第9話

ドラゴンを一目見てやろう、あわよくばステータスを読み取ってやろうと野次馬根性を全開にしながら、身の安全を確保するため街の門に向かって後ろ歩きで歩いていた。

ぴたりと足が止まった。汗がダラダラと流れる。

ドラゴンと呼ばれた赤い点が一直線にこの街へ近づいてくる。

ドラゴンを見続けて鑑定した僕の目にはドラゴンの情報が読み取れるはずだった。何度やってもドラゴンの情報は読み取れない。浮かんでくるのはレインの情報だけだ。

ドラゴンを見ているのに、情報画面はレインの名前が浮かんできた。

レインもしかしてドラゴンに食われちまったのか……?

そんな最悪のパターンが頭に浮かんだ。ドラゴンとかいう奴は飛ぶというより、まるで滑るように空を移動していた。

羽は一切羽ばたかず、力無く羽を折り、なんなら四肢も全部力が抜けたように垂れ下がっている。生物の有機的な動きをしないことに違和感を覚えた。

赤い竜の姿が目に見えてはっきりしてくる。

どうもあのドラゴン、本物っぽくないんだよなあ。つくりものっぽいというか……。

ドラゴンはこちらに目がけて一直線に降りてきた。あまりのデカさに足がすくんだ。一瞬、トラックがフラッシュバックした。頭を振ってそれを忘れる。

空を飛んでいる物は距離感が測れないから大きさなんて全然あてにならないな。

ドラゴンは僕の予想の数倍大きかった。

空から降りてくるドラゴンを見ていたつもりだった。接近するにつれて、ドラゴンではない影を僕の目は捉えた。人影だ。青く光る銀色の長い髪を空に舞いあげながら、両腕を真上にあげて一直線になったシルエットの女性が見えた。

「ご~~~しゅ~~じ~~んっ!!お待たせ~~っ!!」

そう言いながら空から僕に飛びついて来た女性が一人。

僕は押し倒されて、2人で地面を転がった。

僕は大笑いした。理解の範疇を軽く超えている。笑うことしかできない。

目に光を宿していない竜とそれを片手に空を飛んできたレイン。

レインが金目の魔物を狩って来ると出かけて狩ってきたのはドラゴンだった。

「あーっ、笑い死ぬかと思った。一応聞くけど、これ何?」

地に居座り、ぴくりともしないドラゴンの死体を前に言った。

頭の大きさだけでも僕の背ぐらいある。とんでもなくデカい。

「喜んでもらえて嬉しい! 空飛ぶトカゲでドラゴン。ぼぉーって火を吐く。強い。デカくて重い。あとは……美味しい。美味しく食べるために血を抜いてきて時間かかった。ごめんね」

レインが僕の首に腕を回したままそう言う。僕の肩にべっとりとよだれが垂れた。そんなこと、どうでもいいぐらい目の前の衝撃がでかい。

ドラゴンのウロコに触る。硬い。1枚が分厚い鉄の装甲のように硬く押しても動かない。ウロコがない部分なら僕の指で押しても多少動く。ただし重い。脂肪の塊のようなやわらかさと肉の弾性を指先に感じた。

こんなのどこに居るの? どうやって倒したの? てか、空飛んでた?

色んな質問があるけど、全部置いておいて。

「レイン、よくやった。これ売ってご飯食べていい?」

「えへへっ。ん? なに言ってんだ、ご主人! あたしの獲物はご主人の物だよ。あたしの全部はご主人のものだから」

なにこの可愛くて綺麗で強い子。好き。

頭を撫でる手が止まらなかった。レインがだらしなく顔を緩めるが、はっとした表情を浮かべた。

「ごめん、ご主人。忘れてた。ドラゴンって金ピカの物集めることがあるんだよ。このドラゴンがため込んでてた財宝も拾って来たんだ。なかにピカピカいっぱい入ってるから、1度開けてみて」

そう言ってレインは僕に袋を渡して来た。大きめの巾着みたいな口をしばって持ち歩ける皮の袋だ。

受け取ったが重さを感じない。なかになにも入ってないんじゃないかと思う。

袋の口をあけて、なかに手を突っ込んだ。

むにっ。

すごくやわらかくてあたたかいものにあたった。なんだろうと思って触ってみる。柔らかいし、なんだか触り心地が良い。手が吸い寄せられるようにそれをずっと触っていたくなるぐらい気持ちがいい。

きめ細やかな生地に包まれたマシュマロ。

そんなイメージを膨らませていたら、いきなり手に痛みが走った。

「痛ってえっ!?!?」

びっくりして袋を落として手を引き抜く。

引き抜いた手が、袋の中から飛び出して来た真っ白な手に捕っていた。

背筋が凍った。袋の中から白いグローブに包まれた手が生えてる。金のネックレスを腕に巻きつけたそれは、僕の腕を引っ張りどんどん外に出てくる。

「っヒッ」

口から魂が抜けそうになった。

ぐんぐんと前腕が抜け、両腕が生えてくる。その手は、両手で地面を叩いた。袋の中から影が飛び出て来る。

腰が引ける僕だったが、後ろに立っているレインが逃げるのを許してくれなかった。逃げようとする僕は胸の前に組まれたレインの腕にガッチリ捕まっていた。

おかげで僕は飛び出して来たものにぶつかった。勢いよく飛び出して来たなにかは、倒れる僕の上に乗りかかってきた。

「へぶっ」

肺から空気が押し出されて変な声となった。

どすんと僕のお腹の上にやわらかさとあたたかさが乗った。

何事かと思ってばっと顔を上げた。

「んむっ?」

「ちょ、んっ。んんんーーっっ」

女の子の悲鳴と非難する声が聞こえる。その声にならない声が僕の唇に振動を与えていた。

目を開いた先に目がある。今まで見たことない近い距離で目と目が合った。

「わっふふ」

レインが口から驚きの声をこぼしていた。

お互いに静止した。息が止まった。時間が止まって永遠になったようだった。ロマンチックな意味じゃない。ただ何が起こったかわからないだけだ。

そして僕の手はやわらかいものを握りしめている。この魅力的なやわらかさと弾力はお尻だと思う。

たぶん僕は目の前の女の子とキスをしてお尻を触っている。

もちろん事故だ。とんだアクシデントだ。だから僕の指先が揉むような動きを止められないのもアクシデントによるものだ。

先に冷静になったのは緑の瞳の女の子からだった。

どんっと僕を押して、立ち上がり、急いで距離をとっていた。

僕はその衝撃で地面に頭を打った。

「信じらんないっ。なんでこんな男とキスしなくちゃいけないのよっ!いったいどんな罰よ!?はじめてなのにっ!!」

綺麗な容姿の、ただ住まいから気品あふれる少女の綺麗な声で僕は口汚く罵られる。

「っざけんな。俺のファーストキス奪っといてその言い草はなんだ。捨てる機会なくて大事にとっておいたんだぞ!はい、ごちそうさまでしたーーーっ!!」

その場の勢いで感情的に、口から出た言葉を並べたらとんでもない煽り文句になってしまった。

「本気で頭に来た。初めてね、ここまでバカにされたの」

怒り心頭といった様子で鋭い目つきを隠さず僕を睨みつけてくる。そんな顔をしながら、僕から隠れるように体を半身にし、腕で隠すように胸を覆っていた。

「僕も初めてだよ。いきなり袋から出て来た女の子に、押し倒されてキスされるなんてね。君は僕へのプレゼントかい、お嬢さん?」

「バカにしないで。あなたなんかに贈られるほど私は安くないわ。身の程を知りなさい」

お互いに睨み合う。はじめて会う人と、これだけ感情激しくぶつかったのは初めてだ。

理由は明確でアクシデントに驚いた感情を、目の前にいた人間にぶつけたからだろう。少し落ち着きたい。売り言葉に買い言葉になるほうが事故だ。

まずレインに説明を求めよう。

「レイン」

そう言って振り返るとレインの頬がまたぱんぱんに膨れていた。ちょっと涙目になってる

「ずるいっ、ご主人!!あたしもちゅーしたい!」

そう言ってレインは耐えかねたように僕に飛び掛かって来て、綺麗な赤い瞳が僕の目に入った。赤くなった頬や長いまつげがわかるぐらいの距離だった。レインの顔が近くなる。僕は思わず目を閉じて。

――――ペロッ、ペロッ、べろべろべろべろべろべろ

唇に限らず顔面をなめてきた。食べられそうな勢いで僕はなめられる。

思い出した。犬の好意表現って顔を舐める事だ。子供のころ友達の犬に頬を舐められ続けたの思い出した。

キスじゃない。これはちゅーじゃない。僕は今までキスをしたことなかったけれど、これはキスじゃないとわかる。別物だ。

「レイン、待って。違う。なんか違う」

「うー?」

「キスって唇を合わせるのであって相手の顔をよだれまみれにするのは違う。えっと、おい箱入り娘。いや袋入り娘」

そう言って機嫌悪そうに立つ少女に近づいた。怪訝な顔をしながら、少女は言う。

「私に変なあだ名つけんな!!」

そう嫌がる少女は、裾の広がるドレスを着ていた。見かけだけじゃない、身なりも一流だった。

そんな高そうな生地のドレスの裾をめくって、顔を近づける。

ごしごしとよだれまみれの僕の顔を、高い高いドレスでふいた。

「~~~っ、なにすんのよ!? 信じられないこの男っ!?いっぺん、死ねッ」

もう一歩でスカートめくりになりそうな僕の行動に、両手で足の付け根を押さえて顔を真っ赤にして叫んでいた。

そう言って蹴りだされる足をひょいと避ける。

なんて凶暴な女だろうと思った。僕はもっと清楚で慎ましいお嬢様が好きなのに。

「で、レイン。一体どうなったらこの女の子が袋から出てきたんだ?」

「うん、忘れてた! ドラゴン倒して巣の奥にお宝探しに行ってたの。そこに居たから連れてきたんだった」

あっさりそう言いきってみせた。

「なんでまたそんなところに?」

バツの悪そうな顔で少女は言う。

「馬車ごとドラゴンにさらわれたのよ」

「なんつー災難だよ」

「ええ、本当にね。ドラゴンの巣から連れ出してくれたその獣人さんにだけは感謝してる。おかげでドラゴンの妾にならずに済んだわ。どこぞの馬の骨に傷はつけられたけれど」

「レイン、この方はドラゴンのお嫁さん志望だったようだ。もとの場所に帰しておいで」

「はーい」

僕の指示を聞くレインが素直に袋を持って少女に近づく。

「待ちなさい。わかった。わかりました。私が悪かったです。お願いだからあんなところに帰すのはやめて。そんなことされるぐらいなら、あなたの辱めを受けるから」

レインから逃げるように少女が僕の所へ逃げて来て懇願した。

「お前は一体僕をなんだと思っているのか?」

「鬼畜セクハラ変態オーク」

「よし、わかった。レイン、やっぱりこの人さ……」

「冗談よ、冗談!!むりむり!あんなところひとりで行ったら死んじゃうから!?」

遠くの山を指さす僕の腕をとって、腕を揺らしながら少女が泣いて懇願した。

「鬼畜セクハラ変態オークなんで、僕の近くにいたら辱めうけちゃうけど、ここがいいの?」

「ここが!!いいですっ!!鬼畜セクハラ変態オークの近くがいいですっ!!!!」

涙目になってムキになりながら叫ぶ金髪美少女は絶景かな。

「セクハラ公認いただいたところで、ここまで。さて、僕はふみまろ。こっちは使い魔のレイン。あなたは?」

「エクレア。この国の……貴族の娘よ」

貴族というものに馴染みがないが、偉い人に逆らうといけないという社会のルールは知っていた。

「やっべ、これ普通に不敬罪で罪に問われる奴だ。ドラゴンから助けたこと恩着せがましくすればセーフかな」

「その言動がアウトに決まってるでしょうが!?」

つんけんした態度も大分温和になったようで、いまではふつうに?話せるようになった。ツンツンはしているようだけど。

「エクレアって聞いてお菓子しか思い浮かばないけど、甘くておいしそうだよね。チョコレートかかってるパイ生地の生クリームはいったお菓子知ってる?」

「ひとの名前を一体なんだと……。チョコレート?甘いの?」

その反応に僕は固まった。

「うわ、チョコレートも無いのかショック。あー、しまったポテトチップスもコーラも無いんだ。おやつどうすんだ僕。エクレアの名前聞いたせいでお腹すいてたの思い出したわ」

「ご主人、あたしも動いたらお腹へったー」

「そうだまずドラゴン売らなきゃお金ないんだった」

僕がそう言うと、エクレアがきょとんと首を傾げた。

「まさか、袋の中身知らないの?これとか」

そういうエクレアの腕には金のネックレスがぶらさがっている。派手な装飾だと思う。

「あっ、ご主人。ドラゴンってピカピカするもの集めるからお金じゃないけど金ならいっぱいあるよ。このレッドドラゴンだいぶ貯め込んでたの全部もってきちゃった」

レインは袋に手を突っ込んで、金の王冠や金のブレスレット、金のゴブレットや赤い宝石の入った金の首飾りなど大量に見せてくる。

そうだ、その中身を確認しようとしたら女の子が出てきたんだ。驚愕したせいで本来の中身の事を忘れていた。

「……その袋にどんだけ入ってんの?」

「いまの時代、国の国庫にもこんな入ってないわよ。ふざけるなっつーの」

「ご主人、ここで広げていいの?黄金の海になるよ?」

「やめときなさい。引き寄せの魔法使えるやつだったら盗まれる」

レインは僕のもとに走って来て、「はい、あげる」と袋を僕に渡してみた。袋の中にまた手を突っ込んだ。硬い金属の冷たい感触がした。それらをかきわけて袋の底を探ろうとする。いくらかきわけても底に届かず袋に肩まで手を突っ込んでいた。

重いジュラルミンケースを思い出した。あれを握りしめているのと同じような感覚になる。

落としたら大変だと思い、エクレアからネックレスを貰い、袋の紐を通して首から下げることにした。

「最近ポッと大金が手に入ること多いんだけど、何回でもこの瞬間は興奮するな」

「ご主人、うれしい?」

「嬉しい。わくわくが止まらない」

僕がそう言うとレインは自分の事のように尻尾を振って喜ぶ。

頭の上に手を置くと、尻尾の動きがさらに大きくなった。

ありがとう、レイン。本当に感謝してる。そう思いながら撫でる頭は伝わるのかな。

「エクレア!とりあえず、一緒にご飯食べに行くぞ、案内せい!」

そう言ってぽんっと吸い込まれるようにエクレアのお尻をさわる。

「お尻触んなっ!1度冒険者ギルドでご飯食べたかったのよね」

そう言いながらエクレアは僕の一歩前を歩き始めた。

「よっ、と。ご飯前に、先にドラゴン置いてきたいなー」

レインが軽々しく片手でドラゴンをかついで歩いていた。

街の門が開き隙間からおっさんが顔を見せる。門番のおっさんが呆気に取られた顔をした後、口をあけて大きく笑っていた。それに向かって僕が「かいもーん!」と叫ぶとおっさんの指示で門が開く。

「解体場あけとくようギルドに言っとけ!!いくつって言った奴目ついてんのか?全部に決まってるだろうよ!!道から馬車もどいておけ!!ドラゴンとぼっちゃん一行のお通りだ!!」

そんな歓迎の声を受けて僕は門をくぐった。

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