第10話

アンジェルクの街の冒険者ギルドに来ていた。

大きな二階建ての石造りの建物だった。電球のように強い光ではないけれど、光るランプが天井から吊るされており、室内でも明るさがあった。

物品の買取りカウンターはどこだろう。

腰ぐらいの高さがある木のカウンターが並ぶ受付の奥には大勢の職員が慌ただしく働いている。書類仕事をする人や、カウンターで受け付けをする綺麗な女性。木箱に入った荷物を運ぶ犬の耳と尻尾を生やした人や、奥で水晶を片手に悩ましげにしている耳の長い女性。そんな姿に夢見ていた異世界を感じていた。

「おーい、なにボーっとしてんのよ。宝物売りに来たんでしょう?とりあえず受付に声かけましょう」

そう言う同行者の貴族のお嬢様は、意外な積極性を見せて、受付のカウンターにすたすたと歩いて行く。

エクレアは目立つ。その容姿もさるごとながら動きに自信と気品を感じさせる。カウンターへ歩いて行く姿でさえ視線を集めていた。何人かその姿を見たギルドの職員さんも、対応するのに尻込みするぐらいだった。

僕はそんなエクレアの後姿、とくに腰からお尻にかけての魅惑的なラインを見ながらついて行った。

「ねえ、えっちな視線を感じるんだけど?」

「僕の目線だから気にしないで」

「ちょっとは私に対して遠慮覚えてくださらない!? 私の事いったいなんだと思ってんのよ!」

「ドラゴン倒した戦利品?」

「おほほほほ。異論しかないんだけれど、聞いてくれるかしら?」

そんな言い合いをしていたときだった。

冒険者ギルドの制服を着崩して素晴らしいおっぱいの谷間を強調している魅力的な女性が僕らの前に立った。

背が高くスタイルの良い若いお姉さんだった。ピンク色の前髪の向こうで、目が笑っていた。

「はじめましてー! 貴族のカップルさんかな?冒険者ギルドへの御用はなぁに?」

かわいらしい猫なで声で、そんなことを言われる。

横を見るとエクレアは心底嫌そうな顔をしていた。

「あなたとカップルに見られてると言われただけで、思わず言葉を失ったわ。あなたに謝ってほしい」

「ひでえ言いようだな、おい。綺麗なお姉さん、はじめましてー!平民のふみまろって言います。ギルドへの用は個人の持ち込みの品の買取り希望です。こちらでよろしいですか?」

上面を整える社交辞令に関しては僕も慣れたものだ。愛想よく笑顔を浮かべてそう言った。

「っぷ」

横で性格の悪い奴が思わず吹き出していた。次の瞬間には、あなたそんなことできたの?と素直に関心された。

「やん、嬉しいっ~。おっけー。ここでいいよ。お兄さんモテるでしょ。口の上手な男の子って、ロレーヌは嫌いじゃないな。買取り希望の品はなにかな?なにが出てくるんだろうなぁ」

褒められると好意を寄せてしまうちょろい僕は目の前のお姉さんにメロメロになりかけていた。

「持ち込みの品は2つ。1つは解体場に入れているドラゴン。2つめはドラゴンの巣から奪って来た宝石類」

僕がそう言うとギルドがざわついた。人の口は噂を運び、ドラゴンや宝石と伝達していった。

それを聞いたギルドの受付嬢は笑みを崩さずに、楽しそうに言った。

「お兄さん、奥のお部屋でゆっくりお話しよっか」

「はい、お願いします」

「言葉は崩してもいいよん。ギルドで敬語なんてかたくるしーっしょ?」

「よかった。お返しにお姉さんももっと着崩してラフになってもいいよ?」

「やーんえっち。でも、交渉によるかなぁ?」

そう言いながらピンクの髪の受付嬢さんは、胸元を引っ張って僕に見せてきた。ピンク色の下着が見えてしまって、いけないことをした気分になった。

「……サイテー」

「仕方がないんだ。だって僕、男だもん」

「あなた個人がサイテーって言ってるのに、さも男性が全員そうって言うのやめてくださる?男性への差別よクズ」

「すみません。もう1つ持ち込みでこの口うるさい女って買い取ってもらえますか?言い値でいいんだけど」

「人身売買は犯罪でぇーす。どうしてもっていうのなら、アンダーグラウンドへどうぞ~」

ギルドの受付からはマニュアル通りの反応が返って来た。

これを皮切りにエクレアと口げんかしながら待ってると、奥の別室へと通される。部屋の内面も見ずに、お互いの顔を睨み合って歩みを進めた。

「まぁまぁ、座れ。噛みつくな座れお嬢さん」

「だれのせいよ、だれの!?」

「ほらほら、そんな眉を寄せてしかめ面すると綺麗な顔が台無しじゃないか」

「あんたのお世辞よりは、猫かぶり貴族の使い古された世辞のほうが百倍ましよ」

「君もぼくらを見習って猫をかぶることを覚えたらどうだ?」

「生憎と思ったことはきっぱり口に出す性分なの。素直で可愛いでしょう?」

「可愛げのかけらもねーやつだな」

そう言うとまた歯をむき出しにつっかかってくるお嬢様をいったん手のひらを出すことで止めさせた。

「大事な話をしよう、エクレアさん。僕は乗りかかった船だと思って、あなたをもといた場所、住んでいる場所に帰したいと思う。僕からの質問が2つ。急いで帰る必要はあるか? 帰り先はこの国の王都か?」

エクレアはひとつ大きな呼吸をすると、両手を合わせてお腹の前に置き背筋を伸ばし顎を引いてからゆっくりと口を開いた。

「まず質問に答えます。近いうちにこの国の王都に寄って頂ければ嬉しいです。急いでいません。ただ、あなたに同行して頂ければ嬉しいです。心ばかりですがお礼ができますので。遅ればせながら、お礼を申し上げたいと思います。あなたの使い魔レインに命を救われました。心よりの感謝とお礼を申し上げますわ」

そう言って目を伏し、頭を下げる。

「知っての通り、ただのなりゆきだ。礼も求めて無いからあんたの気のすむようにしてくれ。今日はこのままこの街に滞在して、明日王都へ向かう」

僕の提案にエクレアは頷いた。

「それまでお前の身体を堪能してやるぜ」

「私の人生で一番最低なセリフが今更新されたわ。謝って?」

「それは謝らなきゃいけないな。前の最低なセリフを吐いた人に更新してごめんなさいって。その人もお前の気をひきたくて必死だったんだろうよ。ちなみに前はなんだったのさ」

「この口うるさい女買い取ってもらえます?」

「両方、僕じゃねーか!?」

そんなやりとりで笑い合ったときだった。待機していた部屋の扉がバシンと大きな音を立てて開く。

「ちょっと2人とも、来てもらってもいい?解体場のほうで2人のお連れさんと冒険者がトラブル起こしてるっぽい」

僕はすぐさま席を立って走り出した。


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