第196話 2ー3

 その一手のための、最後の確認。それは総理大臣の口から提案として出てきた。


「この内容は全面的に容認する。だが、君はまだ高校生だ。その、安倍晴明の産まれ変わりだとしても外聞や、現代の法の問題がある。せめて君が大学を卒業するまでは、代理を立てられないだろうか?」


「こちらとしては特例として認めて欲しいという要求のつもりでしたが。一応聞きましょう。誰を代理とすると?まさか土御門と賀茂の名前は挙げますまい」


「……香炉星斗か、他の五神か。そのどちらかでは不可能だろうか?君でなくてはならない理由を聞かせてほしい」


 こっちが陰陽師の給金の関係で下手に出てるからって、まだ自分たちが上だと思ってるのか?これだけ脅迫してるのに。

 二の句も継がずに肯定してもおかしくない不祥事を突き詰めたつもりなのに。これが権力を持った者の傲慢さか。それともお金という生活基盤になるものを手にしているという上位者としての余裕か。


 もしくは自然にこれなのか。はたまたこうすべきって考えているのだろう。総理大臣として容易に下手に出るべきじゃないとかそういう、それこそ外聞を気にした態度。

 これも予想通りだから構わないけど。


「我は無骨者故、到底誰かの上に立って組織運営など無理だ。頭を使うより身体を使って悪を討つ方が向いている」


 と、奏流さん。


「オレも却下。こちとらただの陰陽師、政治にも会社にも詳しくないただの人間っス。難波君の意志には同意しても、オレが上に立つ理由もなし」


 とは西郷さん。いや、アンタ妖だろ。ダウト。


「わたしも、上に立つ人間ではありません。そして実力も不足しています。わたしでは神々との交渉なんて代理でも不可能です」


 と、マユさん。神々を出したら確かに俺かミクじゃないと無理か。金蘭の存在なんて政府は知らないだろうし。


「ボクもダメだね。実力は全部難波君に負けてて、それどころか五神の中でも足を引っ張ってたボクが陰陽師を引っ張るなんて恐れ多い。補助ならいくらでもやるけど」


 大峰さん、自覚あったのか。五神の本体を詠び出すのが遅かったからだろうけど、アレは麒麟の性格もあるし、前任者が凄すぎたという理由がある。


「自分も断らせていただきます。自分は十年前、難波明に負けています。その時から実力は離れる一方。それに、星見でもありません。全てが優っている者が目の前にいるのに、劣っている自分たちが代理を務める理由はありません」


 星斗、全ては言い過ぎ。俺にだって苦手なことはある。部分的には俺より優ってることなんてありそうなもんだけど。現にマユさんには神気の量で負けてる。


「し、しかし。形だけでもダメかね?」

「これは我々陰陽寮の総意です。難波明以外のトップは現状ありえない。日本全国の龍脈の把握も、日本外縁部に張られた方陣も。明でなければ不可能なことです。それだけが全てとは言いませんが、この混乱した日本には強い陰陽師が必要です。何があっても大丈夫だと信用できる柱のような陰陽師が」


 うん、適当に断ってとは言っておいたけど。ここまでしろとは言ってない。どれだけ卑下してるんだ。

 それに強い陰陽師って。そんな呪術省のような強さが全てみたいな方針はやめてほしいんだけど。政府の人間が陰陽師を戦力としてしか見てないからこその発言だってわかっているけど、それをこっちから押し付けるのは話が違う。


 行政府が勘違いしたまま陰陽師を理解した気になるのは俺も避けたいんだけど。

 まあ、この後の仕込みもあるからそういう方向性で説得しようとしているんだろう。なら始めるだけだ。

 俺は政府の方々から視線を外して後ろの窓へ目線を向ける。


「……早いな。もう帰ってきたのか」

「何か、あったのかね?」

「一月前に世間を騒がした龍が日本に侵入してきました。土蜘蛛はいないようですが、京都に真っ先に向かってきています」

「なんだと⁉︎」


 まだ記憶に新しい、日本の全てを三日間止めた土蜘蛛と龍。その内の龍が戻ってきて何をするのか。

 しかも京都目掛けてなど、何かあると考えるのが普通だ。

 陰陽師からすれば、こここそが日本の中心なのだから。


「日本の外に張った方陣を一部破壊されて中に入り込んできました。もう十分もすれば京都に現れますよ」


 そう言って立ち上がる。五神の皆さんも立ち上がってくれるけど、俺が手で制す。


「皆さんはお歴々の警護を。何かあれば日本が立ち行かなくなります。それにまずは話を聞いてみようかと。……実力行使に備えて、式神だけ準備してほしいですが」

「明、行くのか」

「吟も連れていく。一月前とは違うからこっちを任せるぞ」


 俺は一つの術式を使って、スーツ姿から晴明紋が刺繍されている白い羽織を羽織った狩衣姿に変える。法師がよく使っていた収納・早着替えの術式だ。法師も暇だったのか、お遊びで作ったんだか。

 羽織をはためかせて、吟との霊線を可視化させる。


「ON」


 本当は口に出さなくてもいいけど、わざと短縮詠唱をして。

 俺と吟は飛んだ。


────


 会議室から姿を消した二人の姿を見て、記者会見の際に姿を消したのは事実だったのだと政府の人間はようやく理解した。いくら映像機器を使っているからとはいえ、人が姿を消すなどありえない。

 付いてきた政府お抱えの陰陽師も、この部屋にいないことを確認して頷いた。まさしくこの部屋から転移したのだ。


「ええかっこしいだな、あいつ」

「様になっているじゃありませんか。明くんに頼まれましたし、ゲンちゃんたちを送りましょう」

「そうだな」


 星斗はマユの言葉に頷き、近似点を出して名前を呼ぶことで窓の外に五神たちを詠び出していた。五神はするべきことがわかっているのか、すぐに市街地から外れる山の方へ向かっていった。

 式神召喚が終わってすぐ、西郷が携帯で何処かに連絡をする。その間に大峰がパソコンを立ち上げていた。


「皆様方、嵐山の方面に例の龍が現れました。嵐山の観測地点から届く映像をスクリーンに出します」


 星斗がそう言いながら窓のブラインドを下げて、部屋の電気も最小限にしてスクリーンを下ろす。大峰が立ち上げているパソコンにマユが照射器を接続してスクリーンへ映像を出していた。

 奏流は何もしなかったが、この男機械音痴なのだ。携帯電話ですら壊すので、今回下手なことをされないように待機してもらっていた。


 陰陽寮のネットワークと繋げたのか、映像が現れる。赤い龍。その体長は三十mを遥かに超える。神話にでも出てきそうな、西洋の龍そのものだった。日本の龍のように、胴体が細長くない。

 その威圧感に、湧き出る闘志に。ただの人間である政治家たちは恐れ慄いた。

 獰猛な牙も、鋭利な爪も。空を飛び羽ばたいている翼も。口から溢れる火の粉も。人間など簡単に潰し、街を軽々しく地獄へ変えるだろうと予想できた。

 そんな龍に、これまた浮いて接近する明の姿。側には吟と五神たちがいる。


「ど、どうにかできるのか⁉︎」

「できなければ日本は滅びるだけですよ。ただ観光で戻ってきただけならいいんですけど」


 星斗はそんな冗談を言う。あからさまな戦闘態勢に入っているのに、観光やましてや話し合いで終わるわけがない。

 そして、明に向かって龍は腹に溜め込んだ獄炎を吐き出した。


「あの小僧は何を言ったんだ⁉︎あの化け物を怒らせたのか⁉︎」

「前回はおとなしかったというのに!なぜいきなり暴れているんだ⁉︎」

「あんなもの、がしゃどくろの比じゃないだろ!日本はおしまいだ!」


 明は障壁を目の前に作ってその炎を防いでいたが、よっぽどの熱量だったのか障壁が溶けていた。炎は辺り一帯に飛び散り、玄武が水を出して消火していたが、明が防いでいなかったら今頃嵐山は禿げていた。

 それほどのブレスを見て政治家たちは発狂し始めた。現場を知らず、夜は引きこもっている者たちからすれば近くで起こっているこの映像は心臓に悪いようだ。

 あれほどではないが、戦いに慣れている星斗たちは全く動じていない。


(大天狗様の時の方がよっぽど絶望したけど。この人たちは記録映像でしか見てないから本当の恐怖なんて実感なかったんだろうな……)


 そう星斗は冷たく評価していた。あまり不躾にならないように目線を向けることはなかったが、言葉の節々を聞いていればどれだけ逃げたがっているかわかる。

 それでも政治家をこの部屋から出すつもりはなかったし、今から逃げるなんて不可能。そもそもどこに逃げるというのか。やろうと思えば京都を一息で業火に包める相手だというのに。


 龍は明一人で戦っているわけがなかった。一緒に飛んでいる吟が腕から放たれる鋭い斬撃を刀で同じように斬撃を産み出して弾いたり、遅れた五神たちが各々攻撃を始めていた。

 青竜が突っ込んで頭突きを喰らわせたり、白虎が鋭利な金属を生成して牽制として放ったり。朱雀が龍の吐くブレスに対抗して炎の塊をぶつけたり。


『オオオオオオオオオッ!』


 龍は数からしても圧倒的不利だったのに、そんなことは御構い無しに攻撃を続ける。明が周囲へ被害が出ないように方陣を即座に産み出したり、麒麟が五行をバランスよく用いて下へ、人間の住居へ意識が向かないように上へ誘導したり。

 全員が全員、空で戦っていた。徐々に嵐山から離れていくので星斗たちが見ているカメラでは追えなくなり、すぐに他の地点のカメラへ切り替えられた。徐々に山ではなく人間の住宅地──市街地へ迫ってきたが、建物はもちろん人的被害も出さないように玄武と明が頑張っていた。


「すぐにプロを呼んで即席でいいから方陣を組んでもらえ!俺一人ではカバーできない!」


「は、はい!」


 明が人助けしながら周りの人にそう告げる。プロなら簡易の結界くらい作れる。それで大きな被害を防げという指示だ。

 明ができるだけ大きな方陣を作り出して龍の攻撃諸々から守っているが、それだって即席のものなので破られる可能性もあり、絶対じゃない。


 麒麟も腰を抜かして逃げられないような人間を空を高速で飛び小回りが効くということで明に命じられて救出していた。龍への牽制より、そちらを優先しただけ。

 その代わり他の四神と吟は下へ攻撃させないように果敢に攻め込んでいた。


『逃げて。危ない』


「あ、うん!」


 麒麟に助けられた男の子も屋内に逃げていく。それを見送ってから麒麟はもう一度空から地上を確認し、逃げ遅れている者がいないことを確定してから戦線に戻る。

 明が支援術式を式神たちに満遍なく使っていくが、それでも龍の勢いは全く衰えない。攻撃は当たっているはずなのに全く堪えていなかった。まるで分厚い鎧を纏っているかのように。今も元気に獰猛に笑いながら尻尾で青竜を吹っ飛ばしていた。


『ワハハハハ!そう、強者とは!こうでなくてはならない!今日ここに来たのは正解だったな!』

『この脳筋が!さっさとくたばれ!』

『戦いは楽しんでこそ!もっとこおい!』


 ギィン!と爪と刀の弾き合う音が響く。そう、戦いたいがために龍はここに来ていた。その行為でいくら住民に、人間や人間の住処に被害が出ても関係がなかった。

 そんなもの、塵芥と同じだと思っているからこそ。


「なんなのだ、あの龍は⁉︎戦いたいから人間を滅ぼすと⁉︎」

「むしろあれだけ強力な妖なら、その理由もおかしくはないかと。闘争本能を刺激されている妖がいてもおかしくありません」


 法務大臣の叫びに、律儀に星斗が答える。五神と明、吟が総出で当たっても倒せない敵。がしゃどくろはまだ五神総出で倒せていたが、今回はそれ以上の脅威だと見せつけていた。

 それに昔から生きている妖であれば、平安よりも遥か前から存在する妖であれば今も闘争本能を残して暴れることも変ではない。平安辺りに産まれた、もしくはそれ以降に産まれた妖は日ノ本の変革でそういう考えが薄れていったが、古くから生きている妖は身体が、脳が昔を覚えている。


 もう残っている個体は少ないが、暴れようと思えば暴れるだろう。神々や晴明によるペナルティを受けてでも暴れるバカたちなのだから。


「アレは……天の逆鉾から現れた赤龍で間違いないのだな?」

「見た目は完全に一致します。それに直接対峙した明が個体を間違えるとは思いませんし……。アレが数体いたら日本はそれこそ焼け野原ですよ」


 総理大臣の言葉への返答は紛れもない事実。五神総出で明も出張って勝てない相手では、日本で勝てる者がいない。それが複数いたら、最高戦力を一箇所に縫い止められたら。その間に他から攻められて更地になっている。

 アレが同一個体だと信じるのが、精神衛生上良いということ。


「他のプロも動員すれば良いだろう!数は正義だ!」

「そうだ!そのためのプロだろう⁉︎」

「そうしたいのは山々であろう。だがあなた方は我々陰陽師を知らなすぎる。プロと呼ばれる最底辺の四段を一万人集めようが、あの龍には一瞬で蹴散らされて終わる。一騎当千という言葉があるように数を集めても無駄だ。質は時に数に勝る。あのようなブレスを吐く相手に数だけ揃えてどうすると?」


 奏流が冷静に切り捨てる。「神無月の終焉」でも同じことが言えた。デスウィッチをいくら揃えようが、元五神の狸たちに一蹴された事実がある。ここにいる五神たちも法師一人に抑え込められた。

 圧倒的な力には、数を揃えても無駄である。


「なら貴様らは行かないのか⁉︎呪術省の最高戦力だろうに!」

「申し訳ありません。わたしたちでも力不足です。わたしたちは空を飛ぶことができませんから」

「あの男はやっているだろう!高校生だぞ⁉︎あれだけ術式を使っていて拮抗しているのに、何故貴様らはできない!」

「ですので、ボクたちとは文字通り次元が違うんですよ。陰陽師の始祖に、本質を最近まで理解していなかったボクたち劣化コピーじゃ知識も実力も敵わない。邪魔するよりは式神に霊気を送ることに専念してるだけ。式神は優秀だからね」


 女性陣の反論を聞いても、納得できないのか五神に詰め寄る官僚たち。そんな中でも画面の向こうでは明たちが死闘を繰り広げている。


「できないできないと子どもか!簡易式神は空も飛べただろう!五神だというのならその責務を果たせ!」

「できないことはできないときちんと言うべきじゃないっスかね?あと、簡易式神にしろ鳥の式神を詠び出すにしろ。あの速度に追いつけないっスよ」

「あの男は単独で飛んでいるだろうが!何故式神にやらせてできないという話になる!」

「簡易式神はその名の通り、式神より脆弱っス。人乗せて飛んでもそんなに速度が出ません。鳥の式神を出したとしても、結局は鳥。普通の鳥よりも少しくらい速くすることができるだけっスね。で、その程度の性能であの高速戦闘に割り込めると?」


 西郷が画面を指で示す。そこには定点カメラを物凄い速度で駆け抜ける龍と五神たち。それはジェット機や戦闘機のような速度で市街地の上空を飛び回っていた。

 断じて、ただの動物や生身の人間が追いつける速度ではない。それこそ戦闘機がドッグファイトをしてどうにかという速度。


「霊気だって無限じゃないっスよ。そんで五神っていう式神詠んで力与えて、他にもあの速度に対応できる式神詠んで、対応できるように性能強化して。その上でアレに効く攻撃術式をどれだけ放てば良いんだか。──完全に破産っスよ。十分足らずでガス欠っスね」

「だが彼は実際にやっている!」

「そりゃあ、難波明が特別だからっスよ?五神の選定基準にマルチキャストが必須項目としてあるのは知ってるっスよね?五神でも精々三が限度。香炉君で四だか五っス。──今彼は、十近くのマルチキャストを行なってるんスよ」


 西郷の言葉に星斗とマユ、大峰が引き継いで使っている術式の解説をしていく。

 五神と吟に対する炎対策と身体能力向上。五神に至っては星斗たちがやっていることへの重ねがけだ。そして自分と吟に対する飛行術式。自分だけでも呪術省の誰にもできなかったのに、彼は自分の式神にも与えている。


 見れば分かる通り市街地に張った方陣。それも大きい物を即時に作る胆力は方陣に特化した陰陽師でも不可能だ。その方陣を巨大なものと細かいもので二つ。

 何度もやっているように龍に対する攻撃術式。そして周りの人間へ指示を出すために広域伝播術式も併用。奏流の視点からすれば指揮官が最前線にいるようなものなので、これだけでもあり得ないという。


 そして戦場を正しく理解するために千里眼と未来視の併用。そうじゃなければ的確な時に式神たちへの支援術式を使えない。逃げ遅れている人間を見付けているのも明だ。戦場以外にも目を向けているからこそ。

 上述の細かい支援術式も併せて、更にマルチキャストのカウントは式神契約全てを含む。呪符から呼び出していなければカウントしないが、明は珠希への護衛も兼ねてこの場にいない金蘭とゴンとも契約したまま。これだけで三。

 瞬間瞬間にもよるが、最低でも十二の術式を使っている。あそこまでの術式の併用は誰もできないと告げた。


「ボクたち陰陽師は人間だ。空も飛べず、ブレスを吐かれたら呆気なく死ぬ。五神を詠んで空を飛んで、攻撃して。それでもうキャパオーバー。あれだけの攻撃を防ぐ障壁を作る余裕もないし、そもそも防げるようなものを即時に作れるかも怪しい。自分の身も守れない分際であそこに行ったら明君の邪魔になる。彼はボクたちが危なくなったら気付いて守ってくれるだろうからね。そんな有様じゃ、とても援護にならない。むしろお荷物でしかない。それがボクたちがここから動かない理由です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る