第199話 3ー2

 大会議室で待っていると、一人の職員に案内されて入ってきたのは二十人近い外国人。全員が会談に挑むということで八月の時のようにスーツで統一されていた。

 先頭にはそれなりの歳を取った男と、キャロルさん。正直キャロルさんは初対面で山を間違えていた印象もあってスーツが似合っているとは思わなかった。


 先頭にいる二人が組織でも発言力が高い人間だろう。護衛以外でああも目立つ理由もない。それに警戒しているのは続いてやってくる人たちだ。ちょっとした視線を金蘭や吟に向けている。俺にもだな。

 むしろ先頭の二人は俺しか見ていない。交渉をしようと意気込んでいるからだろう。他にもそういう文官が何人かいるな。


 彼らも魔術や異能のスペシャリストなんだろう。こちらを探る力を持っている人もいるかもしれない。世界の守護者、だったか。陰陽寮を測りに来たってところだな。


「ようこそ、いらっしゃいませ。八月と先月はお世話になりました。堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。どうぞ席に着いてください」

「そウ?じゃあ遠慮なク」


 キャロルさんが揚々と答えてさっさと座る。それを見て他の人たちも座っていく。キャロルさんの発言力が高いのか、それとも俺と面識のある人物だから矢面に立っているのか。


 全員が席に着いたことを確認して、俺は部屋の中を一瞥する。陰陽術じゃない魔術の起こりは感知しづらい。だが、同じテクスチャ上の異能だからか、ここが日本だからか、誰が魔術を使っているのか、俺たちに害はないのかくらいは把握できる。

 一人の女性が何かを感じ取って慌てふためいていたが、指摘する必要はないだろう。


「さて。では会談の前にあなた方の組織について説明していただきましょうか。応じたとはいえ、それは以前の事件での借りがあってこそ。CIAが嘘だとすれば、あなた方をどう扱っていいものか困っておりまして」

「……では、まず組織名から。僭越ながらこのモランが説明させていただきます。名前は『方舟の騎士団アーク・ナイツ』。クリーチャーの討伐や異能者の確保を主にしている、世界規模の組織です」


 そのモランという日本支部の男性の話は続く。

 クリーチャーが日本で言うところの妖のこと。人間以外にも動物や植物の生態系を破壊するような存在もいるため、そんな存在の討伐と確認をしているということ。


 異能者については魔術や陰陽術などのように体系化されたものを操る者から、無意識下で発動してしまい生活に困っている者も合わせて調査し、基本的には保護をしているということ。それと合わせて、犯罪者が異能者だった場合、率先して確保に向かうとのこと。


 八月の一件はそうした事情で追いかけていたリ・ウォンシュンが日本に入り込んだという情報が入って追いかけたこと。本来であれば国に許可を取って活動を許してもらうのだが、日本は陰陽師の存在を隠すために「方舟の騎士団」を知らなかったために許可を得ずに活動していたこと。


 八月は政府に組織の存在がバレるわけにはいかなかったのでCIAを名乗っていたこと。

 陰陽師の存在は大国なら知っていて当然だということ。旅行者などから魑魅魍魎の存在がバレて、そこから芋蔓式で知っている国ばかりだという。


(まあ、海外の旅行者を許可して、外国の高官とかも来て。大使館も各国のものがあるんだからバレてないはずがない。政府はそんな当たり前のことも気付いてなかったんだろうか。陰陽師の海外渡航禁止もどうにかしないとか)


 声に出さずそう考えながらも、モランの説明は続いた。

 日本には八月の一件から世界を知っている彼らからしても強大な存在が多かったので引き続き調査していたということ。「神無月の終焉」などこの国の問題には関わるつもりはなかったが、先月の「土蜘蛛動乱」は彼らが長年追いかけているV3ことヴェルニカさんを発見したことと、ケンタウロスが土蜘蛛だったために介入したという。

 現在ヴェルニカさんとケンタウロスについては調査中ということ。


「それで、アキラ?一緒にいたドラゴンはこの前単独でやって来て、倒したのよネ?あのバンピールとケンタウロスについては何か言ってなかっタ?」

「すみません。これといって何か話したわけでは。京都へやって来て強者との戦いを求めて帰ってきたと。俺が安倍晴明だったことを思い出したのも関連しているのでしょう。最後は満足そうに死にましたよ」

「それが不思議なのよネー。一緒に出ていったのに、帰って来る時は一体だけだなんテ。後の二体が復讐でやって来るんじゃナイ?」

「それは怖い。その時にはあなた方の力を借りたいものです。あの龍相手に、日本の最高戦力を総動員してようやくでしたので」


 キャロルさんは本当に不思議に思ってるんだか、こちらを疑っているのか表情と声色からは判別つかない。

 それもそうだ。なにせ彼女は、そう見えて聞こえるように魔術を使っている。いや、彼女とモランさんの二人は、だな。


 魔術禁止なんて言ってないから別に使ってから会談に臨んでも問題ない。俺も金蘭も吟も、普通の目じゃない。だから彼女たちが何か偽装しているのはすぐにわかったが、あえて指摘することもあるまい。

 そんな努力をしているだけ、日本の政府よりはよっぽどキレるとわかっただけ収穫だ。


「もし日本に戻って来たのなら、すぐに連絡をしましょう。一度会った相手ですから、日本の外側に仕掛けてある方陣で感知できます」

「あら、そうなノ?じゃあその時はお願いネ。後で連絡先を教えるワ」

「わかりました。その時は日本支部に?それともあなた方の本部に連絡すべきですか?まさか最高戦力が日本にいるとは思えません」

「あー。そのことだが。……我々の最高戦力は、キャロルだ」

「……はい?」


 その声は俺のものだったか。それとも「方舟の騎士団」の誰かの声だったか。

 俺としては若いキャロルさんが最高戦力でも別に変だとは思わない。積み重ねた年齢を超える実力者なんていくらでもいるだろうと覚えがある。姫さんなんて仮死状態になる十二歳で既に法師に近かった。

 それくらいの例外はいくらでもいるだろう。相手が世界規模の組織であっても。


 問題は、そんな戦力が日本にいることと、キャロルさんであること。

 キャロルさんともそこそこ話していたが、彼女の立場はあくまで平。諜報員と戦闘員の掛け持ちで、そこまで強くないとか言っていた。

 実際八月にその実力を見ているけど、リ・ウォンシュンが仙人としての力を発揮する前にやられていた。先月もケンタウロスには手も足も出ていなかったと記憶している。


 そんなキャロルさんが、最高戦力?八月はまだ実力を隠していたとしても、ケンタウロスに敵わない戦力が最強だとすると、日本に強敵がやって来ても足手まといにしかならないと宣言されたようなものじゃないだろうか。

 たとえこの日本が、魔術との相性が悪い土地だとしても。

 その辺りを確認しようと目線を向けると、モランさんは軽く頷く。


「皆の者にも、後で詳しく説明する。ナニワ殿。彼女の力を知っているからこう思ったのではないだろうか。キャロルが最高戦力なら頼れないと」

「ええ。魔術が日本と相性の悪いということが事実であったとしても。あなた方が言うクリーチャーは能力の減衰などないでしょう。そうなると、余計頼れない」

「ま、そう思うのも当然。けどね、アキラ?ワタシ、まだ実力を見せていないワ。本気なら、あなたと両脇の二人が一緒でも勝てル」


 ほう。それはそれは。

 俺と吟と金蘭相手に勝てると。金蘭の実力は彼女たちに見せていないが、吟と一緒にいるところからかなりの実力者と判断しているはず。

 それでも勝てると豪語した。それは興味深い。

 まあ、吟はともかく俺と金蘭は戦う人じゃないから、勝てたとしても自慢にはならないんだが。ミクには勝てなさそうだし。


「戦力の確認と、協力しようという意思はわかりました。つまりこの会談は協力態勢の構築で良かったでしょうか?」

「それも一つだ。V3のようにこの日本に隠れているクリーチャーがいないとは限らない。それらの発見と退治。これの提携を結びたい」


 相手の状況はわかった。こちらとしても海外のクリーチャーを退治してくれるなら駐留くらい許可するのは問題でもない。

 ただ、確認しなければならないことは多々ある。二つ返事して良い内容でもないんだから慎重に、もう少し話を聞いてみよう。


「我々陰陽寮については、どこまで把握していますか?」

「呪術省という、呪術師を管理する省庁の代わりで、役割はあまり変わっていないと聞いている」

「大国では国家の了承の下で動いている組織なのですよね?」

「そうだな。国連とも関わりがある。異能者の管理は世界全体で行わなければ、秩序がなくなるのは君ならわかるだろう?異能は危ない力だと」

「なるほどなるほど。それで、この話は日本政府に通しましたか?」

「……いや、まだだ」


 だろうな。国連が関わっているなら、日本も参加しているのに陰陽師の情報をできるだけ抑えようとして村八分にされていたんだろう。そんな協力をしようとしない国家に、国連の庇護にいるとはいえ裏組織が説得をしようとしても聞き入れてもらえないだろう。


 だから話ができそうな異能を纏める集団で、政府とも関わりのある俺たちと話をつけようと思ったのだろう。

 日本は最近のゴタゴタで混乱しているから、俺たちの情報も正確には把握できていなかったんだろうな。政府も俺たちへの対応で忙しいし、国会は紛糾している。国連の紹介状を持っていたとしても対応してもらえるかどうか。


「我々は呪術省からかなり産まれ変わりましてね。政府とは金銭的な関係がある程度で、そこまで内政に関われないのです。もちろん陰陽師についての法案などであればこちらも検討しますが、呪術省の頃ほど口出しはできませんよ?」

「そうなると……政府にはまた別個で話し合う必要があると?」

「そうですね。我々としては協力したいのも山々ですが、あなた方の日本での活動を私たちの一存では決められませんから」

「あなたがアベノセイメイの産まれ変わりでもダメなノ?アキラ」

「それとこれとは話が別ということですよ。キャロルさん。過去、陰陽術を産み出した始祖とはいえ、今は十六歳の子供ですから」


 正直、政府を脅して「方舟の騎士団」の活動を認めさせても良いが、そこまでしてやる義務もなければ、日本政府への義理立てもない。国連も関わっているのなら、表の権力者たちが正規の手順で話し合った方がいい。


 彼らのような裏組織と俺たちが勝手に決めていいことでもない。人間社会の煩雑な柵を守らなければどこかで反発を受ける。その矛先が陰陽寮に向かないようにしなければならない。だからここでは状況を説明して保留としか言えないわけだ。

 これで政府との折衝も済んだら正式に俺たちとも決め事を進められるという段階。今は即決できる状況じゃない。


「政府に口添えはできませんが、政府に提出する草案の制定なら手伝えますよ?こちらとしても要望がありますから。あなた方に好き勝手されても困ります。ここはあくまで日本。たとえあなた方が世界の守護者だとしても、許可できないことはありますから」

「なら、その辺りを詰めていきたい。こちらとしても世界のために譲歩していただきたいことがある。世界全体が総力を挙げて当たるべき事案も多い。V3のように」

「ではこちらから、要望を言いましょう」


 あくまでここは陰陽寮であり、日本。先手はこちらがもらうべきだ。

 とはいえ、政府との会談と同じで無茶なことを言うつもりはない。日本のことは日本でやらせてほしいというだけで、彼らが大暴れしなければ極力何でも許そうと思っている。土蜘蛛──ケンタウロスが暴れるってなったら面倒だし。


 ヴェルニカさんには敵わないだろうけど、それでも襲ってきたらこの人たちを身代わりに差し出してもいいかなと思っている。そんな事態を、星の代行者たるあの人がするとは思わないけど。


「日本の妖、あなた方が言うクリーチャーですか。我が国原産の妖は見付けても討伐しないでいただきたい。妖にも人を襲う者と襲わない者がいます。それこそこの京都で店を構えている妖もいますから。そんな彼らを殺されたら、日本の経済が狂いかねません」

「共存している、ということか?」

「一部ですが。それこそ人間を襲う妖もいるでしょう。それは陰陽師が討伐します。あなた方に手を借りることはないでしょう。夜に現れる魑魅魍魎も同じですね。あなた方に好き勝手介入されたら、陰陽師が仕事をなくします」

「わかった。それは徹底させよう」


 ここら辺はしっかり線引きしないと。もし妖がとても強くて陰陽師がやられたとしても、日本が崩壊してもその時はその時。俺たちが出張って勝てない相手がいたら神々が介入するだろうし、この人たちの力は借りなくていい。

 そこまでされたら、世界の守護者という名のただのお節介だ。日本以外にも警戒すべき怪異は多いんだからここにだけ集中するのは非効率だろう。


 日本は国を挙げて異能者である陰陽師を育成しているから他の国と比べると怪異に対する防衛力はある。他の国々は「方舟の騎士団」に育成などを丸投げしているらしいし、あとは国家の秘密部隊程度。それこそあの龍と土蜘蛛が喧嘩をしたら誰が対処するんだか。


「それと、あなた方は神々と妖の区別はついていますか?」

「……いや。組織の中でもそこまで多くない。そもそもこの国以外で神が降臨したという話はなくてな」

「そうですか。ならやはりこの国の異形を倒すのはやめていただきたい。土地神や、天から降りてきた神は一定数いますから」

「……ここはいつから神々の国になったのだ?」

「いつから?遥か太古、この国の建国と同時に。正確にはこの世界の創生、テクスチャの発生と同時ですが?」


 俺の口から出た言葉が信じられなかったのか、「方舟の騎士団」の人々はガタッと立ち上がったりこちらをあり得ないものでも見たかのように凝視する者もいた。それはモランさんもキャロルさんも例外なく。

 八月の時は思い出していなかったからキャロルさんがテクスチャについては無知だと組織に報告したんだろうけど、全ての記憶を取り戻した俺は全部識っている。それこそ一千年前の段階でその概要を全て把握していた。


 「方舟の騎士団」が設立してからだいぶ経っているんだから、知っている人間がいてもおかしくないだろうが。それでも情報を統制していた側からすればあり得ないことだったんだろう。

 神々が平然と下界に現れていて、コンタクトできるだけでありえない奇跡だと思われているのに、その上自分たちが死守してきた情報を知っていたら驚くか。

 神々と話ができる時点で世界の構造に造詣が深いとわかっていいものだが。


「なぜこんな島国でテクスチャなんて単語を知っている⁉︎キャロルやリ・ウォンシュンが漏らしたとしても、概要なんて掴めていないだろう⁉︎頼む、そう言ってくれ!」

「どうやら錯乱していらっしゃるご様子。私もテクスチャという単語を知ったのは八月の、その一件ですよ」


 発狂したかのように立ち上がって叫んだ男性は、俺の一言で明らかに安堵したように息を吐いた。周りにも何人かいるが、これだけで安心しないでほしいんだが。


「ただ、知識としては一千年前の段階で得ていました。ことわりと呼んでいましたが、意味はどちらも変わらないでしょう」

「ナニワ殿。どうやって、当時造船技術も発展していない一千年前にこの世のシステムを理解していたのですか?」

「知識を得ることに当時の技術など関係ありませんよ。私は幼少期から神々と懇意にしていた。その神々から教えてもらっただけのこと。何も不思議はないでしょう」


 モランさんは問いかけの答えを聞いた後、おそらく神を判別できるのか、それとも言葉の真偽を判別できる女性に目線を向けると、その女性はガクガクと首を縦に振った。その視線は俺たち三人に向けられており、おそらく神気を見ているのだろう。

 世界を見渡せば神気を読み取れる者くらいいるだろうと思っていたので、その女性がこの会議に参加していることは驚かない。彼女の意見を聞きたくて連れてきたのだろう。それが一つの指標になるために。


「たとえ神々に教わらなくても、私には千里眼と星見がありましたから。この程度の知識を得るのは難しくなかったですよ?」

「……ああ。この国も、君たちも。規格外だと思い知ったよ」

「それは会議がスムーズに進んでいいですね。相互理解できていることほど円滑に物事が進む要因はないでしょうから」

「我々のことも、おおよそ掴んでいると?」

「少しだけ過去視を行って、起源と行動の数々を確認した程度です。全てはわかっていません。だからこうして話し合っているでしょう?一番重要なことが、キャロルさんの右手だということは理解しています」


 顔色を変えたのはモランさんとキャロルさんだけ。他の人は右手に何があるのか知らないらしい。組織の上層部だけの秘密とかそういうことだろう。末端は知らなくていいと、どこからか漏れることを危惧して情報規制したってところだな。


 ほら、こういう組織の情報を知らない。十分程度で確認した知識なんてこんなものだ。だから相手が求めることを聞きたい。相手はこんな過去視ができる者がいないようなのでこちらも意見を伝えたい。

 この会議を受けた理由はこの辺りだ。「婆や」の言葉もあって、海外の異能者の団体と縁を結んでおきたい。


 今後のキーマンはキャロルさん。もしくは彼女の持つ右手の秘密を継承する者。

 そのどちらかが、世界を改変する。だからその時になるまで、彼らとは情報共有をしておきたい。その後の世界がどうなるか視えていないが、その先も俺たちは生きるだろう。


 彼女たちを管理している「方舟の騎士団」を利用してでも、今後の情勢は確認しておきたい。そういう意味では彼らが今日訪ねてくれたのはちょうど良かった。

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