第218話 1−2−2

 俺のクラスに来る二年生が後を絶たない。髪が変色していることで純粋に注目されるミクと賀茂。ネームバリューから俺と天海が。天海も本家が東京にある歴史ある陰陽大家なので遠縁の分家といえども注目されるようだ。


 休み時間はそうでもないが、中休みになると誰かしらを訪れて教室の前に来て近くの人を呼んで目当ての人に繋げてもらう。ミクや賀茂は髪の色がバレているので直接中に入ってきて話しかけられることもある。


 俺も話しかけられたが、男女どっちも来るし内容もバラバラだ。ただ顔を知っておきたかったとか、どんな術式が得意なのかとか、食堂にいた銀郎と瑠姫のこととか。銀郎と瑠姫のことは名前だけはそこそこ知られているので見たいという人が一定数いた。


 あとはなんだか分家の良い人を紹介してくださいという人もいた。難波の分家なら親も了承してくれるということで、そこそこの地位にいる陰陽師の家の子息が訪ねてきた。本家の人間は恐れ多いのか、それとも俺のことは好みじゃなかったのか俺自身は全く恋愛方面の話は振られなかった。


 俺にはミクがいるから気にもしていない。たとえそういうお誘いがあっても断っただろう。


 分家のことは全く知らなかったので、父さんと星斗にメールを送っておいた。未婚で余っている人がいないか俺は全く把握していないので何も言えなかったからだ。来た人にはまた来週来てもらうように伝えておく。


 そんな対応を終わらせて席に戻ると祐介とミクしかいなかった。天海はまだ廊下で対応中っぽい。さっさとお弁当を広げる。


 野菜の和え物と玉子焼き、それに鰤の照り焼きにワカメご飯か。今日も美味しそうだ。


「今度は婚活の手伝いか?」


「ああ。お見合いおばさんにでもなった気分だ」


「そういうイベントだからな。仕方がないって」


 昔は親戚のおばさん同士が未婚の男女を紹介し合ってお見合いをセッティングしていたようだが、俺としてはそんなお見合いおばさんになったような感覚だ。俺にはもう相手がいるので高みからの見物をしているという意味でも合っている。


 この交流会の意味合いとしても普段出会うことのない家との邂逅を目的の一番にしているようなので二年生は学校側の意図を完璧に理解して実践しているだけだ。


「難波の分家ってそんなに未婚の若い男女がいるのか?」


「そこそこいるっぽいぞ?俺も全部は把握していないけど、星斗が心当たりが何人もいるって言ってたしな」


「へえ、意外。学生の時に相手を見付けてるもんだと思ってたぜ」


「筆頭分家でもない限りそこまで急ぐ理由がないらしい。いつかは難波家になるために結婚相手とかも考えていく必要があるらしいが、玉の輿ってあまりないらしくてな。良い相手を選びすぎて婚期を逃す人もいるらしい。だからむしろ紹介してくれるのは嬉しいそうだ」


 難波の分家、とはいえ全員が優秀なわけでもない。桜井会なんかに入っている若者は全員プロになっているものの、出世株と呼ばれる人物はいないそうだ。だから若くして八段になった星斗が祭り上げられる。


 若くて六段以上の人間なんて天才と呼ばれるような人間ばかりだ。ほとんどの人が生涯を五段で終わらせると言えば、その凄まじさもわかる。プロになってからは特に実力を求められるので昇段するには何かしらの功績か圧倒的な実力が必要だ。


 そもそもプロになるにも相応の実力が必要だ。四段と三段の間にある壁は大きいらしい。俺は受けていないけど、三段までのアマチュア免許と四段のプロ免許では実戦力が問われるようだ。


 それに受からないと公務員になれない。四段になれば学生であっても緊急事態に招集を受ける立場になるので、そこの一線は厳格に定められているのだろう。


 祐介と話している間に天海が戻ってきていた。その表情はどこかげんなりしているように見える。


「ただいま……」


「お帰りなさい、薫さん。長かったですね?」


「うん。結構引き留められて……。ああいうしつこい人は苦手。私のこと、天海の分家としか見てないんだもん……」


「ああ、それは嫌だな。特に付き合う相手なら一番ダメだろう。俺もそういう決め付けが多かったからよくわかるぞ」


「中学校の時から難波君は悪目立ちしてたからね……」


 地元じゃ有名だったというのもあるけど、まあサボりすぎたよな。授業免除になったからサボってただけだけど、その辺りは本場の京都や東京じゃなかったから名家の人間が学校で受ける程度の授業よりも本家での指導の方が上だったから特例が許されるということへの理解が足りなかったようだ。


 京都や東京の人だったらそういう特例を受けて休む生徒も多かったようで理解があるらしいが、地元じゃそんなことが許されるのは難波家くらいだった。一例しかない優遇された奴が許せない中学生も多いだろう。


「薫ちゃんさ、しつこい人は嫌いって言ったけどじゃあどんな人がタイプなわけ?」


「え?……頼りになる人、かなあ。あと春先の事件のせいで、ある程度陰陽師としても実力がある人が良いかも。幻術対策に力を入れていて、対抗術式も使えて、脅しに来た人を返り討ちにできる人が良い。子供ができたとしても、ちゃんと守れる人が良いかな。……お父さんも私たちのことが大切だからこそ、ああなっちゃったんだけど」


「お、おう。言いにくいこと言わせちゃってごめん。……そうだよな。人生の転機だもんなあ」


「そうだよ。どうしても考えちゃう。……いただきます」


 質問をした祐介が怯む回答が返ってきてしどろもどろになっていた。


 父親が精神操作で悪人に仕立て上げられたんだから、そういう風に考えてもおかしくはないだろう。精神的に頼れる人、そもそも精神操作なんて受けないほどの実力者であること。天海がそういう人を求めるのは彼女の立場からすると当然のことだろう。


 本当に土御門をどうにかしないとな。


 天海のお父さんの件はこの四人全員が知っているが、土御門光陰が犯人だろうと天海だけは知らない。俺たちが口にしていないのもそうだが、状況証拠が祐介の目撃情報とAさんからの情報提供しかないからだ。


 証拠さえ揃えばすぐに伝えるつもりだが、伝えた瞬間土御門のクラスに殴り込みに行きそうだ。実力が劣っていようと関係なく突っ込むだろう。家族の仇なわけだし。


 その暴走を止めるために、先に手を出させたり同級生が犯人だったと知らせて確定情報じゃないために襲撃できないストレスを与えるくらいなら黙っておく方が良いと判断して天海には伝えていない。


 人生観が変わった事件だろうし、あまり刺激したくない案件だ。


 天海もお弁当を食べ始める。節制のために自分で作っているそうだ。祐介だけコンビニで買ったり購買で買ったりしている。俺は毎日瑠姫が作った弁当をミクから受け取っている。


 俺が食べ終わった頃、一人の来客があった。


「桑名家の本家である、難波家のご子息がいると聞きましたがこのクラスで合っているでしょうか?」


 声だけではわからなかった。だが姿を見て霊気を感じて。すぐに講堂で霊気を撒き散らしていた白髪の女性だとわかる。というか、今も隠していない。多分制御ができていない人だ。


 それにしても変な聞かれ方だった。土御門の分家である難波ではなく、桑名家の本家として呼ばれるなんて。桑名先輩の家と何か関係があるんだろうか。


 昼食も終わっていたのでさっさと席を立って彼女の元に向かう。


「初めまして。難波明です。どのようなご用件でしょうか?」


「ちょっとこのような場では話せないことと言いますか……。桑名家の家業にも関わることですので」


「わかりました。場所を変えましょう。タマ」


「はい」


 ミクも呼ぶ。どのような事情か知らないけど、退魔の力をアテにするような案件だ。俺一人じゃなく、おそらく受け持つ内容的にもミクも一緒に話を聞いておいた方が良いと判断した。


「そちらの方は?」


「我が家の分家筋の者です。おそらく彼女にも相談するので手間を省きたくて。良いでしょうか?」


「構いません。どこか邪魔をされずに話せる場所はありますか?」


「では屋上へ。もう外は暗いですし、人も居ませんよ」


 俺の案内で屋上へ向かう。


 さてさて、どんな案件なんだか。

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