第202話 4ー2

 案内された場所はどこまでも続く、地平線など見えない白い草原。しっかりと草が生えていて、ここは決闘場というよりは神々の憩いの場という方が適していそうだ。

 神の御座はどこもかしこも神気によって構成されている。つまり、下界よりもよっぽど世界の強度は高い。ちょっと無理した程度で野原になったりはしないほど、暴れたとしても何も変化が起きない。


 神気と信仰を得ない限り、ここは普遍だ。暴れるには相応しい場所だろう。だからこそ最初はゴンの御座で戦おうとしていたんだし。

 大天狗様はもう案内の役目を果たしたと考えたのか、適当な場所へ座る。ミクたちもその近くでレジャーシートを用意し始めて座り、俺と吟と金蘭が奥へ。手前にキャロルさんが立つ。


 随分と待たせてしまったようで、数々の神様が既に包囲していた。本当に全員やってきたんじゃないかと思うくらいだ。八神先生と都築生徒会長もこっちに来ている。日本の神々全員に通達が出たんだろう。

 人の姿の神から大天狗様のような異形の姿の神、そしてその配下も合わせて。数えるのが馬鹿らしいほどのギャラリーが揃っていた。


「アキラ。この異形は全部神様なのよネ?」

「いえ、全部ではありませんよ。大天狗様の配下の天狗も神魔半々ですので神にはカウントしません。純粋な神と呼べるのは八百万だけです」

「……それだって十分多いわヨ。こんな観衆の下でやるなんて、気が滅入るワ」

「悪戯好きな神々なので、諦めてください」


 俺だって巻き込まれた側だ。ひっそりやるつもりだったのに、いつの間にかこんな大ごとになってる。キャロルさんの性質上気になるのは仕方がないと思うが。

 なにせテクスチャを変えかねない人物だ。テクスチャが書き換わったら神々も今の自分をどれだけ覚えているかわからない。俺たちのことも忘れるかもしれない。そんな危険性があるから、今楽しめることは楽しんでおこうという考えなのだろう。


 神々もミクも、前のテクスチャの記憶はないと言っていた。「次」に持ち越せないからこそ、神々も必死なんだ。彼らは人間と違って寿命がないに等しいけど、それでも人生と同じでこの一回を楽しんで生きている。

 今回のは、そんな最後に近い面白い余興、といったところか。


「で、アキラ。そろそろ始めていいノ?」

「準備ができているなら、タマに合図を出してもらいますよ。ギャラリーは揃っているので、後は俺たちが決めることです。こっちからも聞きたいんですが、吟と金蘭が一緒でいいんですか?一千年前もこの三人が揃って負けたことはありませんよ?」

「いいノ。アキラって式神がいてこそなんでショ?使い魔がいてこそな異能使いは知り合いにもいるから、アキラの全力がその状態ならそれでこそ倒し甲斐があル」


 そう主張するならいいけど。本当の俺なら全力は十二神将が揃ってこそだけど、それはもう一対一じゃないからそこまでは言わない。

 キャロルさんは接近戦を仕掛けてくるだろうから式神として吟か銀郎がいれば対処できるだろうって考えていたけど、吟だけ連れたら金蘭が私も一緒が良いって我儘言うし。結果この三人になってしまった。これ以上増やしたら公平じゃない。


 もう公平じゃない気がするけど。金蘭の実力も俺に匹敵するんだから、陰陽師としては双璧と言って良いほどの実力者が揃っている。それでもミクが相手するよりはマシなのが酷いのだが。

 ミクは神様だから例外としたって、これで勝負になるのかわからない。


 キャロルさんが相当の実力者で、海外の人間だったら一番だとしても。ヴェルニカさんのような理不尽な力を持っていないと拮抗するかどうか。あの阿婆擦れの呪いがそれほどのものだとしたら、本当にテクスチャが崩壊するかもしれない。

 それを見極めるためにも、この勝負を受ける意味がある。

 始める前に、キャロルさんが小さな木片を取り出した。それを握ったまま呟く。


「開ケ」


 その言葉と共に、木片が大きくなって木刀になる。土蜘蛛と戦う時にも見た奴だ。アレも楽園への鍵だったかな。

 楽園の鍵は総じて三つ。あの木の中身の剣と、キャロルさんの右手の印。そして始まりの唄。

 それが三つ揃って、世界に仕掛けてある封印を五ヶ所解除すると、楽園への道が開く。


 世界にたった五つしかない封印。その一つが日本にあったりする。なんて傍迷惑な。この事実を「方舟の騎士団」は知らなそうだけど。

 組織としてそれで良いのかとも思うが、知らないということは楽園へ辿り着かないということ。おそらく把握しているのは神々と俺のような眼を持って事情を知っている者。そしてキャロルさんのような適合者だけ。


 キャロルさんが把握していないのなら、書き換えられるまでにまだ猶予があるのかもしれない。その猶予がどれだけかは俺でもわからないけど。

 そんなことを考えていると、キャロルさんが木から日本刀を抜いて、刀の方を胸の前に掲げて祝詞を告げる。


「地に伝わりし、園への讃美歌。追放者アダムを導くための一雫。雫が光るのは一瞬、その光を受け止め、道を拓ケ。道は目に見えず、園へと続かなイ。彼女イブの孤独こそ、子の慈しミ……」


 刀が光を放つと、西洋剣に姿を変える。アレが日本刀の理由って、封印の一箇所が日本だから調べさせるためにああいう形状にしてるのか。なんてわかりづらいヒントだ。


 他の場所はイギリスを頂点として、世界から見て西大陸だけに五角形を作っていくとその地点がわかる。ロシアとアフリカ、そしてインド洋のある島だ。アメリカ大陸はないものとして考えた西側の封印。日本が極東と呼ばれるんだし、中心はイギリスなんだからそんな形にもなる。

 キャロルさんが左手で西洋剣を握って、右手に鞘を持つ。腰に差したりしないのか。


「待たせたわネ。準備はできたわヨ」

「ここは日本の神の御座なので良いですけど。その剣あまり使わない方が良いですよ。また身体が置換される。男になりたくないでしょう?」

「真っ平御免ネ。けど、ここなら何しても女主人イブにはバレないでしょウ?」

「バレなくても、力を使えばそれだけで身体に変化が加わります。ここから出たら変化した姿を喜ばれますよ」

「そういうものカシラ?何でワタシよりもアキラの方がこっちの事情に詳しいのかしらネ?」

「年の功だと思ってください」


 一千年前に得た知識と、五十年の積み重ねがあるから知識量は多い。日本以外のことも千里眼と星見で延々と情報収集してたし。


「ハァ。侵食が進んでる。さっさと終わらせますよ」

「エ?アキラの眼ってそこまでわかっちゃうノ?……ワタシの身体透けて見たんダ。アキラのエッチ」


 キャロルさんが自分の身体を隠すように腕で肩を抱き寄せていた。遠くで天海がサイテーとでも言うような白い目を向けてきて、ミクと金蘭はクスクス笑っている。

 人を心配したらこれだ。全くやってられない。


「ったく。肋骨から人間を産み出すような存在にならないようにって忠告しただけなのに。ミク!もう良いから合図出してくれ!」

「はーい。じゃあキャロルさん。わたしが手を叩いたら始めてくださいね」

「わかったワ」


 ミクが俺とキャロルさんのちょうど中間の位置に立つ。両腕を上にあげてパン!と柏手を叩く。

 それと同時にキャロルさんと吟が駆け抜けて、剣と刀が火花を散らす。

 まずは金蘭に術式を使ってもらって、俺は観察に精を出そう。


 キャロルさんの剣と吟の刀がぶつかるが、吟の刀に何か起こるわけじゃない。武器破壊の魔術でも仕掛けられているんじゃないかと心配したが、そういったものはかかっていないようだ。剣としては酷く真っ当な物。武器としては。

 だが、まだ呪具のような何か効果があるかもしれない。アレは楽園の鍵とも呼ばれる武器だ。おそらく武器として最高峰の強度や切れ味以外にも何かしらの能力があるはず。ただの道標を鍵にしないだろう。


 吟の様子を見ても武器としてはまとも。触れ合った相手から生気を抜くとかそういう力もなさそうだ。これは相手が魔術師や陰陽師じゃない吟だから効果が出ないのか、その辺りはわからない。

 ひとまず吟に何の影響もないと分かればそれで十分だ。


 キャロルさんの剣技の腕はそこそこ、だろう。剣の道を極めた吟相手に防戦で手一杯だ。そもそも扉を開く者に剣技なんて不要だろう。身体の構成を変えているのは権能に近い魔術だから、剣はあくまで補助道具。

 楽園に剣があるとも思えないし、後付けの何かのはず。


 キャロルさんは左手の剣で攻めながら右手に持った鞘で吟の刀を防いでいる。変則二刀流だ。あの鞘も丈夫だな。刀を受け止めているのに皹一つ入っていない。あの鞘も剣と一セットで鍵なんだろう。だから異様な耐久力がある。

 吟だけに攻めさせてもそこまで情報が出てこない。まだ魔術も使っていないし。ここじゃシェイクスピアの戯曲の再現なんてできないのだろうか。

 そろそろ試してみよう。


「金蘭」

『はい』


 金蘭が無詠唱で吟の邪魔にならないように火柱を上げると、キャロルさんの右手の甲が光って大量の水を上から濁流の如く降らせた。それによって火柱は消えたが、今のは霊気や神気の動きはなく、でも共通するマナの動きは見えた。

 マナを操っているのは魔術も共通なのか。その辺りは八月に確認できなかったから彼女の身体の周りにあるマナを見ていれば魔術の動きは察せる。


『甘い』

「キャッ⁉︎」


 火柱を消したことに安堵したところを、横腹目掛けて吟が蹴り飛ばす。地面に激突して何回転か転がるが、すぐに立ち上がってこっちを警戒していた。

 八月の時も思ったけど、格上との戦いに慣れていない。それも複数の相手だって多分できない。彼女は俺みたいに眼が良いわけじゃなさそうだ。


「金蘭。マナの動きは見えたか?」

『辛うじて。ですがそれよりは手の甲を注視していた方が対処はしやすいかと』


 金蘭は才能こそ特殊だけど、眼はそこまで特殊じゃない。日本最初の悪霊憑きだし、神気も持っているから異能とかに敏感だけど、千里眼を持っているわけじゃないんだから。

 それにしてもあの濁流。


 シェイクスピアの戯曲を全部把握しているわけじゃないけど、あんな濁流を産み出すためにわざわざ劇作家の一部を再現する意味はないはず。無詠唱だったらシェイクスピアじゃなくても良いはずだ。

 あの魔術は元々、シェイクスピアという知名度のある概念を使って世界を騙す魔術式だ。知名度を笠に着て少ないマナで現象を引き起こす。劇中という虚構をこの星で再現してその場は劇の中だと錯覚させる。そういう術式だ。


 それを無詠唱にしてしまったら、シェイクスピアの名を騙る意味がない。アレはシェイクスピアの劇名を世界に語りかけることで力を貸してもらう劇場型魔術。前に風を引き起こすためだけに魔術を使っていたけど、それとは違う魔術の起こりだった。

 今の濁流はあくまでキャロルさんの右手の、金色の五芒星を主軸にした魔術。以前見たものとは別個の魔術だ。


「吟。違和感は?」

『今の所は。おれの眼からは、キャロルの背中に悪趣味な女の姿が見えますが』

「それは俺には見えないな。妖精の類か?」

『もっと悪趣味な悪女でしょう。それも彼女の内から溢れているように見えます』


 イブ、か?吟の眼は俺以上に特殊だからな。妖精の国ティル・ナ・ノーグに連れ去られたせいで妖精や悪意には敏感だ。それがキャロルさんに取り付くイブの力の源を感じ取ったんだろう。

 たった一人の男を取り戻すために世界を好き勝手にする原初の女。全くもって厄介だ。


 キャロルさんを改造するために、あの右手の五芒星を起点として干渉しているんだろう。もう遥か昔に死んだ人間の魂を呼び寄せる器として、楽園で引き篭もるために。

 悍ましい執念だ。

 戦闘には干渉していないようだけど、アダムを手に入れるためには何でもする怖さを感じる。


「やっぱり早めに決着をつけた方がいいな。ON」


 吟に能力向上の支援術式をかける。剣技で圧倒し、金蘭が陰陽術で牽制する形にしてさっさと気絶させよう。

 キャロルさんの方が仕掛けてこないなと思っていたら、右手の甲が光る。それを見たのと同時に金蘭が手を前に掲げる。


「喰らいなさイ!」


 こちらへ飛んできたのは雷を纏った水の弾丸。俺たち三人が軽く飲み込まれそうなほどの大きなものだったが、金蘭が無詠唱で展開した方陣がそれを受け止める。

 二重属性の魔術は珍しいのかどうか。魔術式は見えても、その魔術が高度なものかどうかはわからない。魔術の知識が足りなすぎる。

 無言で防いだ金蘭を見て、キャロルさんが軽く肩をすくめる。


「これ、結構自信のある魔術だったんだけド?」

「金蘭は伊達に晴明の式神双璧と呼ばれていませんからね。彼女の守りは世界一ですよ」

「ワタシの魔術を防いだんだから、過言じゃないわネ。あーあ、世界って広いワ」


 そんな軽口を叩くけど、全く諦めていない。

 その挑戦者の意気込みにヒートアップする観客。神々にとってはお遊戯にしか見えない攻防だろうに、そんなに見ていて楽しいかね。武神の技能や最高神たちの権能に比べれば大したことないのに。

 まあ、これが余興だからこそだろうな。もう結構酒が回ってるんだろう。そうじゃなきゃこの熱狂っぷりが理解できない。


「これでも陰陽師としては最高峰なので。魔術師としての頂点たるキャロルさんと同等の実力は保持していますよ」

「みたいネ。まあ、準備運動は終わりヨ。この力を使うのも久しぶりだったし、身体が思うように動かなくてネ。──行くわヨ」


 キャロルさんが土を蹴るのと同時に吟が前へ躍り出る。それと同時に金属がぶつかり合った音が響いた。

 確かに倍速ぐらいにはなったけど、目で追えない速度まで引き上がったわけじゃない。支援術式を受けた吟なら余裕で対処できる速度だ。


「この速度についてこられるとか、人間辞めてなイ⁉︎」

『ああ、あなたには説明していませんでしたか。おれも姉も、とっくに人間なんて辞めてますよ』


 自虐ではなく、誇らしく。吟は答えながら剣戟を交わす。吟は一千年前から不変になってしまった。これ以上身体を鍛えることも、技術を伸ばすこともできなくなってしまった。金蘭は新しい術式の開発などできたが、生粋の剣士たる吟は何もできなかったに等しい。

 でもそれを疎うことはなかった。むしろ誇らしげに笑ってみせた。


 強いなと、俺も誇らしく思える。そうまでして俺やミクに仕えたいと信を捧げてくれる息子であり家来を、とても愛おしく感じた。

 剣で敵わないなら魔術で。そう考えたであろうキャロルさんが吟へ魔術を使って火球を飛ばすが、爆発する前に金蘭の出した方陣がそれを受け止める。方陣の脇をすり抜けてキャロルさんへ接近した吟が一閃。


 水平斬りは間一髪のところで剣の腹で防がれたが、魔術も防がれたことでキャロルさんは距離を再び取っていた。


『あれくらい斬り伏せられたぞ?』

『あら、ごめんなさい。一応馴染みのある陰陽術じゃなくて得体の知れない魔術だったから守ってあげようという姉の気配りだったのだけど』

『……アリガトウゴザイマス、姉上』

『そんな棒読みで言われてもねえ。いつからそんなに捻くれちゃったの?酒呑や茨木と関わるようになってから?』

『さてなあ。後から引き取られた誰かさんが姉ヅラするからじゃないか?』


 本当にこの二人は。仲が良いんだか悪いんだか。こんなの日常茶飯事だから今更気にも留めないけど。

 キャロルさんは二人の発言を聞いてあんぐり口を開けている。やはり自信のある魔術を刀で一閃できると断言されると心にくるものがあるのだろう。それだけ吟が常識外れなのは俺たちからすれば当たり前でも、敵対者からすればありえないからな。


 吟が斬れないのは身内だけだと思うくらいに、何でも斬れる最強の剣士。金蘭の方陣すらスッパリ斬れるからな。そういう実力差もあってこの二人は喧嘩するんだろうけど。

 姉弟を決めたのは俺だけど、年齢的に金蘭の方が上だったんだから仕方がないじゃないか。それを今でも気にしている吟は心が狭いのか、忠義心ゆえか。後者であって欲しいな。

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