第225話 2−3 それぞれの休日

 賀茂静香の休日は、実家に帰らなければ街の巡回をしていた。基本は夜に魑魅魍魎が出るのだが京都では日中でも魑魅魍魎が少数とはいえ発生する。それを狩ることを日課にしていた。


 魑魅魍魎以外にも犯罪者がいたりする。その摘発や取り押さえなどもしていた。本来ならその仕事はプロの陰陽師や警察の仕事なのだが、静香はそれが自分の使命であるかのようにこなしていく。賀茂家の御令嬢ということもあって陰陽師や警察でも強く言えないのだ。


 明らかな越権行為なのだが、犯罪者に陰陽師もいる。警察全員が陰陽術を使えるわけでもないので戦力としては本当に助かっているのだ。それに呪術省からも見逃すように言われてしまっているため止められる人間がいなかった。


 陰陽師が警邏をしているとはいえ、メインはやはり魑魅魍魎の活動が活発な夜だ。昼に警邏をしている陰陽師は少ない。そういう手の回らないところを埋めようと学生の静香は動いていた。


 その活動を見て心が動かされる人間も多い。普段の言動から高飛車なお嬢様だと思われがちだが陰陽師としての血統は間違いなく日本でも最上位。賀茂家のお嬢様が休みの日に自ら警戒をしてくれて人助けをしているとなれば、高飛車な性格なんて可愛らしく思えてしまうのだ。


 事実静香が十歳の頃から始めたこの行いによって助けられた人間は多い。ここ三年ほど活動は少なかったがそれは成長期であることと国立陰陽師大学附属高校に受かるため。そして賀茂家本家でやるべきことが増えていたから中学校時代は活動が少なくなっていたが、だからといって全く活動をしなかったわけではない。


 隙間時間を見付けて活動は続けていた。その結果賀茂静香後援会なる団体ができてしまった。助けられた人間が作った団体だが、やることとしては静香へプレゼントを送ったりするだけ。過干渉はしない団体だったが、これが賀茂家の評判を上げる一助になっていた。


 今の賀茂家は呪術省のトップに立っているわけではない。今優勢なのは呪術大臣を輩出している土御門家であり、かの家に比べれば一歩劣っている状況だ。


 そこに無償の奉仕をして、ルックスも良く陰陽師として実力のわかりやすい髪の変色をしていて凶暴な存在である鬼を従えている少女というのは広告塔として非常に有用だった。そのため賀茂本家も彼女の独断を許し、これから最高傑作になる弟の礎にしようとしていた。


 賀茂家を継ぐのは弟だ。だからこそ静香は賀茂家にとっては試金石でしかない。長女が名声を稼いでくれるのならそれはありがたいことだ。


 本来学生であれば実戦をするよりも陰陽術を鍛えることが優先だ。だというのに静香がこうやって実戦に出ているのは自分の力を高めるために勉強よりも実戦の方が良いと考えたからだ。勉強では伸ばす力に限度がある。結局もう数年すれば戦いの場に出るのだからと実戦の場数を踏むことにした。


 四月に学校を襲われて、五月には京都が襲われた。もう脅威はそこまで迫っている。だから急速に力をつけるために実戦の数を増やした。これからはどんどん警邏に出る予定だ。


 静香は大通りを歩いていて思ったことは単純。


 魑魅魍魎の数が、増えている。


(どういうことですの……?明らかに倍以上、魑魅魍魎が増えています……。お昼でこれなら夜はとんでもない数になっているのでは?)


 賀茂は久しぶりに警邏を行っていたために状況を把握するのが遅れてしまった。『大天狗の変』以降に警邏をしたのは今日が初めて。学校行事のことや天気のこともあって外に出る機会がなかった。


 目につく限り魑魅魍魎を倒していく。そこまで強くはないのだが数が多い。だが弱いからって陰陽師ではない一般人には脅威であることに変わりはない。京都に住んでいる人間全員が陰陽師としての才能があるとは限らない。危ない土地だからって陰陽師以外も住んでいる。


 京都の住人も慣れているのか空色の髪の子が陰陽術を使っていることに何も言わない。それで自分たちの生活が守られるのだから文句を言うことはしない。それが一応法律上学生の勝手な陰陽術行使が禁止されているとはいえ、そんなものを守っている人間も少ないので口には出さない。


 雑魚ばかりなので賀茂でもどうにかできていたが、やはり数が多い。少し前の夜と変わらないほど魑魅魍魎が蠢いているのだ。


 魑魅魍魎といえども様々だ。人間の拳大ほどの小さな弱い気色悪い肉片のような存在もいれば家の大きさに匹敵する巨大な存在もいる。小さい魑魅魍魎の中には人間を襲わないものもいるが、悪意を持って襲いかかってくる存在が多い。人間を襲わない代わりに物を破壊しようとする存在もいる。


 魑魅魍魎も様々だ。呪術省ではある程度の種別を纏めており、それを教育機関や世間一般に公表して対処法を知らせている。大きさや色などで判別ができるが、その知識をアテにできない状況になっていた。


「なんですか、この魑魅魍魎たちは⁉︎」


 賀茂は京都校という高校生が通う陰陽師学校の中では最高の学校に二番目の成績で入学している。明は内申点が、珠希は悪霊憑きということを考慮されて入学席次は落とされているが、高校生の中ではかなりの学力を持っていることに変わりない。


 そんな賀茂がさっきから倒している魑魅魍魎は、賀茂の知識にはない存在ばかりなのだ。


 弱いために倒せているが、呪術省でも把握していない姿の魑魅魍魎ばかり。一つ目小僧のような姿をした二足歩行のバケモノに、爬虫類が大きくなったような、でも何故か背中から火を噴いているような存在。


 日本の長い一千年の歴史にも残っていない化け物が闊歩していた。何もない空間からいきなり実態化して地上に降ってくる。地面から出てくる。


 この地帯は静香が対処しているからまだマシだが、他の地域は数少ない陰陽師がなんとか対処しているような状況だった。先月の事件のせいで負傷者が多く、明らかに陰陽師の数が足りていない。


 そんな悪い状況で動いてくれる学生の存在はどれだけ嬉しいことか。一般人だけではなく陰陽師も感謝していた。


 その状況を屋根の上で見ていた、赤い着物を着た少女が一人。


「ふうん?賀茂のお嬢様も無駄なことをしはる。根本的な解決ではなく、場当たり的な対処。民衆からの受けは良いかもしれないけれど、呪術省として大々的に動いていないのはマイナス評価なんやけど。無駄なことをしているのならこっちは動きやすくて助かるんは良いけど、本当に視界が狭いというかなんというか」


 Aの式神、姫だった。『大天狗の変』では大きく動かなかった彼らは大天狗によって齎された変化を確認するためにしばらく呪術省と世間の動きを見守っていたが、落第としか言いようがない。


 神を認めるような発言もなく、Aを大々的に探すわけでもなく。日本で協力すべく京都に有力な陰陽大家を集めるわけでもなく、呪術省からの正式発表は何もない。


「何を見ている?姫」


「賀茂のお嬢様や。……道化を見てるのは気分良くないわぁ。まるで昔の自分を見てるみたいで」


「君はいつ道化だったんだか。……しかし醜悪だな」


 主であるAも姫の隣に来て京都の街中を俯瞰する。


 別に二人は今のままの日常を謳歌している者を馬鹿にしようとは思わない。明と珠希だって同じ日にデートをして、陰陽師として魑魅魍魎を倒しているわけでもないのだ。二人が期待している明たちがそんな状態だというのに他の人間に期待をしたりしない。


 だが、それでもきたないものからは目を背けたくなる。昔の醜悪さを知っているからこそ一千年前から一歩も進んでいない愚かさを目の当たりにすれば、むしゃくしゃにしたくて力を振るいそうになってしまう。


 しかし、Aは我慢をした。正しい手順を踏まなければ日の本は、世界は簡単に道標を失う。目指すべきゴールが遠のく。気に入らないという癇癪で暴れるようではダメなのだ。


 愚かしいからこそ利用できる。


 道化はどうでも良い駒だからこその利用価値もあるのだ。


「賀茂は捨て置け。どうせあの家に未来はない。……逆に言えば、将来性がある者がどうでも良い些事に従事しているのは気に入らん」


 静香から目を離したAはその背後にいる存在に目を向ける。


 静香がいくら人助けをしようが、大局を揺るがすことはない。静香の才能は今が上限・・・・だ。彼女の家庭の事情や、本人のことなんて正直に言えばどうでも良かった。彼女一人が、追加で土御門光陰がAたちに挑んできても一瞬で蹴散らせる。


 そんな木っ端な羽虫に時間を割くことはしなかった。


 一応静香と光陰の才能と実力は京都校の中でもかなりのものだ。伊達で学年入学主席なんて取れるほど高校のトップ校は優しくない。


 なら、京都校でも随一と思える存在へ目を向けるのは当然の話。東京校の生徒が来ていることも合わせて静香の背後にいる人間の才能を再認識してAはちょっかいを出した。


 式神を向けるのではなく、魑魅魍魎を差し向けた。それらも最近現れた新種のように呪術省は把握していない化け物たち。完全なる初見殺しのはず。


 だが賀茂を追いかけていた人物はそれを難なく排除。誰も見ていない路地裏だったからか、自身の力を隠すことなく全力で排除していた。その実力こそを見たかったAは仮面の奥で微笑み、姫も使っていた術式を分析して頷いていた。


「へえ。あの子の存在は知ってたんやけど、あんなに強かったんや。何であの子が影に徹してるん?あれだけ戦えれば新しい旗印になるやろうに。しかもあの子、戦うことが本職やない」


「ああ。アイツはそれこそ一千年前の先祖返りと言って良いほど昔の陰陽師らしい能力をしている。彼なりに実力を付けなければ家での居場所を失ったのだろう。数年もすれば星斗に匹敵する才能の持ち主だ。……だからこそ産まれた家が惜しかった」


「けどあの家の血筋として産まれなかったらあんな才能はなかった。血筋って残酷やね」


 そう言う姫だって血筋は大いに関係している。彼女は東京で一大派閥となっている天海家の分家筋だ。血統だけで言えば土御門や賀茂に全く劣らない。そんな血筋で覚醒した天才が姫だ。


 そういう意味では今二人が見ている少年もとある家の最高傑作と言える。


「で、あの子どうするん?」


「欲しい。だが私が手を出せば明の星がズレる。未来が視えるとはいえ、確定していない未来までは星も教えてくれない。私の星見の精度も悪いからな。……放置だ」


「葛藤が見えますねえ。あの子一人を手に入れたらこっちの戦力は倍増できる。あの子を手に入れる手段も簡単。ウチらが善人になるだけでグルっと戦力図が変わるのに」


「フ。これ以上の戦力が必要か?我々には既に狸とかまいたちがいる。その他の妖たちも我々の味方だ。神々に喧嘩を売るわけでもないのに、これ以上の戦力は必要か?維持も面倒臭い」


 集団は大きくなればなるほど維持するのに労力が必要だ。今はある程度好きに過ごさせているのでAたちの労力も少ないが、人間を増やすと衣食住を整える必要がある。


 人間の味方もそこそこいるためにこれ以上は不要だと考えた。


「本当に、あなたは人間の味方ではありませんね」


「私がいつ人間の味方になった?一度もないぞ、そんなこと」


「わたしを助けてくれたのは気紛れってことですか?」


「君のような麒麟児を手放すほどの馬鹿ではないさ。君に比べると、彼は助けるには些か能力不足だ。それにいざとなれば明がどうにでもする」


「そこで明くんに任せるのがあなたの悪いクセですよ……」


 姫が本来の口調に戻りながら呆れる。Aは明を周囲の想像以上に信頼している。自分ができないことはやらせようとする。役割の違いだからと、立場の違いだとAの表向きできないことは人間としてやらせようとしている。


 明に求めるものが大きすぎる。だがいずれはやってもらわなければならない。だからAはいくらでも明に無茶振りをする。


 それが明の心を傷付けたとしても。


────


 Aに襲われた少年は路地裏で息を荒くしていた。


 見たことのない魑魅魍魎に襲われて、静香の監視という任務を一旦置いておいて魑魅魍魎を五体倒した。


 少年は本来戦うのが苦手だ。というより戦闘が得意な学生の陰陽師はいない。


 彼は陰陽術の得意な系統からして戦闘向きではない。星見や風水のように戦う力以外が一番得意なのだ。そして五行全てが使えるわけでもない。そんな彼からすれば何で静香の後始末のようなことをしなければならないのかと嘆いていた。


「……クソ。たった三年だぞ。俺が三年空けていただけでここまで京都が悪くなってるなんてわかるか……。静香のことも目を離せない。なのに俺はこうやって裏からしか動けないのに、やることがどんどん増えてくる。実力だってつけなくちゃこうやってただの日常で死ぬ……。俺が何をしたんだよ……!」


 少年は近くの建物の壁を叩く。


 だがそれは力なく少年はズルズルと倒れていった。


「……ハッ。今更何を良い子ぶってるんだ。どれだけ人を騙した?それで自分は悲劇の被害者気取り?悲観ぶるな……。ああ、本当に。──自分が嫌になる」


────

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