第220話 1−2−4
ゴンを蛇島さんに預けてから放課後。蛇島さんの予定的には学校が終わったらすぐに寮に戻って軽く復習をして寝るらしい。東京校で所属していた部活動と同じ部活があれば放課後に他校交流として一緒に部活をやることもあるそうだが、蛇島さんは帰宅部だったようですぐ帰るそうだ。
京都校だってAさんの起こした事件と『大天狗の変』の後は完全に放課後の部活動を取りやめる予定だったらしいが、この交流会の期間だけは放課後の部活動も復活させるようだ。俺たちは入部していないし、蛇島さんにも関係ない事柄だった。
ゴンに様子を聞くのは俺たちの街中の巡回が終わって蛇島さんが寝てからだ。寮から離れすぎたらゴンとの念話も通じないので、巡回しながら話を聞くことはしない。普段の様子と寝てからの様子も見ておきたいのでまずは巡回をする。
強い魑魅魍魎も何体かいるものの、基本的な対処はプロに任せた。強い個体が以前より増えても、街がパニックになるほどの異常な大量発生には繋がっていない。百鬼夜行にもなっていないから対処が間に合っていない個体だけ倒すことに専念している。
そんな単純作業を繰り返しつつ、蛇島さんの案件を考えていた。
「除霊、に分類されるんだろうけど。そんなことやったことないぞ?どうしたものか」
「そもそも除霊に成功した例ってあるんですか?」
「唯一の成功例が桑名家の施術だけだ。正確には憑いている存在の消滅だろう。それ以外に悪霊憑きが人間のまま救われた例は共存した例だけだ。だから悪霊憑きは学校やその土地の管理人である名家の当主に把握されている」
大抵の対処法は悪霊憑きの侵食を抑えるような呪具を渡したり、憑いている存在と共存するための対話法を伝えたり。そのくらいだ。
死ぬまで憑かれている存在に身体を奪われなければ共存できた結果と言える。侵食度が低ければ桑名家の退魔の術式で消滅に近いことをしたりもしている。あの力は正確に魔の力を撃ち抜くので、憑いている存在が脆弱だったり術者が強ければ悪霊をそのまま消滅させたりできる。
だから桑名家が重宝されるわけだ。戦闘でも治療目的でも有用すぎる力。悪霊憑きで産まれてしまった子供がいれば桑名家に頼ることが当たり前になっている。
そして戦えば魑魅魍魎や妖相手に一騎当千の実力がある。安倍家の血筋ということもあって世間的にも有名かもしれない。
それこそ引き篭もっている難波よりも、一般知名度はある。三大陰陽名家を答えろという問題があったとして、土御門と賀茂は誰でも答えられるだろうが三番目に難波と答えられる子供は少ない。安倍家や桑名家と書く子が多いらしい。
前の二つは歴代の呪術大臣を勤めている家系なので知名度は抜群だが、難波は表立って何かをしたわけでもない。日本のために星見をしたわけでもなく、今の世の中のために目立つ功績を立てたわけでもない。
一般知名度はめちゃくちゃ低い安倍家の血筋なわけだ。
あまりにも誤答が多すぎるために中学校の呪術の知識の授業では教師が口酸っぱく安倍でも桑名でもないと言うそうだ。今では立派なネタになっているらしい。
俺は呪術の授業を全部サボったからその辺りも全く知らないけど。
「じゃあ、その。祓えないとわたしたち悪霊憑きは……」
「暴走した、堕ちた。表現はいくらでもあるが、怪物として魑魅魍魎や妖のように討伐される。人間としてではなく、人類の敵として倒されるんだ。陰陽術を使って処刑するわけだから悪霊を殺すことはその人間を殺すことと同義になる」
「ですよね……。蛇島さんはわたしの尻尾のような明確な判断基準があるわけじゃないのに堕ちる時期がわかっているのは、なんとも……」
「桑名家当主だからその辺りは間違いないと思う。それでも一年を切っているってわかるのは残酷だよな……」
ミクの限界がいつかわからないけど、高校生の内に中の存在に乗っ取られると決まっているわけではない。このペースだとまだ余裕がありそうだけど、また事件が起きたらどうなるかわかったものじゃない。
蛇島さんのことは決して他人事じゃないんだ。
一応一般的な悪霊憑きのデータなら呪術省によって一般公開されている。ただそのデータがアテになるかと言われたらまた微妙だ。
悪霊と呼ばれるだけあって大半は過去から伝聞されている妖怪、異形の怪異のような存在が憑いていることばかり。牛鬼とか河童とか、雪女とか鵺などが有名だ。一番有名な悪霊憑きは鬼だろう。これらの存在とはほぼ共存できず、大体は討伐されている。
犬や鳥のような動物として認知されている存在の悪霊憑きは珍しい。モデルケースがほとんどいないし、共存できている事例ばかりだ。むしろこういった存在が暴走したとは聞かない。
狐憑きだけは呪術省の悪辣な宣伝のせいで世間的に悪く思われているし、危険視されているが実際はそこまで危険なことはない。
ここで戻ってくるが、問題は蛇島さんが憑いている存在を蛇と断言していることだ。
蛇は怪異とは思われておらず、人によってはペットで飼っているほどに一般的な生き物だ。毒を持っている種類もいるが、基本はそこまで危険に思われる存在ではない。犬猫とそこまで変わらない認識のはず。
だというのに桑名家当主という悪霊祓いのスペシャリストが侵食度を危険視してうら若き女子高生に寿命を伝えるレベルだということ。そして本来の悪霊憑きのように蛇島さん自身も自分の末路を理解しているような口振り。
それが解せなかった。だから依頼を受けた節がある。
「でも蛇だぞ?それこそ龍とも同一視されることもあれば、神としても敬われる存在だ。白蛇の抜け殻を財布に入れれば金運上昇、なんて結構伝わる伝承だ。そんな蛇が悪霊に落ちるか?」
『今の世の中だと不思議でもないのでは?魔の線引きが曖昧だということは坊ちゃんが先日経験したばかりでしょう』
「俺は確実に魔に寄った存在だろ。たとえ神気が身体に内包されていようが、俺の身体のバランスは曖昧で半分以上が魔だぞ。退魔の力は俺たち全員アウトだ」
銀郎が口を挟んでくるが、俺は確実に悪霊憑きよりも魔に近い存在だ。侵食度にもよるが俺ほど身体を明け渡している存在も珍しいんじゃないだろうか。
ミクも魔の要素が増え始めているが、俺みたいに身体の五割が魔じゃない。本当はミクよりも俺の方がよっぽど危険視される存在なんだけど、これは我が家のトップシークレット。分家筆頭の星斗ですら知らない事実だ。
俺は人間の誰よりも魔に近しい存在なのに、身体の内側に悪霊と呼ばれる存在がいるわけではない。そこが悪霊憑きと決定的に違う部分だ。
だから蛇島さんの直接的な悩みの相談は理解できないと思う。それはミクに丸投げするとして、理論的に考えられることは考え抜く。
「蛇島という名前の人間が蛇に取り憑かれ、身体を狙われるのは偶然か?その蛇は聖者か邪悪か。大天狗様と相対した時と同じ既視感は?……その辺りの解析もゴン任せな訳なんだが」
『それくらいあの捻くれ屋さんに任せるニャ。そういう審美眼は神様だけあってピカイチニャんだし』
「そうだな。ちょうど土日だし、休日もゴンに見張らせよう。京都に来て状況が変わるかもしれないんだし」
瑠姫の言葉に同意しつつ、呪術省のデータベースや学校にあるだろう悪霊憑きのデータに当たろうと考える。
俺が星見として未来視ができれば蛇島さんの未来を確認できたんだが。俺にはまだその力量がない。
巡回をして寮に戻ってからゴンの報告を聞くことにする。蛇島さんに何かあっても困るから連絡が取れる式神を代わりに側に置いてゴンの話を聞く。
『結論からすれば、アイツは助けられる。だが時間がないのも事実だ』
そんな、わかりやすい結論から話してくれた。
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