第228話 3−1−2 合同授業

 結局『白髪姫スノーホワイト』なる人物が誰だかわからなかった。土御門も自分が負けた相手のことなんて喧伝させないだろうし、何より意味不明なのが東京の二年生もその『白髪姫スノーホワイト』という人物がわからないということだ。


 何で苗字じゃなくて二つ名なんだと思ったら、二年生もその人物のことを詳しく知らないという。模擬戦で勝ったという事実だけが先行してその人物の特定ができていないらしく、土御門との戦いに勝った人物が白髪だった気がする、という話から『白髪姫スノーホワイト』なんて二つ名だけが蔓延っているらしい。


 何で名前もわからないのかというと、術比べと仰々しく言っているもののやったことはお互いに一つの攻撃術式だけを使ってぶつけ合い、勝った方がその術式を消すという簡単な勝負をしただけらしい。名乗りもせず複数回、試合もいくつか同時に行なっていたために誰が誰だかわからなかったとか。


 そのお相手、勝った瞬間に自分のクラスの列に戻ってしまったらしい。白髪だったかもというのも術式のぶつかり合いで起こったスパークでしっかりと確認できなかったという話もあるようで真相なんてわかりそうもない。


 土御門の評判が落ちることは俺からすれば大歓迎なんだけど、極論を言ってしまえばどうでも良かったりする。難波を襲ったことを許すつもりは毛頭ないために評価が下がるのはいずれ役に立ちそうなんだが、こんな学校での一勝ち負けなんて些細すぎてどうでも良い。


 どうでも良いんだけど、もう学校中でこの話題が流布されているせいでずっと耳に入ってくる。どうでも良すぎて俺は機嫌が悪く、ついでに賀茂も親しい家の相手が悪く言われているというか煩わしいと感じているのか表情がよろしくない。


 偶然の勝利という土御門擁護派も結構いるようだが、正直それは全然あり得る。陰陽師なんてそれぞれに得意分野が異なるんだから術式の展開速度だったり純粋な火力勝負だと有名な陰陽師だって学生に負ける可能性はある。


 俺は展開速度と威力の二つで桑名先輩に勝てないし、威力だけならミクにも勝てない。展開速度だったらミクに勝てるけど、純粋な威力勝負だと霊気の量的にミクには絶対勝てない。難波の次期当主がこれだけ他人に負けているんだから、土御門だって負けるだろ、としか思わない。


 無敗の陰陽師がいるのなら俺の前に連れてきてほしいくらいだ。Aさんと姫さんくらいじゃないだろうか、本当に無敵の人って。


 夜休憩の際にずっと誰もがそんな話をしていて微妙な気分だった。誰が最強か議論とか男子も好きだなと思っていたが案外女子も気になっているのかかなり話していた。


「難波君はどう?御三家の一人としてはさ」


「御三家って。平安から続いてる家って意味ではそうだろうけど。それって誰が一番強いかって話か?」


「そうそう。気になるじゃない?」


 そう奥田さんが聞いてくる。


 強さなんてどうでもいいなんて言ったら白けさせるんだろうなぁ。


「式神を使えば間違いなく俺が強い。他の勝負はしたことがないからわからないっていうのが正直なところだ。……攻撃術式の威力だけなら俺たち三人よりタマが最強だろうな」


「あー、那須さんの四月の月落とし、凄かったもんね。『黄色い巨星』なんて二つ名が流行ってたよ」


「え⁉︎わたし、それ初耳なのですが!」


 Aさんが襲ってきた時の高威力術式がかなり話題になったらしい。待機組の守護神としてミクに感謝している生徒も多い。それに威力だけなら授業とかの暴走などを知っているから霊気の量も察して威力で最強ということに奥田さんも異論はないんだろう。


 確かに言われてみれば二つ名っぽい話題もあったな。


 俺も「狐を連れてるヤベー奴」「ヤバい式神を従えているおかしい奴」「賀茂に勝った隠れた天才」とか呼ばれてるって銀郎が聞いたって言ってた。俺のは二つ名じゃないけど、どう思われているのか丸わかりだ。


 ミクは二つ名を付けられたのが恥ずかしいらしい。別にかっこ良くないし、知らないところで自分の話をされてるって嫌だよな。


「難波君って土御門君と戦ってないけど、それでも式神で勝てるって確信してるの?」


「ゴンと銀郎に勝てる式神って思い付くか?四神でも連れて来ないと二人とも負けないぞ」


「うわぁ、それ以上の式神なんて想像できない」


「四月に四神ですら苦戦した鬼の式神と同格の鬼と二人は互角だったからな。日本最高の式神と同格を土御門が持ってるとは思えない」


「そう考えるとゴンちゃんと銀郎さんってめちゃくちゃ強いんだね?」


 ゴンは神様だし、銀郎も剣技では誰が勝てるんだっていうほど戦闘能力が高い。二人を超えられる一般式神なんているわけがない。


 だから土御門と賀茂と比較したら式神勝負では圧勝だ。


「他の項目は比べてないからわからない。これで回答としては満足か?」


「うん、割と。じゃあ仮に、難波君が戦うとしたら術比べで二人に勝てる?」


「戦うんだとしたら、俺は負けるわけにはいかない。特に家名を賭けるんだとしたら、難波の先代たちの威信にかけて負けない」


「次期当主って大変だねぇ。でも良いこと聞けた。ありがと」


 奥田さんは納得したようで席に戻っていった。


 賀茂には勝ってるから良いとして、土御門は悪だ。その悪に負けるわけにはいかない。土御門光陰はもちろんのこと、呪術省も一月の事件を隠蔽しようとしている時点でダメだ。今だって大天狗様関連のこともまだ動こうとしていない。


 土御門だけは潰さないと。日本も人もダメになるばかりだ。


 その後誰が呪術省を率いるのかって話だけど、この場合は父さんになるのか、Aさんになるのか。はたまた姫さんという可能性もある。その辺はまず呪術省を潰してからでも良いのかもしれない。


 大穴で天海家ということもあるかもしれない。京都の連中はアテにならないとかで他家を選ぶ可能性もある。


 食事も終わらせてゆっくり休んでいると透明化したままのゴンがやってきた。蛇島さんの護衛は良いのだろうか。


「どうした?」


『いや、変な噂が多すぎてうっとおしくなってきた。アイツには方陣をかけておいたからこの時間は大丈夫だろ。授業の時間になれば戻る』


「変な噂?」


『「白髪姫スノーホワイト」とかが何だとかで蛇島が囲まれてるんだよ。たかが授業で土御門ごときを倒せたからなんだってんだ』


 ああ、彼女が『白髪姫スノーホワイト』なのか。確かに白髪だからそのまんまだ。案外白髪系統の人は多くて銀や灰色の髪の人は学生でもいる。メジャーな変色の色が白なのであって、それ以外の色は珍しい。


 ミクの金色も、賀茂の水色も珍しい。白髪の人は多いから『白髪姫スノーホワイト』が誰かなんて特定できなかったんだろうな。


 土御門ごとき。ゴンの発言もゴンの視点では良くわかる話だ。その辺りを聞いてみるか。


「圧倒的だったか?」


『霊気の質が違う。悪霊憑きというのは言わば霊気の後付け増幅装置みたいなもんだ。普通の霊気とはまた別の霊気があるんだぞ。制御ができていれば霊気の量が多い優秀な陰陽師になりやすい』


「だよなぁ。今はゴンが制御してるならただの優秀な陰陽師なんだよ」


 俺もミクも周りよりは霊気も相当多いし、優秀と言えるだろう。で、土御門が優秀かと言われたら一般生徒から見たら優秀だろう。


 俺たち難波から見たら平均だろう。桜井会の人たちの同時期で見たら同じくらいでしかないと思う。星斗と比べたら確実に落ちる。


 他人の土地を襲うなんて程度が知れている性格の人間が能力も劣っているのは、むしろ能力が劣ってるからこそ他人の物から奪おうとしているのか。


 禁術に手を出そうが何だろうがどうでも良いが、他人に迷惑をかけるな。勝手に自滅していろ。


「今のところ蛇島さんは大丈夫か?」


『ああ。本人もこんなに話しかけられるなんてと感動していたぞ。元々人とか変わらないようにしていたらしくてな。そういう人間は助けたくなるだろ』


「おお。ゴンがまともなこと言ってる」


『これでも豊穣の神だ。まともな人間には祝福を授けるものなんだよ』


「ん。引き続き護衛頼むぞ。こっちも準備を進めておくからな」


『おう。じゃあそろそろ戻るぞ』


 ゴンが帰っていく。


 俺も次の授業に向けて移動しないと。蛇島さんのクラスとは違うけど合同授業がある。


 この合同授業で俺とミク、賀茂が全戦全勝したことで話題になった。祐介と天海もそれなりに勝っていたんだけど、流石に俺たちの話題が大きすぎた。


 この攻撃術式での術比べ。展開速度がモノを言うから幼い頃から鍛えている名家の嫡子やミクのような圧倒的な霊気を持ってる人間はかなり有利なんだよ。


 天海と祐介は無名なりに頑張った方なんだが。天海は分家とはいえ本家とはかなり離れてるし。


 本当にこの授業、やる意味があるんだろうか。イッセーのせで始める術比べなんて実戦で何も役に立たないのに。

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