3.4章 京都・東京交流会

第212話 プロローグ 呪われ少女の死と再生

 かつてから、この身を呪っていた。疎んでいた。どうしてこう産まれてしまったのだろうと。


 産まれた時からこうだった。ずっと誰かに迷惑をかけていた。私を誰もが孤独にした。


 最初は家族も手を尽くしてくれたけど、どの手段も効果なし。


 家からも追放され、天竜会の東京支部に身を置かせてもらえて。


 そこには同類がいても、結局馴染めず。どうしても私は孤独になった。


 この呪われた身体が、私を苛む。


 天竜会の本部から会長その人が来て私を診てくださった。それでも根本的な解決にはならず、特別なお守りという物をいただいたけど、先延ばしにしかならなかった。


 その会長も私のカウンセリングをしてくださり、どうしたいのかを聞いてくれた。


 私は、この呪いを解きたかった。こんなものと一刻も早く別れたかった。


 それを伝えると、会長はこう言ってくださった。


「ふむ。それは桑名が適しているだろう。……共存ではなく、消滅を願うならばかの家が適している。渡りをつけてみよう」


 その一週間後には実際に安倍晴明の家系であり退魔として日本で随一の力を持つ桑名家の方を連れて来てくださった。


 その方が、御当主様が私を診断してくれたが、私の願いは叶わなかった。


「結合が強すぎます。ここまで進行しているとなると……。私だけの力では不可能だ。彼女の内側から処置を施さなければ我々の力も届きません。無理に退魔の力を使えばむしろ進行を強めるだけでしょう」


「具体的にどうすればいい?」


「陰陽術を覚えてもらうのです。体内で霊気を整えてもらい、陽の力を増やしてもらう。その上で退魔の力を使わなければ彼女は消滅します」


 そこまで酷いものだとは思わなかった。


 呪われているなと、髪も肌もおかしいなと、悪魔と呼ばれてきたけど。


 どうやら私は、時限爆弾だったらしい。


「しかもここまで強いものだと……。タイムリミットは二十歳まで、でしょうか。すみません、私が未熟なばかりに……」


「いや、君で未熟ならば日本でどうにかできる者は三人と居なくなる。私は未来が視えないからな。難波に聞いてみるか」


「ひとまずの対処法は彼女に陰陽術の指導をすることです。できたら東京校にも通わせた方が良いでしょう。日常的に陰陽術を学ばなければ間に合いません」


「陰陽学校も大分根幹から崩れているから陰陽術の真髄を学ぶという意味では不適格なのだがな。そうも言っていられないか。すぐに用意させよう」


 桑名家の御当主様と会長の話を聞いて、残りの時間が十年だと知った。


 そこからはもう、死に物狂いだった。陰陽塾にも通わせていただき、寝る間も惜しんで陰陽術の勉強をした。何で呪術って呼ぶのかわからないけど、とにかく知識と霊気を制御するすべを心身に叩き込んだ。


 私にはあまり才能はなかったみたいだけど、それでも陰陽師の卵と名乗れる程度には資質があったらしい。亀の歩みでも少しずつ、確実に進んでいった。


 呪いで身体中がジクジクと痛んで熱を帯びたせいで眠れない夜は私の内側を憎み、必死に陽の力を体内に循環させて安定を試みた。


 そして呪いは私の身体に影響を出し始める。十三歳から爪も髪も一切伸びなくなった。背丈も顔立ちも年単位で比べてみても変わらず、一年ごとに撮った写真は間違い探しをしても差異がわからなかった。


 桑名家には何度も足を運び、私の身体と霊気を診てもらった。成長したとは思っていても施術するには足りない才能で、私は悔しくなった。


 この呪いに打ち克つために何もかもを削って時間を当ててきたのに、成長しない自分が恨めしい。更に削れることは何でも削って、睡眠時間なんてどれだけ取っているのかと施設の人に心配され。それでも目の隈なんてできなくて。


 ひとまずの目標だった陰陽師大学附属東京高等学校に合格したことに安堵して。カリキュラムを真剣にこなすどころか、制度を使って空いた時間で陰陽師東京大学の講義を受けたり教授に直接話を聞きに行ったりした。


 そのせいで学力だけなら高校でもトップになれたけど、陰陽師としての実力が追い付かずに『孤高の秀才生』という蔑称で呼ばれることになる。友達もできずに勉強だけに費やした結果だった。


 そんな周りの評価なんて気にせず、とにかく知識と陽の力を増やすことだけに腐心した。私の心内なんて誰にも理解されなくて良い。私は自由になりたかった。ただの人として、二十歳以降も生きていたかった。


 ただ、それだけしか私には残されていなかった。


 私の鬼気迫る陰陽術へののめり込みに学校でも誰も話しかけることなく、私はいつも一人だった。お世話になっている天竜会の施設でだって行事などには一切参加せず、人の名前も覚えなかったために居場所は私の個室だけ。


 二年生に進級して、本場である京都で大事件が起きたとニュースではなく風の噂で知ったけど、それだって自分には関係ないと流した四月。


 実際は関係があったようで、なんだか日本が活気付いたように見える。これは良い意味じゃなくて悪い意味でも効果があった。


 京都が一番の魑魅魍魎発生地点で、東京はそれに次ぐ不毛地帯だったけど、東京で百鬼夜行が起きやすくなった。プロの陰陽師の出動が多くなって学校でも色々と変化があった。カリキュラムの変更とか、課外授業の増加とか、部活動の制限とか。


 そんな周りの変化はもちろん、私の体調にも変化があった。


 何故だか私の体調が良くなってきた。その意味がわからず、陰陽術の精度が上がって初めて普通に過ごせた気がした。


 四月からの一ヶ月、生きてきて一番楽しかったかもしれない。


 呪いの痛みもなく、熟睡ができて。陰陽術も威力が上がって陰陽師の生徒として初めて実感を得られたのかもしれない。この期間だけは笑顔を浮かべられていた。


 そのせいで一切笑うことのなかった私は笑顔を見せていたことで男女問わず引かれていた。そんなに私の笑顔は気持ち悪いか。悪かったね、滅多に笑わない不愛想な冷血女で。


 存外楽しめた四月はあっという間に過ぎ去って。


 もうすぐ京都校と行われる交流行事に、二年生だから参加するしかなくその準備や対応に追われていた五月。


 その五月に京都で起きた事件は、京都だけじゃなく日本中を震撼させる出来事だった。それまでの常識が吹き飛び、様々な変化があって。


 それに私も巻き込まれた。


 先月までの良い調子はなんだったのか。いきなり呪いが酷くなって学校にいけない日が増えた。倦怠感が増えて、なんとか立つのが精一杯になって。眉間に皺が増えて学校ではまた避けられて。


 いつも以上に身体へかかる負担が大きくなり、私は倒れてしまった。病院に入院して桑名の御当主様に忙しいのに東京に来ていただき、そして診察してもらい。


 絶望の淵に、叩き落とされた。


美咲みさきさん。すまない。……見通しが甘かった。君に残された時間は──」


 その言葉を聞いて。


 最期の学生生活くらいは楽しもうかなと、諦められた。


 私はずっとこの呪いに抗ってきたけど。


 このまま死んでしまうのなら、最後の青春くらい満喫しないと勿体無いと思えてしまった。


 そんな悪足掻きを決めた、たった一ヶ月の出来事。


 日記を書こうかな、なんて血迷ってしまった。私の青春の一ページの、始まりの合図。


 どうにか五月中に退院して交流会の準備をして。


 交流会の本題なんてどうでも良くて、それに浮かれている同級生を無視しながら初めて行く京都に少しだけ心を踊らせ。


 天竜会の会長からは初めての旅行だからと多めのお小遣いと、京都へ来たら顔を出すようにというお手紙もいただいた。なんというか、良いお年をしていらっしゃるからか会長は私たち施設の子供たちに甘い気がする。


 ポンと十万円渡されても。一ヶ月近くあっちにいるからってほとんどあっちの学生寮にいるんだからそんなに豪遊する必要はないのに。


 それとも私の容体を聞いて気を利かせてくれたんだろうか。それはそれで嬉しいけど。


 そして──私の運命は、この交流会で変わることとなった。

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