第227話 3−1−1 合同授業
休日も終わって学校の授業が再開される。
蛇島さんのことは休日の内に色々とゴンや本人と共有しておいた。宇迦様から教わったこと、ゴンの所感。それらを織り交ぜて解決策を練っていく。
蛇島さんの身体についても微妙な猶予期間があるとわかって、でも俺たちが対処したほうが良いために今月末には蛇島さんの中に潜む魔については対策を講じる。京都にいるというのは正直都合が良いし、何かあったとしても難波以外の土地なら京都が一番良く、霊気が溢れている土地なら俺の実力が存分に発揮できる。
東京に帰った後に症状が悪化したら俺たちじゃどうにもできなくなってしまうし、対処する方法がわかったのに放置するほど人間としての性格は終わっていない。
なんにせよ、しばらくは準備が必要だ。だからまだ直接は動けない。動くのは月末に決めてそれまでは学校生活を続けることにした。必要な書類を桑名先輩に頼んで郵送してもらうことにして、桑名家がよく使う術式を融通してもらう。
これは桑名先輩を通して既に許可を得ていて、桑名本家には話が通っている。先輩が話を通してくれたためか本家の方にもすんなりとことは進み、用意して送ってくれることになっている。俺が難波本家の次期当主だと知っていたために二つ返事だった。
あとは教えてもらう術式が桑名家の秘術とかでもなく、おそらく呪術省にも似たような術式はあるもの。難波家にはなかったもので、かといって呪術省の術式では信用できないのでわざわざ桑名家を頼ったわけだ。
使う理由も蛇島さんの名前を出したら納得してくれた。そして本来なら自分たちの仕事だから手伝おうかとも言われたけど、正直桑名の退魔の力が怖すぎて一緒の場にいるのは御免被るので丁重に断らせてもらった。その代わり今回の顛末をしっかりと伝えることを代価として求められたのでこれを俺は了承。
その術式の確認をして、それをミクに使ってもらう。俺は俺でゴンと一緒にある術式を使う。その二つの術式を用いることが対処療法だ。
俺の、というよりミクの準備ができていないからまだ実行できない。実行できないのなら学生らしく授業を受けるしかない。
授業は一般教養である国語や数学のような座学もあれば、陰陽師育成機関らしく陰陽術の実践の授業もある。比率としては後者の方が多い。そんな実践の授業を、今は京都に来ている東京の生徒たちと一緒に受ける合同授業なんてものもあるのだ。
それの内容についていつもの四人組で話していた。
「俺ら下級生からすればやってられないよなー。何で先輩たちと術比べをやらなくちゃいけないわけ?」
「交流会だからだろ?学年が違ってもどれだけの実力をつけているのか。京都と東京でどれだけ違うのか。それをお互いに知って切磋琢磨してもらう。そんな、育成機関らしい建前だ」
「建前って言っちゃって良いのかよ?じゃあ明、本音は?」
「実力の誇示」
「ああ、なるほど」
祐介の疑問に答えるが、正直これしかないだろう。
日本の中でも重要な二つの都市を知ってもらう。できたら婚約を結んでもらい陰陽師の才能がある子供を数多く産んでほしい。これだって事実だろうけど、呪術省はこの機会に自分たちの威光を子供たちに見せつけてプロの陰陽師を増やして自分たちの派閥を増やしたいのだろう。
難波はある意味除外として、その他に知られている陰陽大家というのは土御門、賀茂、天海となる。東京だったら天海家が、京都だったら他の二家が傘下を増やそうと躍起になっているわけだ。天海は東京の守護を考えて、土御門と賀茂は呪術省直下の子飼いの戦力を増やすために。
天海の考えはわかる。いくら京都が最重要地域だとしても、魑魅魍魎の跋扈する地獄だとしても。日本の首都は東京だ。そして東京も百鬼夜行が頻発する程度には危ない地区。京都にばかり陰陽師が集まってしまってはいざという時に困る。
実力がある人間は出世やら功績やら色々なものを求めて陰陽師としての配属希望に京都所属を申し出ることが多いらしい。いつかは四神にと考えると実戦の機会が多い京都を志望するのだとか。
日本で大変な地区を二つ選べと言われたら京都と東京だと誰もが答えるが、一番大変な場所はどこだと聞けば京都と答えるだろう。そんな共通認識が陰陽師にも陰陽師の卵にも行き渡っている。俺は東京にあまり行ったことがないが、京都の方が大変だとわかる。
天海はこれ以上東京の陰陽師が減るのを防ぎたくて。土御門と賀茂は呪術省での自分の確固たる立場を保持したくて。そんな権力争いの縮図だ。
これはプロの陰陽師を新しく配属することを差配することを呪術省が完全に任されていることが大きい。本人の希望も聞くが最終的に判断するのは呪術省だ。その呪術省を牛耳っている人間たちに天海家では逆らえないのが現状。
一応プロの任官時に受領拒否権というのも存在するのでたとえ実力があろうと自分の地元に残りたいという人間は最初の数年だけ希望通りの勤務地を選べる。この受領拒否権を使ったのが星斗だったりする。難波の分家だろうと今では八段になるような人材を関東の田舎に残しておきたくなかったんだろう。
その辺りの話は星斗に散々愚痴られたからよく覚えている。京都からも東京からもラブコールがあって土御門、賀茂、天海の本家当主からの直筆嘆願書が届いたらしい。それでもアイツは香炉家の人間だからと難波に帰って来たわけだ。
その際に後輩に強く引き留められたって言ってたな。あれって誰のことだったんだか。もし女性ならマズイことになりそうだけどそこは深掘りしないようにしよう。
せっかく帰って来たというのに、今年の騒動のせいで結局京都に転属にさせられたのは可哀想ではある。数年という期間が過ぎていたのか、緊急事態だから断れなかったのか。父さんが口添えしたって言ってたか?
まあ、そんな制度やらのせいで俺たちは術比べをやらされるわけだ。
「そもそも実力の誇示って、その派閥の人が実力を示さないとダメなんだよね?今年は土御門君と賀茂さんがいるけど、二年生や三年生にはいないでしょ?」
「天海本家の嫡子って今いくつだっけ?天海は知ってるのか?」
「一番上が中学二年生だね。分家の方なら二年生や三年生にもいるだろうけど、私も全員は把握してないから。分家でもかなり遠縁の私じゃ本家の会合とかに出られないし」
俺も土御門家と賀茂家の家系図なんて詳しく知らないのでどの年代に誰がいるのかなんて把握していない。難波の分家だって全部を把握してないのに他家なんて無理だ。
それで天海は難波に居を構えていることからもわかるように、天海を名乗っているものの血筋としてはかなり遠いらしい。四百年程度の歴史でどれだけ遠い近いがあるのかって話でもあるんだが。
「派閥に入って何かメリットがあるんですか?」
「土御門とかの家の恩恵を受けられる。それがどんなものかは知らないけど、会合とかあったら意見を出せるくらいの発言権は得られるんじゃないか?一般の家系だと大きな家の保護はありがたいんだよ。タマの那須家だってウチが援助してるんだし」
「ああ、金銭面や勉強面での支援はありがたかったです。そういう支援が受けられるなら派閥に入るのもわかるかも……」
「その辺りは分家としてだから厳密には違うとは思うんだが、似たようなものだ。天海の質問に回答するなら派閥の生徒が実力を誇示するのは大事なんだよ。生徒からすれば本家の人間の覚えがめでたくなる。本家の人間からすれば勝手に宣伝してくれる。そういう利害関係が出来上がるんだ」
これは派閥特有の動きだろう。難波の分家としてはそんなことはしなかった。ウチの連中は誰も積極的に自分が難波所属だと口にしなかったのだとか。それを言ったところで「ああ、あの田舎の」としか思われず、難波家が呪術省で地位を確保しようともしていないので誇示する意味がない。
分家筋の人間はおとなしく学生生活を過ごして、希望届を出す段階で出身地と合わせて難波所属だと知られるらしい。実力はあるのに田舎に引き篭もっているのが悔しくて若い連中が立ち上げたのが桜井会だ。難波の人間は数が少ないから一大派閥にはなれないと思う。
実力はあるので良いところには喰い込めそうだけど、純粋に組織力が足りない。呪術省を率いるには陰陽師としての実力以外にも色々と必要だろう。その辺りの算段がついていないならあくまで若い人間の集会でしかない。
「この交流会に興味なかったくせに詳しいな?」
「派閥の話は聞いてた。まさかこう繋がるとは思ってなくてな。しかも結構術比べを吹っ掛けられてるしな」
「マジ?」
「ああ。天海派閥って名乗ってた京都校の制服を着た人に三回は挑まれた。全部返り討ちにしたけど」
「まあ、難波の次期当主を倒したってなれば一気に名声になるだろうしな。負けたとしても相手が次期当主だから仕方がないって理由付けもできるし」
放課後とか、それこそ俺とミクが深夜に行なっている魑魅魍魎退治に出掛けようとしたら挑まれたこともある。ミクにはそういうことがないらしいが、俺はとにかく挑まれている。
実際強くはあったんだよな。天海派閥の二年生。基礎はしっかりとしているし、高校生の範疇じゃなかったと思う。プロの資格とかも持ってるんじゃないだろうか。
「薫ちゃんってそういえば天海派閥なの?だったら京都の中じゃ珍しくね?」
「派閥には入ってないよ。というか、派閥に入れる人ってそんなに多くないはず。ああいうのって特別感が大事だからね」
「ああ。じゃあ俺に挑んできた人たちってやっぱり凄かったのか」
「そんな人たちを倒しちゃう難波君が強すぎるだけだと思うけど」
「次期当主がそんな簡単にやられるわけにはいかないだろ。……いや、戦闘はメインじゃないはずなんだけどな?最近だとそうも言ってられないか……」
Aさんや大天狗様のこととか。最低限の実力がないと死にかねない。星見の家系だからって甘く見ているとあの人たちが起こす騒動の余波で死ぬ。
俺も呪術省を潰すことに協力するつもりなんだから絶対に大きな戦闘がある。やるべきことが残ってるのに死ぬわけにはいかない。
そうなると実力をもっとつけなくちゃいけないわけで。魑魅魍魎を倒すだけじゃダメかもな。
「……難波派閥って募集してないの?」
「は?してないしてない。ウチは基本分家だけだ。タマの家は一度分家じゃなくなったから再認知しただけでそういう特殊な事情でもない限り分家や派閥みたいなものは増やす気ないぞ」
「薫さんは難波派閥に入りたいのですか?」
「入りたいっていうか、難波家にはお父さんのことでお世話になってるし。私ってどういう扱いなんだろうって思って」
「そこは領民に対する当たり前の保障だからなあ。別に天海が気にしなくて良いぞ」
市役所とウチが協力して保護しているだけで、それを天海が負い目に感じる必要はない。保険とかと同じで難波で働く陰陽師への福利厚生の一部でしかない。
父親がお世話になったからといって天海がウチに希望届を出す理由にはならない。実家があるからという理由なら好きにすれば良いが、俺たちを理由にしないでほしい。
難波家に関わるということはメリットばかりじゃないんだから。
「ちなみに俺は難波派閥ー」
「嘘⁉︎住吉君が⁉︎」
「嘘だぞ。本家で教育はしているが、派閥に入れてはいない」
「え、俺って派閥じゃなかったのか⁉︎一門に入れたって言ってくれたじゃん!」
「一門には入れたけど、派閥には入れてない。教育はしても援助はしてないだろ」
「……確かにそうだけど、そんなの言葉遊びじゃねえか!」
「あくまで門下生ってことで、派閥を名乗れるほどの皆伝を認めたわけじゃない」
「ゲェ!言われてみれば!」
言葉遊びではあるが、あくまで門下生であって難波一派ではないのが祐介だ。難波本家でたまたま教わっているだけの人間であり、難波家に取り入れようという気はない。
祐介は祐介だし、難波家としても派閥なんて求めていない。
「ということで祐介は無所属だ」
「……珠希ちゃんは分家だから難波一派か?」
「そうなる。そもそもウチは他の家が言うような派閥が一切なくて、分家で完結してるんだよ」
「じゃあ薫ちゃん。無所属同盟組もうぜ……」
「いや、住吉君。多分高校生のほとんどは無所属だと思うよ?」
他の家がどういう支援をしているのか知らないけど、無作為に増やせば良いという話でもないだろう。良識のない人間を派閥に組み込んだら品位を問われるし、人数が増えればお金もかかる。
学生の内に派閥に所属しているのはよっぽど余裕のある派閥に入り込んでいるか、よっぽどの実力がある人間だけ。祐介も天海もウチに入れるつもりはない。そもそもどこに入るっていうんだ。桜井会は本家とはまた微妙にズレた組織だし。
「あっ。この派閥争いが来月の学校対抗呪術戦に繋がるんですね」
「珠希ちゃん正解。アレはマジでお偉いさんの権力争いと、ただのショーだ。そっちは派閥争いってわかったけど、まさか交流会もそうだなんて思わなかったぜ」
「俺も挑まれなければわからなかったよ」
派閥ってそんなに大事かって思うが、本人たちからすれば大事なんだろう。それこそ進路に関わるのかもしれない。歳下を倒せば給料や待遇が上がるのなら、もしもに惹かれて挑む人間も出てきそうだ。
でも天海派閥はなんというか、俺の実力を測ってた感じがするんだよな。
そんなことを話していると、教室のドアをガラッと開けてクラスメイトの一人が慌てた様子でこんなことを叫んでいた。
「東京の『
「土御門が負けたのか⁉︎」
「ウチの学年の主席なのに⁉︎」
スノー、なんだって?横文字であだ名が付けられるような人が東京校にはいるのか。
陰陽師で二つ名を付けられるのって五神だけじゃないだろうか。それ以外で本名以外で呼ばれることはないと言っていい。
そのスノーなんとかさんは一体何者なんだ。
土御門は一応一般人に負けるような実力はしていないはずなんだが、さて。
クラスではあり得ないというつぶやきがいくつか出ている。賀茂なんて信じられないのか呆然としている。
とはいえ、歳上に負けたんだ。学生の一年は大きい。そこまで目くじら立てることじゃないとは思うんだが、如何せん土御門がビッグネームすぎるんだよな。
天海派閥に負けてるのなら土御門も言い訳が効く。だが違った場合土御門の看板に泥を塗る。
こんなことを考えないといけないから派閥とかって制度は嫌いなんだ。面倒ごとが多すぎる。
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