第216話 1−1−4
昼休みに八神先生に言われたことをミクたちと共有して。
学校が終わっていつも通り夜の街に繰り出していた。魑魅魍魎狩りだ。本当は桑名先輩とも来る予定だったけど例の交流会の準備で忙しいようで断られてしまった。
入院してから初めて顔を合わせたので本当に心配された。身体が融解しかけていたんだから心配もするよな。しかも桑名先輩が想定していない巻き込み事故を引き起こしてしまったんだから。
蜂谷先生曰く、俺の体内の魔が消滅しかけたが自力で体内の構成要素を取り戻したらしい。俺の身体はかなり特異で酷く絶妙なバランスで成り立っているらしいんだけど、魔の能力が減衰したとしても神気が増えれば身体は崩壊しなかったようだ。
身体の構成比率が変わって、俺を主張するものが変化することで人格が変わる可能性もあったらしいが、結局は消滅の速度に魔の力の復元力が追い付いたようで倒れる前の俺の状態に戻ったのだとか。
蜂谷先生とゴンが大丈夫と言ってるから大丈夫なんだろう。
この対応力というか、抗体的な修正力を考えると俺の中の魔って相当高位な存在だとわかる。いや、悪霊憑きでもないし自分の中にもう一人の存在がいるとかって感じられないから純粋な力でしかないんだろうけど。
俺のリハビリ兼『大天狗の変』以降の変化を確認するために適当に京都の街を練り歩いていく。プロの陰陽師もいつも通り巡回をしているからお小言を言われないように少し避けつつ人出のある場所を調べる。
一時間以上練り歩いた結果。
「魔が増えてるな。魑魅魍魎もだいぶ強くなってるぞ」
「そうですね……。魑魅魍魎なのでまだ一撃で倒せますけど、一般人の方々は大変かもしれません」
魑魅魍魎の数が単純に多い。数が多いだけなら俺とミクの攻撃術式で簡単に倒せる。プロの陰陽師も余裕を持って処理ができているから雑多な魑魅魍魎なら問題ない。前に比べれば圧倒的に数が増えているけど、雑魚がいくら増えても大した手間じゃない。
けど、明らかに強い魑魅魍魎が結構な確率で混ざってる。妖レベルじゃなくても、プロが梃子摺る強さの大型魑魅魍魎が多くなっている。百鬼夜行までは行ってないけど、ほぼ似たような状況になっているというか。
百鬼夜行はその地区で一気に魑魅魍魎が溢れる災害で妖レベルの魑魅魍魎が何体か混ざっている一大災害の名称。こんな災害は東京や京都でもなければ滅多に起きない現象なんだけど、さすがに大都市というべきか。
まだ引っ越してきて二ヶ月しか経っていないのに、もう三回は見ている。
今日はまだ百鬼夜行になっていないが、数も質も百鬼夜行に近い。
違いといえば同じ箇所に集中して現れているわけではなく、京都のあちこちで弱い魑魅魍魎が大量に現れたり、四方に別れて強力な魑魅魍魎が現れたり。むしろ戦力が分散されて戸惑っている大人たちの姿が見て取れる。
プロが右往左往しているのを屋根の上から眺めている俺たち。状況把握をするには高い場所から俯瞰するのが一番だ。
「……一応対応できてるけど。なんだかプロの数が少ないな?」
『当たり前だろ。天狗どもにやられた奴らはそんなすぐに復帰できねえよ』
俺の疑問にゴンが答える。大天狗様の実力はもちろん、周りの従者の天狗も相当強かった。負傷者の数はちゃんと見ていなかったけど、たくさんの陰陽師が怪我をしたらしい。神の眷属に喧嘩を売ったんだから当然の報いではある。
負傷者の数を公表しなかったのは国民を不安にさせないためという建前と、呪術省の絶対性が崩れるのを阻止するための小細工だろう。だから調べたって無駄。
あの天狗はAさんの式神である鬼より少し弱い程度の強さだった。外道丸と呼ばれていた鬼に四月の段階でズタボロにされていたんだから今回だってまともに戦えるわけがない。
何でもまともに戦えたのは星斗を含む五神のメンバーだけだったという。呪術省の最高戦力で拮抗したのなら、一般の段位取得者では対応できるはずもなく。
ゴンの言うようにまだ入院している人や亡くなった人も多いんだろう。俺のような外傷がなかった負傷者なんて珍しいどころか、俺一人だろうし。
「それでプロの方々が少ないんですね〜。プロの方が少ないのはわかりますけど、昨日まであんな嵐だったのに出掛ける人も多いのはビックリです。何と言うか、のどかと言うか……危機感がないと言うか」
「危機感がないんだろうな。嵐が過ぎればそこまでで、後は日常生活に戻るしかないんだろ。仕事もあるんだろうし」
舞妓さんだろうか、着物を着た女性が男性と腕を組んで歩いている。デートなのか、お仕事なのか判断できない。けどその着物の人以外にもプロの陰陽師が走り回っている横で帰宅している人やお酒を飲んでいる人もいる。
何と言うか。対比が酷くて世紀末のようだ。そこまで荒廃はしていないけども。
京都のいと高き場所に居られる知恵の蓄積のないお歴々は、この変わった世界をどうしていくつもりなのか。魑魅魍魎を、妖と戦えるのは陰陽師だけなのに後手に回り続けて姿勢を示さなければ国民は不安になる。早めの手を打つのが為政者では大事だ。
俺のような地元の当主になるために勉強している人間にだって早急な対応が大事だと為政者でもないのにわかっている。呪術省だと規模が違うために考えを纏めることに時間がかかるかもしれないけど、呪術省はほぼほぼワントップ形式の運営をしている。
Aさんが滅ぼそうとするのもわかる惨状だ。
大体の状況がわかったから、視察は終わり。今日もう一つしておきたいことがあるので携帯電話を取り出して電話をかける。仕事中なのにすぐ出てくれた。
「明、仕事中なんだけど何⁉︎今戦ってるんだけど!」
「星斗、ご苦労さん。もうすぐ終わるか?
「雑魚だから良いけどよ!大鬼の制御ってかなり大変なんだが⁉︎」
「頑張れ」
「チクショー!」
千里眼で状況を把握しながら電話を掛けた。今も大鬼が大きな魑魅魍魎を二体殴り飛ばしていた。
星斗に聞きたいことがあったので生存報告と一緒に電話をした。
「とりあえず退院したことの報告と聞きたいことがあって電話した」
「何だよ聞きたいことって」
「呪術対抗戦について。お前ってどこまで本気でやった?」
「あ?あー、後一ヶ月ちょっとだから練習が始まるのか。懐かしいな……」
「質問に答えろよ。ただの学生として参加したのか?それともプロとして?難波の分家として全力だったか?」
「その三択ならプロとしてだな。廓は結局出さなかったし」
「出さなかったのか」
星斗の大鬼は俺にとってのゴンだ。俺もゴンは使わない予定だけど、それは狐の風聞を気にしてのこと。実力を隠すために使わないわけではない。
星斗も高校生の段階でプロの資格を獲得していた。難波家筆頭分家としてどう対応したのか聞いてみたかった。
「そういうのってご当主様に聞くのが筋じゃないのか?」
「父さんとは絶賛喧嘩中だ」
「何で?」
「好き勝手してたからな。俺の見舞いをやめて、俺とタマの婚約を教えなかった時点で親としてダメだろ」
「え?気付いてなかったのか?」
星斗も知ってたのか。本当に知らなかったのって俺たち二人だけだったっぽい。星斗の方は知っていて当たり前みたいな空気だ。
「次期当主と難波家の慶事が婚約しない理由がどこにある?あの迎秋会でそのことは確定だったはずだけど……。二人が幼すぎて伝えなかったとか?」
「もう高校生なんだけど?」
「知るか。……二人って対抗戦で何に出るんだ?式神?」
「その予定。正式にはまだ決まってないぞ」
「二人が出たら圧勝になりそうだな。東京、可哀想に」
手加減はするだろうけど、東京に優秀な人間がどれだけいるかって話なんだよな。
名家は多いんだろうけど、一応三トップと言われる土御門、賀茂、難波が全員京都にいるんだから学生の質はどうなのか。
高校生でプロになれる人は少ない。取れても三段が精々。四段以降は滅多にいない。星斗が言いたいことはそういう質の話だろう。
そもそも六歳の俺にボコボコにされた星斗が当時十五歳。星斗が今呪術省で最高戦力に数えられるほどの陰陽師になっていることを考えたら、そんな星斗を基準にすれば俺が参加するのって反則かもしれない。
「まあ、いつも京都が勝つのが当たり前なんだけど。今の五神は大体京都出身だから戦力的にも、東京とは差があるんだよな。本場がこっちっていうのもあって全国の優秀な生徒が集まるから京都校は強いぞ」
「なら俺たちが頑張らなくても良いわけ?」
「良いだろ。特に今年は土御門と賀茂の嫡子がいるんだし。……そう考えるとマユってイレギュラーだよなあ。陰陽師の家系じゃないのに五神なんだから」
マユさんは玄武になるほどの実力がある人だけど、陰陽師の家系じゃないんだったか。それで今では玄武を実体化させてるほどの認められた人。
そんなイレギュラー以外にも星斗のような分家で優秀な人間が来たり、名家の嫡子が来たりするんだから京都校が弱いわけがない。
東京は扱い的に京都に入れない人が妥協で受ける方だからな。
「指標はわかった。ありがとう、星斗。仕事頑張れよ」
「邪魔してきたのはお前なんだけど。お礼言われるなんて気色悪いな……」
「それくらいは言うさ。助かったのは事実だからな」
「そうかい。暇だったらお前と珠希お嬢様が出てるところくらいは見るよ。多分蹂躙劇だろうけどな」
「難波君、先輩の試合映像見ると良いですよ?参考になると思いますし」
「マユ⁉︎アレを勧めるなって!」
星斗の傍にいたマユさんがそんなことを言う。星斗はマユさんが隣にいたことを隠そうとしているけど、千里眼で見ていたから隠したって無駄だ。知らなかったミクは「あら」って言ってるけど。
星斗の言い訳が長くなってきたので電話を切る。
要するに霊気はバンバン使ってよくて、サブウェポンの銀郎と瑠姫は使って良いということだ。
勝ったな。この辺りで難波の名前を呪術省に知らしめておこう。
土御門と賀茂に大きい顔されるのも嫌だからな。
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