第192話 1ー3

 五神会談をした翌日。大峰さんを陰陽寮の屋上に呼び出していた。大峰さんには体調を万全にするように言っておいたから麒麟を呼び出しても問題ないだろう。

 俺は相変わらず晴明紋付きの白い羽織りを着ているのに、大峰さんは何故か京都校の制服だ。


「いやいや。何でもう辞めた学校の制服なんです?」

「星斗さんがこういうの好きみたいで。制服フェチなんじゃないかなって」

『あの子、そんな性癖あったかしら……?』


 金蘭も首を傾げている。星斗とそういう話をしたことがなかったけど、夢月さんが好きだったんだから清楚な女性が好みっぽいけどどうなんだ。

 学校も辞めて、二十歳過ぎの女性が学生服着てるのって背徳感があるだろうけど、男性全員が好きかと言われたら違うと答えられる。星斗もどうだって話になるけど、ただ単に出身校だから懐かしがってるだけじゃないだろうか。


 この場にいるのは俺と大峰さん、それに金蘭だけ。他の式神は全員ミクについていっている。学校で何かあっても大丈夫なようにってことと、俺の護衛なんて金蘭がいれば十分だからだ。もし危なくなっても吟をすぐ呼べる。

 ゴンだけは「婆や」と昔話に花を咲かせている。この一千年まともに会っていなかったらしい。俺もミクもこの前久しぶりに再会した。今は一千年待った者同士の話があるのだろう。金蘭は「婆や」の元をよく訪れていたようだ。吟は場所を知らなかったらしい。


「明君は星斗さんのこと知らない?こういうのが好きとかそういうの」

「……あんまり言いたくないですけど、星斗って最近好きな人と死別したばかりですからね?死別とはちょっと違うかもしれないですけど、人間の寿命と在り方じゃ二度と逢えないことに変わりありませんし」

「何となく、わかってはいたけどさ。落ち込んでいるなら元気で居て欲しいんだよ。やっぱり好きだから」


 純粋に前向きなだけなんだろう。そして星斗もいつまでも彼女のことで塞ぎ込んでいるわけじゃない。空元気な部分も大いにあるとは思うけど、前を、現実を見ている。だから俺のことも手伝ってくれるし、彼女に見られていると思って生きている。


 ただ、やっぱりもう少し時間をかけて星斗を癒してあげたいという感情もある。

 大切な人を失った穴を埋めるなんて、実際にはできない。星斗は少なくとも想い出に昇華しようと思っていない。夢月さんのことは大切な存在としてずっと想い続けるだろう。


「じゃあ一応伝えておきますけど。星斗ってかなりの面喰いですよ?婚約者、かなりの美人でしたから」

「どのくらい?」

「えー?タマに匹敵するくらい?」

「……君が珠希ちゃん大好きなのはわかってるからさ。じゃあ金蘭さん?あなたから見てどのくらいの美人さんでしたか?」

『深窓の御令嬢。その言葉がしっくりくるほどのお嬢様。全体的に細くて、庇護欲を誘うような弱い人。あなたとはちょうど真逆かしら?』


 おお。金蘭がバッサリ。身長は真逆。強さ的な意味でもすぐに倒れてしまう夢月さんと五神である大峰さんは真逆。スタイルはどっちもどっちだけど、大峰さんはただ小柄ってだけだし。

 そもそも、夢月さんと比べること自体がナンセンスな気がするけど。夢月さんに近付いたら振り向いてくれる訳でもなし。


 むしろ夢月さんを思い出して胸を締め付けられるんじゃなかろうか。そこら辺は星斗の内情次第だからわからないけど。

 星斗の好みなんて知らないから夢月さんを紹介するだけになっている。俺も星斗もそういう談議をする時はそれぞれミクと夢月さんの良いところを挙げるだけという惚気合戦だった。特定の人がいたからこそだろう。


 つまり、夢月さん以外の女性の好みなんて知らない。

 マユさんは夢月さんに会ったらしいからどんな人かわかってるけど、大峰さんは知らない。そこで情報戦の差がついているわけだけど。マユさんは別に夢月さんを目指そうとは考えていないはず。

 大峰さんは何というか。小学生の恋愛を見ているようで不安になる。恋愛経験値も人生経験も足りてなさそう。俺が上から目線で言うなって話だが。


「真逆ってなると厳しい……?」

「かもしれないですねえ。でも香炉家が絶賛星斗の婚約者募集中なので、家を通して見合い話を出したらどうですか?難波って言ったら古い家なので、そういう形式にも拘ります。お見合いから進展した関係も分家筋にはありますよ」


 迎秋会げいしゅうかいなんてまさしくそういう場だ。分家同士での婚約者探しの場だし、俺とミクのだって両親を通したお見合いのようなもの。分家ごとに相手の家へ求めることが違うから、それを探るという意味でもお見合いはアリだと思う。


 香炉家は分家筆頭としてはあり得ないほど、相手の家柄を気にしない。存在しない家との間に当主となる星斗と婚約を結んだのだからよっぽどだ。しかも相手が子どもを産めないほど貧弱だとしても是と認めた。

 あの家には基準がない。だから来るもの拒まず、だろう。


「なるほど。城を落とすなら外堀からってことだ」

「その城が好しとしなければ成立しないんですが。星斗が一目惚れしたからこそ、香炉家も諸々の全てを受け入れて婚約を認めたわけですし」

『でも明様?お見合いを申し込むほどの本気を見せれば意識の面では進展が見られるのでは?』

「星斗自身の意識か。その辺りは踏み込んでみないとわからないし」


 まだ一月も経ってないのに、そんなすぐ新しい恋心なんて芽生えるだろうか。そこまで節操のない人間じゃないんだよな、星斗。

 夢月さんとの婚約を発表していなかった頃から陰陽大家の子女の名前で婚約話が結構来てたって話だ。若くて八段。血筋としても優秀。おまけに難波本家ではない。取り込む血筋として星斗は都合が良すぎた。


 婚約者なんて時代錯誤ということで一切公表してなかったら、同じような古い家がかなり申し込んでいたようだ。香炉家にではなく、まず難波家に通そうとして実家に来ていたそういう書類を見たことがある。

 調べたら土御門家の分家や、それこそ天海本家の血筋なども星斗を欲しがっていた。古い家こそ血族を強くするために強い者を望むということだろう。

 土御門系だけ速攻断ってたのは笑ったな。


「お見合いも一つの手でしょうけど、まずはデートに誘うことからでは?接点を作って、どんな人か星斗に知ってもらわないと」

『そういう意味では五神という同僚になれて良かったですね。近しい実力者として話題を振ることができますよ』

「明君ホントにありがと!」

「お礼は先代麒麟に。朱雀を押し付けられてなかったらそこまで五神として勧誘しませんでしたよ」

「あー、師匠にかあ……。あの人苦手なんだよね。そりゃあ指導は的確だったけど、人としてはよくわからなかったというか。星見の人って現実を見てないっていうかさ」

「俺も星見ですが」


 未来まで視える星見となれば希少だろう。そして未来や様々な事実を知ってるからこそ、それを知らない一般人よりも達観してしまう。

 特に先代は幼少期から色々悲惨で、呪術省や先代朱雀に復讐するわけにもいかなかったために色々と溜め込んでいたのだろう。好きな人も呪術省に人質とされて、隠遁するしかなくなった。一千年前の事実も知っていたから世の中の歪さを誰よりも知っていた現代人だ。

 そう、その先代の話題で思い出した。


「大峰さん。先代にかけられた呪術、解呪しましょうか?」

「……えっ⁉︎ボクって呪われてるの⁉︎」

「正確には記憶改変と、先代に対する苦手意識というかそういうのを植え付けられています。土御門光陰がやっていた出来損ないの洗脳ではなく、三年間本人に会わなければ違和感さえ覚えない本物の記憶操作ですよ。そんな兆候も出ない、他にもかけられた人間と会っても記憶に齟齬が出ない。完璧な記憶操作ですね」

「そんなものが⁉︎……明君なら解呪できるの?」

「これ、大元は法師の呪術ですからね。簡単ですよ」


 というわけで大峰さんの頭に掌を向ける。少し霊気を流して改変している事実を浮かび上がらせ、偽物の記憶を偽物として認識させる。

 術の行使が終わったら、大峰さんの表情が苦渋を舐めさせられた面持ちになっていた。辛酸を嘗めるでは足りないほど、女性がするにしては歪みまくった表情。この怨嗟だけで魑魅魍魎が産まれそうだ。


「……ハァ〜〜〜〜〜。良かった。ボクがあの人の左腕を斬ったわけじゃなかったんだ」

「アレは大天狗様が攻めて来た時に発動した麒麟を召喚するための術式と、龍脈の制御に生身の身体の一部が必要だったからですよ。瑞穂さんのように結構な頻度で京都に居るならまだしも、完全に京都から離れた先代では制御も一苦労ですから」

「というか、何?戦闘そのものが幻術だったって。あの人、どれもこれも高水準じゃない。ウワァ……。これは自信なくすゼ」

「伊達に法師が認めた現代人最強じゃないですよ」


 生身だと自覚して、式神でもなくなった姫さんでも先代と戦ったら先代が勝つと予想している。二人のタイプが異なるというのもあるが、姫さんは俺や法師のように戦う陰陽師じゃない。一方先代は五神の名の通り現代の戦闘に重きを置いた陰陽師だ。


 先代も龍脈の維持や幻術、補助術式などやれることは多いが姫さんの多芸さには劣る。実はあの人、式神行使があまり得意じゃないらしい。

 戦闘屋の五神からしたらできることが多いので勘違いされるようだけど、それは格が違いすぎるだけで何でもできる人じゃない。


「……彼にもきちんと顔を向けられるように、麒麟とちゃんと契約してみせるよ」

「やる気になったのなら良かった。じゃあ始めますか」

「終わったら先代の居場所教えてくれるかい?難波にいるんだろ?」

「いいですけど、政府との会合の諸々が終わってからですよ?」

「ボクも麒麟だからね。それくらいはわかってるさ」


 大峰さんから黄色い近似点である呪符を受け取る。こんなものなくても詠ぶだけならできるけど、今回の主目的は大峰さんと麒麟をきちんと契約させること。となるとこの近似点を通した方がいい。

 というわけで少しの霊気と多めの神気を近似点に流し込む。敢えて名前を呼ばない。そうすると俺が契約することになってしまうから。


 二つの力を通して現れる麒麟。姫さんが契約を手放したために宙ぶらりになっている唯一の五神。今までは唯一契約している五神だったのに、最後でひっくり返った。


「麒麟。全力でやってくれ。彼女も及第点には届いているだろう?」

『……』

「いや、まあ。姫さんや先代とは比べるな。あの人たちは法師が俺に匹敵するって認めた人たちだぞ?お前が過去に契約した人物に、大峰さんくらいの人はいただろ?」

「え、ちょっと待って。明君、麒麟の言葉わかるの?」


 大峰さんが驚愕の表情を浮かべる。おっと、もしかしてそこからか。今までは影を詠び出していたから喋るなんて思ってなかったんだろうけど、本体が話せるのは玄武や他の四神が実証済み。麒麟だけ話せないなんてことはない。


「金蘭にも聞こえてるだろ?」

『どちらかというとこれの適性は神気を宿しているかどうかが大きいですから。彼女の潜在量は少ないです。裏・天海家とはいえ、瑞穂が特殊な先祖返りだっただけでしょう』

「神気って生まれつき以外にどうにかする方法ないの?」

「ありますよ?神と近くで過ごす、神へ信仰を捧げる。この辺りが堅実ですね。生まれつき神気に目覚めてなくても、後天的に獲得することも可能です。裏・天海家は家系的に神気を獲得しやすいので、知覚さえできてしまえば伸ばすのも訳ないかと。マユさんのように実家と玄武に囲まれて急激に神気を伸ばした例もあります」


 マユさんは家系から土地から環境から、何もかも揃っていた。その結果が神に最も近くなってしまった女性。一時期のミクと同じだからな。人間でいるならば、少し手を加えないといけないくらいに神に近付いてしまった。

 星斗も近しい女性が二人も神の御座へ送還されるなんて悲劇を経験したくないだろう。あんな経験、俺だって二度もしたくない。


「神気って便利ですけど、俺や金蘭、吟のようにその後を全て投げ売れるなら積極的に獲得しても良いと思います。けど、人間で居たいなら。ただ力として欲するなら。先代朱雀と何も変わらないことだけを留意してください」

「力の狂信者になるってこと?それは嫌。気を付けるよ」


 先代朱雀のことも公表しないと。アレの被害者は多い。「かまいたち」が殺して終わり、という事案じゃないんだから。

 五神には既に通達しているために、どれだけ歪んでいたか理解してもらった。ああなってほしくないというサンプルケースにはなったために、一つの抑止力として機能している。アレが力に溺れた者の末路だ。

 海外の妖精に弄られたとしても、ああはならなかった可能性もあった。吟のように。


「さて。そろそろ始めましょうか。麒麟、一旦離れてくれ」


 麒麟は首肯した後、空へ高く駆け上がる。俺が張った隠蔽用の方陣からは出ない距離に留まってくれている。ありがたい。

 これから麒麟と大峰さんはおそらく戦うことになる。京都で暴れられる場所は少ないし、人目も気にしないといけない。そうなると俺の目のつくところで巨大な方陣の中でやってもらえば良いと思ってこの屋上を選んだ。


 もしもの時のために金蘭もいるため、もしもは起こりえない。

 麒麟と五神の陰陽師がぶつかったら大惨事になりかねない。それだけ力を持ってる存在だ。そのぶつかり合いを堂々とやったら住民を困惑させる。やっぱり隠蔽は必要だ。


 政府関係者が先行して京都に入っている可能性もある。その人たちに付け入る隙を与えたくない。

 俺と金蘭も大峰さんから離れて、場を整える。これはあくまで大峰さんと麒麟の駆け引き。俺たちは邪魔でしかない。


「それでは大峰さん。どうか麒麟に認められてください」

「任せなって!行くよ、麒麟!」


 大峰さんが腰につけていたポーチから呪符を出す。それが合図になったようで、麒麟も臨戦態勢に移ってしまった。


「アンサー!」

『……!』


 大峰さんが一条の雷を放つと、麒麟はそれを避ける。麒麟の本来の属性は土。雷は木。木剋土もっこくどという五行の相剋関係がある以上、それに則って攻撃するのは正しい。わかりきっている弱点だからそれを突くのは戦術として間違っていない。


 大峰さんの麒麟が弱かった理由もここにある。本来土の属性の麒麟が大峰さんの属性に引っ張られて相性の良くない木の属性として顕現していたんだから。影だということも含めて二重に弱体化していれば、姫さんの黄龍に負けるのも当然。


 黄龍は五神に匹敵する存在で、しかも土と木の属性で相性最悪。その後も麒麟同士で戦ったらしいけど、相性から能力差から勝てない試合をふっかけていたようなものだ。


『あーあ。始まってしまいましたね』

「予想していた範囲内だ。麒麟も逃げ回ってるけど、その内攻勢に転じるだろ」


 金蘭がおどけてみせるが、それに頷くだけ。

 大峰さんには認めてもらってほしいが、俺たちの意思とは別に決めるのは麒麟自身。俺たちが無理を言って従わせるのは間違いだ。

 だから青竜だって奏流さんの意思を確認してから詠び出して、朱雀の譲渡だって星斗という人物を知っていたからこそのものだった。


 白虎については玄武の説得の結果だろうが、それだって白虎自身が認めたからこそ。認めていなければああやって実体化するわけがない。人間じゃないからこそ、価値観が違うから認めたという側面もありそうだ。

 空を逃げ回っていた麒麟だが、とうとう陰陽術に対して同じような雷撃を返し始めた。本格的な争いになったな。


『ダメだったら私が麒麟をやりましょうか?』

「十二神将で被らせるのもなあ。最悪ゴンをフリーにすれば俺が空くわけだけど?その方が収まりがいい」

『クゥに怒られません?』

「あいつが式神をやってる方がおかしいんだよ。前のようにミクの眷属扱いでいいだろ。俺があいつの霊気を肩代わりする理由がもうない」

『それを言ったら私や吟にもなさそうですが?』

「お前たちは特別。ゴンが式神やってたのはお前たちの代理なんだから、その役目ももう終わっただろ。それにあいつ、色んな女性に腹を見せる浮気狐だぞ?俺が面倒見なくていいだろ」


 ミクにはわかるが、天海やラーメン屋の奥さんやら、瑠姫やら。宇迦様やコトにミチもいたか。そんなええかっこしいの狐なんて生活を援助してやればいいだろ。もう戦う気もなさそうだし。


『昔も葛の葉様や玉藻の前様にベッタリでしたものね。……それに明様。その言葉は少々ズルうございます』

「んー……そうか?普段通りに振る舞ってたら狡いか……」

『今も昔も、女を泣かせるのが得意のようで。クゥのことは言えませんよ?』


 クスクスと金蘭に笑われて、若干気恥ずかしくなる。そんなつもりじゃなかったのに悲しませるということは人の心がわからないからだろう。

 こんな中途半端な心だからこそ、調停者として選ばれたんだろうけど。人間だけを優遇するわけにはいかなかったとはいえ、少しは善処しよう。

 そんなことを考えながら目の前の戦いに目を向けた。

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