第15話 代償
俺の絵が下手くそなだけ。そう思い込んだ。絵を書いて昼寝をしているといつの間にか夕方は過ぎていて夜だった。鈴より先に目を覚ました僕は大きく息を吸った。よし。複雑な気持ちだったが仮にも僕は男。少しは頼れる存在でいなくちゃ。あれ、これじゃまるで恋人じゃないか。
僕は一人でそんなことを考えながら鈴を起こし、
『野菜取りに行くよ』
と伝えると鈴は眠い目を擦りながら
『んー、どこに?』
寝ぼけてるだけ寝ぼけてるだけ。そう言い聞かせた。
『どこって前取りに行ったじゃないか、忘れたの?』
『え、わかんない』
畑の記憶を失った。僕はなんとなく悟った。
『あ、そうだ手帳見せて』
そうだ、忘れても大丈夫だ。大丈夫なように鈴は手帳を書いてたんだ。
『え、私手帳なんてもってないよ』
思い出を忘れないために書いてた手帳じゃないのかよ。それを忘れたらどうもこうもないじゃないか。僕は鈴が嫌いだ。
『あ、僕の勘違いだった。ちょっと散歩したいから準備して』
そう言った僕は鈴が準備している間に小屋のどこかにある手帳をくまなく探した。探したが一向に出てこない。
『準備できたよー、じゃーん』
鈴は昨日も着ていた緑色のニットを着て笑顔でポーズをとった。その瞳は汚れが一つもなかったことが僕は嫌だった。だがその綺麗な瞳を僕は覗き込んでみた。そこには終点はなくどんどん吸い込まれていく。急に頭が割れるような感覚に襲われた。痛い。なんで。しばらくするとすぐ収まったが、気づいた時には僕は鈴の手を強く握っていた。こんなタイミングかよ。鈴は忘れたけど僕は思い出した。僕は痛みと鈴の記憶を代償に一つ大きなことを思い出した。僕は鈴が好きだ。僕は鈴の手を握ったまま勢いよく小屋を出た。
『ちょっと、早いよ待って?』
今振り返って顔を見られたら記憶を失った鈴でも笑うに違いない。だから僕は振り返らない。前しか向かない。僕達は少しスピードを上げ森の中に入った。風が吹いたせいか少し森は騒ぎ始めた。
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