第221話 1−2−5
ミクとも陰陽術で通話を繋いでゴンの話を聞く。今蛇島さんは寝ているようだが、あまり眠りは深くないらしい。時折目が覚めるか魘されているかのどちらかのようだ。蛇島さんには聞こえないようにゴンは念話を飛ばしてくれている。
蛇島さんを助けられそうだという朗報はひとまず喜んでいいだろう。だが問題は桑名家当主の言葉が間違っていなかったことだ。
「そんなに侵食が進んでいるのか?」
『ああ、そうだ。悪霊の蛇がこいつを乗っ取るまであと僅かってところだな。今はオレの神気で一気に抑え込んだが、この調子だと今月中に暴発するな』
「……は?今月中?待て待て、桑名家の判断じゃ高校卒業する前とかじゃなかったか?」
あの後蛇島さんにゴンを渡してから蛇島さんが把握している今の状況をメールで教えてもらった。それによると高校卒業までに暴走する可能性が高いと聞いた。俺たちと会えるのは今回が最後だろうと思ってこうして助力している面がある。
一年あるからと少し余裕を持っていたらゴンのいきなりの発言だ。これには俺もミクも言葉を失った。
『エイのバカと大天狗が世界を変えただろう?そのせいで一気に進んだ。アイツだけじゃないぞ。日本中の悪霊憑きが刺激されている。珠希だって刺激を受けてるんだからどいつもこいつも影響が出るに決まってるだろ。良いも悪いもな』
「……その結果が、今月なのか?」
『そうだ。だが言っただろう?アイツは助けられると』
地元に残っている狐憑きの子供たちは大丈夫だろうかと心配になってきた。そっちにも連絡を取ることを決めて、ゴンの希望の言葉を聞く。
最初の断言でゴンが言っていたじゃないか。蛇島さんは助けられると。
「あの。悪霊憑きは暴走したらそこまでなのでは……?」
『一般的にはな。だがどうにかなるのが今回だ。神気を送り込み続ければ悪霊は退治できる』
「ん?憑いている存在が悪い存在じゃなかったとかじゃないのか?」
ミクの疑問にゴンが答えるものの、その回答がよくわからなかったので追加で質問をした。悪霊と呼ばれる存在と共存することが唯一の生存方法だとされている。悪霊憑きの前例からして共存の道以外に生存する方法がわかっていない。
抜け道が桑名家の退魔の力。だから悪霊の力が強すぎて身体に負荷が掛かり過ぎているのかと思った。
『そんなわけないだろ。明、正直に言え。蛇島を見てどう感じた?ただの悪霊だなんて思っていないだろう』
「それはまあ……。神が混ざってるのか?血筋が神主だったとか、特別変異だったのかまではわからないが……」
「混ざっている?ただ神気を宿しているのではなく?」
俺の言葉にミクが疑問を覚えたようだ。ミクは千里眼のような眼を持っているが、俺のような神気をしっかりと見分けられるような眼を持っているわけじゃない。術式の起点とかは勘で読み取れるのに、眼が入手する情報は案外少ないらしい。
俺の眼は星見に付随した遺伝だろうけど、ミクの眼は憑いている狐の影響のようだ。だから狐が感じ取れるものを身体を共有しているミクも感じ取れる、というメカニズムのようだ。
「そう、混じってる。神気を宿している人間と、神が混ざっている存在は俺には別に見える。神気を宿している人は姫さんやマユさんで、神が混じっている存在が銀郎や瑠姫、大天狗様と一緒にいた天狗たちだ」
「ああ……。神気はふわふわとした曖昧な力が体内にあるだけだけど、神が混ざっているというのは神と呼んで良いほど存在が確固になっている何かが体内に宿っているということですか?」
「そうだな。その分け方に照らし合わせると、蛇島さんは後者だ」
姫さんやマユさん、それに俺は遺伝だろうとわかるくらいにただ神気が宿っているだけだ。
だが、銀郎にはとある武神が混ざっているし、瑠姫は護国の神が混ざっている。どちらも有名な神ではないが、確実に神の一柱だ。天狗たちも神に至った身だが元々の魔性も残しているといったところか。
普通の人間は俺たちのように神気を宿しているくらいが限度だ。悪霊が宿っているだけで身体のキャパシティを超えそうになるのに、そんな脆弱な人間が神を内包していたらどうなるか。
ただの人間として生きているのが不思議なほどだ。一生寝たきりか、その神に身体を明け渡している可能性が高い。
まだ銀郎のように神に近しい生き物であるオオカミや、瑠姫のように百年以上を生きた二又の猫であれば神を受け入れる容量がある。でも人間はそんな優秀な生き物ではない。
だから今の蛇島さんの状態は一種の奇跡だ。
「神を内包しつつ、悪霊も宿っているのか?」
『ああ。エイの変革で神が活性化してコイツの免疫も上がったが、大天狗のせいで悪霊も活性化した。今は悪霊の力が上回っている。不調はそのせいだ』
「……むしろ今までよく無事だったな」
神魔融合した存在がこの混沌とした時代に居て妖に襲われないことが珍しい。妖は弱い神を嫌っていたり悪霊憑きを嫌っていることが多い。神は強い存在だと妖は知っているからこそ、弱かったら無性にムカついたり。
人間を巣食うことでしか存在できない同族が嫌いで感じ取ったら殺そうとしたり。神が宿っている時点で身体のことや妖に関する危険性が増えるのに悪霊憑きとなると人間にも嫌われるからかなりキツイはずだ。
いつか身体を乗っ取られて暴走してしまう存在だからか、もしくは身体の中に別の存在がいることが気持ち悪いと感じるのか、子供には特に嫌われる。大人だって口に出さないだけで蛇蝎の如く嫌っている人もいるだろう。
だから悪霊憑きであることを市役所や学校に伝えるだけで公表しない人が大半だ。むしろ公表している人なんてほぼ居ない。芸能人が公表して大炎上してそのまま引退したという事例もあるので公表するモノ好きはかなり減った。
伝えるのは結婚相手や、保護をしてくれる良家。あとは悪霊憑きであることを制御するための方法を伝授してくれる陰陽師くらいだ。
妖には物理的に狙われ、人間には言葉の暴力を、下手したら直接的な暴力も受ける。悪霊憑きとはそれだけ今の人間社会では生きづらい存在だ。
ミクが狐憑きだとわかったら難波家から護衛として父さんの式神が五体ほど那須家に派遣された。襲われたことはなかったらしいが、悪霊憑きとはそれくらい警戒する必要がある存在だ。
ウチで保護をしている狐憑きたちの住んでいる場所だって外界に知られないように方陣を組んでいるとはいえ、結構な数の式神を配置してある。これが難波家の普段の業務で父さんも母さんもこの式神の維持に霊気を使っている。
あとは銀郎を何日か置きに派遣したり。瑠姫は家事がメインだったために出張のようなことをさせられるのは主に銀郎だった。
悪霊憑きというだけでここまで警戒するんだから、神が内包されている蛇島さんなんて無事だったことが不思議なほど色々な存在から敵視される状態だ。
もしかしたら神も同族を解放するために蛇島さんという肉の器を壊そうとするかもしれない。神には宇迦様と大天狗様くらいにしか会ったことがないからそんな過激な神がいるのかもわからないが。
ゴンに聞くよりも宇迦様に聞いた方が良いかもしれない。ゴンは基本この下界に在住している神だから神の御座を持っている宇迦様の方が神の事情に詳しいだろう。
『そこはある護身の道具があってな。よっぽどのバカじゃなければあの気配を感じたら手を出そうとは思わん』
「それは中の神様が凄いのですか?それとも悪霊の方が?」
『いや、珠希は感じられなかったかもしれないが別の力だ。明には視えていたか?』
「なんか別の強い力は感じたけど……。それか?」
『それだ。明日はその力をくれた奴に会いに行くらしい。お前らはそこには行けないから別行動だ』
「わかった。報告できることがあれば教えてくれ」
今日はそんなところだった。ミクに明日宇迦様のところに行くと伝えて寝ることにした。あと数時間で夜が明けるが、この生活スタイルは陰陽師としては当たり前の習慣になっていた。
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