第8話

城壁に寄りかかって、地面に座りあくびをした。

「ふぁー」

大きな口をあけながら両腕を上に突き出し、そんな声をあげた。

心地よい風が吹き抜けた。気候が温暖で過ごしやすい。遠くに湖があるからか、風が少し湿っぽかった。

あの湖に釣竿を持って行ったら、なんか魚釣れないだろうか。ぽけーっとそうやって釣った魚を食べながら1日を過ごしてみたい。レインはそれに付き合ってくれるかな。

僕はもう働かない。働きたくない。いそがしい時間の過ごし方に合わない。電車のダイヤ見ながら外回りして一分一秒を切り詰めて効率化して動くなんていう芸当はまっぴらだ。2日休んで1日働いてまた2日休む。このサイクルで行こう。

「どっこいしょ。よかったらお隣失礼して良いかい?おっさん腰が悪いのよ、ヘンタイちゃん」

お隣失礼していいかい?と聞きながらも、すでに腰を下ろすのは中年の門番だった。腰から上は重そうな金属の鎧を着ており、手には胸の高さほどある穂先が鈍く光る木製の槍を持っていた。それを城壁のくぼみにうまく立てかけていた。

「どうぞ、お疲れ様です。あとヘンタイは男性に呼ばれても興奮しないからやめてくれ」

「ありがとさん。いやさぁ、見ない変わった風貌の2人がおっさんの仕事場の前で楽しそうに話してたら気になっちゃうじゃないよ。若いなあってニヤニヤしちまったよ。悪気はないんだ。許してくれやい」

「それがお勤めなんだろ? だったら仕方ないさ」

「やーけに達観したぼっちゃんだねぇ。そんな生き急いでどうすんのよ。急いで生きても死ぬだけだよぉ?」

「ははっ、間違いない。だから今からゆっくり休養しようとしてるのさ」

いいねと門番はうらやましそうに言いながら、腰を動かさないようにゆっくり足を延ばしていた。

「ぼっちゃん、アンジェルクは初めてかい?王都も近いし、国の真ん中にあるから流通も良いし、湖と川があるから魚もうまい。そのクセ近くに無数のダンジョンがあるから冒険者が多くて魔物は少ない。天使のおられる土地って名前もダテじゃないだろう?」

「良いね、気に入った。とくに初めて来た旅人に優しい門番が良いね」

そう意気込んで言う。門番さんはその世辞を口笛を吹いて受け流した。

「いくつか知りたいことがあるんだけど、聞いても良い? お礼はするよ」

門番を自然に注視した。

【アンジェルクの門番:アレス】

ランク:C レベル:51

性別:男性 年齢:41 

クラス:騎士

ステータス:腰痛A 右前腕骨折後C 

体力:C

筋力:B

敏捷:C

魔力:E

幸運:D

スキル:D 

そう言って休憩中の門番のステータスへの驚きを仕事中に培ったスキル:ポーカーフェイスを使って耐える。Aランクの腰痛とか死ぬほど痛そう。回復魔法は、なにが効果的か見ておこう。おっさんの腰を見ながら情報を読み解く。

脊髄の椎体がすり減りそれで神経が~っと聞いてもわからない情報は飛ばして……情報の海に溺れそうになるなかでお目当ての効果のある魔法の欄を探し当てる。Cランク回復魔法の継続で治癒の可能性が高い。1度で治療するならBランク以上の単体回復魔法で治癒可能。

右手の親指と人差し指を弾く。

スキルショップはなにもスキルを買うだけの場所じゃない。自分のスキルやステータスを確認する場所でもあるんだ。

自身の所持魔法欄を見て、ランクBの回復魔法にはなにが該当するかを探していた。ランク順にソートされているので見つけるのは簡単だった。

【フルヒール】ランク:B 消費MP:50

能力の割に消費魔力が少ないなと思った。比べているエンジェルフェザーがバカげた消費の上に成り立っているのかもしれないとも思う。あるいはランクSとランクBの間の壁がそれだけデカいのかもしれない。

「おぅい、ぼっちゃん。質問は?」

「ごめんごめん。つい考えに没頭しちゃった。さきに話しやすくしたいんだけど良い?」

門番が言い終わらない内に門番の腰に手を添える。

「おっさん、そんな趣味はないって」

そう嫌悪感をあらわにする門番にフルヒールをお見舞いした。

白い光が霧のように集まり、吸収されていく。3秒ほどで光の霧が消えた時、おっさんのステータスから赤い文字も消えて居た。2つあったバッドステータスが消えており、ステータス:通常となっている。元気な人のステータスってこう映るんだ、へえ。腰に回復魔法をあてたつもりだけど、全身に効果があるみたいだ。便利だなあ。

「いらんことしたなら謝るけど、ちょっとは話しやすくなったかな?」

おっさんは違和感に気付いた。

腰を捻るように動く。顔を明るくした。バッと立ち上がり、ジャンプしている。重そうな鎧がぴょんぴょん飛んでいた。ステータス高い人ってすごい。そう思ってステータスを見ると先ほどよりも筋力、敏捷、体力がワンランク上がり、おっさんのランクもBになっていた。赤文字のステータス異常って各ステータスへのマイナス修正まであるのか。

「マジかぼっちゃん。そんな死んだ目してヒーラーかい。おっさんと一緒で疲れ切った顔してんなと思ったけど、勘違いだったわ。いやあ、こりゃ助かったわ。おっさんの稼ぎじゃ中々治癒まで持ってけないし、仕事やらないと治癒魔法もかけてもらえないのに仕事で痛めてジリ貧だったんよ。いやぁ、嬉しいね」

そう笑って行った後におっさんは鋭い目つきで僕を睨んでいった。

「で、なにをお求めだい?」

あきらかに敵意をぶつけて言っていた。やりすぎた善意があやしまれてしまったようだ。

「何もないよ。ただ目の前の事が僕にどうにかできそうだった。それで少し情報をもらえれば良いなと思っただけだよ」

おっさんは頭をぼりぼり掻いて天を見上げた。

「参ったなぁ、おっさんの毒づきかわされちゃったよ。すまんねぼっちゃん、おっさんも年で人を信じられなくなって来ちゃったよ。お詫びとお礼におっさんの知ってることならなーんでも答えちゃうよん」

僕はいくつも質問をした。

冒険者になるにはどうしたらいいか?冒険者ギルドにお金払って登録すればだれでも仕事できる。

魔物の素材を売りたいが、どこに持って行けば良いか?冒険者ギルドで間違いない。信頼できる。

そんな目の前の対処法から、この街には街が運営する公衆浴場や冒険者ギルドが運営している大衆食堂があったり、無数の宿が存在することを教えてもらった。1番良い宿はゴールドクラウンと言われる金の王冠亭という宿らしい。すごく高そうだと安直に思った。

雑談を交えながらおっさんと話をしていた。

今は永遠とおっさんの娘がどれだけ可愛いかと話をくらっている。この手の話はとても慣れていた。オーバーリアクション気味にまじっすか?とか言って気持ちよく話させてあげれば良い。口から適当な言葉を出しながら、レイン遅いなと思った。

そのときだった。

カンカンカンカンと大きな鐘の音がなる。

音が鳴りだすと、音が聞こえる範囲にいる人間は一目散に門へと集って、街中に走って行った。

「ほら、ぼっちゃんお立ちよ。これは街の外に危険な魔物が出たから門を閉める合図さ。それも一番デカい鐘鳴らしてやがるから大分危険なやつだーね。すまんがおっさんお仕事に戻るよ。お互いに生きていれば礼は必ず」

そう言っておっさんはニコっと笑って一直線に走って門へ行った。

レインを待つか、街の中に入るかどちらにしようかなと考えていた。

遠くで叫ぶ声が聞こえた。

「ドラゴンだ!!ドラゴンが目視できる」

そんな声が届いたのと同時に女性の悲鳴が聞こえてきた。ドラゴンが見えるというだけで女性が金切り声をあげたようだった。ドラゴンの襲来というのはそれほど恐ろしいみたいだ。

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