第208話 5ー4

「陰陽術、及び神の権能までは受け止められないことが確認できました。先ほどぶつけた霊気と神気を鞘が吸収できなかったことが良い例です。武器としても優秀でしょうが、あくまで魔術師を想定した武器なのでしょうね。神々が邪魔をしないと決め込んだことが原因か、そもそも神の権能に耐えられるような武器を作れなかったのか。その辺りはわかりませんが」


 今までも神々はイブをあまり邪魔していない。星のあるがままに身を任せて干渉をしなくなったからだ。それでイブが調子に乗っちゃったのか、自分に反抗されないために能力を抑えたのかまではイブに問い質していないのでわからないが、鞘としての能力はそんなもの。


 だが、らしいと言えばらしいだろう。他者の力を奪って溜め込んで。そのまま相手にお返しできる。やられた側からすれば魔術を消されて、そっくりそのまま相手が使ってきたと思い込む。自分の絶対の自信魔術を簒奪されたと思ってもおかしくない。


 他者の人生を平気で踏み躙るイブが与える、本人の性格が表れた能力だ。

 そこへ混乱しているところに、地上の武器では太刀打ちできない剣を使って制圧する。攻防隙のない組み合わせだ。まさしく地上を征することのできる、破格の贈り物ギフト


 魔術師と戦うには初見殺しにもなるのだろうが、俺たち陰陽師や神のなり損ないを相手にするには少し頼りない武器だ。リ・ウォンシュンと戦ったとしても、仙人モードだったら斬れ味と耐久力のいい剣と鞘としてしか機能しなかっただろう。


 凡百の魔術師から奪った魔術なんて、神の頂に届くかの仙人には通じない。片手で捻られるだけだ。

 右手の五芒星を使えば話は違うんだろうけど。

 そう考えると現代人としてリ・ウォンシュンは規格外だったな。さすが中国で独力で仙人の名前を継いだだけはある。彼が命を救われた天狐も、彼を導いた仙人も、神に連なる存在だからその域に辿り着く道標になったんだろう。


 だが、元々の才能がなければ仙人になんてなれない。彼はまさしく稀有な才能と意志の持ち主だった。

 だから母上も彼を案じて顔を見せたのだろう。母上は言葉こそぶっきらぼうなところがあるが、その心根は心配性で奉仕体質だ。


「もしイブやアダムと戦うことになったら。それを使わない方がいいですよ。おそらく対策されていますから」

「忠告ありがト。でもイブはまだしも、アダムと戦うなんてあり得るノ?」

「さあ?未来を全て視た訳ではありません。可能性の話です。身体の所有権を巡って身体の内側で戦うなんて、ついさっきやったことでしょう?」

「それもそうネ。あーあ、ワタシがボロボロと崩れていくワ。イブに与えられたものが全部なくなったら、ワタシはどこにいるのカシラ?」


 なんかいきなり訳のわからないことを言い始めたぞ?使っている武器や魔術はほとんどがイブに与えられたものだろうけど、それがなくなった後のことを心配してどうするんだか。

 というか。なくなったからってどう変化するわけでもあるまい。シェイクスピアの魔術はキャロルさんが自分で取得したものだろうに。


「その剣や鞘、五芒星を失ったとしても。キャロルさんあなたたった一人の存在キャロルさんだという事実は変わらないでしょう?身体にまだ大きな変化はないし、さっき交渉したんだから当分は大丈夫でしょう。記憶や精神を侵されているわけでもないんだから、何を心配することがあるんです?」


 思ったことをそのまま言うと、キャロルさんは目をパチパチとさせながら俺のことを凝視して頬を赤く染めている。

 少し離れた場所では大きなため息が三つほど聞こえて、その他大勢のギャラリーからはバカみたいに大きな笑い声が響いた。

 ……あれ。何か間違えたか?


「……難波君さあ。天然でそれやってるとしたら酷すぎるよ?」

『でも明様は昔からああいう方です。嘘偽りのない方だからこそ、これだけの神々に認められているわけで』

「だからって悪質ですよ、ハルくん。昔は関わる女性がほぼいなかったからいいものの、現代だと困った悪癖ですよ……」


 女性陣から非難轟々だ。キャロルさんも頬の熱を払おうと首から音が出るほどブンブンと頭を振っている。

 存在を認めただけでそんなに顔を真っ赤にしないでくれよ。愛の告白じゃなかったはずなのに。それともキャロルさんを一個人として認める人が周りにいなかったんだろうか。あれだけの大所帯である「方舟の騎士団」に所属しているんだから友達くらいいそうなものだけど。


 イブに繋がる五芒星や実力に関しては、上層部とかの知っている相手以外に隠していたのか。そうすると実力や境遇を含めた素の自分を晒け出せる相手なんてこれまでいなかった、とか。

 これ、俺が女性だったら今みたいな事態になってないんだろうな。

 人間って難しい。


「アキラは戦いたくないノ⁉︎さっきからずっとワタシの気に障ることばっかり言っテ!」

「変な捉え方してるのはキャロルさんの方でしょう?それに精神年齢考えたら俺なんてお爺ちゃんですよ。そんなお爺ちゃんに何か言われても嬉しくないでしょう?ただの若作りジジイです」


 そう。キャロルさんにお節介をしてしまうのも、同年代の若者を心配することも悔いることも。全て成熟してしまっている精神から漏れ出る甘えと慚愧の念からくるものだ。

 学校や社会に溶け込んでいるようで実のところ一歩引いている。横や後ろで離れているのならまだしも、時には上から眺めているような有り様だ。


 俺がずっと幼少期から味わってきた疎外感。

 母上の血を継いだ半妖であること。神の血と力を備えていること。調停者に選ばれてしまった元々の精神性。それに加えて追加される平安の頃の感情と経験。

 この異物感を正しく理解してくれるのは事情を知っていた両親や姫さんくらいのもので、後は絶対的な身内の式神たちやミクだけだ。妖や神々も事情を知っていれば理解してくれただろう。


 人間の理解者の、いかに少ないことか。

 これでは人間のコミニティで生活を送っていれば違和感を覚える。

 そんな異物に恋愛感情を抱いている天海やキャロルさんがおかしいんだと思うんだけど。ミクや金蘭は別にして、保護している狐憑きのヒヨリはそもそも関わっている人間が少ないからという一応理由もわからなくはないんだが。


「……人間は五感を使って感情をコントロールしているのヨ。アキラのその見た目でお爺さんに見えると思ウ?」

「ならその感覚が狂っていたか、騙されたということで。キャロルさんはイブによってそういうことに鈍くされていたんでしょうけど、天海は風水が使えるんだから気付けるはずじゃ……?」

「何で私に飛び火してるのっ⁉︎」

「薫さんがハルくんを好きになっちゃったから、仕方がないのでは?ハルくんはああいう人ですし」

「珠希ちゃんまで!それを言うなら珠希ちゃんと金蘭さんもでしょ⁉︎」


 ああ、向こうが騒がしくなってしまった。

 でも最初に俺に白い目を向けてきて文句を言ってきたのは天海なんだから部外者のつもりでいるのは虫のいい話だと思うぞ。


「わたしたちは一千年前からこの感じですから」

『大事なことは見た目や年齢ではありませんので』

「うう〜。二人は特別感出してズルいっ!特に珠希ちゃんなんて一人だけハルくんなんて呼んじゃってるし!」

「あら?ではセイって呼びましょうか?昔はそう呼んでいたんですよ?」

『じゃあ私はお父様と』

「金蘭ちゃんがセイをそう呼ぶのは久しぶりですねー」

「二人にしかわからない会話しないでよ!」

「ここにいる神々のほとんどはわかる会話ですよ?むしろ仲間外れは少数派だったり?キャロルさんと薫さんと、一千年前は神じゃなかった子たち以外には通じる話です」


 うわ、懐かしい。ミクも金蘭も今になってから一度も呼ばなかった名称を使ってくるなんて。

 俺は昔からミクのことは藻女みくずめか玉藻。金蘭のことは金蘭としか呼んでなかったからな。呼び名が変わってるのなんて俺とゴンくらいだ。


『のう、まだ話は続くかの?もうそろそろ活動限界じゃ』

「『婆や』にはこの神の御座は辛かったですか?セイー。そろそろ終わらせてくれます?」

「わかった。と言うことでキャロルさん。そろそろ終わらせましょうか」

「……なんか、気の抜けることばかりなのだけド。ま、仕切り直して決着をつけましょうカ」


 イブの介入があってグダグダしたままだ。俺も一旦休憩が入ったりしたし。

 「婆や」は式神なのにミクとほぼ同一の存在なためにあまり神の御座に留まれない。ミクが側にいても限界がある。ずっとここにミクと一緒にいたら天照大神として同一化してしまう。


 それを避けるために、キャロルさんとの戦いを一旦終わらせないと。イブの介入があった時点で別の日に持ち越しても良かったんだが、神々がそれを許さないだろう。

 今度は合図もなしに、お互いが駆けて剣と刀をぶつけ合っていた。


 正直、剣技では全く敵わない。習っていた剣舞を取り入れて戦闘とは異なる動き・流れを用いてキャロルさんを牽制するが、付け焼き刃なので簡単に対処される。彼女は幼い時から剣を扱えるように訓練してきたのだから俺とは辿り着く境地が違う。


 近接戦なんて吟と銀郎に任せておけばいい。今は俺一人が戦うために真似事をしているだけ。緊急事態でもなければ俺が直接殴り合いなんてしないだろう。

 そういう意味では、祐介は特別だった。

 キャロルさんは俺の中で特別になり得るか。それを確かめる意味で近接戦を仕掛けている。


 剣と鞘の変則二刀流を片手の刀じゃ防げなかったので、二刀流らしく左手にも小刀を創り出して主に防御に使う。小刀は逆手で持って迫り来る剣戟を防ぐが、途中から防戦一方になってしまった。

 身体能力を上げていようが、身体が近接戦に追いつかない。俺が典型的な陰陽師だっていう証拠だ。


 まあ、馬鹿正直に真正面から戦うことだけが勝利の道じゃない。キャロルさんはこれからイブとの対決が待っている。その前にも「方舟の騎士団」の説得や、反発する異能者や怪異との決闘から避けられない。

 そのため、俺はやれることをやってあげよう。


 禹歩による瞬間移動。本来は龍脈や霊脈の上を滑る特殊技能だが、神の御座は神気で満ち溢れているために同じようなことができる。

 キャロルさんの真後ろに転移して小刀で一閃。それに小さく呻き声を上げていたけど致命傷にはならなかった。浅い。真後ろからの奇襲だったのに、直感で一歩前に踏み出したことで小刀の腹で斬れなかった。


 流れるように右手の刀を振るうがそれは剣によって防がれる。そのまま身体を捻って上段からの踵落としを仕掛けるが、それは鞘で防がれた。

 本当に頑丈な武器だ。肉体強化を全開にしてまで放った攻撃を受けて罅も入らないなんて。


 霊気の塊をぶつけて距離を取る。俺が刀を向けたことでキャロルさんも鞘を前に掲げた。

 陰陽術の炎と魔術の炎がぶつかる。炎はお互いを吸収して巨大な火柱になったが、それを突破するために重ねて水を一直線に進めた陰陽術を放った。


 キャロルさんは逆に炎の勢いを増すために風の魔術を追加して炎を更に膨れ上がらせて水による消火を防いでいた。水の力よりも火の力が増していたために消すことができなかった。

 火柱で姿を隠している内にキャロルさんは水と火がぶつかったことでできた水蒸気の膜の影から飛び出してくる。だが、甘い。視覚を塞いで奇襲は常套手段だけど、そんな奇襲を喰らわないような移動法があると俺は示したばかりだ。


 キャロルさんの水平斬りが当たる直前、禹歩で遠くへ離れる。二度目となればキャロルさんも学習して即座に俺を発見した。だが同じような瞬間移動はできないようで、魔術で俺を絡め取ろうとしてくる程度。

 草原から伸びてきた蔦が俺に向かってくるが、神気を纏った刀で全てを断ち切る。霊気も神気も感じ取れないキャロルさんじゃ禹歩の発動を読み取れないだろう。


 つまり、気付いたら移動されている。

 今みたいに、俺が横に現れて蹴り飛ばしても反応ができない。

 キャロルさんは小さな悲鳴をあげながら吹っ飛んで転がる。相手の使っている術がどういう原理で発動していて、その発動の兆候が見られないというのは理不尽なことだろう。


 だが、これからキャロルさんが経験する理不尽なことに比べれば大概マシだ。

 俺は剣で斬られれば死ぬ。魔術も通じる。近接戦なら禹歩さえ使えなければそこまで脅威じゃない。陰陽術だって鞘の力が通じないだけで、魔術でぶつかり合うなら何も問題はない。

 式神も使わずに俺個人と戦う分にはそこまで理不尽じゃない。


 この場にいる中で俺より強い存在はごまんといる。八百万も神がいればそれくらいはいるだろう。戦い方にもよるが、こうした一対一では勝負にすらならない存在だっているだろう。

 その内の一人がミク。ミクとキャロルさんが戦ったら、悪いけど一瞬で終わってしまうだろう。


 流石にミクほどの理不尽な存在は、ヴェルニカさんを除いてこの地球上にいない。だが、土蜘蛛と龍クラスのクリーチャーや異能者はいる。それを相手にするなら、俺ともそこそこ戦えないと困るだろう。

 リ・ウォンシュンの時の俺たちと一緒だ。今の世界が好きだから、テクスチャを変えかねないキャロルさんの行動を止めようとする存在はいるだろう。その妨害を掻い潜ってまで、彼女は世界を巡って楽園エデンに繋がる封印を解かなければならない。


 その理不尽に相対する前に、俺くらいの脅威は経験しておいた方がいい。

 キャロルさんもそれくらい覚悟の上で、俺と戦うと言ったのだろう。ならその期待に応えるだけだ。

 自慢の近接戦闘が効かなかったらどうするのか。その答え合わせのように彼女は魔術戦を仕掛ける。右手の五芒星とシェイクスピアの再現魔術、それに鞘にストックされた魔術で多種多様な攻めを見せてきた。


 それを俺は千里眼と未来視の併用で着実に潰していく。脅威なのは五芒星の魔術だけで、劇の再現も誰かの借り物も俺が創り出したオリジナルの陰陽術が全てを粉砕していく。五芒星の魔術だけは強度も質も他の魔術と比べて隔絶した力だったため対処に苦労したが、それでも傷一つ負わない。


 流派の始祖こそが一番強い、なんてことを言うつもりはない。技は継承を経て変化して様々な状況に適応し、利便性を増して強固になっていく。

 だが、陰陽術だけは別だ。

 継承させた枝葉が偽物で、真なる陰陽術を継承したのは極少数のみ。劣化した根底が異なるものが浸透したところで陰陽術の発展にはならない。


 法師一派による研究と、真実に辿り着いた人間のみが正しい陰陽術を身に宿す。そして辿り着いた者でさえそこが終着点だと思い発展させようとしない。陰陽術は閉じた流派と言っても過言ではないほど基から変化していない異能だ。

 法師の知識も得たために一千年を積み重ねた研究を全て把握しているのは俺のみ。


 金蘭という俺でも再現できない陰陽師の産み出した術式でなければ、俺が使うものこそ陰陽術だと言える。

 だから陰陽術に限って言えば、始祖である安倍晴明が使う術式こそ強固な、完成された異能となる。

 だからこそ、キャロルさんが使う始祖の魔術である五芒星の異能にも対抗できる。


 魔術と陰陽術がぶつかって、拮抗状態が続いて。魔術は世界で流行った異能にしては存在理由の変遷によって弱体化したために俺の陰陽術ともやり合うには中々苦労していた。

 魔術はもはや異能の源泉ではなく楽園エデンに辿り着くまでの道標、アダムの証明のための道具に成り下がった。人間が魔術を忘れ、才能が薄まり、アダムの拒絶が続く西暦の年月が重なれば魔術の異能としての価値は下がっていく。


 一千年前で陰陽術と同等だった、世界でメジャーな異能は世界の流れと一人の人間アダムの意志に敗北した。

 魔術が敵わないと知ったキャロルさんは、魔術を牽制に近接戦に移ろうとする。それしか勝ち目がないと悟ったようだ。


 それに合わせて、俺はキャロルさんの身体能力を奪う呪術を仕向ける。それによって身体が重くなり膝を着いたキャロルさんは魔術を使おうとするが、その意志も、幻術の簡単なもので阻害した。口を開こうとしたキャロルさんはパクパクと金魚のように開閉するだけで魔術を使うための詠唱が出てこない。


 身体も動かず、口も利けない。そんな状態に追い込まれたキャロルさんへ、トドメの回し蹴りを喰らわせた。刀で裂傷を作るわけにもいかなかったからトドメはこうしようと決めていた。

 吹っ飛ぶキャロルさん。もう幻術と呪術を解除してあるので動けるはずだが、彼女は草原に手を着いて立ち上がろうとしたが前のめりに倒れてしまった。


 身体と精神の限界だろう。結構蹴り飛ばしたし、刀で斬った。陰陽術もいくつかぶつけた。

 イブに身体を乗っ取られて、俺が一度心臓も止めている。その上でこうして全力で一日・・もぶっ通しで戦っていれば限界も来るだろう。「婆や」に最後を見せられなかったが、ミクが録画してたからそれで我慢してもらおう。

 確認のために声をかける。


「俺の勝ちで構いませんね?キャロルさん」

「エエ……。参ったワ。あなたの勝ちよ、アキラ」


 その宣言で、観客がドワっと沸き上がる。催しの終わりに、少女の健闘を讃えるように大声のコールが起きる。

 これからの彼女の道行きに対する祝詞を。

 日本中の神々が献上なさった。

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