第224話 2−2 それぞれの休日
蛇島はゴンを連れて京都の中でも郊外と呼ばれるような場所に向かっていた。バスに乗って山の中腹に向かう。ゴンは人目に付くと面倒なので透明になって蛇島にくっ付いていた。度々蛇島はゴンが本当にいるのか確認してしまうほどには音も姿もない。
蛇島が式神という存在をあまり知らないために起きる弊害、と言いたいが実体化しているのに姿を完全に隠蔽できるゴンがおかしい話だ。霊体以外の式神で姿を完全に消すことができるのはゴンを含めて十体いれば良い方だ。
だからしきりに蛇島が確認してしまうのは仕方がない。
蛇島だって学校で様々な陰陽術を習っているので式神の概要くらいはきちんと理解していたが、実体の式神でここまでできる存在なんて東京校に通う蛇島でも知らなかった。本来なら実体がある存在への式神契約なんてデメリットだらけで使用する人間が稀なのだ。
式神とは術者がその存在に霊気を分け与えて現実に使えるように能力を付与したり実体を与えたり姿を変化させる術式だ。実体がある存在が霊気を使えなければ霊気を貸与することで魑魅魍魎とも戦えるようになるが、要するに二人分の戦闘の霊気を一人で賄う手段。
銀郎や瑠姫のように実体がない存在に実体を与えて戦ってもらうならまだわかる。というかそれが本来の式神の使い方だ。ゴンのように霊気を使える存在と式神契約を結ぶ意味はほぼない。
下手をすればゴンの方が主人である明よりも能力が高そうなことが余計に蛇島を混乱させたが説明してもらえるとも思わなかったので何も聞かなかった。
ゴンは向かう先を聞いていて、バスの向かう方向からその場所に誰がいるのか把握したからこそため息をついていた。それも声がしないようにしているので誰にも聞かれない。
バスはとある施設の近くの停留所に止まる。蛇島とゴンはそこで降りて歩いて施設へ向かった。
そこは蛇島のように悪霊憑きだったり異能を持ったり、家族のいない孤児を預かるような施設。
天竜会と呼ばれる慈善団体の本部だった。
ゴンは姿を隠したまま、蛇島は施設に入っていく。
建物は外見も内装もとても綺麗に整えられたホテルのような場所だった。入ってすぐのホールも大きく、多くの子供たちが生活をしているのだとわかる。
蛇島はすぐに受付に行って、今日来た目的を伝える。
「東京の施設でお世話になっている蛇島美咲です。今日は会長に会いに来ました」
「蛇島さんですね。連絡は受けています。会長はこの先の談話室にいますのでそちらへどうぞ」
「わかりました」
「それとそちらの式神様。ここではお姿を隠さなくても結構です。この敷地内に入った時点であなた様の存在は
『……そうかよ。天竜会の本部は違うな』
「ただ、尻尾は一つにしていただけると幸いです。ここの子供たちは遠慮がないもので」
受付の女性にそう言われてゴンは姿を隠すことをやめる。業腹だが言うことも聞いて尻尾を一つにした。神繋がりの事件に巻き込まれた人間もいるかもしれないからと、ゴンは尻尾のついでに神気も抑えることにした。
普通の陰陽師相手なら絶対に視認されないような隠形だったのだが、気付かれたということはここの職員たちが
一応それなりの陰陽師の卵だという自覚がある蛇島には完璧な隠形だと思っていたのでゴンに気付けた職員に感心した。天竜会に保護されている子供たちは事情持ちの子ばかりなので職員もいざという時に戦えるように凄腕ばかりなのだろうと理解した。
その予想はある意味で合っていて陰陽師的な意味では間違っている。
もしその予想通りなのであればゴンを探す時に職員から霊気を感じなければならなかったのだが、蛇島は霊気を感じなかった。つまり陰陽師の手段でゴンを識別したわけではない。
蛇島は施設内を歩いて談話室へ向かう。途中ですれ違った少年少女たちはこの場所を気に入っているのか笑顔で挨拶をしてきた。見知らぬ人間が歩いていてもこの中に案内されたのなら大丈夫だと安心しているようだ。それだけここが安全だと心から思っている証拠だ。
ゴンのことも狐だからと嫌がることなく、好奇心旺盛に撫でてきたほどだ。無遠慮に撫でられたことに抗議の声を上げたら喋れることに驚かれて余計に人が集まる始末。
十分ほど可愛がられてようやく解放されたゴンは納得がいかないように疲れていた。仮にも神なのにこの愛玩動物的な扱いはいつになっても慣れなかった。
「ふふ。ゴン様人気でしたね」
『……ここのガキどもは全員お前のような事情があるからな。無碍にもできねえだろ』
若干不貞腐れながらも談話室へ向かう。蛇島が三回ノックして返事をもらってから中に入る。
談話室にいたのは灰色のスーツを着たおじいさんが一人。座っているソファのすぐそばには歩行補助用の杖が置いてあったがゴンは即座にオシャレ用のステッキだと見抜く。
この老人が足を悪くする理由がないからだ。
「やあ、蛇島君。遠路はるばる京都へようこそ」
「お邪魔いたします、会長。前回東京にお越し下さったのは会長ですから。それにこの度はお小遣いまで頂いてしまいましたし」
「せっかく京都に来たのだから遊んで欲しいではないか。それと……久しいな。クゥ」
『今はゴンだ。オレはお前をなんと呼べばいい?』
「会長で構わない。さあ、お茶にしよう。君の最近の様子を教えてくれ」
会長自らお茶を淹れて振る舞う。お菓子も用意されておりきんつばと緑茶を出されて馳走になった。蛇島が語ったのは学校生活のことだ。東京校ではそれなりに避けられていること。避けられている理由はおそらく遊びに誘われても断って勉学に励んでいるからだと自己分析していた。
命が懸かっている状況で無駄な時間を過ごす余裕がなかったからそんな行動を取っていたのだが、それが浅ましいことだと最近自覚したという。
「結局短い時間しか生きられないのなら、楽しかったという記憶を残した方が良かったと後悔しています。施設の子にもクラスメイトの皆さんにも、しっかりと向き合った方が良かったのかなと。ですが私が死んだ後、嫌な思いをさせることも怖くて……」
「後悔したと思っているなら今からでも行動を変えるべきだろう。君はまだ若い。解決策が降って湧いてきた時に君が孤独なのは施設長として忍びないな。それに別れた後のことを君は怖がっているが……。悲しんでくれるのならそれだけの友誼を結べたということ。それは誇らしいではないか。死の間際で後悔しないように、今から行動を改めるべきだと私は思う。後悔を残しては、これからどんな結末になろうと心に棘が刺さったままだよ」
お茶を優雅に飲みながら会長はそう諭す。
年配の方からの格言に蛇島はなるほどと思った。長い人生を生きている方からの言葉だからこそすぐに行動に移そうと思えた。
この詐欺師め、とゴンは思ったものの口には出さない。
「やり残しのないようにしなさい。君は呪術犯罪者のように誰かを傷付けたわけではない。犯罪を犯したわけでもない。今はちょっと特殊なだけの、ただの学生だ。この施設にもたくさん似たような子がいるから言わせてもらうが、過去にはどうやっても帰れない。今と未来しか変えられないよ。だから過去にああしておけば良かったと思うより、未来を見て動きなさい。君たちは少し不幸なだけの、ありふれている子供たちなのだから」
「ありふれて、いますか?」
「東京と京都の施設の子供たち。今でも五百人以上いるが、過去を洗い出せばかなりの数になる。天竜会で保護できなかった不幸な子もいる。これで保護している子が一桁とかであれば他の表現をするが、正直数は多い。普通ではないが、かといって特殊と言うほどでもない。君たちはまぎれもないありふれた人間だよ」
会長はそう断言する。
天竜会で保護する人間の多くは悪霊憑きか何かしらの異能を持っている子だ。家族を魑魅魍魎や呪術犯罪者に奪われたような子はあまり引き取らず一般的な孤児院や施設に送られる。
何か特殊な力を持っている子は天竜会預かりになる。その天竜会に預けられた子を数々見てきた会長が、蛇島のことをありふれていると言い退けたのだ。
ゴンからすれば蛇島の体質なんて唯一無二とも言えるような特質さなのだが、そこは言わぬが花だろう。
「しかしゴンを借り受けるとは。桑名からの繋がりだろうが……。良い手札だ。最高の引きと言ってもいい」
「やっぱり難波家とは凄い家なのですか?」
「私が呪術省に否定的な目線を持っているからということが大きいが、かの家は信用できる。私もいくつか貸しがあってね」
『あん?難波に貸し?なんだそれ』
「都から離れているからこそできる融通というものもある」
ゴンも難波にお世話になっていたが、会長が訪れたことなどなかったはずだと認識している。会長ほどの存在が難波を訪れていればゴンでも感知できるはずなのに、感知したことはなかった。
今の時代直接赴かなくても科学技術の発展と式神を飛ばすことなどで連絡は取れる。だからゴンが感じ取れなくてもおかしくはない。
だがそれでも、どんな理由があるのだろうとゴンは考えてしまう。会長が絡むというだけで大事だ。蛇島のように存在自体が特殊な者もいれば能力が途方も無い人間もいる。
そして難波に求める力とは。
『星見……。未来視か?』
「ああ。未来視に則った結果だ。呪術省の暴虐から逃したくてな。ウチの子を一人、助けてもらった」
『そうか。お前ではどうしようもないなんて、かなりの事件だろうに』
「ああ、大事件だ。人の心に関わり、一生を左右する出来事。結婚ともなれば私にできることは逃がすことくらいだろう」
『……はぁ?』
恋愛となれば会長にできることは快く送り出すことくらいだろう。
だがそれと呪術省が繋がらない。
呪術省とはいえ、天竜会に手を出す愚かさを理解していないはずがない。だというのに会長は呪術省が関わっていると言う。それはつまり、天竜会所属の子供に呪術省が手を出したのか、もしくは呪術省に関わる人間が天竜会の人間と恋仲で、一緒に逃亡を助けてあげたか。
ゴンは後者だろうと思った。
「あの、会長。その方々は今幸せですか?」
「ああ、幸せだとも。たまに手紙もくれる。難波は信用できる家だよ。だから君は運が良い。ゴンを借り受けられるほど親身になってくれているのだから」
「……そうですか。良いお話が聞けました」
「ゴン。協力してくれるのだろう?」
『オレのご主人様はそのつもりらしいぞ』
「そうかそうか。それは安心した」
満足したのか、それから蛇島と会長は世間話に終始熱中した。そこにゴンは首を突っ込まない。
ある程度話してお昼を施設でいただくことになり移動する際に、蛇島とゴンはある少女に出会う。
「おじいさま。お客様ですか?狐とは珍しいですね」
「ああ、真智君。こちら蛇島君とそのペットだ。蛇島君は東京の陰陽師学校に通っている天竜会の子でね。こちらに用事があって顔を出していたんだ」
「そうですか。初めまして、
「こちらこそ初めまして。蛇島美咲です。高校二年です」
「先輩でしたか」
ゴンはペット扱いをしてきた会長にどうしてだと目線を向けたが、会長は何も言わないままゴンを抱き上げる。
そしてそのまま若い二人に任せて一人で食堂に向かってしまった。
『おい。アレがオレの尻尾を隠させた理由か?』
「そうだ。彼女には既に加護がある。ゴンの加護は必要ない」
『刺激したら不味そうな揺らぎがあったぞ。……一番の問題児ってところか?』
「今の子供たちの中ではそうだな」
ゴンは会長と一緒にご飯をかっ喰らい。蛇島はここの子供たちに囲まれながら京都と東京の違いについて話しながら食事を取っていた。
その後蛇島は施設内の案内を受けて、陰陽術の実演をして夕方には帰っていた。京都で経験したことを胸に、東京に帰ったら施設の子供たちと遊ぼうと考えていた。
ゴンは今日のことで明たちに話すことは特になく、どちらかと言うと明たちが仕入れてきた情報の方が大事だった。
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