第215話 1−1−3

 夕飯の瑠姫が作ったお弁当を食べる前に職員室に来ていた。入室するとすぐに八神先生に手招きされて仕切りのある小部屋に案内された。


 防音とかは陰陽術でも仕切りでもされていないようだ。要するに先生方に聞かれても問題ない話しかしないんだろう。大天狗様のこととか、難波本家の対応とか聞かれるんだろうか。


 お互い対面になって座る。何人かかけられるソファだ。


「生徒が入院したら一応調書を取らなくちゃいけないからな。確認するが『大天狗の変』で負傷したってことで良いんだよな?」


「はい。私用で出かけてたらあの宣言があって。途中で二年生の桑名先輩と合流して天狗の一体と交戦。その怪我で入院していました」


「桑名と?ああ、退魔の家だからか」


「それと親戚なんですよ。遠縁ですけど」


「桑名はそうだったか?」


 八神先生も全部の家系を把握はしていないだろう。桑名家が安倍家の血筋だとは知っていても、難波から分かれた家なんて知らないだろうし。俺だって全部の名家がどの血筋かなんて知らないし。


 天海家のように急に湧いて出てくる突然変異の家もある。ぶっちゃけそんな他家の家系図を引っ張り出して調べるなんてとんだ徒労だ。教師ならまだしも、もしくは土御門みたいに表舞台で頑張る家系なら覚えなくちゃいけないけど、俺は日陰者の難波だ。


 自分家の分家だって全部は把握していないんだから、他家なんて余計にわからない。父さんだってその辺りは勉強しなくて良いって教育課程から外してたからな。


「怪我をしたのはお前だけか?」


「はい。桑名先輩は無事でした」


「何日入院してた?」


「一応五日くらいで治りましたけど、昨日までの嵐のせいで入院先に泊まっていました」


「あの嵐じゃ動けないか。よし、わかった。戦った天狗は一体だけで、戦闘での被害者はお前だけなんだな?」


「そうです」


「じゃあ調書は終わりだ」


 それだけ聞いて書類にサラサラっと書いて終わらせてしまう八神先生。これ、入院しちゃったから一応建前で取ってるだけの調書なんだろうな。俺にサインや判子も求めないで終わった。


 病院名とか怪我の症状とか一切聞かないままだと調書の体裁を保ってないと思う。


「本題はこっちでな。学校対抗呪術戦のことだ」


「その存在をさっき知りました。休み時間に祐介と天海に聞いたり、ネットで調べたので一応の知識はあります」


「お前、マジか……。東京校と京都校に入学したら文化祭以上のイベントだぞ?」


「対抗戦も交流会も全然興味なかったので。対抗戦はTV中継もあるんですね」


「安倍家直系で対抗戦を知らないなんて、初めてだぞ……。いや、受け持った生徒で初めてだな。普通は誰でも学校代表に選ばれるために頑張るんだが」


「我が家は普通じゃないので」


 いや、俺がだろうけど。ミクもTV中継で見たことがあるらしい。日程を見たけど夏休みが近い三連休にTVの前にかじりついていることはなかった。大体陰陽術の修行をしているか遊んでいるか休んでいるかのどれか。


 日本の高校野球は凄く人気らしいけど、それだって見たことがない。花園に行くんだったか。夏休みに延々と中継をやっているけど、難波家は誰も興味がなくて見たことがない。


 スポーツ中継も観戦も、何もしたことないな。


 今回の呪術対抗戦だって人様の戦いなんて興味が湧かなくて知っていたとしても見なかっただろう。夏休みになると大体星斗をボコしてたし。


 夏休みという時間を有効活用していたんだから文句を言われる筋合いはないはずなんだけど。普通の陰陽学校の学生としてはおかしいんだろう。


「まあ、良いか。簡単な話がどの競技になら難波家として出て大丈夫かって確認をしたくてな。ほら、家ごとに秘術があったりするだろう?全国放送されることもあって全部の手の内を見せない名家の跡取りは多い。競技によってはその術式を使わないといけないって場面もあるかもしれないから、出たくない競技を教えてくれると助かる」


「そういうことですか。とりあえずゴンは絶対出しません。それはどの競技でもです。反感が多いでしょうし」


「それはそうだな」


 狐嫌いは全国で見たら多い気がする。土御門と賀茂は突っかかってきたし、その二家の支援者は多い。そういう一団は大体思考回路が一緒だから狐がダメだという認識が強いだろう。


 呪術対抗戦も主催は呪術省だったから主催者側が嫌っている。そんな場所でゴンを使ったら批判で済めば良い方。面倒な事態になるのは目に見えているのでそんな愚行はしたりしない。


 たとえAさんや姫さんに唆されても絶対に使わない。


「天狐殿を使わないとして、ダメな競技は?」


「間違いなく総合戦ですね。一門の者と足並みを揃えるのは問題ないんですけど、知らない人と共闘するのは無理なので」


「選考メンバーは誰もが選ばれてからフォーメーションやチームワークを考えるんだが……。普段の難波の学校生活からすると無理か。狭いコミュニティで生きてるし」


 クラス全員と仲良く、みたいなことはしたことがない。今までの学校生活がそうだったし、その姿勢を今更変えられない。やろうと思えばそれなりの交流はできるんだろうけど、この疎外感だけは拭えない。


 わざわざ奇妙な感覚を味わってまで交流を深める相手かと言われたら、首を傾げたくなる。本音を言ってしまえば大峰さんだって麒麟じゃなければ交流したいとは思えないほど。


 八神先生の言う通り、俺は狭いコミュニティで暮らすことが合っている。


「そもそも学生のお遊び会で本気を出す名家の跡取りっているんですか?」


「お前、それは言うなよ……。本気でやるのは呪術省を牛耳っている家系だけだな。あとは程々に手を抜いているのがいつもの光景だ」


「なら手加減もしやすい式神の競技だけにしてください。手を抜いてもぶっちぎりで勝ってみせます」


「そうか。じゃあそういう方針で職員会議には通しておく。……あとは那須のことだな」


 俺のことはすんなり決まって、次はミクのこと。


 直近で授業中に式神を暴走させて倒れているミクのことをどうしようかと先生も悩んでいるんだろう。成績なら問題ないし、新入生オリエンテーションでも巨大な魑魅魍魎を攻撃術式で倒したから評判もいいけど、力の制御が甘い生徒。


 そして、悪霊憑きが一番のネックなんだろう。もしそんな大舞台で悪霊に成ってしまったらどうしようと心配しているわけだ。


 でも俺からの答えは単純だ。


「問題ないと思います。式神の二競技に出せば俺とワンツーフィニッシュできると思いますよ」


「彼女が暴走する危険性はないのか?」


「ここ数日でその兆候も大分収まりました。問題があればゴンを側に置いておきますし、危険だったら棄権させます」


「那須の女子生徒としての実力を眠らせるのは惜しいからな。わかった、信じてるぞ難波」


 ということでミクの参加も決定。


 俺一人で出るのはつまらないし、どうせ出るなら二人とも選手として出た方が楽しいだろう。たったそれだけのために参加する。


 選手を選ぶのは先生たちだし、選ばれてから辞退はできないだろう。だったらさっさと確定させておくに限る。


「あと頼りになる奴はクラスにいるか?」


「天海の風水は色々と悪さができると思いますよ。祐介も実力は悪くないんですが、アベレージが高いだけで突出はしてないので難しいところですね」


「結局いつものグループじゃないか。……ああ、土御門は全学年選抜の総合戦と一学年の男子の呪術戦代表。賀茂は一学年女子の総合戦と呪術戦の代表だ。お前たちはその辺りから外しておけば良いな?」


「お気遣いありがとうございます。もうその二人は決まってるんですね」


呪術省ウエのお達しだ。それにお前たちを分けておいた方がポイントも入って勝ちやすい」


 また呪術省の横入れか。自慢の子供たちをよっぽど目立たせたいらしい。


 それにしても八神先生が学生のイベントにやる気を見せるのは珍しい。こういうことは無気力なイメージがあった。


「そんなに勝つことって大事ですか?」


「勝った方の教員には特別指導ボーナスが国から出るんだよ。これが結構大きくてな」


 いやほんと。


 この国も呪術省もダメダメだな。

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