第231話 3−2−2 合同授業

 ゴンにどういう意図があったんだか。蛇島さん以外に手を挙げる人もいなかったのでミクと蛇島さんの対戦カードになった。天海も対戦相手が女子生徒になって、他の生徒も並び始める。


 蛇島さんが前に異動したためにゴンが俺の横に戻ってきた。だから主と式神で繋がっている霊線を通じて誰にも聞かれないように念話で話す。


「どういう意図なんだ?これ」


『この辺りでガス抜きをさせる。悪霊憑きが霊気の増幅装置だって話はしただろ?その増幅装置にだって霊気の上限値はあるし、回復するには時間がかかる。そろそろ期間を考えたら総量を減らしておいた方がいい』


「霊気を思いっきり減らすなら、こういう機会が一番良いのか。いや、そんなに霊気を使わせたいなら簡易式神でも霊気を抑えるコントロールを覚えさせるでも良いだろ?」


 蛇島さんは今でも霊気を垂れ流しだ。しかも霊気の量もかなり多いから学校で移動しているだけでわかる。陰陽師としてまずはそこを鍛えて、それで霊気を消費させたいなら人に迷惑のかからず常時展開しておける簡易式神が適している。


 だというのに、ゴンは首を横に振った。


『アイツ、霊気の制御と式神については全く才能がない。オレがツボを突くと中の存在を色々と刺激しそうだからやってないが、やったとしてもダメだろうな。簡易式神はそもそも形成できない。制御は、抑え込むってことが本能的にわからないらしい。今のままじゃどうしようもない』


「それってやっぱり悪霊憑きだってことが関係してるのか?」


『要因の一つだな。自分の霊気がどれだか理解していない。本人とは違う霊気があるせいでどう制御すれば良いのかわかってないみたいだな。お前や珠希は年齢の割にその辺は早かった』


「俺たちは名家の教育のおかげで下地を作りやすかったからな。蛇島さんとは基礎が違いすぎる」


 俺とミクと比べたらダメだろう。教育の質が違いすぎるし、蛇島さんは施設育ちだ。天竜会は陰陽師用の教育をしてくれているのか聞いていないが、そこまで手厚くもないだろう。


 蛇島さんのことを知らないクラスメイトはいない。教室に来た時点でその容姿も霊気も覚えていて、霊気の量なら賀茂に匹敵する。その蛇島さんがどう戦うのか注目しているようだ。


 ミクが一度俺の方を見てくる。それに俺は頷いた。


 本気でやっていいのかの確認だ。ゴンの意図もわかったし、むしろ試合を長引かせる必要がある。だから思いっきりやってほしい。


 ミクが深呼吸をした後、霊気を迸らせる。ミクを中心に練り上がった霊気の嵐はまるで地震を起こしたかのようにこの場へ振動を与えて、ミクの周りに青い霊気の粒子が可視化されていた。霊気を可視化させるほどなんて本当の本気だ。


 その霊気の量に東京校の生徒は驚きを隠せていない。あれだけの霊気を感じることなんてなかっただろうからもしかしたら人生で一番の霊気を浴びているかもしれない。京都校の人間ならAさんと姫さんでちょっとは耐性があっても、東京でそんなに霊気が多い人と会う機会なんてないだろうからミクなんて化け物に見えるかもしれない。


 対峙している蛇島さんも一歩引いてしまっている。俺の全力の三倍・・はある霊気なんて本当に日本で一番だと思う。持久戦はしたくないな。


 ここで問題となるのがミクと蛇島さんが暴走しないかということ。ミクも先月尻尾が増えて霊気の制御が難しくなっているところだ。で、蛇島さんも自身の制御だって危うい。だから俺もゴンも何かあった時用に心構えをしておく。


 監督している八神先生も俺たちが備えていることを容認している。八神先生も全体を見る都合で何かあった時に咄嗟に術式を使えないだろう。それは監視の雇われ陰陽師も同じ。


 ミクたちの霊気に煽られたものの、参加する全員が霊気を隆起させる。萎縮しててベストパフォーマンスが出せないかもしれないが、そこは一つの試験でしかないから成績が悪くても我慢してほしい。


「よし。カウントダウン始めるぞ。三、二、一、始め!」


「SIN!」


「「「「急々如律令!」」」


 ミクが狐火焔を単体で、一つ大きな炎の塊として出していた。それに蛇島さんはミクの炎に負けないくらいの大きさの一条の雷を放って消し去っていた。


 どっちも制御なんて度外視の力任せで術式を使っている。それでもミクはまだ手を抜いている。怪我をさせないように威力だって絞っているし、数も一つしか出さなかった。ミクなら全く同じ大きさ、威力のものを同時に五つは出せたはずだ。


 ミクが本気を出したら死人が出る。それくらい威力は殺意が高い。けどアレくらいの威力を見せないと蛇島さんの霊気を削るような全力なんて引き出せない。


 今の威力に驚いたのか、蛇島さんが新たに呪符を出して霊気を思いっきり込める。ミクも同じように霊気を込め始めた。


 今日が終わったらミク用の呪符を新しく作るか。今日そこまで消費するとは思わなかった。この授業なら一枚で大丈夫だと思ってたのに、ゴンの思惑のせいで全部台無しだ。ミクの霊気が凄すぎて市販の呪符じゃ全く制御なんて利かない。だからミク用の呪符を作るんだけど、呪符を一枚作るのも結構時間がかかる。


 蛇島さんの案件は重要だからこそ、事前準備はしっかりと終わらせておきたい。人の人生がかかってるんだから失敗できない。


 蛇島さんは雷、つまり木の力が得意らしい。ずっとそれを連発している。ミクも同じように炎だけで対処していた。木ならば金を用いれば相性からして簡単に勝てると思うんだが、ミクも炎に拘って迎撃をしている。


 ミクは難波家が指導したために五行どれも万遍なく使えて、その中では火が得意だ。多分火が得意だからこそ一番制御ができるっていう考えで今は火を使ってるんだろうな。ミクが来月の呪術対抗戦のために手の内を隠すなんてことをする意味もないし。


 さっきの俺の術比べよりも白熱していた。規模も術式の数も桁違いだ。俺が小技でどうにかしたのなら、ミクと蛇島さんは大火力の応酬。周りがさっさと終わったので俺は途中から方陣で二人の周囲を囲っていた。これで炎と雷がぶつかり合って産まれる熱とかが見学者たちを襲うことはない。


 術のぶつかり合いが二十を超えた時。


 ミクが二連続で術式を使って片方は雷との相殺に用いて、もう一つは蛇島さんの足元に牽制用として放っていた。速度と連発力で負けたと知らしめるなら良い方法だ。


 炎が近くに落ちたことで蛇島さんが腰を抜かしたようにその場に倒れこむ。それを見て八神先生が判断を下す。


「勝者、那須珠希」


「蛇島さん。ありがとうございました」


「こちらこそ……。那須さん、凄く強くてビックリしちゃった。もしかしたら一年生で一番強いんじゃないかな?」


「明様には勝てませんよ」


「ああ、難波君……。そっか、難波君は那須さんより凄いのかぁ。私、ちょっと浮かれてたかもね。こんな基礎もできてない私じゃ馬力だけだと勝てないのも当然か」


 ミクが蛇島さんの手を取って立ち上がらせる。それを見て俺は方陣を解除した。


 ミクの強さを改めて思い知ったクラスメイトはミクを見る目が変わり、二年生たちはミクという分家の人間の実力があまりにも高くて恐怖を感じているのかもしれない。クラスメイトは霊気の多さこそ知っていたものの実戦での強さなんてあまり知らなかっただろう。


 四月の『月落とし』もそれなりに有名ではあったものの、その術式を実際に見た人間は少なかったと思う。祐介のように迎撃に出た人間も多かったからだ。


 二年生が驚いてるのは蛇島さんが負けたからか?


「まさか俺たちのエースが……」


「『白髪姫スノーホワイト』が負けた……」


「え、あの人が最近噂の『白髪姫スノーホワイト』なのか?」


「それに勝った那須さんって相当強いんじゃ……?」


 ああ、そっか。二年生からすれば学年のエースである蛇島さんが負けたから。一年生は土御門に勝ったという「白髪姫スノーホワイト」を倒したことに驚きがあるらしい。


 どっちの事実も知っている俺からすれば何も驚きはないんだけど。


「難波。方陣助かった。あとそこまで本気で術比べをされると今のように方陣が必要になってくる。これ以降は三回ぶつかり合ったら双方に最高得点を与えて終了とする。弓削と蛇島にも最高得点を与える」


 八神先生からそんな追加事項が通達される。五組も見るためにそこまで本気でやられても困るのだろう。


 この授業の後からミクが強いという噂と、「白髪姫スノーホワイト」の詳細が伝播していく。ミクが強いことなんて髪と瞳の色を見ればわかると思うんだけど、それでも急激に増えていく。


 そのせいでミクに寄ってくる二年生の男子がまた増えた。それを対処することも増えて本気でやらせなければ良かったなと思えた授業だった。

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