第201話 4ー1 鍵たる少女と日本の楽園

 最近、秘密の何かをするとなったらこの陰陽寮の屋上でやることになっている。今や陰陽寮は俺の庭だし、ここで色々やるのも問題ない。というか、隠蔽はここが一番便利だ。京都のどこでも変わらないけど、移動するのに面倒がなくて良い。

 キャロルさんと戦うのはここじゃないけど、ここが京都で一番高い建造物ということもあって都合が良かった。屋上に来るには階段を上がらないといけないけど、簡易式神使えばすぐだし。


 陰陽寮の正門にやってきたキャロルさんが、俺の簡易式神に乗って外から屋上にやって来る。屋上に着いた途端簡易式神は俺の手元に戻ってくる。やってきたキャロルさんはこの前の会談の時のようなスーツ姿じゃなく、八月初めて会った時のようなダメージジーンズにダボっとした黒い服。髪の毛はポニーテールで纏めていた。

 そのキャロルさんは、屋上を見てここにいる人物を把握して、目を細めながら質問をしてくる。


「アキラ?ちょっとギャラリー多すぎなイ?」

「吟と金蘭、それに銀郎と瑠姫、ゴンは説明必要ないですよね?知らないのはミクの隣の二人でしょう?」

「ミク?誰?」

「ああ、タマのことです。俺の中でのあだ名で。タマの隣にいる栗色の髪をした京都校の制服を着ているのが友達の天海薫。狐の耳と尻尾が生えてる女性が『婆や』です」


 俺とミクの呼び方は説明してなかったか。これをちゃんと把握している人も少ないだろうし、もう幼い頃の契約が満了したからなんの気もなしにミク・ハルで呼び合ってるけど、名前を鑑みたら全く該当しないからな。困惑してもしょうがない。

 式神たちは八月とこの前の会談でわかっているだろうけど、天海と「婆や」はこれが初対面だ。天海も来たことには驚いたけど、ミクが誘ったらしい。


「天海薫です。難波君と珠希ちゃんのクラスメイトです」

『那須珠希様の娘なのじゃ』

「「エエッ⁉︎」」


 天海とキャロルさんがハモった。「婆や」の言葉が意外で、上から下まで、「婆や」のことをガン見していた。

 見た目で言えば「婆や」の方がお姉さんだから驚かれるのもさもありなん。喋り方も古風だしあんな大きな娘がいる年齢じゃないからな。普通なら。

 「婆や」のお茶目な言葉にため息をついたのは金蘭。


『待ちなさい、「婆や」。そうすると瑠姫と銀郎は私の子供になるじゃない。瑠姫は良いけど、銀郎なんて吟との子供になるのよ?それは勘弁だわ』

『ええー。金蘭はめんどくさいのう。私はどう考えても主様の娘なのじゃけど。主様から産み出されたのなら娘というのが適しておるのじゃが。そもそも主様の来歴を考えると、これ以上に相応しい関係性はなかろう?』


 ミクが元々神で、それこそ人間と同じ方法で子供を産み出したりしないために「婆や」は自分が神の子だと名乗れるわけだ。

 それに瑠姫と銀郎はベースに金蘭と吟の他に猫と狼がいる。その猫と狼は金蘭が産んだ子じゃないので子供にはならないだろう。「婆や」が特殊なだけで。


 あとはミクがほとんどの身内を子供扱いしているからだろう。法師ですら子供だ。確かに二人の共同作業で産んだ法師だけど、法師や「婆や」とは銀郎たちと在り方が異なる。金蘭が引っかかってるのは、まあ。

 弟と子作りしたと思われるのが嫌なんだろ。


「俺だって法師のことは子供だって思ってないぞ。ミクの感覚が他とは違うんだよ」

『ならやはり私は主様の娘なのでは?』

「そういうことで良いだろ。だからって銀郎が金蘭の息子になるわけじゃない」

『私としては、銀郎はあくまで式神なんですよね……』

『あっしもそれで良いと思いますよ。珠希お嬢様と「婆や」が特殊なのかと』


 金蘭を慰めつつ、天海もキャロルさんも「婆や」の存在に納得する。いや、まだキャロルさんはあんまり納得していないみたいで顔を顰めているけど。


「エット……。アキラたちは生命創造の秘術でも使えるノ?そういうところ、陰陽術って規格外だと思うけド。世界を見渡しても、そんなの奇跡って呼ばれる類のありえない現象なんだけド?」

「完全なる無から生命を新しく産み出せるのは、地上では現状タマだけですよ。あなた方がどこまで玉藻の前のことを把握しているかわかりませんから伝えておきますけど、玉藻の前はこの日本における最高神と同一です。で、タマはその産まれ変わりなので」

「誰もがポンポンできることじゃないのネ?なら良いワ。それこそテクスチャが変わっちゃうと心配したけど、今いるのはそこの『婆や』だけなのよネ?」

「はい。それ以外に生命の在り方に反した生物は日本にいませんよ」


 俺やミクのような産まれ変わりは正直微妙なラインだろうし、法師はこの間までいたけど。キャロルさんが心配するようなことに当て嵌まるのは「婆や」だけだ。他に誰かを産み出そうなんて考えていないし、必要もないだろう。


 今のテクスチャを崩そうとは考えていない、いわば保守派というのは「方舟の騎士団」と変わらない。昔はその辺りをあまり考えずに人手目当てで法師を産んだけど、神々に怒られなかったし何も言われなかった。テクスチャも変わっていないんだから問題はないはずだ。


 むしろ皮肉なことに、今のテクスチャを強固にしてしまった。玉藻の前の死とその経緯で。

 そんな俺たちがテクスチャを変えるはずがない。色々と書き換えられて失うのは真っ平御免だ。


「産まれ変わりなんてJAPANの人間はあまり信じないんでしょうけド。ワタシたちは信じられるワ。それの証拠が、ある意味この右手なんだかラ」

「いつの時代にも現れる適合者、ですか。その執念は気持ち悪いと思ってしまいますよ。でもキャロルさん自身が過去の人物の産まれ変わりというわけではないでしょう?精々魔術について記憶があるくらいだと思いましたが?」

「アキラ、本当にどこまでわかってるのヨ……?」

「また調べ直したので。俺たちの産まれ変わりとは別物ですよ」


 でも、産まれ変わりと変わらないアプローチだ。魔術の継承、資格の譲渡。

 人の人生を勝手に狂わせて。傍若無人な様は神のようだけど、やっているのは特別なだけの人間で。

 俺よりタチが悪い。


「さて。そろそろ移動しましょうか。相手の素性もわかったので自己紹介はこれ以上要らないでしょう?天海と『婆や』にはあなたのことを掻い摘んで説明してあるので」

「ソウ?というか、移動するノ?ここでするんじゃなくテ?」

「こんな場所でやりませんよ。誰に見られてるのかわかりませんし、怖いストーカーに目を付けられるのは嫌ですから。ゴン」

「はいよ」


 ミクが抱えていたゴンが、神気を解放する。その波動にキャロルさんが両肩をビクつかせていたが、ただ移動するだけなので何かフォローをしたりしない。

 そのままゴンが発光して、道を開ける。


「豊穣の神、童空どうくうが許そう。我が神の御座へ、案内と決闘を許可する」


 俺たちが光に包まれて、目を開けた先に現れたのは真っ白い空間。朱色の昔ながらの建物や鳥居などがあり、黄色い雲が浮かんでいるこの世から隔離された場所。

 道は青く、どこまでも続く神の社。ゴンの神の御座に来たことはなかったが、断言できる。

 俺はミクへ近付いて、差し出されたゴンの両頬を掴んだ。


「この駄狐!なんで自分の御座じゃなくて、日本の御座に繋げてるんだよ⁉︎」

「バ、バカな⁉︎オレはちゃんと自分の御座への道を開けたぞ!」

「どっからどう見てもお前の御座な訳ないだろ!こんな広い御座、主神級ですら持ってないぞ!何でここ一番でやらかすかなあ!」

「いやいや、待てって!オレのような木っ端な神がこんな人数連れて来られるわけないだろ!」


 ゴンが叫ぶが、それはそうだ。いくらミクがいて、銀郎や瑠姫もいるからって御座の本丸に来られるだろうか。ミクが手を貸したならともかく、抱えていただけだ。「婆や」が何かしたわけでもない。

 俺も法師のように忍び込むために道を開いたわけじゃない。となると。


「ようこそいらっしゃいまし。ハルとミク。それに御方々のお客人も」

「宇迦様」

『クゥは杜撰だねえ。こっちの介入に気付かずにそのまま移動させちゃうなんて』

『バカなの?異変に気付かないクゥはバカなの?』

「ほざきやがったなァ!このガキどもが!」


 宇迦様と一緒にやってきたコトとミチへ飛び込みじゃれ合う三人。ゴン、コトとミチにガキって言ってるけど、年齢的には二人の方が圧倒的に上だし、役割としても木っ端な一柱よりも長年神に仕えてきた巫女の方が上じゃないか。

 宇迦様のおかげで事態は把握できたけど、よく見ればそこら中に神々がいる。嵌められたな。


「ゴンのせいで観客が増えた」

「あはは……。でも皆さん気になったんだと思いますよ?ハルくんとキャロルさんの対決」

「はぁ。天海、ここにいるのは神々とそれに仕える存在しかいないから、くれぐれも粗相の内容にしてくれ。俺たちですら敵わない存在ばかりだから」

「ハルくんの嘘吐き。結構倒せるでしょう?」

「やりたくない」

「こんな時に軽口叩かなくても……。大丈夫だよ、難波君。ここの在り方から、いらっしゃる方々まで風水のおかげですぐに感じ取ったから。おとなしく見物してるよ」


 天海に一応注意しておく。いつまでもじゃれあっていて宇迦様が困っているので、ゴンを掴み上げてミクに渡した。ミクも神としての力を使って暴れないようにゴンの行動を縛る。

 予定と変わったけど、やることは変わらない。ギャラリーが増えただけだ。

 宇迦様についていく中、まだ状況が飲み込めていないキャロルさんが耳打ちをしてくる。


「アキラ、タマキ。何ココ?変な力がそこら中に渦巻いていて酔いそうになるんだけド?」

「ここは日本であり日本じゃない場所。一応星の定義上、星の中にあって座標軸も日本の上空ってことになるんですが。地表とも空とも違う次元に存在する独立した亜空間。日本の神々がおわす城。神の御座です」

「神々の、住居ってこト?」

「そういう認識でいいですよ。ここは街のようなもので、本来住居はそれぞれ別に独立しているんですが。今回はゴンの座で決闘をしようと考えていたのに、興味津々の神々に茶々を入れられましたね」


 ここに来たことがないのはキャロルさんと天海だけ。俺とかミク、金蘭と吟は身体の構成上この神の御座に入っても文句は言われないが、キャロルさんと天海は生粋の人間だ。キャロルさんは若干異物だし、天海も遠縁とはいえ法師の血族なので実のところ神々の心象はあまり良くないが、彼らが呼んだんだから問題ないだろう。


 法師の場合俺かミクが蘇ったと錯覚してしまうためにあんまり歓迎されていなかった。鬼を連れていたこともある。けど遠縁の天海なら気にも留めないだろう。

 キャロルさんに至ってはそれこそ毛嫌いするような能力の継承者だけど、神々も気になったんだろう。


 楽園の女主人を。

 あんな牢獄を楽園と信じている哀れな人間の女を。

 その女に祝福さ呪われた少女のことを。


「神々の住居、ネエ?そんなの、海外にもあるノ?」

「あるらしいですよ?俺たちは行ったことありませんが、大天狗様が部下を連れて何度か行ったことがあるのだとか。多分ここからもどこかに繋がっていますよ」

「あなたたちが神を認識できて、ワタシたちが神々を認識できないのは何故カシラ?」

「純粋に地上に降りていない。降りていても神だと気付かない。神々も知らせようとしない。知っている人間が口を割らない。この辺りですかね。それに世界中の神々が引き篭もって御座で全てを完結させるようになったようなので」


 ミクが地上で失敗したために。日本最高神がそんな目に遭うのなら木っ端な神が下に降りたらもっと苦労するとか、好き勝手する興味がなくなったとか。そういう理由で外国の神々も下界に積極的に介入するのを辞めたらしい。

 それでも熱心な神父や修道女、シャーマンなどには神のお告げなどを今でもしているらしい。その話もここの神々に先日聞いたばかりだから又聞き状態なんだけど。


 そんな説明をしていると、宇迦様が一つの屋敷へ案内する。見覚えがあり、法師が通っていた場所だった。そこにいるのは誰もが見覚えのある神だ。人間と比べたら圧倒的な図体と威圧感。対面しただけで格がわかるというもの。

 小間使いの小さな天狗たちが人数分の座布団を用意してくれた。そこに正座をするが、キャロルさんは正座に慣れていないようで顔に苦悶の表情が浮かんでいる。


「宇迦、案内ご苦労」

「位は同格のはずなのに、こんな使いっ走りにするなんて。まあ、その大きな図体では移動ができないのでありんしょう?仕方がありんせん」

「フン。人間どもは数ヶ月前の一件で儂を恐れているからな。ほれ、新しく呼んだ二人のおなごは顔が真っ青じゃろう?」

『そんなことないのじゃ。案内してくれて光栄ですよ?』

「……お前さんには言っとらんわい。我らが娘よ」


 「婆や」が堂々とふざけ倒すけど、確かに「婆や」がここに来るのは初めてだ。その三人の中では顔色を変えていない。

 そもそも、大天狗様からしたら「婆や」はおなごじゃないのだろう。


「大天狗様。ここまでして戦いを見たかったのですか?」

「まあの。儂だけじゃなく数々の同胞が晴明の本気と、そこなおなごの力を見たくてのう。なにせ今理を変えようとしているのはあの阿婆擦れだけじゃ。その阿婆擦れに見初められた者など気になって仕方がなかろう」

「……気持ちはわかりますが。それにこの御座なら彼女の監視も届かないでしょう」

「じゃろう?だから呼び寄せたのじゃ。それに、あんな場所を楽園と呼ぶのは気に食わん」


 やっぱりそこなのか。俺たちは話が通じているけど、天海は全くわからずに疑問符を頭に浮かべている。キャロルさんに至っては、話の内容が少しばかりわかって、だからこそ驚いているといったところか。


「ま、待っテ⁉︎あなた方は本当に、何もかもお見通しなのですカ!」

「お見通し、ではないのう。わかることだけじゃ。じゃが、その右手に記した呪縛くらいは全てわかっておる。特にお主は可哀想にのう。おなごの身でそれを右手に宿したのはお主が最初だろう?」

「そ、そこまデ……。やはりこれは、呪いなんですカ?」

「それはそうじゃろ?その身体も心も記憶も、全て別の男に置換されるなど。その人体実験で産み出されたのがお主じゃぞ?」


 その事実に俺たちは目を伏せ、天海は目を丸くしてキャロルさんを見て。

 キャロルさんは。右手の甲を睨んでいた。


「……この身体は、男に変えられるんですネ?」

「そうじゃ。もう中身は大分置き換わっておるぞ?後は外装を整えるだけ。最後は記憶を弄っておしまいじゃ。なにせ園への扉は鍵たる人間が自意識で開かねばならない。思考誘導などもされるじゃろうが、それもいつ頃強まってその自意識を保てるか。そういった不安もあって今回晴明と戦いたかったのじゃろう?」

「そう、デス。彼はワタシたちの知らない世界を知っていル。だからこの憎しみの連鎖を断ち切れるかと思っテ……」

「だそうじゃが?晴明」


 そこで話を振られても。

 この状態に戻ってからしっかり彼女のことは視たけど、俺にできることはない。


「あくまで彼女の身体に右手の呪縛は施されています。他の身体を用意して魂を移す以外にそれを断ち切ることなどできません。その方法で残った身体を彼女が好き勝手するのが目に見えているので、俺では何もできませんよ?」

「身体ごと封印するのはどうじゃ?」

「それはキャロルさんを殺すことと同義だと、大天狗様はわかっておられるでしょう?キャロルさんがダメなら、新しい子どもが用意されるだけ。断ち切れません」

「じゃろうな。晴明の言葉は至極ごもっとも。儂らも同じような処置しかできん。お主も、その『次』の童も。助けることはできんのう」

「……教えてくださり、ありがとうございマス」


 キャロルさんが頭を下げる。彼女からすればあんな呪いをどうにかしたいんだろうけど、呪いを仕掛けた彼女を俺たちは害することができないので無駄。

 かといってキャロルさんをどうにかする手段は言葉で伝えた通りだから、解決方法にならない。今までと同じく、キャロルさんたちがどうにかするしかない。


 呪いを背負ったまま抗って一生を終えて「次」へ残してしまうか。

 キャロルさんが楽園に辿り着いて彼女を終わらせるか。

 そして楽園に行くということは、キャロルさんの終わりを示している。

 まさしく、呪縛だ。


「おっと。晴明と戦う理由をなくしてしまったかの?」

「いいえ、大丈夫デス。たとえこれがどうにもできなかろうと、彼とは戦うつもりでしたかラ」

「それは僥倖。では暴れてもいい場所へ案内しよう。儂らもよく使う遊び場じゃ。そんな場所を使えることに感謝しながらついて来るといい」


 大天狗様が立ち上がる。それについて行く俺たち。キャロルさんは不慣れな正座をしたためか、この短時間で足が痺れたようだ。銀郎が彼女の手を引いて移動する。

 遊び場に向かうにつれて増える視線には何も口を出さなかった。けど八百万の神がここに集まっているというのも満更嘘ではないらしい。

 際限なく増える存在と視線に、俺はこっそりとため息を。ミクは可笑しそうに楽しく笑っていた。

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