんなで食べようよ。ここにいるの冒険者の先輩たちだしなー……よし、僕が奢るわ。僕がドラゴン料理のお会計全部持つからドラゴン殺しがレインだって名前広めておいて。あとこれつくってくれた人やギルドの職員さんにも振舞っておいてほしい。解体場の親方さんとかにも。お会計はドラゴンの買取り金額から差し引きで」

僕がそう言っているとエクレアが「人の話ちゃんと聞きなさいよ」と非難しながらも「いいお金の使い方じゃない」と珍しく僕を褒めてきた。

矢継ぎ早に言われた僕の言葉はどうやら的を得ていたようで、ロレーヌが心底驚いたというように目を見開いていた。

「すっご。本当にすごいね、ふみまろくん。冒険者でこんな人、はじめてだよ」

「新米冒険者ふみまろをよろしく。あ、まだ冒険者登録してないんだった」

「ロレーヌのほうでしといたげる。新米冒険者ふみまろくんっ」

「やった。手間が省けた。ありがとうロレーヌ。ところで一緒にご飯食べない?こんな大盤振る舞いできるの今日だけだぞ。明日から薬草拾いの日々が始まるから」

「ご飯のお誘い嬉しいなっ。けど、ごめんね。ギルドの職員はここで冒険者さんと食事しちゃダメなんだー」

「あれっ?僕いま、冒険者だっけ?」

「だーめ。ロレーヌ結構冒険者さんから人気あるんだよー? だから、今度ナイショでデートしよっ。2人きりでね」

そう言ってロレーヌはウィンクすると、上機嫌に裏へ下がって行った。

「だらしない顔してるわよ」

ジト目のエクレアがそう言って来た。

「仕方ないだろ。顔に出ちゃうんだから」

「ほんと、調子良いんだから。レインも大変ね、ご主人さまの気が多いと」

レインはスープをぐびぐびと飲み干し、空の器をテーブルの端に寄せてから言った。

「あたしは嬉しいな。ご主人の周りに女の人が多いって、それだけご主人が強いってことだろー?獣人の性格なのかな」

レインがそう言うとエクレアがそういう意見もあるかと納得する。

「エクレア、僕は気が多いんじゃないんだ。ただ惚れやすいだけなんだ」

「ちょろすぎて心配になるわ」

興味無いと言わんばかりにエクレアは慣れた綺麗な動作でステーキを食べていた。半分食べた所でギブアップし、レインにタップしていた。レインは喜んでそれを平らげても、まだ足りないと頬を膨らませていた。ちなみに僕のステーキはロレーヌと話していたときにレインに食べられてもう無い。

気が付いたら大量の料理がレインによって平らげられており、残ってる付け合わせのマッシュポテトや野菜を僕は食べていた。

ドラゴンステーキのおかわりが3皿運ばれてくる。ただし3皿ともレインの前に置かれた。

レインが1皿平らげる間に僕は大き目の肉塊を切り出し、別の皿に移すことに成功した。

同じ要領でもう1つ塊を切り出してやろうと思ったらレインが2皿目を食べ終えていた。レインが3皿目に手を付けようと伸ばして僕は手を引く。僕は知っている、さっきからレインの目が笑ってない。食事の邪魔をする勇気は僕には無かった。あきらめて、先ほど切り出したドラゴンステーキを食べようと思ったら、あるべきはずのところに肉は無かった。

「ごめんあそばせ」

そう言ってエクレアがフォークを置いていた。

なんてこった、こいつも敵だ。

「おかわり、おかわり!!もっかい、おかわり!!」

僕が大慌てでそう注文するのをレインとエクレアは笑いながら見ていた。

お皿も全部片付いて少し手の止める時間ができるときだった。

4人がけのテーブルの、開いている椅子に誰かが座って来た。

赤い髪を綺麗に束ねている女性だ。黒いベストに黒い革のズボン。膝まである金属の靴。肌身離さず持ち歩いているのは赤く輝く槍だった。

見ただけでわかる。この人、強い。動きにムダがないとか言われても僕にはわからないけれど、立ち姿に余裕がある。

【魔槍グラムの使い手:レナ】

ランク:A レベル:71

性別:女性 年齢:20 

クラス:冒険者

ステータス:なし

体力:A

筋力:A

敏捷:A

魔力:A

幸運:A

スキル:A 

ステータスを盗み見ているにもかかわらず声が出そうになった。

見た目通り隙が無い。今まで見た人間の中では飛びぬけた能力を持っていた。

「ドラゴンスレイヤーのレインってあんた?いや、こっちか」

そう言うと手にもっていた4つの木のジョッキを、ドスンとテーブルに置いた。

冒険者の格好いいお姉さんは、意外にも人懐っこい笑顔を見せて言った。

「ドラゴンご馳走様!ビールはあたしの奢り。お返しにもなんないけどね。ねっ、聞かせてよ。ドラゴンってどうやって倒したの?」

そう言いながらビールに口をつけて丸い椅子の上であぐらをかきながら質問して来る。

親しみやすいその雰囲気は嫌いじゃなかった。

レインは視界の端でその女性を見て、目を見開いた。

「その槍を、見せて欲しい」

「いーよ。大切な物だから、大事に扱って」

冒険者さんは槍を片手で持ち上げると水平にレインに向けて差しだした。

「まさかこんなところで……グラム」

レインが槍に声をかけたところだった。槍が淡く光、震えだした。槍を手に取ったレインが槍に額を当ててゆっくりと言葉をつぶやいていた。

「そっか。うん。お前も大変だったな。不自由にも慣れるもんなのか?ふーん、あたしは結局2柱と相討ちして閉じ込められた。今日だよ。そっかー」

レインが何やら親しげに槍と話をしはじめた。その様子はなぜか邪魔したくないと思った。

しばらくそれが続くと、槍の光が消えた。レインは槍を持ち主に返した。

「知り合い?」

僕はレインにそう聞いた。槍と知り合いというのはおかしいのかもしれないけれど。

「うん、敵だった。戦場で戦った。1度2度じゃないから、もう旧友かな。すごい火力出せる火の使い手だった。ドラゴンよりすごい。けど、熱さで誤魔化して無謀してた」

その世界観がすごいと僕はつっこめなかった。命を取り合った敵だから許せる心があるのなんて、ちょっと想像がつかなかった。

「最後、海の王に挑んで溺れて負けた」

笑いながらレインが言った。

「僕でもそれはまずいとわかるぞ」

「グラムって業火のグラム……?それなら、海の王はポセイドン? レイン、あなたはいったい」

「フェンリル」

レインはそう言うと、驚き立ち上がるエクレアに人差し指を口の前に1本立ててウィンクした。

エクレアは感極まったように両手で口を覆い、こくこくと頷くばかりだった。

「今の話わかった?」

ななめ前に座る冒険者がそう聞いてくる。僕は肩をすくめて両手を上げて首をふった。

「だよねー」

そうやってハイタッチを求められ、僕と冒険者のお姉さんは手を合わせた。

エクレアが恋をした乙女のような視線でレインを見ていた。僕はちょっとむっとした。

「ごめん冒険者さん、こっちの話ばかりしてた。僕はふみまろ、ドラゴンの話だったね。まあドラゴンを食べながら話そうか。あと飲み物ご馳走様」

ドラゴンのステーキが3皿追加されてテーブルの上に並んだところだった。

「レナよ。Aランクの冒険者レナ。よろしくね、気前の良いおにーさん」

「もしかして、魔槍のレナ?」

エクレアが名前に反応して聞いていた。実は冒険者界隈好きだろ、エクレア。

「あーっ、そう言われると恥ずかしい。実績じゃなくて武器の名前で呼ばれるのはちょっと。ドラゴンスレイヤーとかおいしそうだったんだけど」

自信を見せながら、ドラゴンのステーキを頬張っていた。「うんまーっ」と声を上げながら。

「あたしが先にドラゴン見つけてただけ。運が悪かったね」

レインがステーキを平らげながらそう言うとレナの目つきが変わった。

「レインさん、それ、本音のところどう思ってんのよ」

レインは噛みつかれても、笑って言った。

「あなただと良くて相討ち。理由は2つ。1つはレッドドラゴン。2つは洞窟。槍は通るけど、その火力じゃ焼き加減はレアがせいぜい」

もう1枚ステーキを口に咥えながらレインが煽った。

レッドドラゴンに火は効きにくいっていうのと、洞窟だから槍は不向きって意味なのかな。それともお前の火力じゃドラゴンを焼けないと言ったのか?

バチバチとレナとレインが睨み合った。

あーあー、血の気の多いこと。なぜか一瞬即発の空気になっていた。エクレアはこそこそとすでに逃げており、僕は貧乏性が発動してビールを両手に持っていた。これで逃げ遅れた。

「あったま、来たッ」

どうやら舐められたと受け取ったらしいレナはそう叫んだ。

レナが立ち上がりバンッとテーブルを足蹴にして、ひっくり返した。

僕はテーブルから飛んできたドラゴンのステーキに襲われた。

目の前でレインに向かって赤い光が煌めき飛んでくる。

光が空中で静止した。

赤い光の正体が槍による突きであると気づいたのは、槍を突いた姿で静止するレナを見てようやくだった。

レナは目を見開き、口をあけていた。

「ご主人ナイスキャーッチ」

僕は口に咥えているドラゴンのステーキをびっくりして落さないように必死だった。

レインは指先一本で槍の先端を押さえていた。

ナイスキャッチって僕に言うけど、そっちのほうがすごくね?

「わかった?」

そう言うとレインは槍の穂先から指を離した。血を流していることも指を吹き飛ばされていることも無かった。

レインは僕の前に嬉しそうにやってきて、ステーキを反対側から齧りだす。

もぐもぐとステーキを食べていく。気が付くとレインの顔が近い。まて、これポッキーゲーム……!?

「んむっ。んむ、んむ。ふぅ、ご馳走様。ご主人、ちゅーっ」

1度唇を合わせて咀嚼したあと、もう1回ちゅーしてきた。知ってるかレイン?このゲームの欠点を。唇が油でぬめぬめしてるんだぞ。そう思ってると美味しそうに唇を舐められた。

「うひゃひゃひゃひゃ」

気が付いたらまた顔を舐められて押し倒されている。僕のご主人としての威厳がっ!?

「お腹いっぱいだね?」

食事と運動に満足したレインが後ろから抱き着き、僕の肩に顎を乗せながらそう言ってくる。

レインはきっと、戦うのと強い人が好きなんだろうな。レナを見ながら揺れている尻尾が言っていた。

「はぁー、自信無くすわ。ちょっとあんた、付き合って」

レナが下を向いていた顔を、ひきつり笑いながら上げた。

「なににさ?」

「飲みなおすわよ!」

レナは人懐っこい笑顔を浮かべながら、そう言った。

「よっしゃー!」

「あたしも飲むー!」

「甘いもの欲しいんだけど」

1度戦えば気心知れるものなのかレナさんはレインと意気投合して話をしていた。

戦った相手とって仲よくなるものなのかな。

僕はレインを見ているエクレアに言った。

「エクレア、僕とステーキゲームしよ?」

「ステーキゲーム?それさっきのキスした奴じゃないの。まず、あごが疲れるからいや。そしてあなたとは絶対に、いやっ!」

「減るもんじゃなしに。1度も2度も変わんないでしょ」

「私の唇の価値をなんだと思ってんのよ!?」

こうやって口で戦ってても、拳を合わせるその感覚はわからなかった。

「ふみまろくん、ちゅー好きなの?さっきのお礼にしたげよっか?ごめんねカッとなってテーブル倒して」

「えっ、良いの?僕モテ期じゃない?」

「おねーさんとキスしよっか」

まさかの展開に胸のどきどきが止まらない。

「おねーさーん!ふーふしゅーふしゅーふしゅー」

僕はレナさんの元に駆け寄り、両肩を掴み唇をロックオンして興奮のまま顔を近づけた。

「鼻息荒いんだけど!?ちょ、ちょっと!?待って、待ッ……むりーーーーーっ!!」

バシンと顔を殴られる。加減なしで、だ。

A級の冒険者に殴られて耐えられるほど僕は鍛えていない。

当然のように、よろめき転んだ。

転んだ先にはエクレアが居てびっくりした顔をしてこっちを見てる。

「バカッ!!こっち来るなッ」

座っているエクレアに、僕が転倒し押し倒した。エクレアが下で押しては怪我をしてしまうかもしれないと、身体を入れ替えた。

ドンッと僕は背中から地面についた。その上に軽い体重が落ちてくる。

なんかデジャヴ。こんなこと前もあったような?

「わふっ」

「きゃっ」

レインとレナからそんな声が上がった。

目を開くとエクレアの顔がすぐ近くにある。

このガチで恋をしてしまう様な近い距離は身に覚えがあった。

「ん?んんっーーー!!」

「むちゅー」

驚いたエクレアの唇は僕に塞がれていた。2回目なので1回目よりも落ち着いていた。唇って、柔らかい。

エクレアの吐息が僕の顔にあたる、そんな距離だった。

「あんた、またっ!?なんでいつもこうなんのよ!?許さないんだからーーーーっ!!」

唇を離してエクレアが叫んだ。

顔を真っ赤にして怒っている。

「待って、事故だって!?僕の意志じゃない!」

「うるさいっ!!この変態!!前世から出直して来いッ!!」

A級の冒険者の殴りよりも強烈なビンタを食らった。

視界が激しくぶれる。

あっ、これ暗くなるタイプの衝撃だ。

「ごしゅじーんっ!?」

「良いの入ったよ、いま!?」

そんな叫び声を聞いて僕は眠りについた。

あっ、ご馳走様でした。




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