第200話 3ー3

「……アキラ。乙女の秘密を暴くのはマナーが悪いわヨ?」

「それは失礼しました。ではその秘密を漏らすことはしないと約束しましょう。それに協力もできなさそうですから。そちらの魔術に関しては、我々は門外漢。処置できません」

「これのことはいいのヨ。二つの組織の話が大事だワ」


 指貫き手袋を着けたままのキャロルさんが右手をフリフリと払う。あの手袋はその秘密を守るためのものだったわけだ。

 さて、テクスチャやキャロルさんの話題で脱線したが、こちらもそちらの情報を掴んでいるんだぞとアピールになったから効果がなかったわけじゃないだろう。だから向こうも無茶な要求はしてこないはず。

 してきたって対応できるかどうかはまた別だ。日本国内のことなら融通もできるけど、海外の事件の解決に手伝ってくれと言われてもそれは難しい。


「我々が後求めるのは、大規模な異能の行使を都市部や住宅街でやめていただければ特に求めることはないので。海外のクリーチャーがこちらで暴れたら協力して倒そうくらいは思います。犯罪者が入り込んでも、秘密裏に処理してくれるなら異論はありません。もし大規模な事件を起こそうとしていればこちらでも対処しますし。それ以外にこちらへ日本国内で求めることはありますか?」

「この国への駐在許可と、能力の行使。そして日本の陰陽師へ我々への参加を求めるのは陰陽寮ではなく政府になるだろうか?」

「そうですね。陰陽師の参加も、海外渡航が緩和されるので陰陽寮にいるプロ以外なら好きに勧誘してくれて構いませんよ。こちらへ牙を剥かなければ」


 優秀な陰陽師は陰陽寮に参加して欲しいが、だからってどこに所属するかくらいは個人の自由だろう。能力があるからってプロにならなくていいし、民間会社に就職しようが大学で研究しようが自由だ。

 職業の自由くらい認めているし、その選択くらい個人ですべきだ。「方舟の騎士団」に加入しようが止めはしない。人材の推薦もしないけど。


 陰陽師が海外でどの程度戦えるか検証していないから、相手にとってもどれだけ頼れるのかもわからない。そんな実験をするつもりもないし、今プロになっている人は辞職しない限りは放出しようと思わない。

 だからスカウトは勝手にやってくれという投げやりだ。

 駐在や組織の認知などは政府任せ。そこまで俺たちに頼ってほしくない。


「政府への架け橋にはなってくれるだろうか?」

「後で嘆願書を出しましょう。政府との交渉には参加しません。それでいいですか?」

「ああ。ありがとう」

「陰陽寮としての要求は以上ですが、そちらはまだありますか?」

「もちろんある。陰陽寮の戦力を、世界の一大事には徴用させてほしい。特にV3と戦うことになった場合、世界で総力を挙げなければ倒せないだろう。あの吸血鬼は世界を簡単に滅ぼせる」


 おや。彼女のことをかなり気にしているが、それにしては敵対する気満々なことには驚いた。まさかただ国をいくつも滅ぼしたバンピールだと思っているのだろうか。

 俺のように未来や過去を視ることはできないのだろう。もし時空を超えて確認する術があるのなら、こんな無謀なことを提案しない。


 彼らもテクスチャや星のことを詳しく理解していないのだろうか。組織の資料や伝聞だけで理解した気になっている、とか。本当の怖さ、力、在り方を理解していないようだ。


「お断りします。彼女と敵対するつもりはありませんよ」

「……あの吸血鬼の強さは、把握しているとみてよろしいか?」

「ええ。だからこそ、不可能です。彼女を倒すために協力なんて。この星という方舟に逆らう気ですか?」

「何……?何で彼女の話題で、方舟が出てくるノ……?」

「キャロルさんも気付いていない様子。方舟はこの星のことかと推測いたしますが、間違ってはいませんか?」

「間違ってはいないが。それと彼女がどう繋がる?」

「あのバンピール。星に選ばれた代行者ですよ。星の意思を託された、星そのものです」


 その事実を伝えたが、誰もその言葉を理解してくれなかった。あまりの内容に脳が理解を拒んでいるような。言葉の羅列だけじゃどうも足りなかったようだけど、それを示す証拠が今手元にない。

 つくづく千里眼と星見が異常な異能なんだと腑に落ちる。

 キャロルさんが一番復帰が早く、首が油のなくなったロボットのようにギギギと音を立てるような緩慢な動きをしつつ、顔全体が俺の方を向いて声を震わせて質問してきた。


「どういうこト……?彼女が、星そのものですッテ……?」

「ええ。彼女に敵対した者は灰も残らず消えたでしょう?アレはバンピールの能力じゃなくて、星の自浄機能です。不要だと判断されて消された現象そのもの。彼女には現代武器も魔術も通用しなかったのでは?星そのものに、そんな矮小な力が通用するはずがありません」

「じゃあ、何?彼女が暴れても気にするなってこト?たくさんの人が殺されているのよ?」


「殺されているのは少数の人と、大量の吸血鬼でしょう。彼女が殺すのは基本的に吸血鬼だけ。あとは巻き添えになった人間だけですよ。それと、あなた方のように彼女を妨害しようとする人物。先月、彼女と敵対しても殺されたのは一人だけだったでしょう?それくらいの分別は彼女にもありますよ。殺せない、邪悪でもない存在なんて放っておけばいい。彼女が全人類を殺そうとすれば重い腰も上げますが、見付けただけで討伐と考えているなら協力などしないというだけです」


 俺が日本の調停者なら、彼女は星の調停者だ。吸血鬼だけ滅殺を考えているからそこだけはバランスを保っていないけど。

 そんな似通った相手を倒すためには立ち上がらない。これだけは言っておかないと無駄死にが増えるだけだ。彼女を殺そうと思ったらこの星の息を止めるか、テクスチャを強引に破壊するしかない。どちらも御免被る。


「むしろ彼女を放っておけば勝手に吸血鬼を殲滅してくれるのに、手を出す理由がありますか?」

「その言葉に、信憑性は?」

「私の能力で調べたことですので。同じように調べていただくか、どこかの国にいる神にでも訊ねてみてください。彼女の母親は人間だったので、滅多なことで人間を殺したりしませんよ」

「……持ち帰って調べよう」


 どこの国の神に聞いても、彼女のことはわかるだろう。ヴェルニカさんは現状一人しかいない星の代行者だ。どこの国だって神の御座はあるんだから、二千年以上の歴史ある組織ならどうにか取っ掛かりを得て神と接触してほしいものだ。

 それがまかり間違って、阿婆擦れに行き当たらなければいい。


「陰陽寮は、海外に戦力を派遣してくれないということだろうか?」

「そうですね。そもそも、陰陽師は学者です。生物学や植物学、占星術などを納め宮中のために働く者たちのこと。戦うのは本分ではありません。魑魅魍魎と妖を相手にするのは生活がかかっているので仕方なくです。『神無月の終焉』を見ていたと思いますが、陰陽師はプロでもそこまで妖と戦えません。海外のクリーチャーを相手にしても、そこまで戦力にはなりませんよ」

「リ・ウォンシュンを倒したっていうのに、随分謙虚ネ?」

「私と珠希、それに五神くらいしか戦力にならないということです。私たちが日本から離れたら国民が不安がるでしょう?それに──そんな大暴れする存在は当分いませんよ」


 リップサービスで未来視の結果を零す。当分をどう汲み取るか次第だが、本当に大きく暴れるクリーチャーも犯罪者もいない。龍とケンタウロスが無人島でハッスルしているが、ヴェルニカさんも監視しているので星にも人にも迷惑はかかっていない。

 俺の星見も完全じゃないけど、大きな事件なんてキャロルさんの行動次第だ。


「やっぱりアキラの眼は便利ネ。今からでもウチに来なイ?」

「ご冗談を。日本の建て直しに奔走している状況で世界のために働いたら、身体が保ちませんよ」

「あら残念。モランさん、直感だけどアキラの言うことに嘘はないワ。陰陽寮とは最低限の協力が関の山みたいヨ?」

「そうか。いや、それでも十分だろう。敵対することがなくなっただけで十分だ。彼らも悪戯に能力を使うような自制の効かない集団でもないとわかった。それを成果としていいだろう」

「そうネ。ところでアキラ?──ワタシと戦いなさい」


 キャロルさんの一方的な宣言。これにはペンを持っていた者たちが一斉に机や床にそれを落とした。この部屋にいる人間全員がキャロルさんへ注目している。

 当の彼女は、ニコニコとこちらを見ているだけだ。


────


「それで、戦うことにしたんですか?」

「ああ。俺の力を確かめたいんだってさ。キャロルさんの力も確認したいからちょうどいい。彼女の力を抑制する方法がわかるかもしれないし」


 今日は久々に学校に来て授業を受けていた。中休みにミクと天海と一緒に机をくっつけて弁当を食べている。

 護衛には銀郎と瑠姫、ゴンがいるので金蘭と吟は陰陽寮にいる。一週間に一日は学校に来ないと単位を渡さないと学校側に言われてしまったので仕方なく来ている。


 それと。

 俺やミクのことが気になるのか廊下などにたくさんの人がやってくる。気になるのはわかるけど、注目されすぎて視線が痛い。学校に滅多に来ないレアキャラ。難波の当主、安倍晴明の産まれ変わり。世にも珍しい半妖。


 そんなことで俺はすっごい注目されているし、ミクも俺と婚約者だとどこからかバレたので滅茶苦茶注目されているわけだ。本当にそういう話が好きなお年頃だ。

 今実質陰陽寮を取り仕切っているし、法師にも術比べで勝ったという事実も大きいんだろうけど。休み時間に外に出づらいのは困った。


 ミクも学校でかなり注目されているらしい。帝を還せる桑名先輩以外の唯一の人材とか、元玉藻の前とかそういうのが噂になっているようだ。銀郎と瑠姫によると実害が出てないから静観しているらしい。


「そのキャロルって外国人の人と戦って、何かしようとしてるの?難波君がただ戦いたいだけ?」

「海外で一番強い人らしいから、その実力を把握しておきたいってことが一つ。指標になるし、もしもに備えられるから。本当の最強には敵わないってわかってるけど、人の戦力を知ることも大事だからな。あとはその人が呪われてるっぽいから、呪いの詳細を調べておきたい」

「ホント、難波君にわからないことってあるの?」

「あるさ。そういう異能的な何かだったらわかる眼を持ってるけど、人の心とか機敏なんて全然だ。それに本気で誤魔化そうとしている呪いなら見破れない。半年見てても気付かない体たらくだ。神様にもわからないことを、人間の俺じゃもっとわからない。それが道理だ」


 それだけ祐介の誤魔化しが凄かったと褒めるべきか、賀茂という家の闇から眼を背けていた結果か。あの二人についてはもう少し違う結末があったんじゃないかと今でも悔やんでいる。

 いくら俺の眼が神様に匹敵するとしても。過去や未来を確認できて、地球の裏側の現在すらも見渡せるとしても。身近な異常に意識を向けなければ気が付かない眼だ。どれだけ視野が広くなっても、石や草花に意識を向けなければそれが傷付いているのか、どんな形で色をしているのか考えることもないってこと。


 土御門光陰と賀茂静香に関しては意図的に視界に収めないように意識していた。土御門は地元を襲ったことで敵対していたからボロを出さないかと家を中心に調べていたし、そんな土御門光陰の婚約者な賀茂静香もロクでもない女だと思っていた。

 初対面から最悪だったからこそ、そうやって意識の割り振りをした。最初から壊れていたという可能性に思い至らなかったし、たとえ気付いたとしても自業自得だろうと切り捨てていただろう。やって良いことと悪いことがある。その事実を知るまで、賀茂静香という少女は俺にとって悪だった。


 深く調べようとしなかった俺のミスだ。ちょうど良いくらいに土御門光陰と実力が近しいから、本来の能力が制限されているなんて思考にならなかった。おかしな思考、態度は一千年の積み重ねでおかしくなっているのだと決めつけた。学内ではいびり散らし、学外では信奉者を得ているというあべこべも二面性がある、外面が良いだけと気にも留めなかった。


 そうして助けられる命を、見逃した。これは今の人生の、最大の失敗だろう。祐介が二番目。むしろ祐介が土御門家に連なる者だと気付いていたんだから、賀茂家にも関わっていると察してもおかしくなかったのに、祐介の手も取らなかった。

 ミクや、法師を。優先したために。


 祐介を助ける手段はあったはず。それを選択しなかったのは俺と法師だ。

 俺の精神の天秤が壊れないように。最も大事な家族を除いて、容赦なく裁決を下せるために。

 法師は祐介を踏絵にした。


「そんな失敗をしたばかりだから、キャロルさんのことはちょっと気にかけていてな。もしその呪いのせいで日本が滅んでもやだし」

「……えっと。その呪いってそんなに危ないものなの?」

「人類最古のストーカー?ヤンデレ?が施した呪いだから。人への迷惑なんて気にしてないし。駆除に失敗したら世界が滅ぶ」

「比喩じゃなくて?」

「比喩じゃなくて」


 それを聞いて天海は弁当へ伸ばす箸が止まる。俺とミク、式神たちは気にせずご飯を続けてるけど。スケールの大きさを知ったところで俺たちにできることはたかが知れてるし、その呪いもちゃんと調べるのはこれから。

 俺たちにもどうしようもなかったら、海外に核爆弾より酷い爆弾が放置されるだけ。いつ爆発するか、不発弾になるのか。それに注視するよう心掛けるだけだ。


 なんとかできそうなら手を施すけど。陰陽術は少し独特すぎて海外の呪いに通用するかどうか。魔術とかと系統が異なりすぎて使えるのか、系統が違うからこそ処置ができるのかすらわからない。

 こればっかりは実際に相対してみないとわからない。八月の共闘の時はそんなに気にもしなかったし、先月は龍とミクのことが気掛かりであの人のことまで気が回らなかった。


「難波君に世界がかかってるってこと?」

「それは違いますよ、薫さん。ハルくんがどうにもできなかったら、ただそのストーカーの都合が良い世界に改変されるんです。陰陽術がなくなったり、世界に魔術が浸透したり。こればかりは相手の出方次第なので、わたしたちはその結果を待つしかないんです」

「神様が言うにはもう数回世界は繰り返してるって言うし、俺たちはそこまで関われないからな。俺もミクも天海も存在はしてるんだろうけど、こうして一緒に食事をしていない世界に変わる。そもそも知り合っていないかもしれない。そんな変化だ」

「それは、嫌だな」

「俺も嫌だよ。だから調べるんだ」

「この日常は、難波君次第なわけじゃなくて、そのストーカー次第なんだ。……変な世界」

「まったくだ」


 でも世界を変えるということには手段が二通りある。一つはさっき言ったように世界の始まりへ巻き戻す方法。これはテクスチャを書き換えて、その決定的な差異が産まれた瞬間まで巻き戻るために、星が認める時点までしか戻せない。

 今回の場合、何故かそれが鳥羽洛陽に当たるそうなので巻き戻せて一千年。この一千年という時間でどうにかできるのかは、変わってみないとわからない。


 もう一つは、テクスチャそのものを壊すこと。この場合星そのものが変化するために俺たちはその改変にそのまま巻き込まれて、次の世界で生きる資格があるか試される。神々は同じ名前、同じ存在のまま記憶だけ失くして存在し続けるとは予測していたが、それは神々だから。

 人間や動植物、大地や海がどうなるかはわからない。


 この決定権を持つ存在はヴェルニカさんを始め数人いる。神々も一応その権利を持っているが、彼らはその変化もまた良しとするだけ。正直頼りにならない。ミクは現状力不足。

 人間なのにその権利を持っているストーカーというのは、本当におかしな存在だ。天海の言う通り変な世界だろう。


 その女性が、今の人間の礎を作った存在じゃなければ、そこまでおかしな世界でもないのに。

 星としても彼女を排しようとはしないし、そもそも彼女を排したらテクスチャが壊れ、星が割れる危険性がある。だから星は彼女が諦めることを望んで傍観しているだけ。

 その終止符になるように、期待を背負わされたのがキャロルさんだ。


「まあでも。一番信頼できる星見が当分は大丈夫って予知したから、天海は何も気負うことなく人生を謳歌してくれ。何かあったら俺たちでなんとかするから」

「難波君は日本の調停者じゃなくて世界の調停者になったの?」

「成らざるを得ないのかもな。呪詛に塗れない限り俺が死ぬことってないだろうし。星の終わりを見られる稀有な人間かもしれない」

「珠希ちゃんもでしょ?じゃあ二人には、私がおばあちゃんになって人生を謳歌して、その最期を看取ってもらおうかな」

「良いですよ。薫さんの最期はちゃんとわたしたちで見送ります」


 それって何十年後の話だよ。平均寿命考えたら六十年以上先の話だぞ。友達のお願いならそれくらい叶えるけど。

 俺たちはこれから、二十代半ばにでもなれば加齢による変化がなくなるだろう。その辺りが人間の身体でのスペックとしては一番都合が良い。五十代とかの身体で過ごす意味はない。平安の頃はそう見えるように幻術を使っていただけだ。


 こんななんてことのない日常が、いつまでも続くことを。

 心の底から、願う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る