第7話
僕の使い魔……というかパートナーである魔物?いや、獣人であるレインの頭を撫でて以降、ボディタッチにはまってしまった。
僕だけじゃなく、お互い様のようで撫でる、触るという行為にレインは喜び、じゃれつき甘えるように身体を寄せてくる。具体的にはレインが僕の耳を甘噛みしたり、首筋を舐めたり、手に顔をこすりつけて来たりする。
そうしたスキンシップのおかげで仲よく慣れた気がした。それがうれしくて、ふたりで地面を転がり合ったり、鼻をこすり付けあったりした。
これもう使い魔とその主人じゃなくてバカップルじゃねーか?と冷静な心の声はレインの可愛さの前に理性と共に消えた。軽く、浮ついた足取りがまるで夢の気分だった。
そんな夢から覚めたのは、僕のお腹のアラームが鳴ったからだった。グウと甘い世界をぶち壊す空腹の合図で夢から覚めて、腹が減っている現実に目が行った。
遠くに見える街へ行こうと提案した。レインは「あたしはご主人についていく。いちいち確認なんかいらないよ」涼し気な目元にかかる前髪を手で流しながら、そう言った。
僕は太陽を背にして街を目指し歩いた。レインは僕のすぐ後ろを、歩幅を合わせてついてくる。太陽が高いせいで歩く先に影が出来た。レインの陰の頭上には耳があり、上質でなめらかでふわふわな尻尾が歩くたびに揺れている姿に僕の頬はだらしなくなった。
背の高い草を踏み分けながら歩く原っぱから、馬車がよく通っているせいでボコボコの土の街道に出るころには街の姿が大きくなっていた。横を馬車が通り過ぎる。馬車をひいている4本足の黒い動物は魔物だ。品種改良されていない牛のように猛々しく、軽トラみたいな大きな巨躯でブモブモと口からエンジン音を響かせ、ケツからは糞と排気ガスをまき散らしながら街道を走っていた。背中に籠を背負った人がその糞を拾って帰っていく姿を見た。清掃員には見えないし、農家の人が肥料を取りに来たんだろうか?そこまで気づいてから、中世の街中みたいに道に糞便を捨てる生活圏はさすがにいやだなと思った。偉人や偉人の父親とかでも道に糞便投げ捨てて怒られたり捕まったりしてたろう?
そんなクソみたいな考えをしていたせいで足元がおろそかになり、クソに足を取られて転びそうになった僕の目の前にもクソがあった。あやうく名実ともにクソ野郎になる寸前だったが、レインが僕の腰を片手で抱きかかえてくれたおかげで、クソの上塗りをすることもなく、名ばかりのクソ野郎で済んだ。
さっきからクソクソ言ってるけどそれだけ街道にクソが落ちてると思ってほしい。決してクソと僕の仲が良いわけでは無い。むしろクソは天敵であり、年に何度かケツとかいうダムの崩壊によって痛い目を見ている。そのエピソードを笑ってくるやつには必ず、かの楠木正成が千早城での戦争のとき使用したゲリラ戦法を解いて、煮詰めたクソを頭上から降らしてやろうかと僕への戦意とご飯への食欲を殺している。
日本の城を思い出してしまったからか、この街の外周にそびえる石のカーテンである城壁の高さに驚いた。これだけ強固な壁を作らなきゃいけないって、どんな巨人に襲われるんだろうかと考える。城壁の高さからこの世界の外への脅威がうかがいしれた気がした。
街道の先には、街への2枚開きの門がある。セレナが通った天界の扉よりはずっと小さいけれど、鉄でつくられた門は重そうで大きかった。
いまだに魔物の脅威も知らず旅行のような気持ちの僕は、パスポートを使って外国に入国するよりも安全が保障されていないのにもかかわず「写真とりてーな」と思っていた。ついつい、癖でポケットをゴソゴソとあさって気が付いた。
「……無い」
ポケットの中身が無い。携帯が無い。財布がない。公共交通機関で使うICカードもクレジットカードも重いジュラルミンケースも無い。金目の物も無い。あげくに競馬の馬券を買いに行っていたせいで、1着狙いの1張羅【戦わずして勝つ】と文字の入った白いTシャツしか着て無い。
この状況を誰かのせいにしたいが、僕の信仰している勝利の女神の風呂上がり裸ワイシャツの姿しか思い浮かばない。
無一文でも生きる手段とは?
この国に失業保険の給付とかありませんか?日雇いの失業保険ってハロワにスタンプもらいに行けば良いんでしたっけ?……僕が雇用保険に入っていない?あー、なるほど。
現実逃避終わり。
銀行は何の担保も無いからお金を借りれられない。国の制度を知らないから頼れない。日本だと生活福祉資金貸付制度とかあるけど、今の僕は無戸籍者だから、うーん。
神様がいるから教会かな。教会に行くと多少そういった貧困極めた持たざる者への救済措置がある気がする。
あとは冒険者ギルドに登録してクエストとかいう日雇いの仕事受けてクリアするか?契約金の制度があったら払えないし、そも労働力の対価にお金得るから時間がかかるしなあ。僕は今お腹減ってるんだよな。かといって教会のスープキッチンとかで配布されてる食事で腹を満たしてもなあ。
神様、異世界では働かなくても良いって聞いてたのに!!結局働かなきゃいけないじゃないか!!
さて文句言うところに文句言って気が晴れたし、冒険者ギルドに登録してお仕事といきますか。
「レイン、ご飯を食べるのにお金が無い。僕、無一文なんだ。ということで冒険者っていう元気なひとなら働ける場所があるからそこでお仕事しようと思うんだ」
僕がそう言うとレインは呆れたような顔を浮かべた。
「ごぉーしゅじーん、そういう事ならはやく言ってくれよ。ご主人にはあたしがいるだろ?あたしが金目の奴、狩って来てやるよ」
「今のご主人の良い方好きだから、たまに言ってくれる?できればちょっと呆れた感じで。狩って来る?なにを?」
「ご主人の変態。魔物だよ、魔物。皮とか牙とか角のある魔物なら狩れば売れるだろ?」
「ご主人じゃなくてヘンタイって呼んでくれてもいいけど? そうか、先に狩って持って行けば良いんだ。賢い!でも危ないのやだよ。傷付いたレインもう見たくないな。安全に狩れる魔物が近くにいるならその案で行こう」
僕の発言にレインはむっと頬を膨らませていた。
なにか怒らせてしまっただろうか。
「調子に乗ってヘンタイって呼ばせたの怒ってる?」
もっとレインの頬がふくらんで大変なことになっていた。尻尾も耳もピーンと立っており、怒り心頭とはこのことだ。
「ご主人、あたしは怒ってる。もう、プンプンだよ。ご主人はあたしのことを剣って呼んでくれたのに、ぜんぜんわかってくれてないよ。ご主人はあたしのこと、どう見てる?」
「今のところめちゃくちゃ可愛い女の子として見てる。あと今晩抱きしめて寝ることだけ考えてる」
「うかれたあたしも悪いんだけどさぁ……。抱きしめられるのも好きだけどさ……。もういい!ちょっと待ってて。5分いや3分以内に戻るから」
そう言ってレインは呆れたように一度ふっと笑みを浮かべて、手首や首を回して体の調子を確かめていた。そんな後姿を見ているとレインが振り返って、イタズラをする子供のような笑顔を浮かべ、口を開く。
「ご主人、絶対にびっくりさせてやるから!!いっぱいお肉食べれるように、お腹すかせて待ってな!」
そう言って、ドンッと地面を揺らすような音と共にレインの姿がふっと消えた。地面がえぐれたような足跡だけがレインが立っていたところに残されていた。
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