第213話 1−1−1 交流会とはなんぞや

 五月の下旬にもなって。俺たちの学校生活も落ち着き始めた。大天狗様たちが引き起こした京都の被害も徐々に復興が始まって、世間では混乱していても学校は再開されていた。未だにあの大天狗様の所業を受け入れられてない人が多数でも、時間は進んでいく。


 一週間ほど大嵐で京都の人たちは何もできなかったけど、その期間俺も体力の回復に充てていたから同じように何もできなかった。


 父さんにミクとの関係こんやくについて聞き出そうと思ったのに、狙いすましたかのように電話に出ない。直接聞き出すしかないようで、そうなると夏休みが最速だろう。


 そのことにちょっと苛立ちながら久しぶりの教室に入ると、早く来ていた祐介が手を挙げる。


「よっ、明。寮でも全然会わなかったから久しぶりだな」


「今日の朝まで入院してたからな。昼飯もそのまま外で食べてから来たし」


 蜂谷先生の診療所にずっと入院していたのは本当だ。桑名先輩の退魔の術式は俺の身体に相当相性が悪いようで倦怠感が随分と長引いた。それにあの嵐で診療所から出るのは危なかったから休んでただけだけど。


 あの退魔の力。もしかしたら俺のような存在やミクのような悪霊憑きが暴走したり道を外した時用のカウンターとして宿った力なのかもしれない。ただの人よりは強力な力が産まれながらあるわけだし、難波は呪詛の溜まった土地だ。


 桑名の始祖が産まれた年代も、まだあの土地に残る呪詛は多かったという記載があった。その呪詛を取り除くように遺伝子が最適化した結果、かもしれない。


 俺たちの血筋って謎が多いよなと思いつつ、目の前の祐介が首を傾げていた。


「入院?なんかあったわけ?」


「『大天狗の変』で勇んで出撃して返り討ちにあった。その怪我の治療だよ」


「──は?お前、アレに立ち向かったわけ?」


「ああ。さすが神と称される存在だと思ったよ。コテンパンにやられた」


「あの天狗たち、プロでも鎧袖一触にされたって聞いたぜ?いくら明が凄くてもそうなるだろ」


 祐介もまさか大天狗様本体と戦ったとは考え付かないんだろうな。あの天狗も星斗がすっごい苦労してたって後から聞いたし。


 プロの陰陽師がボロ負け。建物の被害もそこそこ。極め付けは人間の進歩の結晶たる科学を全否定するような天候操作による大嵐。気象予報なんて一切できず、昨日の夜までずっと大雨と凄い風が日本列島を襲った。


 どこから雨雲が生成されているのかわからず、天気予報士はお手上げ。人工衛星でも雨雲が増える瞬間を捉えることはできず、一瞬の内に日本列島を囲い込む雨雲が何の前触れもなく現れた。


 そしてその雨雲は風で流れることもなく梅雨前線のように一週間停滞。大天狗様が大団扇を奮ってキッカリ一週間後に全ての雨雲が一瞬の内に消え去った。暴風もなくなり、台風一過のように綺麗な夜空が姿を現した。


 そんな超常現象に天気予報士や学者、陰陽師の何人かは泡を吹いて倒れたらしい。


 いくら陰陽術という科学に逆行するような能力が認知されていても、ここまでの規模の出来事をただの陰陽師には引き起こせない。五神(人間と式神どちらとも)でもできることじゃない。人間の枠を超えている。


 それをやったのは神の力なのか、あの大団扇の力なのか。どっちでもあの大天狗様の凄さは減らないな。


「結構傷深くてな。死ぬかと思った」


「みんな、聞いたか?このお坊っちゃま、義憤に狩られて特攻したんだと」


「馬鹿だよなー、難波って。学生がやることじゃないだろ」


「いくら名家の出だからって死んだら元も子もないんだぞ?」


「……元々外に居たんだよ。巻き込まれたんだ」


 外出してたのは事実だ。ミクの体調が悪くて、五本目の尻尾が増えた原因が知りたくてAさんを探すために京都を練り歩いていた。


 肝心の目的は達成できたけど、それと一緒に大天狗様が攻めて来たんだからしょうがないじゃないか。ゴンだって予測できなかったことを、未来視ができない俺にはどうすることもできない。


 摂津や山口など、クラスの男子が祐介と一緒になって揶揄ってくる。まあ、自殺行為でしかなかったよな。神に歯向かうなんて。


 誅罰を与えると言われて、大天狗様の真意を知りたくて。その結果桑名先輩の力の巻き添えになっただけだ。結局は大天狗様も呪術省を守る麒麟を見て襲撃を注視してくれたから結果オーライってやつだ。


 そんな話をしていると教室にミクと天海が入ってきた。そのミクは俺を見るとフイと顔を逸らして天海を急かして着席する。


 その顔は赤く染まっていた。


(俺の彼女はかわいいなあ)


 なんて思ったことを責めないでほしい。れっきとした彼女になって、一週間診療所で一緒に過ごしたとはいえ、彼氏彼女的なことはそれほどしていないのだ。


 実際に付き合うことになって、クラスも一緒だということに照れただけだろう。


「そういやそろそろ交流会の時期か。中止しないでそのままやるっぽいぜ?」


「交流会?そんなイベントあったか?」


「……マジかー。明、知らないわけ?」


「ああ。どういうイベントだ?」


 ぶっちゃけ陰陽術を学べて資格が取れれば良いと思っているからあまり学校行事について詳しくない。夏休み前に東京校と学校対抗呪術戦というお遊びがあるのは知っているけど、それぐらいしかまともに知らない。


 机に乗ったままの祐介はヤレヤレといった態度を隠すことなく説明してくれる。


「六月の頭から三週間、ウチと東京校の二年生同士が丸々交換になるんだよ。授業から寮生活から、全部入れ替え。まあ、その人たちは予備寮を使うから基本はあんまり変わらないんだけどな」


「ああ、将来の配属を考えた実地研修のようなもんか」


「それが第一だけど、あとはマンネリにならないような気分転換に授業内容とかも違うから刺激を得てほしいっていうのが主目的だな。それと学校対抗呪術戦のスパイ活動」


「ハァ?こっちの戦略とか聞き出そうってことか?」


「というか、実力調査みたいな?優秀な三年生と新入生を見繕って対抗戦で注目すべき人を探すらしい。その情報を持ち帰って戦術っていうか、選手の人選を考えるんだとか」


 そんなスパイごっこに何の意味があるんだ。俺も東京にはあまり行ったことがないからあっちで三週間も研修を受けられるっていうのは地理の把握とかも考えて良い経験になる。


 だけど、学生のお遊びのために諜報員の真似事なんてさせてどうするんだ。プロの陰陽師は陰陽師であって、間者じゃないんだが。まさか海外に送るとかそんなことを日本政府や呪術省は考えていないよな?


 一気に行事としての必要性が薄れたんだが。


「あと。どっちの学校もこれを目当てにしてるんだと思うんだが。まだ結婚相手がいない生徒が将来のパートナーを探す機会。要するにお見合い会場っていうのが一番の目的だと思うぞ?」


「……お見合い?」


「呪術師って言っても、やっぱり親の才能とか血筋は重要視されてるだろ?日本のトップ二の生徒だし、繋がらないはずだった地方の名家と出会えたり、名家の出じゃないけど優秀な生徒がいたら唾を付けておくっていうかさ。そういう出会いの場の提供?みたいな」


「学生のやることか……?」


 年齢的には成人している俺たちだが、まさかそんな結婚を急かされる学校行事があるなんて思いもしなかった。


 そういう場所で人材を発掘をして、一つでも多くの名家が救われたり、新しい名家になってほしかったり、陰陽師の底上げをしたいんだろうけど。呪術省が何を考えてるのかわからない。


 そんなお見合いみたいなことがやりたいならせめて大学生になってからで良いと思うんだが、そんな若くお見合いなんてさせる理由があるんだろうか。いや、ほとんどの名家だったら結婚相手なんて俺のように決まってるだろうから、残っている優秀な人を早めにキープしたいのか。


 高校生って思春期だし、大学生になったら実際に結婚できる年齢だ。お見合いじゃなく婚活になる。いや、今回のことも婚活か。


「最終日には講堂でパーティーがあるんだよ。そこでカップルになるとダンスを踊るんだと。相手が居なくても立食パーティーには参加できるっぽいな」


「何とも盛り上がらないイベントだな……」


「そうかあ?東京のお姉さんとお近付きになるチャンスだし、実際文化祭と同じくらいカップルが成立するイベントらしいぜ?」


「俺、そのパーティーにはきっと出ないな。パーティーとか好きじゃない」


「冷めてんなー」


 冷めてるというか、彼女がいる身でそんなのに出てどうするんだって話だ。


 それにパーティーなんて迎秋会で十分。他のパーティーなんて出たくもない。俺がホストをするために勉強することはあっても、結局学校のなんちゃってパーティーじゃ学べることはないだろうし。


 ミクを連れ出して踊るというのも目立つから嫌だし。そういう目立つことって、ミクはどう思ってるんだろうか。


 いや、大前提として。


 ダンスパーティーで踊るようなダンスを踊れないから恥を掻くだけだ。そんなダンス、陰陽師の必修技能じゃないだろ。プロになったらそういうパーティーに呼ばれて踊らないといけないのか?


 もし本当にそうなら勉強するけど、絶対違うと思う。父さんや星斗がそんな小洒落たダンスなんて踊れるわけがない。


 俺の冷め具合とは打って変わって、クラスでは交流会が楽しみなのか男女ともに盛り上がっている。その東京校の二年生と、そこまで関わる機会はあるんだろうか。

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