第223話 2−1−1 それぞれの休日

 伏見稲荷神社も来る回数が増えたからか宇迦様の社に行くのも慣れた。裏側を登ってまばらな観光客を避けて神の御座へ行く。神の御座では宇迦様とコト様とミチ様がいらっしゃった。すぐに上納品を置かせてもらう。


 今回はいなり寿司じゃなく、ローストビーフ寿司を持ってきた。これって以前宇迦様が食べたいと仰ってたので買ってきた。


 昔からいなり寿司はいただいていたようだが、最近出たお肉が乗ったお寿司は食べたことがないのだとか。お寿司と言えば魚類が載っている物かいなり寿司やちらし寿司のような物を想像していたのでお肉が載っていることは驚きなのだとか。


 カッパ巻きも邪道としか思えないとのこと。神の御座でも携帯が使えたので海外で流行っているというキャルフォルニアロールなる巻き寿司を見せたら宇迦様は目を丸々とさせて、コト様とミチ様はお腹を抱えて笑っていた。


『『あはははは!こんなのお寿司じゃないじゃん!』』


「一応海外の人間に向けた新しいお寿司とのことです」


「言葉とは変遷するもの。にしてもこれは変わりすぎよの……。牛肉はまだマグロのように肉厚な物を載せようと考えたのだろうと、その思考の推移も読み取れる……。しかし、この画像の物は頓珍漢ではありんせんか?」


「人間の思考は多種多様ですので。一応開発した者は日本人らしいです」


「温故知新という言葉もあろうに。いや、斬新さも必要なのかも?わらわからすれば忘れ去られる過去というのは哀しいが……」


 新しいお寿司の形態に嘆きながらも、お肉のお寿司を食べていく三柱。出来立てを食べてもらってから本題に入る。


 上納することももちろん大事なことだが、やはり本題としてはとある女子生徒のことだ。


 蛇島さんの情報をできるだけ渡して、宇迦様の見解を聞く。


「ふむ。その蛇島なる女子を直接見なければわからぬが、魔と神が混ざることなど珍しいことではないぞ?そして身体の中でお互いの存在が鬩ぎ合って、器たる人間が苦しむのは人間の容量の問題で間違いありんせん。いくら神の模造品である人間であっても、異形に比べれば魂も肉体も脆弱。エイと大天狗のせいで拮抗していた状態が崩れたというクゥの見解も間違ってはおらん」


「阿修羅神も神としての側面も魔としての側面も持つと聞きます。神がそうであるなら、人間もそうなってもおかしくはないのですね」


「神の力は血筋であろう。この稲荷神社のように圧倒的な神の力があれば神主などにも影響が出て神気を宿すこともあろうが、神気ではなく神の残滓が宿っているか神そのものが宿っているのであれば間違いなく家系の問題であろう。神の子孫で間違いない」


 八百万も神がいるのだから子孫が現代に残っていてもおかしな話ではない。平安の頃なんて神々も気軽に地上へ降りてきていたようだし、元を辿れば人類全員神の子だ。血が薄まりすぎて人間のほとんどが神気を宿していないだけ。


 隔世遺伝という言葉もあるし、神の残滓が突然浮き上がって来ることもあるだろう。だから正直蛇島さんの身体に神が宿っていてもそこまで驚いたりはしない。


 神がいるのに悪霊憑きになってしまっているという現状が不可解なだけで。


「悪神という言葉もあります。蛇島先輩の身体に宿っている神様が悪神だから悪霊と協力している、なんて可能性はないのでしょうか?」


「それはあらぬよ、ミク。悪神は悪神なりに矜持がある。木っ端な悪霊を利用しようなどとは考えぬだろうよ。そもそも人間の身体の中で啀み合う理由もなし。悪神ならば悪霊を喰らって力を取り戻し、そのまま人間を自分の操り人形にするかそのまま肉体として終わらせるか。そんな手段を取らない時点で蛇島という女子の中にいる神はただの脆弱な神なのだろうよ。おそらく土地神で妾のように神の御座を維持できるほどの神格ではない。クゥよりも弱い神ではありんせんか?」


 ミクの疑問にもきちんと答えてくれる宇迦様。


 ゴンもこの一千年で新たに産まれた神だけど、神の御座はちゃんと存在するらしい。神になった時点で神の御座が与えられ、そこを拡張できるかは神自身の力か信仰度次第とのこと。


 宇迦様は毎日参拝客で溢れるような方なので見渡すこともできないほどに広大な御座が形成されているけど、ほとんどの神は自分と眷属がそれなりに過ごせる程度の大きさしかないのだとか。


 ゴンの場合は京都校くらいの大きさらしい。案内されたことがないからわからないが。


 土地神の多くは信仰が足りなさすぎて、自身の身体を維持することで限界らしい。だから神の御座もあってないようなものなのだとか。他の神がどうにかできる問題ではないようで、宇迦様でもどうにもできないらしい。


「弱いからこそ、悪霊に侵されているということですか?」


「そうさなぁ。ハル、内側以外からも神の力を感じたと言っておったな。その神がどんな種類か見当がついたかのう?」


「……感覚としては、蛇に似ていたと思います。本質が似ていたからこそ、抑えが効いているのかと」


 蛇島さんを視て感じたことを素直に答える。神の気配は二つ。一つは確実に蛇に関するもの。そして悪霊も蛇のようだった。もう一つの神の力は極小ながらもやはり蛇に近しかったと思う。


 あれはネックレスだっただろうか。ネックレスそのものではなく、その先端に付いていた物が神の力を帯びていたように感じた。


 蛇の魑魅魍魎を倒したことがあるくらいで、神には会ったことがないから憶測になってしまうが。


「ふむ。ハルの眼も段々と良くなってきたのではありんせん?蛇は脱皮の性質から『生と死』を連想させることから日の本に限らず世界中で信仰と畏怖の対象になっておる。生命力が高くてその身体は薬にもなる。かといって人間を簡単に殺すような毒も所持していることから畏怖もされているの。


 害獣を喰らうことから豊穣の神、もしくは神の化身、神の使いとされた一方、再生を司ることから終わりがない恐怖の存在と認識されて悪魔の化身や悪魔そのものと西洋では思われたらしいの。最もこれは聖書のとある存在が復活したことを絶対視したことで同じことをする蛇を敵視したからという説もあるらしい。


 そんな神や悪魔と同一視されたことと同じように、蛇は竜とも同一視された。特に東洋では竜と蛇の姿が瓜二つだからの。五神の青竜など手の生えた蛇にしか見えん。八岐大蛇も蛇とも竜とも言い伝えが残っておるのう。だから本来なら蛇とは強大な存在なのだが……。


 結論を言ってしまうと、その女子は弱い蛇の神と強い蛇の悪霊の鬩ぎ合いで不調になっているだけ。彼女を健康にするための方法は悪霊を引っ張り出せばいい」


 蛇の考察と共にそんな結論が出される。


 けどそれは、俺たちにできるのだろうか。引っ張り出すにしろ、存在を抹消するにしても、桑名の一族ができそうな気がする。


 俺たちは星見の一族で、退魔は専門外だ。いくらかは戦闘技術にも自信はあるけど、桑名先輩たちほど何かしらの施術ができるわけでもない。


「人間でも退魔に秀でた一族が匙を投げたのですが……。俺たちにできるでしょうか?」


「なあに、簡単にことを成せる。予言してあげましょう、ハルミク。京都は東京に比べれば神の力が強い。一月もこちらにいれば中の神もまともな力を取り戻す。ならば──」


 それから告げられた言葉と、頂いた品を預かり。


 彼女を救う手段を俺たちは手にした。

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