第197話 2ー4
大峰の最後の言葉に、納得できなかった者たちも次第に納得していく。
彼らは呪術省と懇意にしていた。だから五神の力は正確に把握しているとは言えなくても、呪術大臣を務めた者の実力と土御門・賀茂家の実力と総力は理解していた。
近年五神に選ばれる者がいなかった家とはいえ、陰陽大家としてはやはり群を抜いていた。規模と総合力の観点で言えばどこの家もそこまで強いとも言えないだろう。
魑魅魍魎相手であれば桑名が戦闘一家として名前が上がるかもしれないが。退魔の力も全員が発現するわけではない。他の陰陽大家も実力はあるが数が少なかったり、平均的な質と数を両立させた家だったり、呪具製作で功績を残してきた家だったりと、実力だけで陰陽大家になれるわけではない。
過去に功績があるから弱体化しても続いている家や、ただ単に龍脈がある関係で土地が霊地として優秀だったから管理を任されている家もある。難波もこれに含まれていた。
実力が全てではないのだ。呪術省にその傾向があっても、実力一辺倒では統治に不具合が出た。だからこそ、実力があり京都に根差した二家が呪術省を牽引してきたのだが。
「映像にも写っていますが、今参戦している陰陽師は防御に徹しています。それしかできていません。防御は彼らに任せて、我々はできるだけ霊気を式神に送るのが最善です。これはあの龍が再び現れた時に合わせて執り決められた戦術です」
「あれが、また現れると確信していたのか?」
「あの龍は天の逆鉾に封じられていた日ノ本原産の龍です。土蜘蛛はケンタウロスだったのでそのまま海外に移住する可能性もありましたが、龍の方は戻ってくる可能性は十分ありました」
龍と土蜘蛛のことは語られているが、一緒にいた吸血鬼ヴェルニカのことは日本国内であまり語られていない。京都校も彼女に生徒を殺されたことを公表していない。
正確には八神しかその事実を知らないため、吸血鬼の存在については隠蔽されている形だ。
明たちもあの三体とことを構えるのは嫌だった。今になっても勝てるかわからない。だから海外に行って楽しんでいるのならそれで良いと放置している。
「明が国の周りに方陣を展開した理由でもあります。日本の妖ならある程度生態もわかっていますが、龍ほどの強力な個体や海外原産の個体がこちらに攻めてくればこちらの情報が足りず、あっけなくやられる可能性があります。即時対応できるためのソナーを設置したと思ってください」
「海外から妖がやって来たなどという記録はないぞ?」
「そりゃないっスよ。たとえ海外の珍しい個体でも全て『妖』って一括りにしちゃったんスからどれが海向こうの怪物なのかわからない。なにせ日本人は神様と妖の区別もついていなかったんですし?日本か海外かなんて余計にわからないっスよ」
星斗の説明に西郷が追従する。神については既に前回の会合の際に瑞穂が詳しい資料を送っていた。天皇を擁立する国家が神を認めないなど、そんなバカな話があるはずがない。
大天狗を例に出したが、あれだけで証拠など十分なものだ。
どこの誰が一週間日本中に嵐を巻き起こせる。強力な妖の仕業と言ってもいいが、それだけで現代科学に基づいた天気予報を壊されて、日本が誇る陰陽術でも不可能なことを立証されて。
自分たちの常識が通じない神だと受け入れた方が精神的に楽だと、無理に頭を使わない方が平穏だと瑞穂は資料で教えただけだ。
その資料はきちんと読み込んできたらしい。それでも呪術省に拘りたかったようだが。
もう、目の前の事象はそれを軽く吹っ飛ばしていた。
「おお!」
歓声が上がる。吟が龍の胸を一閃。大量に噴き出す赤い血と共に後退したところを麒麟と玄武がタックルを決め、明が超巨大な雷を落とし、山の中へ龍が落ちた。同時に凄まじい土埃が舞い散って視界が明瞭にならず状況が把握できなかった。
結局それが決着の合図だったのか、それ以上戦闘音が聞こえなくなる。
「麒麟、どう?……うん、うん。そう、ご苦労様。じゃあ明君が色々終わらせたら帰っておいで。頑張ったね。──皆様、難波明があの龍を討伐しました。今は残った遺体の処理と周りに出した被害の確認をしているようです」
「「「おおおおおおおっ!」」」
こめかみに指を当てて麒麟と意思疎通を取っていた大峰がそう伝えると、誰もがその英雄譚に歓声を上げた。人によっては抱き合ったり、涙を零す者もいた。
あの龍は戦いたい一心で現れた。そして日本で戦える者は自衛隊を除けば陰陽師だけだ。ならば陰陽寮に攻めてくることも、それこそ京都の街並みを全て灰燼に帰すことだってできたはず。
東京はここまでの存在が現れることはなかった。毎回京都だったのだ。大天狗やがしゃどくろと同じような戦いを肌で感じて、だからこそ全員が心で感じた。
難波明を失えば、京都と言わず日本が滅びると。あのような存在がまた現れたら、あの少年でなければどうにもできないと。
「──それで。総理大臣殿。我々陰陽寮を、そして難波明を認めてくださいますか?彼ならこの日本を調停できると」
「ああ、認めるとも!……だが、それも数十年のことではないのか?我々の下の世代はどうなる?」
「ご安心を。彼の一千年の時をかけた転生は二度の失敗をしないようにと強靭な肉体で産まれてきました。つきましては、一千年程度寿命で死ぬことはないそうです」
「なんと……!そんなことが……」
危機を逃れた瞬間にそのようなことを言われて、怪しく目が光る人間も少々。自分たちも寿命の延長などという甘美で人間の欲望のような死への回避という永劫の夢に縋れるのではないかと。
だが、これまでの流れを理解し、今の言葉を正しく理解した者たちはそうではないと悟る。
まず、政府と陰陽寮の関係性は悪い。陰陽寮は前身である呪術省の悪どい行為全てを唾棄すべき事柄として切り捨てている。
そのことからも政府関係者に執拗に関わろうとしなければ、政治家の個人的なお願いなど一切聞かないだろう。
そして、明がその寿命を得たのは一千年時間をかけたからだという。産まれの時点で異なり、今からでは寿命を伸ばすなど不可能だろうという推測が立てられる。特に彼が安倍晴明であるならば、その転生の儀こそ謎の多い泰山府君祭だろうと当たりをつけて。
正確には。
明は生前からそのくらいの寿命を悠然と保持していた。そもそもが半妖であり、最高神の分け御霊である玉藻の前と全ての人生を一緒に過ごしていたために神気を身体に宿していた。寿命なんてあってないものだった。
鳥羽洛陽というかつてないほどの災厄さえ現れなければ、今も安倍晴明は現人神となっていたことだろう。
それから三十分ほどした頃だろうか。諸々の作業が終わった明と吟が会議室へ戻ってきた。五神も戻ってきて近似点へ戻っていく。玄武も今回ばかりは近似点へ戻っていった。
明は白い羽織を一瞬のうちに黒いスーツへ変えてしまった。現代の会議はこの格好でするものだとして。
「お待たせいたしました。会議を続けましょうか」
明のその言葉に、彼から出る提案に。
政府側は壊れた人形のように頭を縦に振り続け、全ての事柄を了承して帰っていった。
────
千里眼を使って政府関係者が全員陰陽寮から去ったのを確認して肩の力を抜く。これで陰陽寮にとって都合のいい交渉は終わった。面倒な言いがかりも全部封殺できたのでこれからの陰陽寮運営に関しては不安がなくなった。
だから、もう大丈夫だとミクに電話をかける。
「ミク、もう帰ったからこっちに来て大丈夫」
「わかりました。すぐ行きます」
電話を切って数秒後、ゴンを抱えたミクと金蘭が転移で会議室へやって来た。俺以上の霊気と神気を持っているミクからすれば俺みたいに龍脈を支配していなくても、霊脈の上に乗れば簡単にこうしてやって来られる。
これを見て五神の皆さんはミクの実力をきちんと把握したようだ。ミクの実力はそこまで表に出していなかったのでそれもしょうがない。
「ミク、金蘭お疲れ。ゴンも護衛しっかりしてたか?」
『まあ、要らなかったな。どっかの誰かさんが心配するから一緒に行ったが、こっちを探そうとする奴はいなかった』
「そうか。これで敵対組織はいなくなったわけだ」
ミクと金蘭には今回の作戦をフォローしてもらわなくちゃいけなかったから無防備になるかもしれないということでゴンも一緒に派遣していた。問題がなければそれが一番だ。
これで学校に通いながら陰陽寮の統治に力を注げる。
「……なあ、明。ここまでする意味あったのか?」
「あるさ。政府にはこっちが絶対の力を持っていることと、後ろ暗い取引なんて受け付けない潔癖な組織だって認識してもらうには、実際に見せつけるのが一番だ。それも東京であまり知らなかったお山の大将には、刺激が強いだけ効果覿面だ」
「宮中で培ったものか?……にしたってこんなマッチポンプはなあ」
星斗と奏流さんは苦々しい顔を。マユさんはどっちつかずなのか苦笑を。大峰さんと西郷さんはむしろやってやったぜみたいな凄惨な笑みを浮かべている。
今星斗が言った通り、今回の一連の騒動は俺たちが引き起こしたもので、それをこっちが解決するという自作自演。
伊吹山の龍に暴れる機会を与えて、ミクが天の逆鉾から解放した龍へ外観を偽装。俺と吟、五神で拮抗できるように金蘭へ伊吹山の龍へ各種支援をさせて同格のように振舞わせた。
伊吹山の龍の実力は精々本体の青竜と互角。五神総動員でかかればあっけなく倒せる。が、今回はそれでは政府の頭の固い老人たちへ恐怖心を植えつけられなかったので、陰陽寮の戦力を全部使って倒せましたという巨大な敵が必要だった。
がしゃどくろに頼むというのも手だったが、彼は基本温厚で戦うのは好きじゃない。八月の一件も法師に頼まれて仕方なくということと、俺やミクが復活していたのにそれに気付かない呪術省にムカついて襲ったのだとか。
がしゃどくろって妖ながら、昔から俺やミクに好意的だった。一旦雲隠れすることになった際も俺たちが復活するまで大人しく眠っていると約束するほど。
そんな性格面からがしゃどくろは向かないと判断し、暴れたがっている伊吹山の龍に頼んだわけだ。それに今回これだけ暴れれば伊吹山の龍に付けられた楔が発動してまた一千年単位で暴れられなくなる。龍はそれだけ危険な存在なので討伐するか抑えるかの二択になった時に、伊吹山の龍から暴れる機会以外は楔を打つ契約を神としていた。
今回はその楔が発動して冬眠状態になる。伊吹山の龍としても暴れる機会が欲しいらしくて、寝ている間は記憶がないので起きたら暴れられるこの契約に文句はないらしい。
大峰さんには政府の人たちに討伐したと報告させたが、死体はミクが神気で作ったハリボテ。龍の情報は陰陽寮に残るけど、大した問題じゃない。
今回のマッチポンプについて知っている者はここにいる人間だけ。
政府の反応を見る限り、今回の作戦は大成功だろう。
「今回の京都襲撃はある意味予行演習でもあったんだ。今回は俺たちで主導できたけど、実際海外からやって来た強い妖とか神々が攻めてきたら俺が矢面に立って五神にはサポートしてもらうことになる。そういう意味では良いモデルケースになったよ。市民への避難誘導とか諸々」
「大天狗様のような存在が海外からやってくると、難波殿は考えているのか?」
「はい。前提として大天狗様は戦いを主とした神ではありません。日本だけでももっと強い神々はいます。海外にいないと考えるのは早計でしょう」
奏流さんも日本国内のことはわかっても海外のことなんてあまり知らないのだろう。千里眼も使えず、国から海外進出は止められてきた。陰陽術に似た異能が他の国にもあるくらいは知っていても、妖、クリーチャーについては無知と言ってもいい。
日本国内で知っているのは政府の人間か、こっそり海外に行った者。あとは千里眼が使える者くらいか。
「それこそ天の逆鉾で出会った三体。封印されていた龍に土蜘蛛、そして海外のバンピールは俺だけでは勝てません。その三体が手を組んできたら俺とミク、金蘭に五神の皆さんが総動員になっても負けますよ」
「それほどっスか?オレたちは京都を通過した姿しか見てないんでそこら辺あんまり理解してないんスけど」
「龍と土蜘蛛──ケンタウロスだけならどうとでもできます。二体同時に来ても何とかなるでしょう。けど、そこにあのバンピール、ヴェルニカが加わったらどうしようもありません」
「そんなに強いんだ?吸血鬼と人間のハーフなんでしょ?ボクたちも驕ってるわけじゃないけど、珠希ちゃんや金蘭さんの実力はわかってるつもりだゼ?それでも?」
「十秒ぐらいで殺されて終わり、ですかね」
俺が紛れもない事実を伝えると、五神の皆さんは息を呑んでいた。ヒュッという音すら聞こえたかもしれない。俺たちの実力を正しく把握しているからこそ、さっきの政府の人間たちみたいに血の気をなくしていた。
俺の言葉に続くように、ミクと金蘭も頷く。
「なんというか。その吸血鬼の方、わたしたちのルールから逸脱しているというか。まずわたしたちでは傷も付けられません」
『その上向こうはこちらを即死させるような攻撃手段を豊富に揃えています。敵対しないことが最善の策でしょう』
「それほど、ですか?」
「彼女は星そのもの、地球を相手にするようなものなので。俺たちが日本の力を借りて力を行使しても、星の力を振るえる彼女にはどうしようもできません。まあ、彼女は吸血鬼を殺すことと、龍と土蜘蛛にくっついて旅をするのが今の所の目的らしいので日本が襲われることはまずないでしょう」
この中でも特に実力者のマユさんの驚きに、そう答える。ミクと金蘭が言ったけど、彼女はテクスチャからして俺たちとは異なる。そして使う力の規模も性質も。こっちが小型の銃だとすれば向こうは核ミサイルほど、概念から何から違う。
敵対される理由がないから彼女が日本にやって来ても暴れるということはないだろうが、それでも強さの指標にはなるので敵対してほしくないという意味も込めて警戒してもらう。
「今の所最も警戒すべきはそのヴェルニカですが、彼女と同等の存在が他にいないとは限りません。そんな存在が出て来たら皆さんにも力を貸してもらいます」
「決死の覚悟を決めろということか」
「基本ないとは思いますけど。海外の監視は俺の方で行っておきますので、今は日本の土地神の確認を優先すべきですね。今の皆さんなら妖と土地神の判別ができると思いますので、それの調査を。まだ判別できる人は少ないので申し訳ありませんけど、一年くらいは皆さんに日本中を回ってもらうことになります」
「それはいいけど、陰陽寮はいいの?君に全部任せちゃって」
「父などに応援を頼みますから。それじゃあ、皆さん行きたい地域あります?優先して送りますよ?」
日本地図のかなり大きい物を机の上に広げる。土地神の確認は急務だし、そのためなら京都の防衛を二の次にした方がいい。俺もミクも残ってるんだから、京都はそこまで心配しなくていい。本当の緊急事態なら龍脈を使って転移で呼び戻すだけだ。
「明君。五神複数で回るのってアリ?」
「なしです。あんまり余裕ないので。協力者は地元の陰陽師だけでお願いします。もう高校辞めた大峰さんならそれくらい余裕があるでしょう?」
「チェ」
そこまで星斗と巡りたかったのか。あ、マユさんも残念そうな顔をしている。
いやいや、電話もあるんだから当分離れ離れってわけでもないんだし、それくらい我慢してくれないだろうか。休みだって与えるし、報告のために京都に戻って来てもらうことももちろんある。
その時に好きにデートをしたらいいんじゃないだろうか。そこまで口には出さないけど。
紆余曲折あったが、誰がどの地方に行くか大まかに決まった。金蘭が集めたある程度の情報を渡して地元へ通達させるのが一番大きな仕事だろう。金蘭が見落としている土地神の発見は陰陽師や人が妖と間違って襲わなければいい。
あまり見付かっていないってことは隠れるのが得意な神なのだろうし。八神先生や都築会長のように。そんな存在の発見はついででいい。
「では、政府の認可も受けたことですし。正式に陰陽寮として動きましょうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます