第203話 4ー3
「……規格外ネ。寿命を引き延ばせば、そこに辿り着けるのカシラ?」
「まさか。何の才能もない者が寿命を延ばしたところでどうもなりませんよ」
「でしょうネ。それを言ったらワタシの力も時間の積み重ねの成果だもノ」
キャロルさんがヤレヤレとでも言うように肩を竦めているけど、金蘭がその企みを看破する。
様子を見ている、会話で気を引こうとしていたが、その間に仕掛けられた罠を腕の一振りで破壊していた。
設置型の罠だな。大きな鰐が地面から現れて、口の中に放り込む系の。
ホラー映画とかスプラッター映画とかにありそうだな。逃げた先が巨大な鰐の口だったなんてものは。
『何か隠す時は隠すことも隠さないと。視線誘導、会話の内容からしてもザルです。あなた、人を騙すのに向いていませんね?』
「
「それは残念。呪術は嘘から結果を導き出すのに。……それに、幻術も精度が甘いですね」
ついでに周りに展開していた幻術も俺が破壊する。キャロルさんの右手が光らなくても魔術を使えることがわかったのはいいけど、俺たちを騙すには甘すぎる。
俺たちを対象に騙すのではなく、この神の御座に働きかけていたけど、キャロルさんが把握していない場所を誤魔化そうとしたって、不理解で現実と虚構にズレが出て違和感を曝け出してしまう。
そこまでしっかりとした幻術じゃなく、引っ掛かれば御の字くらいの程度の低いものだった。これで騙し通せるとはキャロルさんも思っていないだろう。
「お生憎様。ワタシ、幻術は干渉型しか知らないのよネ」
「……あなたは全ての魔術を識る者では?なにせその五芒星はアカシックレコード。全ての魔術の源泉でしょう?」
「やろうと思えば引っ張れるんでしょうけど、やりたくないワ。ワタシはあの女の操り人形じゃないノ」
なるほど。力や知識があっても、それを全て利用しようとは思っていないのか。にしてはこの決闘の意味と異なる言葉だが。
俺の力を見せるのか、キャロルさんの力を見ることが目的なのか。
何にしたって俺との戦いを一つの試金石にしているのは間違いない。
じゃあ、そろそろサービスしようか。
「では、本物の幻術の世界へご案内しましょうか。幻術はとても奥が深い。俺も法師も、全てを理解したとは言えないので」
「……アキラ?幻術を使う前に暴露する術者がいル?何があっても、これは幻術なんだってわかってるじゃなイ。それは騙す幻術という性質を考えると、致命的な失敗だと思うけド?」
「さて。それはどうでしょうかね。この幻術を見破ってから失敗を語って下さい。
俺の使う術式としては珍しい、横文字なもの。
陰陽術の理論だけでは完成させられないと諦めて、海外の異能や魔術を齧って完成させた術式。
その術式の名前を言ったのと同時によく響くパンッ!と乾いた音を鳴らしたが、キャロルさんは目を細めただけであまり感情を表に出さない。
「……何も変化が起きないけド?」
「まさか。もう変化は起きていますよ。よく見て、よく聞いて、よく嗅いで、よく感じて、よく味わって下さい。あなたの世界とは、『そんなものでした』か?」
「そんなもノ?随分この世界を過小評価しているのネ?軍曹が守ろうとした世界ハ──」
「グレイブ・トリントンの守りたい世界はそんな広大なものじゃありませんでしたよ」
「……ッ!軍曹の情報を、ワタシはアキラに伝えていなイ!ワタシの記憶を読んだノ⁉︎」
キャロルさんが驚愕の表情を浮かべるが、さて。
俺はちょっと眼を使って、口を動かしただけだ。
「あなたの記憶を読む必要はありますか?俺は、星の記録を
「……悪趣味ネ」
識ることが悪趣味か。知識を求めて破滅した人間は一定数いるだろうが、それは星が悪趣味だと言うようなもの。
星よりも矮小な存在に操られているキャロルさんにしては、喧嘩を売る相手が大きすぎやしないだろうか。
キャロルさんもシェイクスピアの世界を騙す魔術を得意とするから幻術のような周囲を変化させる異能にはそこそこ耐性があるかと思っていたが、買い被りだったらしい。五感を確かに使っているが、その変化にまだ気付かない。
自分の肉体の変化にも鈍感だったらしいから、本当に感知が苦手なのか、苦手だと思い込まされているのか。もし思い込まされているのなら、この幻術はショック療法になるだろう。
「キャロルさん。あなたの知る世界は歪です。その知識は意図的にイブによって管理されている。あなたの前任者から身体と記憶の引き継ぎがないのは何故です?アダムの器を作るのなら、せめて都合の良い記憶の継承くらいあってもいいものだ。なのにあなたは、前任者が使えた魔術を知らない」
「そんなことないワ。あんまり嬉しくないけど、この五芒星のおかげで全ての魔術の知識は頭に入っているもノ。記憶の継承が中途半端だったとしたら、それは向こうにとって都合の悪い記憶だったんでショ」
「そうですか。この
「幻術はいくらでもあるけど、ここまで変化がないものなんて思い付きもしないわヨ」
ふむ。辺りを注意深く見て、差異を確かめているが、まだ彼女は変化に気付かない。
今この場にいる中で、誰の目にもミクの姿が映っていない。それが気付いていないのは鈍感なのか、戦闘に集中して近くのギャラリーのことをわかっていないのか。何にせよ、視覚にもう乗り込んだ。
ここからは一方的にキャロルさんの全てに介入できる。
全く、ミクのいない世界なんてとてつもなく淡白なものだってヒントを出してあげたのに、それに気付かないのは抜けている。幻術を仕掛けられたのに魔術で強制的に突破しようとも、こっちを攻撃しようともしてこない。
それがドツボにハマるかもしれないと考えているのかもしれないが、その考えも今は浮かんでいないのかもしれない。
なにせ、
相手に興味のある内容を話してはいたけど、その言葉の音に乗せて幻術を更に重ねて、キャロルさんが
もう俺が口を開かなくても勝手に言葉が頭に流れているだろう。だから試しに適当に話しかけてみよう。
「キャロルさんはラーメンが好きですか?」
「ハ⁉︎アキラったら何を聞いてるのヨ⁉︎ハレンチ!」
「……何て聞こえているんだか。ちなみに吟と金蘭はラーメンどうだ?」
『おれ、ラーメンなんて食ったことないですよ』
『私もうどんや蕎麦は食べたことありますけど、ラーメンはないです』
「えー。勿体無い」
「マトモなのは白髪の男性だけなノ⁉︎」
うどんと蕎麦もダメか。本当にどういう変換がされているんだか。
ということは幻術にすっかりハマってるんだな。
「スパゲッティとかの洋食も二人ってあまり口にしていないんだっけ?」
『おれは俗世を離れていたので』
『瑠姫との情報も全部共有していないので。今度連れていってもらえます?』
「こんな人前で何を言っているのヨ⁉︎女の前デ!」
うん。ダメだな。さっきまでは会話が成立していたのに、これだ。
じゃあ後はキャロルさんを追い込んでいこう。このまま
そうすれば彼女は、ただの人に戻れるはずだから。
────
まさかアキラが変態だったなんテ!いくら地上から隔離された場所とはいえ、堂々と身体を舐めることが好きとか聞いてくル⁉︎周りの式神もその話に同調しているし、決闘中だっていうのにどうしちゃったのヨ!
こんな風に混乱したから、逆に察してしまウ。会話の内容が幻術なんだっテ。周りの景色が変わらないのなら、幻術が掛けられているのはワタシ自身。耳はアテにならないから、まずは痛覚を試してみル。
左手の腹に爪が刺さるくらい強く握ると、痛みはもちろん血の流れも感じタ。
けど、相変わらずアキラたちの声は届かなイ。耳はダメネ。それに痛みを感じたからって解除にならないほど強力な幻術なんて、アキラの言う産まれ変わりを舐めてたワ。ワタシのような継承ならまだしも、昔に生きていた人が記憶も能力もそのままに戻ってくるなんテ。
カレイドスコープなんて術式初めて聞いたし、そんな魔術は知らなイ。JAPANの陰陽術じゃないみたいだけど、それを突破する鍵はこの右手の根源。マイナーな、それこそ西欧のものでもない魔術だとしても対処できるこの力ならカレイドスコープも突破できるだろうけど、それは最終手段。この力にあまり頼りたくなイ。
こういう幻術のセオリーは自分を保つこト。自分が自分だと確固たる意志で克己心を内側から放つこト。
つまり自己肯定力。自分のルーツを強く思えばいイ。アキラたちを注視したまま、アキラの思惑から出し抜ク。
ワタシの一番古い記憶はロンドンで目覚めた時のこト。二歳だか三歳だかの記憶。
ワタシはその時、右手の魔術を暴発させて「方舟の騎士団」に保護されたらしイ。両親の記憶もなく、名前と顔はその時の防犯カメラの映像と戸籍から確認しただけで、その人たちが両親だなんて覚えはなかっタ。
魔術の暴発は、ロンドンの路地を破壊して襲ってきたクリーチャーを消滅させるために起こったらしイ。一般人だった両親は逃げるしかなく、ワタシは無意識なまま魔術を使ってクリーチャーを倒していタ。
両親はそのオーガのようなクリーチャーに喰われて、そのまま亡くなっタ。そんなことすらわからなかったワタシは親不孝者だろウ。でも、それがワタシの自我の芽生エ。それ以前の記憶は全くないのも当然で、そこからキャロル・コルデーの人生は始まったのだかラ。
「方舟の騎士団」に拾われて、自分の能力を知っテ。最初は団員に告げていたように能力制御のための手袋を着けていタ。そうでもしないとワタシの能力を制御できなかったかラ。
代わる代わる組織の中でも有数の実力者や幹部、名教官がワタシの魔術について指導してくれタ。その修行は本当に血反吐を吐く思いをしたけれど、暴発をしなくなったのだから効果はあったんでしょウ。ワタシの基礎を作ってくれたのはそんな人たちダ。
その後、一般組織員と同じような任務に就きながらこの力のルーツを勉強したり、日本刀と西洋剣の扱い方を教わったりもしタ。記録上、ワタシのような適合者と楽園の鍵を一つにするのは問題かもしれないと上層部でも議論になったようだけど、適合者の中で初めての女ということで下賜されタ。
ワタシが、この連鎖を終わらせるかもしれないという情けない希望へ寄り添ったことデ。
前例のないことだったから祈りたかった、何かしらの変化を願ったのは人間としておかしなことではないと思ウ。実際この仕込み刀である鍵の能力には任務中も結構助けられたことだシ。
ワタシの魔術的実力は今までの適合者と遜色なく、十歳を過ぎた頃には組織の中でもワタシに勝てる人はいなくなっタ。近接戦では軍曹を初めとして数人勝てない存在もいたけど、魔術師や異能者という意味ではワタシは敵なしだっタ。
どんな任務でも、魔術に頼れば傷を一つも負うことなくクリーチャーや犯罪者を倒せタ。戦闘も豊富にこなしてきた自身もあったけど、やっぱり上層部でパワーゲームがあったんでしょウ。ワタシは戦場じゃなく、今の特務捜査官に任命されタ。
「
ワタシが例のない女の身でありながら五芒星を宿したことで、ワタシが本物の適合者か調べるために鍵を渡したのだろウ。唄も誰に教わるまでもなく知っていたし、ピアノを弾きながら歌うのはわけないほど頭と身体に染み付いていル。
実際ワタシの身体は魔術か鍵を使うたびに変化していたのだから、変わった上層部の懸念は当たっていたわけだけド。
特務捜査官なんて名ばかりで、ほぼ捜査はバックアップ要員に任せてワタシは侵入調査。戦闘なんてしないような閑職だっタ。リ・ウォンシュンがターゲットになるまデ。
かの仙人を調査するにあたってCHINAの犯罪者と戦闘になったり、他の国の犯罪者を嗾けられたリ。犯罪者を嗾けられたことは八月以降に知ったんだけド。リ・ウォンシュンもなりふり構わずこの世界を破壊したかったんでしょウ。その気持ちは、ちょっとわかル。
ワタシもこの運命を恨んダ。
こんな力要らないって思ったことは何度もあル。この力のおかげで助けられた人もいれば、切り捨てた人もいるのだかラ。
リ・ウォンシュンがターゲットになった時期からまた戦うようになって、JAPANに来てからは魑魅魍魎も倒していたから特務捜査官になって錆び付いていた戦闘のカンは取り戻せていタ。
それでも、本当の力を使うわけにはいかなかったからリ・ウォンシュンには負けたけド。この五芒星を使っていれば神の領域に辿り着いた彼ともマトモに戦えたと思ウ。
今もアキラたちと戦えているんだシ。
ワタシがイブにとっての、アダムの適合者に選ばれた理由はわからないけど、ワタシとしては彼女を止めてこんな不幸の連鎖を止めたいと思ってル。
英雄と呼ばれるような人たちが狂っていき、イブの声を聞いて暴れて、彼女の操り人形になるために死んでいった人たちがたくさんいル。ワタシの両親だってその犠牲の一部。ワタシが有史以来の例外だというのなら、何かしらの理由があるはズ。
イブが望んだ変化なのかもしれないけど、きっかけにはなるはずダ。だからワタシは彼女に会ってこの悲劇を終わらせたイ。
異能者のことは「方舟の騎士団」に任せられるし、JAPANなんてアキラがいれば安泰。ワタシが楽園に赴いたってアキラが手助けしてくれるんじゃないカシラ?
だって彼は、ワタシが初めて恋をし──。
(……ン?エ?ワタシ、今何を考えタ?アキラのことを、好──いえ、愛し──違ウ。違わなイ?なに、こレ……?)
何でアキラのことを考えると心臓が煩く鼓動するノ?何で彼の顔を直視できないノ?顔が、全身が熱い気がするのは何故?
彼は強イ。それこそこれからの世界を任せられるほどニ。だからって、それだけの理由でこんな感情を抱くことあル?彼の顔は可愛らしくて整ってるし、声もどことなく落ち着きもあるし、性格も成熟していて優しいし、実力も地位もあるシ……。
アレェ?
「あー。これは予想外だったと言いますか。終わらせますよ」
心に響く、低い声。
それと同時にいつの間にか、ワタシの世界は黒く染まっていた。
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