第226話 2−4 それぞれの休日

 土御門光陰は学校における様々な雑務に当たっていた。


 今月になって変わったことといえば『大天狗の変』による災害。神と呼称する化け物によって土地も建物も人員もめちゃくちゃにされて通常時の百鬼夜行なんて目にならないほどの被害を受けた。しかもその後の一週間も続く嵐によって復興も遅々として進まなかった。


 そして新しく始まった学校行事である東京校との交換留学制度。これによる手間が本当に多い。


 なにせ彼は土御門の嫡男だ。平安時代から続く由緒ある陰陽師大家で、ここに嫁げれば一生安泰と言ってもいいだろう。今の呪術省を取り仕切っている家でもあり、日本で一番有名な家と言っても過言ではない。天皇家以外で一番知られている家名だろう。


 土御門の名前は有名すぎる。土御門もそうだが賀茂もそうだ。そして一学年に二人ともいるためにやってきた東京校の二学年は二人の元へ連日やってくる。二人が婚約者などを公表していないためにチャンスがあると思った人間がアピールをしてくるのだ。


 こういう力があります。プロの資格を持っています。自分の家はこれだけ伝統があります。そういうアピールを散々されていた。


 別にこれは今月だけの話ではない。京都校でも学年を問わず光陰は声を掛けられ続けた。土御門の唯一の子息なので倍率がめちゃくちゃ高かった。光陰と同年代だということを幸運だと感じた少女たちが詰め寄った。それと同じ現象が今回も起こっているだけ。


 中学校の頃からそうだったために光陰からすれば慣れたものだ。だが、慣れたからといって面倒だと感じていることに変わりない。時間と肉体の拘束をされるのは学生という立場ながらもある計画を実行しようと暗躍している立場からすれば面倒この上なかった。


 かといって学業を疎かにしていれば何で土御門家の人間が目立たないのだと疑われる。そのため今回の交換留学も来月にある対抗戦も参加する予定だ。


 そうやって色々と拘束されて、光陰の計画は遅々として進まない。そのことを嘆いて自宅の自室で、机を思いっきり叩いていた。


「クソ!時間が圧倒的に足らない!魑魅魍魎たちは日増しに強くなっていく。この前みたいな大天狗のように強いの存在も徐々に確認されてきた。京都の人員が削られたのが痛すぎる。名実共に京都配属のプロは実力もトップクラス。それなのにあの天狗たちにやられてしまった……」


 光陰も『大天狗の変』の際に賀茂静香と三人・・で出撃して交戦した。呪術省でも指折りの実力者と一緒になって戦ったが倒すことはできずに足止めが精一杯。そうして戦っている内に首領と思われる大天狗による宣言と大嵐で戦いは終わってしまった。


 撤退したということはそのままの軍勢がどこかに隠れているということ。嵐が止んでしばらく経ったがあの天狗たちの居場所は特定されていない。それもそのはずで、人間では辿り着くことができない神の御座に撤退されてしまったのだからAのような特別な人間でないと足を踏み入れることはできない。


 呪術省が一方的にやられてしまうような戦力がどこかに潜んでいることは国民に心労を与える。だからこそ早急に天狗たちを見付けて討伐する必要があったが、何も成果が上がっていない。


 まあ、見付けたとしても拮抗できる戦力が五神という呪術省の最高戦力たちだけなのだから下手に見付けたら余計に戦力を失うことになるので見付からなくて正解ではある。


 呪術省が動けないと光陰としても暗躍しづらい。大きな動きがあるからこそ、コソコソ動いてもバレないのだ。そういう意味では今、光陰は動けない。


 今京都を離れるのは東京校の目線もあるので難しい。しかも動くにしても、何も手掛かりがないので動くに動けないのだ。


 彼らがやりたい計画に際して、とにかく情報が足りなかった。必要な物も不足している。計画の細部は固めていて計画に必要になりそうな物を集めているが、とにかく時間が足りない。


 光陰も実力をつけなくてはいけないので修行が必要だ。修行をして計画を煮詰めて情報収集をして物資を集めて。


 協力者・・・がいなければ破綻していた。


 その協力者は今、静香の監視をさせている。危なくなった現状で静香が傷付くのは避けたかったので護衛をさせている。静香の実力は実のところ三人の中で一番上なのだが、それでも女の子だ。何かあったら困るので協力者を側につけていた。


 今のところそれでどうにかなっているが、光陰は焦るばかり。


「やっぱり難波で失敗したのが痛い。あそこで難波を滅ぼしていれば難波の技術も物資も何もかもを奪えたのに……。まだ正式に土御門家を継承していないから僕が使える物資も人員も少ない。洗脳なんて奥の手だけど、もう少し人数を増やすか?天海を使えたのは中々良かった。僕が動けないのなら他の人間を動かすしかない」


 光陰は年始に起こした事件の黒幕であることを認める。そして天海薫の父親を洗脳したことも認めた。自室だからこそ零せることで、父親にも伝えていないので本当に彼と協力者しか計画の全てを知らない。


 幼馴染でもある静香にも計画のことは知らせていない。むしろ幼馴染だからこそ零せないことでもある。


 他人を洗脳するという禁忌述式。それに難波を襲撃したことだって一般市民を危険に晒すことになる。呪術省を将来的に引き継ぐ人間が守るべき市民を傷付けるなんて矛盾もいいところだが、そうまでしてやる価値があると思っていた。


 光陰はどうしても果たさなければならない使命がある。これにはどんな犠牲を払ってでも果たさなければ土御門家と賀茂家の将来が閉ざされてしまう。一千年の呪いを解呪しなければ人としての生き方ができない。


 これを聞いたら明たち難波とAは良い顔をしないだろう。解呪のためだけに襲われて、自分たちのために一般人を見殺しにする。Aは信念を持って一般人に試練を課すが、悲劇が活力となって英雄が産まれることを期待して被害を甚大にすることもある。


 Aは日本を変えるために。光陰は自分たちの家のために。


 規模が違いすぎる。


 呪いをどうにかするためだけに襲われた明たちからすれば勝手すぎる話であり、その上でそんな家系の問題に巻き込まれた天海なんて殴るだけで済まないだろう。風評被害を受けて父親は入院生活を余儀なくされている。


 たとえ大仰な理由があろうと家庭が崩されてしまったのだから薫は報復をするつもりだ。理由を知ったら下らなすぎて復讐の手が酷くなりそうだった。解呪は良いが他人を巻き込むなと怒りが増すだろう。


 薫からすればまた自分のような被害者が増えるという考えを今もしているのだ。もしこの部屋での会話を聞いていればすぐに殴り込みに行くだろう。それほど人の心がない。


「時間がない。次に狙うのは誰にすべきだ?東京校で何人か作るか……。そういう意味じゃ今回の留学は都合が良い。留学をキッカケに心持ちが変わったとか、言い訳が作りやすい。子供から親に洗脳を増やして足掛かりにすれば……。一月はたった一人でやらせたのが問題だった。正規のプロが複数、難波にイチャモンをつけて全面戦争を仕掛ければ『アレ』を奪えるか……?」


 そんな物騒なことを考えていた。彼らの計画には絶対的に必要な物が一個だけある。それは他の物では代用できず、難波から奪わなければならない。


 奪うためならテロを起こすことも念頭に置いていた。ただその物だけを盗むのはかなり難しい。難波家も警戒しているので正攻法ではできないだろうと考えていた。だから隠れ蓑で暴力沙汰を起こすのだ。


 そのついでに過去を調べられる星見を害する。殺すか、最悪でも脳か眼に障害を与えれば星見は機能しなくなる。そこまですれば自分たちのことは調べられず、証拠も残らない。光陰は星見ではないためどこまで正確に過去を調べられるのか知らなかったが、その識る行為をの物を妨害できれば完全犯罪ができると考えていた。


 侵攻計画も企てていき、東京校の誰を手駒にしようかとリストアップして行く中で。


 協力者からの電話がかかってきた。


「もしもし。どうした?……は?お前が苦戦するほどの魑魅魍魎が五体も?…………そんなに今の状況は悪いのか。それで静香は?……わかった。引き続き頼む。静香が暴走しないようにな。静香の名声稼ぎを今止めるわけにはいかない。魑魅魍魎の調査をしてくれ。計画を見直すかもしれないからな」


 光陰は最近魑魅魍魎を倒していなかったので実情を把握していなかった。協力者の実力はかなり高く、バランスが良くプロになってもおかしくはない陰陽師だ。それでも苦戦するということはその魑魅魍魎が相当強かったということだろう。


 協力者から得たレポートを見て日本がどう変わってしまったのか知る必要があると考える。解呪のための計画は光陰と協力者が中心になっている。この二人の実力が計画の成功率を左右してくるためにまずは光陰自身が強くなる必要がある。


 情報収拾は協力者に任せて光陰は牙を研ぎ続ける。


 これが後々に困る選択になるとは思わずに、光陰は本家にある修練場に向かう。陰陽術を伸ばすために本家の教官の元へ行き、当主として力をつけようとしていると言えばいくらでも稽古をつけてもらえた。これを利用して光陰はプロ昇段試験へ向けて知識と実力をつけていく。


 光陰は負けていられないのだ。


 引き篭もっていた難波明に。一月は傍観者だったが、それでもホームグラウンドで見た狐を大量に召喚する陰陽術を使われてしまったら対処できないと冷静に判断できていた。


 数はそれだけで暴力だ。あの狐たちがどれだけの実力があるのかわからないが、蠱毒で産み出した狐がやられたことは変わらず、準備をしていた怪物を倒せる実力はあると理解していた。あの術式を京都ではまだ見ていなかったが、難波に攻めればあの術式をまた使われるとわかっている。


 『大天狗の変』で同じ術式を使っていたと光陰は理解していなかった。霊狐が街を駆けずり回ることはなかったのだ。


 Aの一派も難波家も敵に回す。化け物一派と星見を吹聴している陰陽師たちを叩き潰さなければならない。自分の実力不足を補うための戦力が洗脳兵だが、だからといって自分の実力を伸ばさない理由はない。


 この散々な思考回路をした光陰のことを知った姫は呆れながら簡易式神を回収する。


「実力不足もわかってて、それでウチらにも難波にも喧嘩を売るって。暇人はええなぁ。できるならいつまでもその井戸の中で沈んでいなさいな」


 井の中の蛙が出てこないことが最小の被害になりそうだと姫は考える。積極的に排除するほどの存在ではないのでここで消すようなことはしない。


 姫は調査を終了して賀茂家に向かう。これからのために情報収拾は欠かせなかった。

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