第193話 1ー4

 作戦通り!麒麟と戦うことは予想していた。あの子に認められるために実力を見せるのは当たり前の行為だとも思った。

 だから戦いが始まったら得意な術式で牽制をすることを決めていた。ボクの得意属性は雷、つまり木。これは土に属する麒麟に相性が良い。


 距離が離れて始まったために、初手は陰陽師のボクが取れると思っていた。五神の戦い方は基本的にその巨体と身体能力を活かした近接戦。朱雀だけは目に見えて炎を撒き散らしたりするけど、他の四神はそれぞれの象徴を用いて戦うことは少ない。


 まあ、これも影の戦い方であって、本体はどうするか半信半疑だったけど。結果としてはその予想が当たっていた。

 使っていた術式は牽制のためのものだから威力は低く、速度を重視した一筋の雷。青白く光るそれは麒麟の身体には当たらず動きを阻害することしかできていないけど、それで良い。


 距離が離れすぎていたらこっちとしても攻撃を当てづらくて堪らない。

 最初の一撃だけ呪符を使って、それ以外は呪符を用いていない。明君や瑞穂さんみたいにどんな術式でも呪符を使わずに行使なんてボクにはできなかった。それでも試した結果、雷の術式だけは呪符なしで発動できた。


 この辺りも適性だろうね。ホント、上の人たちは想像以上の高みにいる。明君は純粋な人間じゃないってわかってるけどさあ。それでも悔しいものは悔しい。

 これでも瑞穂を継いで、五神の頂点たる麒麟に就いている自負があった。そんなプライド、この半年で思いっきりないものにされた。上には上がいるもんだゼ。


 でも今は、明君たちの元で、星斗さんと一緒に頑張ろうって思える。最強に拘る意味もない。ただの実力のある女の子の方が都合が良いし。

 いくつも雷撃を放ったからか、麒麟は逃げるのをやめてこちらに突撃してこようとする。これこそが最初の一撃を与える格好のチャンス。


「アンサー!」


 呪符を用いて短縮詠唱でできる最大限の範囲攻撃を仕掛ける。扇状に広がる雷撃。それを麒麟はただ突っ込むだけで突破したが、ただの雷撃程度で倒せたら最強の式神なんて呼ばれないことはわかっている。

 だから即座に別の呪符も用意できていた。


「アンサー!」


 今度は範囲ではなく威力が高い雷撃を。それも麒麟は避けることなく受けていたが、これはさすがにダメージが入っただろう。相手は神様とはいえ、霊気と神気という身体の構成は同じ。京都を襲った天狗たちにも陰陽術は通用したんだから、五神にだって通用するはず。


 むしろ通用してしまったからこその一千年の仲違いだと知ったけど。人間が年々堕落していったと知れば、神々も法師を含む守護者の方々も最低限の接触を避けて来たるべき時を待つでしょう。

 一千年待てば明君が復活すると知っていれば、そこに照準を合わせるのも当然で。

 そんなことを考えていたら、麒麟は雷撃をものともせずに突っ込んできていた。全く怯んでいない様子に、さしものボクでも一瞬硬直してしまった。


「嘘でしょ⁉︎」


 そのまま天を衝くような一本角ごとこっちに突っ込んできたのでどうにか走って避ける。麒麟はそのまままた空に浮かんでいた。

 何で土の存在が木の雷喰らって平然としてるのよ……?っていうか、麒麟の身体に青白い電気が纏わり付いてるような?


「大峰さん。影の状態のことを忘れたんですか?あなたの麒麟は雷を宿していたはずだ」

「え?だってそれ、影だからじゃ……?」

「むしろ本体なんですから、影の時にできたことは何でもできますよ」


 そう呆れた声で言う明君と、同意するように頷く金蘭さん。

 ということは今のあの状態はボクが詠んだ時のように雷を主とした存在ってこと?詠び出した後に属性が変わるとかアリ?


「何考えてるか当ててあげましょうか?麒麟は五行において中央。他の四行に接しています。そのためどの五行でもある程度の応用が利きます。たとえ苦手とされる木でもね。それも土を十としたら他の属性は精々七、八程度しか引き出せませんが」

『麒麟という役職にとにかく強い人が就任してきた弊害ですね。実際ある程度の実力者なら誰でも、麒麟の影なら詠び出せてしまうんです。そして麒麟も融通を利かせて戦果を発揮してしまう。麒麟が優秀すぎた反動で誤解が広がったということでしょう』


 麒麟が最強の存在だというのは知っている者からすれば当然の結論だった。世間に隠されていた本物の頂点。実際麒麟を詠び出せればそれだけで勝利が確約されて、しかも一定の実力者でなければ適合しなかった。


 五行のズレもあって、世間の知識と本当の知識から乖離しすぎている。ボクも実家から手にした情報でこれ以上の齟齬はないはずだと、思い込んでしまったらしい。

 ボクもまだまだだ。ボクだけでもこんな簡単に全てを理解していたら、今明君はそこまで苦労していないか。


「大峰さんは見たことがなかったんでしたっけ?ゴンは金の属性ですけど五行全て使えますよ。狐が火の属性を使えるってことを考えたら、複数の属性に適性があってもおかしいと感じないと思いますが」

「五行全部使えるのは知らなかったなあ。でも土の属性が全部そんな風に全属性を扱えるわけじゃないんでしょ?」

「もちろんです。そこはほら、麒麟ですから」


 特異な存在だとは思っていた。いや、そうじゃないと影だってそこまで規格外にならないか。本体じゃなかったのに無双できたのは麒麟そのものが強すぎたからだろうし。

 そんな麒麟が本当は戦う存在じゃなかったって、神様っていうのはどこまで理不尽な存在なんだか。だからこそ神「様」なんだろうけど。


 あー。だから瑞穂さんはあの時「麒麟は全ての中心。扇の要、絶対的支柱。そして、何事も満遍なくこなす万能性。戦闘もその他のことも、全てにおいて一番じゃなきゃ」って言ってたのか。

 要するにこれから復活するであろう安倍晴明の志も知識も受け入れ、補助できる人材。式神の麒麟の性能を全て遺憾無く発揮するには五行全てを扱えてこそだし、それこそ反発する人も出てくるだろうから先代のように幻術や記憶操作のような役に立てる技能があった方がいい。


 麒麟の存在も公表されるだろうから、表で先導する人物として実力も知識もカリスマもあった方がいい。そう、何でもできないとこれからの世界に相応しくない。麒麟である必要性がない。

 ここまで視てたのか、瑞穂さんと先代は。これは敵わないなあ。


 あの時先代と比べられて怒っていたボクは世界を知らない子どもだった。いや、今もかもしれない。あの人たちこそ世界を知っていたし、麒麟として相応しかった。

 ボクは、一人の陰陽師としてまだまだだ。麒麟を名乗るのも烏滸がましい。


 けど、ボクにはまだ時間がある。目標にできる人たちもいるし、頑張れる理由である星斗さんもいる。

 全てが手遅れになったわけじゃないんだから。


「ハァー。まずは麒麟に勝たないとね」


 麒麟として認めてもらわなければ、いくら頑張ったって無駄だ。

 ボクと明君たちとの会話を邪魔しなかった優しい神様。この神様に一矢報いるところから始めようか。

 でも、五行全部使えるって、どうしろと?ボク、全部はさすがに使えないんだけど。


 それを考えるっていうか、圧倒的な強者と戦えるのかを見るテストでもありそう。人ですらボクは敵わない人が多い。明君に珠希ちゃん、金蘭さんに瑞穂さんに先代にも勝てない。

 妖や神様を含めればもっとだろう。大天狗様やその眷属の天狗、八月のがしゃどくろ。法師が使役していた鬼二匹に伊吹山の龍。さらにはこの前日本列島を縦断した龍と土蜘蛛と呼ばれていたケンタウロス。


 勝てない存在ばっかりじゃないか。これで日本を背負って立てと?最強の看板を持って、支える代表として顔を見せろと?厚顔無恥にもほどがある。

 身の程知らずにも程があるだろう。だけど、すぐに実力が上がるわけじゃない。実力差を埋めるために知恵を絞れってことだろう。


 やれることはたくさんある。その第一関門がこれってだけ。目指すべきは玄武とマユさんのような関係性かな。アレは式神と主としては理想に近い。

 ああなれたらいいなと思いながら、ボクは麒麟へ呪符を向けた。


 それからのボクと麒麟の攻防はまるで高位の陰陽師の術比べのようだった。

 お互いが高位の陰陽術を使ってぶつけ合い、相手を利用して利用され、陰陽寮の屋上を破壊する勢いだった。

 炎や水の濁流、暴風に雷。生成された土の塊や金属の破片がそこら中に散乱し、破壊痕を残し。その中でも接近戦も行なっていた。


 麒麟が仕掛けてきたのは突進。体当たりも神気を纏った一撃だったために躱すのも一苦労。

 途中からは先代に貰った刃を生成する銀の筒を用いて防いでいた。存在すら消去していたし、数年ぶりに発掘してこんなだったなと思ったほどだ。これも貰った財産、活用しないとと思って最近は持っていた物だ。


 先代のことを誤解していたとわかったことだし、使える物は使わないとね。

 それで防いだり、大きな術式をぶつけたり。昼に始めたはずなのに、もう陽が沈み始めていた。

 何度麒麟の属性が変わったことか。何度ボクたちは術式をぶつけ合ったことか。


 それでも終わりは見えない。神気のことを知って自分の中にもあると知ってから制御して引き出す方法も確立させたのに、その神気も霊気もすっからかんだ。

 そうして戦っている内に思った。何でボクは麒麟と戦っているんだろうと。

 これは本体と契約するための儀式のようなものだ。最初の契約の時、戦ったりしなかった。


 奏流さんや星斗さんが新しく本体と契約した際、戦うことはなかった。

 思い出せ、思い出しなさい。明君はなんて言ってた?


「それでは大峰さん。どうか麒麟に認められてください」


 そう、始まる直前に言っていた。これは麒麟と契約するためのもの。そこで勝ってみせろなんて一言も言われていない。

 認められる。それは本体と契約するために実力を見せることだと思っていた。他の式神と契約する際はそれが常識だ。力なき者に式神として仕えようとしないから。


 けど、相手は麒麟だ。五神だ。紛れもない神様だ。

 人間に勝てる相手じゃなくない?

 勝てる相手だったら、そこまで尊敬もされないし、ここまで重要視されないよね?

 そう、それに気付いて。むしろ長い時間ボクと戦っていた麒麟を見て。


「麒麟。全力でやってくれ。彼女も及第点には届いているだろう?」

「いや、まあ。姫さんや先代とは比べるな。あの人たちは法師が俺に匹敵するって認めた人たちだぞ?お前が過去に契約した人物に、大峰さんくらいの人はいただろ?」


 これも明君のセリフだ。つまり実力なんて見ていないわけだ。明君──安倍晴明も認めている以上、わざわざ実力を見る必要はないと思う。

 ボクの実力なんて明君も麒麟もわかっているだろう。そして瑞穂さんや師匠に劣ることもわかり切っている。それでも、認められろと明君は言った。


 マユさんは、玄武が気に入った。だから本体が出てきた。

 西郷さんは、いつの間にか本体と契約していた。話を聞く限り今年のことらしいけど、経緯はわからない。

 奏流さんは、法師に認められたから詠び出すのに手伝って貰っていた。それは今月頭の「神無月の終焉」で認められたという。映像を見返したけど、心意気を買われてのことだった。


 星斗さんは、押し付けられた結果だ。でも師匠に認められて任された。実力も今の五神と比べても遜色ない。精神性は安倍家直系の血筋もあって問題ないはず。

 認められる。

 ボクは瑞穂さんや師匠の後釜として、麒麟に認めてもらえる?


 実力じゃない。なら、求められるのは。

 あの人たちは明君や法師のために動いていた。彼らが指導者として、始祖として優秀だったから。

 それだけじゃない。彼らは日本を再生するために、そして導くために必要な人だったからだ。


 呪術省じゃダメだった。それを変えようとする柱がいなかった。でも、その支柱が現れると知っていて、その準備に費やした二人。

 そもそも五神とは?

 京の守護を司る存在。そして日本を、安倍晴明を手伝った協力者。


 つまり、求められるものは……。

 思考が現実に戻される。目の前には角を突き出すように突進を仕掛けている麒麟。

 ああ、そうだ。ボクは麒麟に勝負を挑んでしまった・・・・・・・・・・


 全く、莫迦なことをしたゼ。そんな根本から履き違えたことを仕出かすなんて。

 ボクは近付く麒麟へ両腕を広げて、そのまま──。

 麒麟の角に、胸を貫かれた。


────


 大峰さんが麒麟の角に貫かれた。麒麟もようやく止まる。

 五時間弱ってところか。ずいぶん時間がかかったな。

 俺と金蘭が方陣を解除して大峰さんに近付く。ギリギリ及第点でいいんじゃないだろうか。


「大峰さん。やっと気付いてくれたんですね」

「まー、時間がかかってごめんね。にしても、何で角が貫通してるのに痛くないわけ?」

「受け入れれば傷になるわけありませんよ。血も出ていないでしょう?」


 いつまでもそのままというのは嫌だったのか、麒麟が角を抜いて地面に降りる。大峰さんは降ろされた後も胸の辺りを前後から手を当てて調べているが、まあ変化はない。

 契約を認められた者が式神の攻撃で怪我をするとなったら、五神なんてまともに運用できないんだから。これこそが契約の証。


「さて。お気持ちを聞かせていただけますか?」

「ああ、うん。ボクはボクなりに、麒麟と一緒に日本と人間を、守るよ。間違っていると感じたことには間違ってるって声を大にして言うし、もし君たちが間違えた時でも、ボクが立ちはだかる。土地神や妖も保護できる存在は保護しないとね。日本は人間だけの世界じゃないんだから。だから陰陽師、陰陽を司る矢面に立つよ」

「ありがとうございます。気付いてくれて良かったですけど、ヒントが少なかったですかね?」


 姫さんが見せた過去に神や妖の存在。そして俺という半妖が選ばれた理由。

 最近になって伝えた正しい陰陽。そして裏・天海家の知識。

 星見ができない人に対してはちょっと厳しいものかもしれなかった。それでも天性の思考や気性からその領域に至る人がいる。


 マユさんや奏流さんがそれだ。西郷さんは妖だし、星斗は父さんの教育が入ってるから天然物じゃない。

 姫さんや先代麒麟は星見で知っていたのも大きい。そうじゃないと呪術省が蔓延させた世界しか知らないために齟齬が出る。陰陽師の在り方が歪められる。

 あえて情報規制された大峰さんは表面上の世界しか知らなかったわけで。


「いやいや。気付ける要素は結構あったよ。ボクが未熟なだけ。あれだけ瑞穂さんに警告されてたのになあ。……瑞穂さんって結構過保護だよね?」

「それはそうでしょう。あの人、法師がいなくなった後の日本を考えて行動していたんですから。十二歳の時に見た星見を最後に、それ以降は星見を制限された上で日本の調停を願った人です。超過保護ですよ」


 星見という絶対の未来の情報もなしに奔走した。それまで使える力を法師に封印されたまま、法師のために。

 とてつもなく一途な人だ。だからこそ法師も信用したんだろうけど。


「じゃあ、麒麟。そういうことで」

『わかった……。わたしも、異論はないよ』

「うわぁ!麒麟って可愛い声してるね!もしかして女の子?」

「性別はないですよ……。だって麒麟、瑞穂さんのことも先代のことも好きだったろ?」

『うん、大好き。翔子のことも、好きになったよ。朱雀の契約者とのことは、応援してる』


 そう言って麒麟は大峰さんに頬を摺り寄せる。大峰さんは麒麟の意外な可愛らしさにやられてしまったのか、凄い勢いで撫でている。麒麟の声は幼い女の子のように高い声だから女の子と思ってしまっても仕方がない。実際は両性のようなものだ。


 大峰さんの可愛がり方を見て思ったんだけど、まさか天海家にもモフモフの習性は引き継がれているのか……?法師の家系だからおかしなことじゃないけど。

 よく考えたら俺と大峰さんって遠縁の親戚なのか。姫さんや天海もそうなるけど、だいぶ年代を重ねてるから血筋も薄まってるはず。それでも残るこのさがを喜ぶべきか笑うべきか呆れるべきか。


『明様、良かったですね。麒麟と契約することにならなくて』

『ムゥ……。晴明はわたしと契約したくなかったの?』

「十二神将にしただろ。それ以上何が必要だ?」

『金蘭と吟はズルい……。あの子狐は蹴飛ばす』


 キャパを考えてくれ。それとゴンのことは知らない。元の鞘に収めるにはやっぱりゴンをミクに返すのが妥当だと思うんだけど。

 そんな久しぶりの麒麟の嫉妬に笑いながらも、契約については終わりを迎えた。大峰さんとしても星斗やマユさんと本当の意味で同じ土俵に立てたんだから満足だろ。

 というわけで、そんな部下のドロドロ恋愛模様からは一抜けさせてもらいます。星斗、頑張れ。


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