第222話 2−1−1 それぞれの休日

 土曜日。俺とミクはゴンを除いた式神たちと一緒に街へ繰り出した。蛇島さんのことはゴンに任せて稲荷神社にいらっしゃる宇迦様に会いに行く予定だ。昼前に起きてゆっくり準備をしてから学校の敷地外に出てミクと合流する。


 毎度のことながら外食となるとラーメンを探す羽目になる。他の料理は瑠姫が作れる上に美味いからわざわざ外食する気になれない。うどんも蕎麦も手打ちできる瑠姫がいるおかげでラーメン以外の外食は瑠姫でいいやとなる。


 ラーメンの麺も作れるんだろうけど、大将のお店を知ってしまってから美味しい個性的なお店があると知って外食をしたいと思える。


 わざわざ五人ばっかりの食事のために醤油とか味噌のタレを作ってもらうというのは手間だと思ってラーメンは外食だ。


 伏見の近くでラーメンを探そうと思ったのだが、調べてみると二郎系ラーメンのなんと多いことか。最近だとどこでも二郎系や油そば専門店が手軽だからかかなり増えている。二郎系はなぁ、もう食べる気がしない。


「タマ、二郎系とか油そばって食べたいか?」


「うーん……。油っこいんですよね?」


「油っこいし、物によってはニンニクも入ってるはず。油そばじゃなくて汁そばなら醤油とかで味付けされてるんだろうけど、そういうお店も近くにはないな……」


 ラーメン屋自体は観光地だから多い。そもそも京都自体が観光地だし人も多いから飲食店は多いし、手短めに食べられるラーメン屋や丼物屋もかなりの数が見られる。


 だけど傾向としてはかなり偏っている。同じ系列のお店ばかりでそこでも味の良し悪しがあるんだろうけど、そこまで調べて油っこい物を食べようと思えない。


 歩きながらミクと一緒に何が食べたいか調べていく。ミクも外食でラーメンを食べることに一切の抵抗がなくなっている。一緒に携帯電話で調べながら、ミクが「あ」と声を上げた。


「これ良いですね。鶏白湯ラーメン。結構評判良いみたいですね」


「鶏白湯か。良いな」


 あんまり食べたことのないジャンルだ。地元には一軒もなかったので東京に行った時に食べたくらいだろうか。久しぶりに食べてみたくなった。


 鶏がたくさん必要だからか、スープを作る際に何種類もスープを作るのは大変だから鶏白湯をやるお店は鶏専門店であることが多い。Wスープという形態もあるが、鶏白湯はかなり鶏を煮詰めないといけないから他のスープを仕込みで作るのは時間的に難しい。


 だから扱っているお店が少なく食べる機会が少ないメニューだ。京都、というか伏見の近くで鶏白湯をメニューにしているお店があるなんて。


 場所も寄り道するには十分寄れる近い場所だ。


 お店も決めて歩き出す。普通歩くと疲れるし距離も結構遠ければ移動手段である観光バスか電車に乗るのが学生の移動方法だが、陰陽師は二つ別の手段が取れる。


 式神に乗るか、肉体強化及び疲労軽減の術式を使うかの方法がある。厳密にはもう一つ転移という高等技術があるが、今や誰も使えないとされる術式だ。父さんも使えない術式を誰が使えるというのか。


 父さんは日本の中でも最上位の術者だ。これ以上の術者を俺は今の所二人しか知らない。Aさんと姫さんだ。その二人なら使えるかもしれないが、俺やミクは使えない。というか、最高術式をご飯食べに行くだけで最高術式を使うのもどうかと思う。


 肉体疲労軽減をかけて歩いていく。土曜は休みだから人手が多い。そんな中爆速で走るわけにも、上空を式神で飛ぶわけにもいかない。ここは地元と違ってプロが巡回しているから下手に式神も飛ばせない。


 疲れないから余裕を持ってお店に着く。お昼過ぎということもあってこじんまりとしたお店ながらも二人並んでいた。結構縦に細いテナントでお店自体は小さい。十席あるかないかぐらいのお店じゃないだろうか。


 元々小料理屋とか居酒屋だった場所を改修したような、店主の小さな城といった感じの場所だ。京都に合わせて和の雰囲気が木製の看板や黒色の暖簾から感じられるが、どうしても城のイメージが出てしまう。


 大将のお店はどちらかというと家という雰囲気なのに、不思議だ。


「へえ。鶏白湯に醤油と塩なんて味の違いがあるんですね。てっきり塩味だけかと思ってました」


「俺も初めて見る。前食べたお店は鶏白湯としか書いてなかったな」


 メニュー表をマジマジと見ながら待っていると、味が選べることを知らなくて俺たちは驚いた。こう言ってはなんだけど鶏白湯という決まった原型があって、各お店でアレンジを効かせているのだと思っていた。


 そのアレンジで味を変えようとした過程で醤油も使ってみようと思ったのかもしれない。ラーメンなんて特に作り手のアレンジが光る食べ物だ。チェーン店や系列店でもない限り同じ味なんて存在しない。


 だからこそチャレンジをしたくて何件も渡り歩いたり、それで発見もあったり外れたとがっかりすることもあって楽しんでいる。


 こうやって楽しめるのも、大将のお店といういつ行っても美味しいお店というか、自分にとっての一番のお店が決まってしまっているからということもあるかもしれない。


「銀郎と瑠姫はどうする?」


『あっしはこの鶏ご飯って気になるんでこれで良いですよ。大盛りにできるなら大盛りで』


『あちしは塩の方かニャー。そっちの方がスタンダードだし』


「タマは?」


「わたしも塩が良いですね。明くんは?」


「じゃあ醤油にする。味の予想ができない」


 いやホント、醤油の鶏白湯とか全く予想できない。鶏そばとかなら食べたことがあるけどそれとはまた味が違うんだろうし。


 四人組だと伝えると少し待つことになった。店内には十二席しかないようでテーブル席がないようだ。最悪二・二でも良いと伝えると、それならと割と早く案内してくれた。


 俺とミク、式神組で別れて着席する。ここは食券式じゃなかったので口頭で注文をする。式神たちは俺たちに気を利かせてくれたらしい。


 ミクと付き合い始めてから初めて二人で横に座ってるのか。夜は普通に出掛けてるから出掛けるのは初めてじゃないし。けどデートと言われたら初めてだ。


 なんだかなあ。変な感じだ。デートっぽいことは結構してるのに、ちゃんとしたデートはこれが初めてかもしれない。


 そのデートが式神こぶ付きで内容もいつも通りのラーメン屋巡りと他人のための聞き取り調査だからなあ。


「ふふ。初めてのデートなのに結局いつも通りですね」


「全くおんなじこと考えてた。俺たちらしいと言えばそうなんだろうけど」


「それで良いんだと思いますよ?ずっと変わらず、みんなで楽しく過ごせれば良いなって思います。隣に明くんが居て、薫さんや祐介さんが居て。ゴン様に陰陽術を習って、この身体と折り合いをつけて。それで長く過ごせれば万々歳じゃないかなって」


「本当に、解決しないといけないこと多いよなあ」


 当主を引き継ぐことはもちろん、呪術省のことも無視できないしAさんがこれからどうするつもりなのかも注視しなくちゃいけない。それに動き出した神々についても。


 平穏無事、とはいかないことが分かり切っている。だからこそこんな日常を大切にしたい。


 ……なんだか周りから「死ねリア充」みたいな視線を浴びた気がするけど、努めて無視をする。ここは飲食店、憩いの場だ。言葉にも出されていない罵倒へ言葉を向けたらこっちが負ける。


 そうこうしているうちにラーメンが運ばれてきた。ミクの塩鶏白湯はその名の通り白く、俺の醤油味の方はミクのと比べるとちょっと茶色かった。比較したらちょっと色が付いているかなというくらいで、十分白いと言えるくらいの変化だったが。


「「いただきます」」


 麺は中太のちぢれ麺だった。この方がスープと絡むのだろう。鶏の低温調理で白くなったチャーシューが二枚入っていて、後は長い穂先メンマが一本と海苔が二枚にネギが少しというシンプルな見た目だった。


 啜ってみるとやはりスープがよく絡む。鶏白湯らしいクリーミーさを味わいつつ、初めての醤油味鶏白湯を堪能する。醤油はアクセントくらいなのかなと思ったけど、すごくしっかりと醤油の味がする。


 それでかつ、鶏白湯独特のドロッとしたスープが鶏の香りも主張してくる。鶏白湯が結構濃い味のものだと思ってたから醤油も合わさって結構濃い。


 これ、好き嫌い別れそうだ。俺はこれくらいの濃さなら好きな方。


「鶏白湯ってこんな感じなんですね。スープはドロリとしているのに結構あっさりで好きです」


「あっさりしてるんだ?こっちは結構濃い味だぞ」


「あ、そうなんですか?気になります」


 ということでミクとラーメンを交換する。塩味の鶏白湯は麺やトッピングなどは同じだったけど、味は確かに塩味であっさりとしていた。このドロリとしたスープなのに食べてみたらスッキリ、という感触が奇妙で一時期かなり話題になったのがこの鶏白湯だ。


 女性でも食べやすいからと結構特集されていた。これは女性でも濃いとは思わないだろう。


「この見た目とスープであっさりしてるって凄いな」


「ですよね。こっちは見た目通りなんですけど」


 醤油と塩を比較してしまうと塩の方が断然好みだった。というか俺もミクも瑠姫と大将の味付けで育ってるせいで結構あっさりめの味の方が好みに近い。そのせいだろうな。食育の結果そうなってるせいで二郎系が合わないんだろう。


 あれだけの需要があって、ラーメンの中でも結構安くてもやし山盛りのインパクトである二郎系を作り出した人は本当にすごいと思う。ただ俺たちの舌に合わないだけで。


 ラーメンを交換していることで男女問わず睨まれたが、本当に無視をした、今って女友達だけでもラーメン屋に来る人がいるから、カップルということで目を付けられることもある。嫉妬しないで良いお相手を見付ければいいのに。


 そんなことを思いながら食べ終えて四人分の代金をレジで支払う。このお金のやり取りを人間が行うというのは客商売を大事にしているか、このお店のスペースから食券機なんて置けないかのどちらかだろうけどレジの女性はにこやかにありがとうございましたと言ってくれた。


 このお店はおそらく前者だろう。


 またいいお店を見付けられたなと思いつつ、伏見稲荷神社に向かった。

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