第232話 3−3−1 合同授業

 合同授業もいくつかやって、お互いの高校の人たちをわかり始めた頃。東京校の人たちが来て三週間が経った。両校の人柄や実力を把握し始めて来月に向けての準備が着々と進み始めた。呪術対抗戦が近いためか、そのための練習が始まっていた。


 俺も去年の試合映像を見たり、実際にルール確認をしたり、簡易式神を使ったりという練習を始めた。これは京都校の生徒だけではなく、東京校の生徒も何かしらの練習をしていた。


 実技棟の一室で練習をしたり、校庭で練習をしたり。相手校に情報を抜かれないようにするために方陣を組んでいる人や幻術を使っている人もいたが、そんな妨害をしてまで練習をする理由がわからない。


 俺なんてどんな内容か、ルールを確認しただけで練習をする気がなくなったが一応偽りの情報として簡易式神を用いて適当に飛ばすだけの練習をしている。隠すものでもないから幻術や方陣なんて使わずに練習をしている。


 一年生の練習なんてそんなものだろうと思われているのか、見学に来る二年生は多い。見たって何の参考にもならないのに暇なことだと思いながら練習をするフリをした。


 今日はそんなことはどうでもよくて、来週に実行しようと思っている蛇島さんのための儀式を行うための、最終確認としてお出掛けをしていた。


 京都に居ながら一切立ち寄らなかった場所。土御門が管轄しているために行く必要は感じていたものの足が遠のいていた。


 ミクを連れて来た、周りの神社と比べても大きく、荘厳に作られた本殿。境内もかなり広めに作られており敷地面積は一般邸宅が何十個も入るほどの広さ。


 晴明神社と呼ばれる、昔の一陰陽師を神格化させてしまった・・・・・・・頭のおかしい場所だ。元々は安倍家の邸宅があった場所を改築して神社に変えたらしい。


 むしろ本人をリスペクトするなら元々の家を残しておけよとも思うが。もう家の様子なんて一欠片も残っていない。土御門が晴明の威光に縋ってるだけにしか見えない。この神社の設立に難波家は一切関与していないようだ。稲荷神社には寄与しているのに、こっちには何もしていない。


 そもそも住所を調べていて思ったことなんだが、ここに来て確信に変わった。千里眼も用いて座標を確認して自分が得た情報が間違っていないとわかる。


「どうかしたんですか?明くん」


「ここ、安倍家の跡地じゃないんだよ」


「え?」


 千里眼で見える地形の風景が違いすぎる。平安時代からの区画整理が未だに残っている京都市は千里眼で視れば過去の情報と照らし合わせて地点を導き出すのは難しくない。


 過去視で昔の情報を知らないミクからしたら跡地がどこかなんてわからないだろうから、看板とかで跡地と書かれてしまえばそれを信じるだろう。それが偽りだなんて、誰も疑わない。


 ゴンがいれば確実に証言してくれたんだろうけど、銀郎と瑠姫は知ってるんだろうか。


「銀郎、瑠姫は安倍家に行ったことがあるか?」


『ありますぜ。坊ちゃんの指摘通りここじゃありませんでした』


『滑稽だニャア。偽りばっかで建てられた偽物を崇める場所。気っ持ちワル』


 二人も行ったことがあったか。となると安倍家跡地はそのまま家を残していて、ここに神社を建ててから家は取り壊されたのかもしれないな。土御門と賀茂両家の家も昔の安倍家があった場所じゃない。見てみたら普通の和風の家が建ってるじゃないか。


 これで跡地って偽ってるのは聖地として観光客を呼んで資金を集めるくらいしか役割がないと思うんだが。実在した人物の名前を冠した神社なんてこの晴明神社くらいしかないんじゃないか?


 今も観光客がかなり来ている。ここに安倍晴明がいないのは分かり切っているのに神社なんて建てて、どういうつもりだ。人を神に祀り立てることがどれだけ不遜で不敬で、罪深いかわかっているのだろうか。


 人間を神の御座に強制的に送り込む。


 玉藻の前と一緒に暮らしていた晴明じゃなければ、悪神が産まれていたとしてもおかしくはない。


 この場所に来れば過去視で何か見られるかと思ったけど、ダメだ。縁がなさすぎて得られる情報がないらしい。これだけ人が多いなら意図的に過去視をするつもりもない。


「……明くん。ここ、本当に気持ち悪いです。早く離れませんか?」


「ああ。俺も頭が痛くなってきた。離れよう」


 境内に行くこともなく晴明神社から離れる。ミクも何か感じたのか晴明神社からとにかく離れる。近くの休める場所じゃなく、簡易式神でかなり離れた場所の甘味処に入る。


 距離を離せば頭痛も治まった。何で頭が痛くなった理由がわかると溜息を出したくなる。


 銀郎と瑠姫の分も合わせて四人分の飲み物を頼んでさっきの現象を纏めた。


「あの神社は今、悪意の溜まり場になってる。神への信仰、安倍晴明への無茶な期待。それを霊気が読み取って魑魅魍魎を産む代わりに霊気の淀みに変換されている。それを俺とタマは感じて気分を悪くしたんだ」


「淀み、ですか。あの場所だけがおかしな感じがしましたが、やっぱりアレはあの本殿に仕掛けられた変な術式のせいですよね?」


「ああ。……見たことなかった術式だ。でもあの術式の完成度は生半可な術者が残したものじゃない。魑魅魍魎のシステムを知った上で魑魅魍魎を産み出さず、あえて淀んだ霊気に留めておくことであそこに土地神が住まないようにしてるんだ。……知識量も、この日本の在り方にも詳しくて術者としての力量も隔絶してる。呪術省以外の実力者じゃないと有り得ない。……Aさんか姫さんか」


 断言はできないけど、あの二人くらいしか思い付かない。


 オリジナルの術式を作ることができる天才は探せば出てくる。俺もいくつかオリジナルの術式は作っているし、祐介もできる。全国で見れば一定数はいるはずだ。そしてオリジナル術式となればその人独自のルールで組み上げられているので他人が解析をするのはとても難しい。


 だからオリジナル術式だということは重要じゃない。それだけの才能と腕を持った人間が施しただけと考えられる。


 問題は魑魅魍魎のシステムを知っているということ。今の呪術省が一切気付いていない、世界の根幹を知った上で神々に迷惑をかけないようにこっそり術式をかけるという良識も持ち合わせている。


 そんな人は誰だという話なんだけど。


「金蘭様、も有り得るのか」


「金蘭様ですか?数多くのオリジナル術式を作っていた方ですよね」


「ああ。あの人なら全ての条件にかち合う。やる理由もあるだろ。……あの神社を徹底的に壊せば、そんな術式は要らなくなるんだが」


「そうですよね。壊さなかった理由がわかりません……。Aさんにしても金蘭様にしても、あんな不快なものは壊しちゃえばいいのに」


 そこがわからない。晴明は人間だ。あの神社が邪魔なら破壊すれば良いだけのはず。アレを残しておく理由がわからないけど、晴明を神にさせたい意志でもあるんだろうか。俺が幼少期からゴンと生活しているために神気を体内に宿している。


 だから晴明も身体に神気を宿していたはずだ。後天的にこんな実績を残す必要はないはず。


 俺だってアレは壊したい。情緒的にも風景的にも破壊衝動が止まらない。けど観光客がいる中でそんなことをするわけにはいかないし、わざわざあんな術式を使ってまで残した意味を知らないと壊すわけにはいかないだろう。


「……ああ、くそ。頭が痛い理由がわかった。アレは善意で残してるんだ」


「善意ですか?まさか呪術省への忖度……?」


「いや、晴明への。そして玉藻の前への忖度だ」


「?」


 ミクがわからないという風に首を傾げる。銀郎と瑠姫は俺の方を見てくるが、それは無視する。


 俺の中で折り合いをつける必要がある事柄が増えただけだ。どこからどこまでが誰の筋書き通りに進んでいて、俺の意志はどこにあるのか。ミクの意志は。


 どこまで話すべきなのかもわからないまま、頭を悩ませる。聞くべき相手はゴンだろう。そのゴンは今ここにいない。


 俺とミクにはまだ時間がある。蛇島さんには時間がない。なら、これは後回しにする案件だ。Aさんが動くまでこのままで良いんだと思う。


「晴明が神になっても良い。呪術省の資金源になればあっち側としても好都合。だからアレに術式を施して残してあるんだ」


「神になっても良い?晴明様を神として祀り上げる集団でもいるということですか?」


「……集団、ではないな。一族、一家。それくらいの派閥だ。永遠に生きる晴明が欲しいんだよ」


「……何故?」


「地上で生きて欲しいから。泰山府君祭の意味を考えれば、その発想に至れなかった俺がバカだったか……」


「泰山府君祭ですか」


 晴明のみに許された特別な術式。人間にしかできないあの術式を何で他の人間が使えないのか。難波家に術式の概要は残っているのに使えた試しがないのは何故か。


 対象がいないから・・・・・・・・だ。


 いや、正確には対象はいるんだろう。でも、おそらく他の存在は許可をくれない。干渉を良しとしない。


 だから術式はうまくいかない。俺もうまくいかない。


 研究したってわかるわけがないんだ。アレは、ただの契約術式なんだから。


「まあ、結論としてはアレは放置するしかない。Aさんたちが使ってるなら何かの計画に支障が出るかもしれないし、金蘭様なら俺たちの味方だ。手を出す意味もない」


「あの術式を止めることもしなくて良いんですか?絶対に不健全ですよ?」


「あそこを参拝している人は今の呪術省の対応に不満があって、だから陰陽師の始祖である安倍晴明に頼りたくなっている人ばかりだろう。不満を抱えているからあそこの霊気は淀む。あそこの霊気を悪用すれば百鬼夜行を任意のタイミングで起こせる。不健全極まりないが、後で俺たちも利用できる。だから無視しよう」


「良いんですね?」


「良いよ」


 術者の特定はできていないけど、おそらく味方だ。


 それに壊すのも・・・・利用するのも・・・・・・簡単だとわかった。だから放置で良いだろう。近付くだけで体調が悪くなるような場所に近付く理由もないし。


 これまた、授業とかで学生程度に抑えるのは大変だな。ミクの心配ばかりしている余裕がなくなった。これから蛇島さんの儀式を行うんだからそこで暴発でもしてみろ。一人の女性が死ぬぞ。


 そうならないように、今から制御に手を出すか。手を軽く開いて様子を見る。


 うん、霊気が増えてる・・・・・・・。晴明神社を訪れたらそうなるように、術式がもう一つ仕掛けてあったな。


 どれだけ凝り性なんだ。金蘭・・は。


「明くん、どこか雰囲気変わりました?」


「嫌か?」


「いえ、そういう明るい顔も好きですよ」


「え?今まで暗かったか?」


「最近はそうでしたね。幼少期はもう少し笑顔が多かったと思いますけど……」


「最近はなぁ。色々と事件が起こりすぎて無邪気に笑えないというか……。タマの前では笑うようにするよ」


「無理な笑いじゃ嫌ですよ?」


「わかってる」


 ミクには何もしなかったみたいだな。俺だけに向けた術式を組んでいるとか、本当に細かい。そこまで指定して高度な術式を使える人物は金蘭しか知らない。俺の霊気と神気を知っている人間なんて極少数だしな。


 で、Aさんはこういう術式は苦手だ。呪術系ならまだしも、俺にだけ作用する霊気増幅術式なんて作り出せない。


 あと、笑顔か。ミクと一緒にいる時は結構笑顔でいたつもりなのに、そうでもなかったのは俺の認識不足だな。ミクに遠慮をしているのかもしれない。


 気を付けないとなぁ。素の俺を出しても良い相手に何を遠慮しているんだか。こんな弱気な俺は俺らしくない。


 彼氏として情けないな、全く。

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