第230話 3−2−1 合同授業

 それからも対人向けの授業は続く。合同授業を抜きにしても呪術犯罪者とかそういうの向けの授業が多いよな。魑魅魍魎や妖を用意するのは難しいから必然的に対人向けの実践向け授業が多いんだろうけど。


 たまに夜の授業で学外に出て魑魅魍魎を倒しに行く授業もある。現場の空気を知っておけという感じの授業で大人たちの手厚い護衛付きで戦う。京都では強い魑魅魍魎が現れることもあるがそこは資格持ちのプロたちと高等学校では最高と呼ばれる京都校に入学できたエリートたち。


 Aさんが世界を変えようと、簡単に遅れをとるような生徒はいなかった。


 ただ、今日の合同授業はまた対人向けというか。攻撃術式のぶつけ合いという何の面白みもない授業だった。これ、ミクに勝てる人いるか?たとえ東京校の先輩方エリートでも霊気の量が違いすぎる。


 現状で日本の誰も勝てなかったAさんよりも霊気があるんだぞ?瞬発的勝負、出力勝負でミクが負ける道理がない。


 今日の授業は蛇島さんがいるクラスだった。蛇島さん以外顔も名前も一致しないんだけどな。


 だが、二年生たちは俺たちのクラスのことをかなり知っていた。誰もが注目生徒として視線を向けてくる。


「あれ、難波の嫡男だ。隣にいる子は髪も瞳も変色してるな……。金なんて珍しい」


「賀茂の長女。本当に一個下の代は示し合わせたかのように名家が揃ってるな」


「天海の分家の少女もいるぞ。前の合同授業で他のクラスの奴らが風水を使われて完封されたらしい」


「風水ってマジかよ⁉︎あんなもん、プロでも使える人間は限られてるぞ!」


 おーおー、有名なことで。もうすっかりと俺たちの顔と名前は覚えられたな。将来も関わることになるのか、それとも来月の呪術対抗戦を見越してのことなのか。


 俺は今のところあんまり実力を見せていないからか、家の名前で知られてるって感じだな。髪も瞳も黒色だから霊気の量が多いという指標にはならない。賀茂は家の名前と髪が空色だから。


 天海だって栗色でパッと見はわからないけど変色してるからな。そこに特A術式の風水が使えるって情報からかなり狙われている。


 ライバルとしても、婚約者候補としても。


 本当に危なくなったら難波の人間として後ろ盾になるべきなのか。それとも天海本家が保護に乗り出してくれるのか。天海がヘルプのサインを出したら動けるようにしておこう。父親と娘の保護なんて、一人分増えても誤差だろ。


 我が家で保護してる人間は多い。そこに天海が増えたってウチの財源的には問題ないはずだ。天海が将来どこを拠点にするのかは知らないけど、今は難波の人間だ。なら援助くらいしてやるさ。同級生としてのよしみもある。


「薫ちゃん人気すぎね?」


「風水ってここまで話題になるんだね……。甘く見てたよ」


「天海の家名とその万能性から、使える術者を囲いたい家なんて腐るほどある。後方支援を何でもやってくれる、亜種千里眼持ちってことだ。それに風水は上手く使えば霊気の流れも整えることができる。誰かに霊気を遠隔で譲渡できたりするんだ。天海家がほぼ独占している術式が使える高校生。まあ、狙うよな」


「だよなあ。薫ちゃん、ドンマイ」


「うぅ……。私はゴン先生に促してもらえただけだから、たまたまなのに……」


 祐介が励ますものの、天海は気落ちしたまま。というか恥ずかしがってるまま。


 風水は霊気による敵味方の識別という千里眼もどきができることと、たとえ不可視の存在でも感知できる有能さ、そして地形把握もできるために拠点作成にも用いられる。霊脈が痛んでいる土地の修復もできるし、それこそ魑魅魍魎や妖が襲ってきても把握できる。


 魑魅魍魎なんてどこからでも湧いてくるんだから、それが生成直後に強さと場所の特定ができるなんてズルって言ってもいいくらいに有能な術式だ。


 霊気が減っている人間がいたら霊脈を通してその人に霊気を充填できる。自分の霊気が減ってきたとしても霊脈から少し霊気を分けてもらえばすぐに全快まで回復できる。一度発動してしまえば妨害されたり霊脈がすっからかんにならない限り半永久機関になれる術式。


 ゴン曰く、まだ半永久機関と呼ばれるような使い方はできないとのこと。ただ数をこなして数年もすれば一人で延々と術式を使い続けられるという。


 天海家との縁もできて、風水の力も手に入れられて。利点しかない相手として天海は人気のようだ。全員高校生なのに打算的な恋愛をしているなとも思うが、家を背負っているとそんな考えにもなるのかもしれない。特に中堅どころの家だと強くなったり上の立場に上がることに懸命になるんだろう。


 男からしたら天海は有望株すぎる。


 俺とミクなんて狐憑きという慶次が関わっているとはいえ恋愛による婚約関係だし、星斗も難波の分家筆頭だが婚約者とは恋愛の末の契約だ。家のことも大事だろうけど、自分の気持ちも大事にした方が良いんじゃないか。


 この場合は難波家が緩いのかもな。上昇志向なんてないし、立場を固めるために他家のご令嬢を迎え入れる気もない。だから好きな相手と好きに付き合えって感じだ。


 天海も分家としての立場が低いから自分には無関係だと思ってたのに、ある意味俺とゴンが風水なんてものを開花させたせいで大変になってしまった。これ、反省すべきか?


 あと、ゴンがちょっと才能を後押ししたからってアレは将来手に入れる力を前倒しで感覚的に理解させる程度で、本人にそもそも才能がなければ何ともならないツボ押しらしい。


 もし才能がない人間に全員陰陽師としての破格の才能を付与できるなら、国民に片っ端からゴンの肉球を押し付けて陰陽師国家を作ることで魑魅魍魎が一掃できるかもしれなかった。まあ、できないんだけど。できたとしても狐に身体を弄られると思ったら拒絶反応が出て暴動が起こるだろうな。


 豊穣の神様とはいえ、そこまで万能じゃない。できたとしてもゴンがそんな面倒なこと嫌がるだろうし、ゴン頼りにしたら人間が堕落しそうだからな。


 なしなし。


 授業では一対一の対戦形式を五組作って攻撃術式をぶつけ合うらしい。あーあ、やる気が出ない。一年生を八神先生が選出して、相手となる二年生は立候補制のようだ。


「じゃあ男子は難波と住吉。お前らを残しておくと面倒そうだから最初にやるぞ」


「えー。先生、それって俺らが問題児ってこと?」


「ああ、そうだ。住吉はこの前の伝達授業でバカみたいにトラップを設置して後片付けが大変だったからな。簡易式神の自爆術式どころか、ペイント弾を降らせるってどういう術式の組み方をしたんだ?」


「周囲の水素と酸素を集めて水を構築して、その水に色を付けて爆発させただけっスよ?目くらましとして最高だったでしょう?」


「理にかなってるから加点をしたけどな。次は事前に報告するように」


 本当に、祐介もおかしな方向で天才だよな。降霊術が得意術式だから他の術式はどれも京都校の生徒としては平均くらいで収まってるけど、オリジナル術式の構築なんてできる高校生はほぼいない。何で化学実験を簡易式神の中でやってるんだって話だ。


 目くらましなら他の手段もたくさんあるからそこまで注目されないが、やってることのおかしさは群を抜く。オリジナル術式なんて産み出したらそれだけで呪術省の優秀な研究者として名を刻むぞ。一千年以上の歴史がある陰陽術でもオリジナル術式というのは数える程しかない。


 それだけ一千年前の体系化の時点で完成している術式なんだ。だからこそ四百年前に天海家が産み出した風水は画期的だったし、故に時の将軍に見初められて日本の中心に一気に食い込んできた。


 祐介の独創力。それにオリジナル術式を構築する柔軟さを知ったらどこかの名家は祐介にも手を出すんじゃなかろうか。婚約者という立場じゃなくても後ろ盾になると名乗りを上げる家もあるだろう。


 なにせ住吉なんて家系、誰も聞いたことがないんだから。そして本人も自分が一般の家の出身だと認めている。才能のある人間だからこそ守ってあげなくてはと図々しくなる家もあるだろうな。


 その辺りは祐介の自由意志に任せているので難波としても門下の末端にしているだけで正式な所属はさせていない。祐介の未来を難波家で縛るわけにはいかないんだ。援助してくれって言われたら諸手を挙げて援助するだろうけどな。


「さて、難波に挑む人間はいるか?挙手制で頼む」


「──はい。出席番号三十一番、弓削辰秀ゆげたつひでが立候補します」


 手を挙げたのはダークパープルの髪に緑色の瞳をしたツリ目が特徴的な男子生徒。二年生は立候補して当然、という顔をしていたし、ウチのクラスも何人かが驚いて息を飲んでいた。


 弓削、ねえ。どこかで聞いたことがあるな。多分有名な一家だ。


「難波君。室町初期から名を馳せた弓削家の嫡子として君に挑ませてもらう」


「やはり弓削家の方でしたか。お手柔らかに」


 そうそう。陰陽大家としてそれなりの立場にいる弓削家だ。中部地方を中心に勢力を伸ばしている家で、最古参の土御門や賀茂には劣るものの歴史の長さからかなり有力視されている一家。得意術式は特殊な肉体活性補助術式だったはず。


 武士への支援に特化した家系だったはずだ。だから戦国時代辺りまで引っ張りだこで、江戸時代に移っても公的権力の支援役として重宝されていたって話だな。本人が矢面に立って戦うんじゃなくて後方から支援術式を使いまくって死者を減らすことが目的の家系だったはず。


 戦国時代とかだと武将とかが戦場で目立って活躍することで士気を上げたり名を売ることに貢献したのだとか。名前と室町時代って言われなかったらわからなかったな。


 タイプとしては天海みたいな後方支援特化のはずだが、家系がそうだからってそこに所属する人間全員が同じタイプだとは限らない。桑名家だって元を辿れば難波の分家なのに、あっちは攻撃術式特化でこっちは式神が中心だからな。


 油断はしない。負けても良いんだが、難波の人間としてのプライドも若干あるから負けたくない。


 というか、彼女ミクが見ている前で無様に負けるっていうのもどうなんだか。ということでちょっとは本気でやろう。


 祐介も男子生徒と戦うことになりそうだ。賀茂とも戦った実習棟の一室で戦う生徒は学年ごとに横並びになる。見学者たちは戦う人間から離れて、近くにいるのは八神先生と護衛の雇われ陰陽師だけ。


 さて、何の術式を使おうか。攻撃術式で、かつ相手を死なせないようなもの。


「なあ、明。敵情視察よろしく」


「来月のためにってか?これ、最初の一撃で終わらなかったら続けて良いのかよ?」


「術式の打ち合いはオッケーらしいぞ?ここらで難波の名前を売っていこうぜ」


「売る気は無い」


 祐介にそんなことを言われるが、本当に売名する気はないんだ。有名になる気がないんだから。


 でもこれも一種の訓練か。他人と術式をぶつけ合う経験なんて少ないし、今後のことを見据えて訓練の一端として割り切ろう。


 呪符を用意する人は用意する。俺も速度で勝負するなら呪符があった方がいい。呪符を全員が構えたところで八神先生がカウントダウンを始める。


「いくぞ。三、二、一、始め!」


「「「「急々如律令!」」」


「ON!」


 一斉に術式を使う。目の前の弓削さんが使ってきたのは炎の塊を飛ばす一般的な攻撃術式だった。俺も合わせるように炎の術式を飛ばす。


 あえて発動タイミングも属性も合わせたその攻撃はぶつかり合って見事に相殺。それを見て弓削さんが口角を上げる。実力が拮抗したことがそんなに嬉しいんだろうか。二人とも腰の呪符ケースから新しい呪符を取り出す。


 周りが決着のついていく中、俺たちは続きを行う。


「急々如律令!」


「ON!」


 俺の得意属性が火だと思ったのか、今度は水を纏めて槍のように発射してきた。だから俺は木を生成する。丸太のように吹っ飛ばし、水を含んでむしろ大きくなった丸太が相手の足元に突き刺さった。術式に打ち克ったんだから俺の勝ちだな。


 長引いていたのは俺だけだったようで、俺たちが最後だった。終わったことで握手をするために距離を詰める。


「ありがとうございました、弓削先輩。支援特化の一族だと伺っていたので術式の完成度にビックリしました」


「それを言ったら君だって式神の家系だろう?その歳で短縮詠唱を使い熟しているなんて驚いたよ。これは来月、とても苦労しそうだ」


「俺は式神の部門にしか出ないので、このデータはアテにならないと思いますよ」


「出場部門は言ってしまって良かったのかい?君なら総合戦でも出られそうなのに。いや、もしかして虚偽の情報を流してこちらを困惑させようとしている?」


「いえいえ。ウチには土御門と賀茂の御曹司がいますから。自分の得意分野で出て点数を稼ぐだけですよ」


「なるほど」


 詠唱省略ができる高校生って本当に少ないよな。土御門もできないらしいし。急々如律令の一言で術式が使えるだけで実のところ上澄みだからな。術式の詠唱が必要ないっていうのは先手が取りやすくて戦いを有利に進めやすい。


 発音する言葉を少なくすればそれだけでアドバンテージが増える。だから誰もが詠唱を縮めようと頑張るがそこを縮めるのは難しいらしい。俺は小さい頃にできるようになったから何が難しいのかよくわからない。


 握手をして見学席へ戻る。弓削さんは前評判通り直接戦闘は苦手っぽい。その情報がどれだけ有効活用されるのか。向こうも手加減してた可能性があるからなあ。


「続いて女子。天海、那須。前へ」


 ミクと天海も前に行く。ミクには誰がぶつかるのか。また挙手で立候補を聞いて。


 ミクに対して手を挙げたのは一人だけ。


 隠れているゴンに促されるように、蛇島さんが挙手をしていた。

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