第217話 1−2−1

 そこから二日はあっという間だった。二年生はバスに乗って東京に行って、入れ替わるように東京の二年生がやって来た。特別寮に全員入って俺たちとはまた別の生活をするからあまり顔を合わせない。


 この一ヶ月だけ寮の食堂で働いているおばちゃんたちが学校側の食堂中心で働くことになるらしい。俺はあまり学校側の食堂を使わないから関係ないけど、祐介の話だとこの一ヶ月限定で出るメニューがあるのだとか。


 それを目当てに寮に群がる在校生も多いのだとか。東京校と京都校で食堂のメニューが違うらしいからそれを楽しみにしている二年生が多いらしい。


 俺もミクも結局いつも通り瑠姫がお弁当を作ってくれるから学食のメニューが変わったとしても行きはしないと思う。


 水曜日の朝に向こうの二年生は東京を出発してきて、夕方前には到着。そこから簡単な荷下ろしをしてすぐに講堂に集められる。それには俺たち残った一年生と三年生も集めさせられて全校集会になっている。


 今は校長先生と理事長のありがたいお話を賜っているところだ。要するにこれは伝統のある行事だから新鮮な気持ちを持ちつつ勉学に交流を楽しんでほしいという内容を延々話しているだけ。


 ゴンなんて俺の足元で眠っている。呑気なものだ。


 しかし本当に制服が違うんだな。俺たちは緑色のブレザーだけど、東京校の人たちは焦げ茶色のブレザーだ。形は同じだけど色だけが違う。女子のリボンの色は赤で固定だ。


 かなりの人がいるから少し感じづらいけど、一人異質な人がいる。というか、何でこの人は霊気を隠していないんだろう。


 陰陽師はまず、自身の霊気を抑えることを覚える。ミクもこれに苦労したが、今では尻尾が増えない限り完璧に抑えられている。陰陽師学校に、それも京都校や東京校に入れるような生徒が霊気を抑えられないのはおかしい。


 しかもあの人、隠そうとしていないぞ。今講堂内で一番大きい霊気を放っている。これが全開なら俺と変わらないくらいの霊気を持っている。天海家の分家でもいたんだろうか。いや、これだけの霊気だと本家の人間かもしれない。


 ちょっと千里眼で見てみるか。賀茂も入学式の日に霊気を引け散らかして威圧行為をしていたが、それも初日だけだ。普段の生活では賀茂だって霊気を抑えている。だけどあの人はずっと霊気を垂れ流している。


 賀茂のことを考えると、名家の人間じゃないのかもしれない。ミクだって一応名家の分家筋だが、霊気の量は尋常じゃないものの名家の直系ではない。あの人もそんな感じの、関わりはあっても血は濃くないとか。


 とにかく暇潰しも込みで件の女子生徒を視てみる。あの人本当に無意識なんだろうか。それとも賀茂のように何かしら意図があるんだろうか。例えば祐介が言っていたようなお見合い相手を探しているみたいな。


 その女子生徒は白髪のロングヘアをシュシュで一房に纏めていた。肌も病的に白い、背も高い女性だ。周りの男子生徒とあまり背が変わらない長身。


 霊気の多さから変色している髪。それは良いけど、あの人きっと悪霊憑きだ。何が憑いているかまではわからないけど、変な感じがする。ただの悪霊憑きでもないっぽい。


 意図はよくわからないな。それこそミクの尻尾が増えた時のように制御ができていない可能性がある。


「苦労してるのかもな」


 そんな呟きは誰にも聞かれないまま、ようやく全校集会が終わる。


 ここからは通常授業に戻るのかと思っていたけど、そんなことはなく。一学年二クラスずつ、計六クラスごとに別れて立食形式の食事会が開かれた。俺たちはC組なので二周目がその番になる。


 今日は瑠姫にご飯を作ってもらわず、食堂のご飯を食べる。せっかくタダで食べさせてもらえるのでそこは御相伴に与る。


 それまで他のクラスでは授業をして時間を待つ。中休みの代わりに食事会があるようなもので、そこで二年生と交流しなさいという学校側の配慮というか押し付けというか。興味がないような俺からすればどうでも良いことだったり。


 特に男子がお食事会が楽しみだったっぽくて、授業が終わって食堂に移動する際に男子がはしゃいでいた。


「いやー、東京のお姉様方とお近付きになれるチャンスだぜ」


「これで距離縮めちゃったら遠距離交際あり得ちゃう?」


「っていうか、大学は流石にほとんどの人が京都に来るだろ。遠距離って言っても二年未満だからな。長くないだろ」


 そんな風に盛り上がっている。


 大学は規模が違うので陰陽師大学ともなれば京都校、東京校問わず全国から生徒が集まる。東京校の生徒だって大半は京都の陰陽師大学に来る。東京にだって陰陽師大学はあっても最先端は京都だ。


 プロや、呪術省に関わろうと思ったら京都の陰陽師大学に来るのが鉄板だ。だから東京校の人も二年後には京都にいるだろうという推測を男子はしているわけだ。


「まったく、男子って単純ねー。女の人が年下男子に構うわけないじゃない。年上の頼り甲斐のある人を相手に選ぶんだから、年下のガキなんて選ぶわけないのに」


「そうそう。だから年上のお兄様とお近付きになりたーい!」


「私の部活の先輩が言ってたんだけど、去年付き合えた人に会いに今年東京行くって!そういうこともできるのは良いよねー」


「あ、そっか。二年生と付き合えたら来年会いに行けるのね」


 なんか、男子も女子も変わらないな。これが成人の姿か。


 まあ学生だし、制限の多すぎる成人だから成人とは呼べないか。本当に何で成人を元服と同じにしたのかわからない。


「薫ちゃんとか、どう?年上の男性って」


「えーっと……。頼れる人なら年齢は関係ないんじゃないかな」


「それはそうだけどー。強い人って言ったらやっぱり少しでも年上の人の方がいいんじゃない?」


「同い年や年下でも凄い人はいるかもしれないよ?それこそ今度の対抗戦を見たら認識が変わるんじゃないかな」


「同級生でも良い人がいるかもね」


 天海も巻き込まれてる。ミクも色々と聞かれてるなあ。


 廊下を移動する最中、ずっと騒がしかった。食堂に着いて他のクラスの人たちを待つ。その間にどんな形式なのかと食堂の中を見渡す。


 トレイやトング、お皿などが入り口付近に置いてあって、椅子は全然見当たらない。机はお皿を置くためかいくつかあるもののほとんど端に寄せてある。


 食事もサンドイッチやおにぎりなど片手でつまめるものからスパゲッティやうどん、サラダにローストビーフ丼、タンドリーチキンに酢豚など和洋中様々に置いてある。


 ゴンや銀郎たちのご飯どうするか。銀郎と瑠姫にはそのまま自分でご飯を取ってきてもらえば良いだろうけど、ゴンには俺が取ってきて端っこの方で姿を隠したまま食べさせるのが良いだろう。


 そんなことを考えている間に一年D組と東京校のCD組が到着したようだ。


 八神先生が少し高い段に乗り、拡声器を使って音頭を取る。


「それでは全クラス揃ったので好きに食事を取って交流をするように。今日は無礼講なので好きに交流して良いぞ。……最低限の節度は保つように。それでは今から一時間とちょっと立食パーティーを楽しんでくれ」


 その合図と共に他校交流をする者もいれば早速ご飯を取りに行く人も。俺たちはちょっと様子を見てからご飯を取りに行くことにする。混んでいる場所に突っ込む気にはなれない。


 祐介も早速どこかへ行ってしまった。まずはゴンを隠す場所でも探そうと思って歩き始めると東京の男子生徒が二人、こっちに歩いて来る。


 いや、俺よりもミクが目当てっぽい。霊気の変質から金髪のミクは珍しいんだろう。


「そこの金髪の子。名前は?」


「え?えっと、那須珠希です」


「那須……?聞かない名前だね。どこかの分家筋だったりするのかい?」


「あ、明様……」


 これ、ナンパだよなあ。珠希も初めての経験なのか俺の袖を掴んでくる。


 名家の子か髪が変色するほどの相手を結婚相手というか付き合いたい相手に選ぶのは陰陽師のサガというか。一つの判断基準になってるんだろうけど。


 男子二人は声をかけた女子が頼る男子である俺を睨んでくる。彼氏だってことは言わないにしても、名乗る必要はあるだろう。


「ウチの分家の珠希に何の御用でしょうか?」


「君の家系なのかい?君は変色していないみたいだが……。どこの家だ?」


「難波明と申します。以後御見知りおきを」


 そう答えたら男子二人が目を見開いて。


 近くにいた東京の女子生徒に大声を上げられた。


「ええっ⁉︎難波家の嫡子!同年代にいたんだ!」


「難波なんて本家でしか名乗ることを許されていないのに!凄い凄い!」


 しまった。東京校とはいえ、難波のネームバリューは大きかったか。ミクのことも合わせて俺たちは囲まれて質問責めにあってしまった。


 銀郎と瑠姫に指示を出して俺たちのご飯とゴンのご飯、それに自分たちのご飯も取ってきてもらって食事をさせる。ゴンにはいなり寿司とちらし寿司を与えておいて、俺たちは解放された後に食べた。


 この翌日から、土御門・賀茂・難波の三大陰陽大家の嫡子がいると話題になって、中休みになると二年生がこぞって俺たちの教室にやってきた。


 そのことについて、予想通りだと祐介に笑われたのでチョップをかます。この一ヶ月騒がしくなりそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る