第16話道化師

僕は鈴を引っ張り森を駆け巡った。しばらく経つと今日行った畑が見えてきた。わざとスピードを落としてみたが鈴は顔色一つ変えない。

『ちょっと、どこ行ってるのよ』

鈴は僕の手を振り払い息を切らしながら怒った。

『ご、ごめん』

何をしてるんだろう僕は。何も考えず膝に手をついた。すると下から鈴は僕の顔を覗き込んで顔を近づけてきた。

『顔赤いよ?熱でもあるの?』

鈴は昨日してくれたようにお互いのでこを当てて熱があるのか確かめた。どうすればいい。ちょっと前まで嫌いだった好きな人の顔が目の前にある。僕は一歩下がり言った。

『僕が誰だかわかる?』

鈴は少し寂しく微笑み

『私もしかして何か忘れちゃった?』

そう言った。僕の様子をみて本人も自覚していたらしい。

『ごめんね、でもちゃんと覚えてる。私は君が好き。君が恋人。これだけは絶対忘れない。』

昨日会ったばかりのずっと前から知ってる女は僕にそう言った。

『大丈夫だよ、鈴は畑の場所を忘れただけだからね。』

何を言ってるんだ。もっと男らしい、恋人らしいセリフを言えよ。僕は僕に言った。

『そっか!ならよかった!ねぇでも温泉の場所は何となく覚えてるよ!今日はちゃんと二人で入るよー?いいね!』

なんで鈴が気を使ってるんだよ。僕は何をしてる。それでも男か。

『そうだね、大丈夫、行こっか』

なんでお前が甘えてる。せめて謝れよ。

鈴はそんなことを考えている僕の手を優しくもって風呂へ案内した。僕を笑わせようと鈴は必死で話しかけてくる。やめてくれ。なんで鈴が、悪いのは僕なのに。風呂についてからも体どころか顔も見れない。すると目の前に肌色の景色が広がった。鈴が目の前にきた。裸のまま抱きついてきた。僕は何も抵抗しなかった。鈴は僕の唇を奪った。

『なんで泣いてるのよ?そんなに嬉しかった?』

鈴は再び僕の唇を奪った。やめてくれ。一番辛いのは、一番辛いのは鈴だろ。なのになんで僕が泣いている。なんでだ。何をしている。

神様がもしいるなら教えてください。今の僕は僕じゃないと言ってください。

僕はこの森に操られている道化師と言ってください。

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