第229話 3−1−3 合同授業

 今週の授業は合同授業ばかりだった。


 他校生と交流を増やしたかったのか術比べ以外にも陰陽術の授業では合同授業を行い、クラスは毎回別のクラスが割り当てられ、そのクラスごとにやる内容が異なった。


 例えば簡易式神を用いた構内全てを用いた情報伝達勝負だったり。先生から貰う情報を頼りにその情報を他校生の相手に伝えたり、逆に情報を持った式神を妨害して相手のイニシアチブを奪ったりという訓練があった。


 これ、一応現場や呪術犯罪者グループを想定した訓練なんだろうけど対人を意識しすぎだよな。それにこの程度で訓練になるなら将来は苦労しないだろう。だってこれ、明らかに格下しか想定していない。先生が妨害役で入ればマシだったのにあくまで学生同士での対決だったから出来もそれなりでしかなかった。


 Aさんとか姫さんのような規格外の人たちはこんな簡易式神を用いた情報伝達なんて全部叩き潰すだろうから意味がない。もしくは見逃されたって致命的な隙にならないから無駄な足掻きでしかない。最上位を想定した訓練じゃないものでも、役に立つことは将来的にはあるんだろう。


 犯罪者なんて木っ端な人間もいるんだから。俺が上を見すぎているということは反省した。


 だからって今回は想定が低すぎてやる気が出なかったんだけど。


 しかも八神先生に授業中、釘を刺されていた。


「お前が本気でやると授業にならない。だから妨害は無しだ」


「じゃあ俺は見てるだけですか?」


「天海をサポートしてやれ。風水を使うようだからそれを補助するのが難波の役割だ。式神を用いて相手を妨害しなければ何をしても良い」


 賀茂やミクはフリーハンドだっていうのに何で俺だけとも思ったが、祐介には当たり前だろと言われた。相手に名家の人間もおらず、ここで俺がゴリ押しをしたら俺一人の力任せで他の生徒の訓練にならないからだとか。まあ、陣地防衛という意味じゃ俺と瑠姫がいるだけで全てが終わる。


 物理的にも術式的にも何をしてくるのか全てを把握した上で守りきれる。学生レベルならそれも容易だ。そういう理由でミクが瑠姫を使うのも禁止。


 監視って簡易式神をばら撒いただけでできるんだよな。視覚共有するまでもなく、近付く物体にぶつかるように指示を出しておいて、簡易式神がその衝撃で消えたらそこに障害ありとして報告するだけ。簡易式神が消える感覚は一瞬でわかるので座標特定もロスタイムがなく報告できる。


 これがゴリ押しなわけだ。俺だけで監視ができてしまう。


 だから天海の風水についてサポートをすることにする。


「天海。風水ってどこまでできる?」


「ゴン先生に教わったし、四月に全体を把握したから構内だったら何でもわかるよ」


「……なあ、祐介。俺のゴリ押しよりも酷いチートがいないか?」


「薫ちゃんハンパねー。風水って天海家特有の術式だっけ?確か高難易度すぎて特Aとかの秘術扱いだったような……」


「術式自体は公表されてるぞ。それを理解していて実際に起動できる術者がどれだけいるかって言ったらほぼ血縁者しか使えないな。俺も使えない。概要はわかっても、霊脈の流れを読み取る力っていうのは汎用化できていない。降霊術を普遍化するようなもんだ」


「あー。そりゃ無理だ」


 祐介が一番得意な術式を例にしたために祐介は簡単に理解した。降霊術だってあの世を感じ取る才覚が必須だ。それと同じで霊脈を感じ取る力が風水には必要だ。


 どっちも才能に愛されていないと使えない術式だ。京都校に入学できただけあって特異な才能が集まっている。その中でもこの二人は俺の知り合いだっていうんだから難波が特殊な地なのか、それとも俺の周りにそういう人がたまたま集まっただけか。


 天海は東京、祐介だって別の場所出身だ。難波産まれじゃないから難波が特殊っていうのは推論として間違ってるかもな。


 地元が特別な場所だっていうことは否定しない。あそこに眠っているものがものだ。人によってはあそここそが日本で一番大切だと思うだろう。土御門も必要だからこそ攻めてきたわけで。


 安倍家が分家を作ってまで避難した土地が特殊ではないわけがない。そこに集まる人間も特殊な人間が増えるか。


 祐介はともかくとして、天海の父親はどうして難波を選んだのだろうか。ただ単に呪術省から派遣されただけかもしれない。


 神は実在するけど、そういった巡り合わせ全てに神の力が及んでいるとは思えない。結構神様っていうのは何もしないし怠惰だ。気に入った人間には加護を与えたり過保護になったりするけど、基本は不干渉を貫いてきたはずだ。


 運命だとか神様の気紛れなんて言葉があるけど、出会いを全部そんな言葉で片付けるのは色彩がなさすぎる。いくら俺の価値観が狂っていても、少しはある彩りを奪わないでほしい。


「珠希ちゃんはほっといて大丈夫なのかよ?」


「タマは霊気のゴリ押しで状況をどうにでもできるからな。あと俺がずっといてもタマが成長できないだろ」


「誰が相手で想定してるんだよ?」


「Aって名乗った呪術犯罪者。四月だって別行動をしたし、この前の『大天狗の変』でも別々の場所にいたからな。身内だからってずっと側で護れるわけじゃない」


「あのレベルを想定するなら成長しないとダメか。だよなぁ」


 祐介が実感のこもった声を出す。祐介だってAさんの実力はよくわかってるだろう。あの人に殺されないように実力を付けるというのは方便としてはおかしくないと思う。


 実際あの人、立ち位置的にはどうなんだろう。敵ではないと思うんだけど、だからって殺されないとも限らない。あの人自体に殺されることはないだろうけど、余波で危険な目に遭うことは十分に考えられる。


 俺たちだってプロの陰陽師でも上位に食い込む実力はある。今星斗と戦ったとしても俺なら勝てるから、八段相当と考えれば日本でも上位だと思う。


 俺は天海の様子を見ながら合同授業が始まる。開始と同時に天海が術式を起動した。


「霊脈起動。土が起こり、山が産まれ、風が吹き、水が滴り川となる。全ては繋がり空へと続く。満たせ満たせ、そして教えて。私はあなたに身を委ねます。──術式起動、風水」


 三次元の立体図で構内の情報が現れる。この図の時点でかなり精巧だ。そこに様々な確認事項を追加で加えていく。味方を青色で表示させて、それ以外の人間と式神などを赤色の丸で表示されるように術式を変えていった。


 霊気の感じ方と現在地で判断しているんだな。相手が人間のせいでこうなる。これで相手が魑魅魍魎や妖、それに神であれば魔の要素や神気を目印にできるんだが、今回みたいな人間が相手だと中々に捉えるのが難しい。


 犯罪者だったらその霊気パターンを教えてもらって登録すればいいからマーキングもできる。風水は便利な術式だけど、こういう模擬戦では微妙だ。簡易式神を使ってくれれば霊気が増えるので感知できることは利点だが、人同士で使う術式じゃない。


 物探しとかならかなり有用なんだけどな。持ち主の霊気と結び付けて物を見付けることもできたりするんだが、そんなことのために高等術式を使うのはどうなんだって話。


「天海、味方の簡易式神はその図に入れなくていい。情報が多過ぎたら消費する霊気が増える。特に簡易式神なんてすぐに増えて消えるんだ。それを全部処理していたら霊気もそうだが目線も追い付かないぞ」


「うん、わかった」


「簡易式神で複数視点の視覚同調でやってみるといい。複数視点の脳の処理は本当に嫌になるぞ」


「あの、難波君?そもそも簡易式神複数で視点の同調なんてできないけど……?視覚同調なんて一体でしかできないし」


「やったことなかったか。じゃあやってみるといい。一気に難易度が上がるぞ」


「それってマルチキャストじゃ……?」


 天海は何を言ってるんだか。


 というかマルチキャストという言葉に高校生は忌避感を抱きすぎなんだよ。高等術式をいくつも同時に使っていたら凄いっていうのはわかるが、簡易式神と視覚同調なんて低位術式二つくらいで何を言ってるんだ。


「天海。簡易式神を複数用意することはマルチキャストか?」


「同一術式は別だよね?」


「あー、教科書じゃそういう扱いだな。でも本質的には簡易式神を複数用意することだってマルチキャストだ」


「そうなの?」


「二つの物を用意してる時点でそうなんだよ。それに簡易式神をただ使うんじゃなくて視点同調もやってるなら別の術式なんだからマルチキャストになる。俺たちは授業の中でマルチキャストを鍛えてるんだよ」


「あー……!」


 気付いてなかったのか。


 一応呪術省のカリキュラムとしてもマルチキャストを鍛えようと思って簡易式神と他の術式を並行して使わせてるんだよな。父さんが簡易式神について難波家として答えたことがあると言っていた。


 呪術省としても強い陰陽師が欲しいだろうから五神候補として必須項目のマルチキャストを鍛えたいという意向と一致したのだろう。マルチキャストは陰陽師としてのレベルを一段階上げてくれるものであることに間違いない。


「というか、風水がマルチキャストなのに何を言ってるんだって感じなんだが。霊気を読み取る、立体図を作る、情報を打ち込む。これだけで複数の要素を合わせた高等術式を使いつつ、今も連絡用の簡易式神を使ってる天海はマルチキャストの才能に溢れてるぞ」


「……私はこの力を、誇っていいの?」


「プロでも滅多にいない稀有な才能だ。後は霊気の量を増やしたり、自衛のための術式を覚えれば後方支援としては上位の陰陽師になれる。高校生の内にプロの資格も取れるだろ」


 プロの四段資格で必要な技能がマルチキャスト。天海は攻撃術式がまだまだだから今年はプロにはなれないだろうが、将来性はかなりある。呪術省からしても新しい四神候補になれる。


 なんでこれだけの力を持ってるのに自分に自信がないんだ。風水を使える高校生なんて天海本家にもいるのかどうか。


 天海にアドバイスをしつつ授業を見守っていると、天海の確実なオペレートとミクの霊気ゴリ押しによる簡易式神の大量神風アタックによってウチのクラスが圧勝。


 上級生に勝ったということでウチのクラスは話題になった。


 一番は天海が風水を使ったことで相手のクラスから更に猛アタックを受けることになる。容姿も整ってるし風水を使える現状でもかなりの逸材。男子にモテるのもおかしくない。


 東京生だけに飽き足らず、同級生や三年生からも声を掛けられるようになった天海。特に最後の方にあるパーティーの相手として誘われているようだ。全部断っているようだが。


 好みの男がいないんだろうか。全部断るなんて、よっぽど相手に拘ってるのか。それとも父親のことで気が引けているのか。もしくは風水のことばかり見られて自分のことを見てくれない男子に幻滅しているのか。


 理由としてはこの辺りだろうな。

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