第185話 4ー2

 星斗はマユと一緒に橋の上から観戦していたわけだが、いつの間にか他の五神全員──奏流に大峰、西郷がその場に集まっていた。大峰だけ星斗の隣にマユがいるのが当たり前のようになっているのが気に入らなくて頬を膨らませていたが、星斗自身はその理由に気付かず首を傾げていた。


「いやー、さすが歴代最強の陰陽師。日本も安泰っスねー」

「西郷さん。……皆さんは、明が陰陽寮を率いることを認められますか?」

「オレは認めるっスよ。っていうか皆さん、この前法師にボコボコにされてたじゃないっスか。そんな法師と互角な明君を認めないわけないっしょ。年齢とか関係なく、アレは本物だよ」

「白虎はこの前戦ってなかったじゃない」

「だってオレ、法師に呪いかけられてるんスよ?まだ死にたくないし」


 大峰の言葉におちゃらけて返す西郷。

 だが星斗とマユは西郷が妖だと知っていて、呪いなんてかけられていないと知っている。その辺りも確認が取りたくて星斗は西郷に目線を向けながら聞いてみたわけだが。


「白虎。それはどういう呪いだ?どうしてかけられた?」

「歯向かおうとすると金縛りにあって動けなくなる呪術ですよ。いやー、昔アレと戦ったらそれ仕込まれて。命からがら逃げたっス。この前のは地上に降りたら使いもんにならなかったでしょーね」


 そういう設定でいくということを了承して、星斗とマユは頷いた。妖のことは公表せず、だがこのまま五神として残るのだろうという意思表示。


「いやそれにしても凄いっスね。まさしくレベルが違う。大峰さん、あそこに混ざれます?」

「無理。ボクは皆のように麒麟の本体を詠べるわけでもないし、法師との実力差は理解してるからね。明君があそこまでできるっていうのは知らなかったけど……。この中で可能性があるのは玄武くらいでしょ」

「わたし、ですか?」

「あなた、今でも相当霊気抑えてるつもりだろうけど。漏れてる。無意識でそれだけ垂れ流しにしてるんだったら、瑞穂さんにも匹敵するんじゃないかな。瑞穂さんならあそこに割り込めると思うから、玄武もできそうって思っただけ」


 大峰は客観的に、そう述べる。マユは今まで非公式の場で無闇矢鱈に霊気を漏れさせて振る舞うような人間ではなかった。「神無月の終焉」の際にもかなりの霊気──正確には神気──をその身に纏っていたのだ。まるで別人かと疑うほどに隔絶していた。

 その時のことと、今も制御できていないほどの膨大な量の霊気。そこからこの中ではマユが一番可能性があると判断した。聞けば五神の中でも最初から玄武の本体を召喚していたという。その事実からも一番実力があるのはマユであると断言した。


 麒麟が一番強いという常識をないものとして考えていた。大峰自身、瑞穂や巧には勝てないのに世代最強とは思わなかったし、今の明と法師の術比べを見れば諦めもつく。

 これからはまた一から、精進するのみだ。


「……もう少し、ちゃんと制御しますね」

「ご当主様も仰っていたが、マユの身体の変化が原因だ。無理するなよ。玄武に神気を渡すのが一番堅実的な方法なんだから」

「はい。渡された薬もちゃんと飲んでいますし、気を付けます……」

「……ん?んんっ⁉︎何で玄武が難波康平さんに会ってるのかな⁉︎だってあの人、難波から基本出てこないでしょ!」

「え?そりゃあ、この前二人で本家に顔を出したからだけど……?」

「二人でっ⁉︎」


 大峰が気付いてはいけないことに気付いてしまい、それを問い詰めたらなんでもない風に星斗が答えた。

 星斗は何をそんなに騒ぎ立てているんだかわからずに困惑していたが、察してしまった奏流と西郷はさっと顔を逸らした。

 大峰の小学生のような恋心は、同僚には本人たちを除いてバレバレらしい。


 星斗としては神に近付いてしまったマユの治療法を求めて、そして婚約者の神奈夢月の容態が急変したと聞いて本家に戻ってマユのことも康平に聞こうと思っただけだ。

 結果、マユの身体は幾分かマシになり、夢月は帰らぬ人となってしまったが。二人が進むきっかけにはなった。


「その節は先輩には本当にお世話になりました……」

「結局俺は何もできなかったけどな。お礼はご当主様と金蘭様に頼む」

「はい。そういえばその金蘭様もいらしてますよね。那須さんの近くにいらっしゃいます」

「あー、さっきあの方陣を編み出していたご婦人か。星斗、彼女は何者なのだ?」

「えっと。安倍晴明の式神です。ご当主様曰く、最高の陰陽師だとか」

「その言葉も満更嘘じゃなさそうっスね。あの女の人と近くに座ってる金髪の女の子。霊気は誰よりも多い」


 各々が金蘭を見付けて、奏流の質問に一番詳しいであろう星斗が答える。星斗もここ一ヶ月で知ったことが多いので消化しきれていないが、惜しげもなく知識を披露していく。

 隠しても意味がなく、明の補佐をしようと決心した星斗は五神にも話を通しておいた方がいいと判断した。


 金蘭は術式を使っている関係上、そして珠希は抑えているつもりだろうがその潜在量が多すぎて一目見ればどれだけの実力者か判断できてしまった。金蘭が明と法師を超えていることも驚きだが、珠希に至ってはその三人を足してもまだ上。

 一人だけ次元が違った。


「珠希ちゃんもすっごい変化があったんだね……。あそこまで霊気が多かったらゴリ押しによる暴力でなんでもできそう」

「麒麟が知っているということは京都校の生徒か?」

「うん、そうだゼ。明くんの彼女?」

「婚約者です。高校卒業したらすぐ式を挙げるそうですよ?」

「……あの子たちはいつもボクを驚かせるなあ」


 星斗の訂正に肩をがっくし落とす大峰。大峰はなんだかんだ二十歳になるのに恋人がいなかったことを今更気にしている。麒麟になるための修行三昧だったので仕方がないと割り切っていたが、霊気も実力も上をいかれてその上恋愛までうまくいかれたら面白くなかった。

 星斗も婚約関係までは知っていたが、この前康平から卒業と同時に式と聞いて驚いた。だが、そこは急ぐ必要があるという理由もわかる。陰陽寮を背負って立つというのなら地盤固めは早く終わらせた方がいい。


 幼馴染を一途に想って結婚となればイメージもいいということだろう。

 こうもまったり雑談をしていられるのは周りが目の前の術比べに夢中だから。どちらも一歩も退かない互角の争いをしていて、しかも陰陽師としてのパフォーマンスとしては最高級。見たことのない術式が飛び交い、式神たちの戦闘も人間では真似できない高速戦闘。


 カメラで撮りながらスロー再生したり、陰陽師が実況していたり。盛り上がりが凄くて五神が集まっているということに気付かれることはなさそうだった。

 周りの観客はどんどん増えていく。中継ではなく生で見たいと思った近くの人間が多かったのだろう。

 これは世紀の一戦。これを超える術比べはこれ以降起こらないだろうと確信したからこその大熱狂。


 歴史の立会人になりたくて、人々は押し寄せる。これを見逃したら日本人ではないと熱弁した者も多数。

 その術比べの内容は、陰陽師最強の五人と言われる五神たちでも全てを把握できていなかった。


 五神は陰陽師としては最高峰の実力者だろう。戦闘のプロと言われるようになってしまった陰陽師でも、やはりメインは陰陽術を使うことで近接戦をメインにする者は極少数だ。その極少数、例外が二人五神にはいたが。

 他の陰陽師たちでは吟と鬼たちの戦闘は見えていなかった。移動から攻撃に移る初動、いつ攻撃したのかなどは遠距離戦を主とする陰陽師たちに捉えられるはすがない。


「うわ。今いくつ防御用の方陣を作った?それに法師の妨害も入ったよね?」

「六個作ろうとして二個邪魔されたか……?ダメだ、見えない」

「西郷さん、見えました?」

「八個作ろうとして三個邪魔された。あの攻防が見えてるのはオレっちと奏流さんだけじゃないっスかね?」

「だろうな。おそらく星斗は足元に仕掛けられたものを見逃したのだろう」


 大峰、星斗、マユでは目が追えていなかった。近接戦闘の経験値が少ないのだからそれも仕方がないだろう。むしろアレについていける奏流を褒めるべきだ。

 西郷は風狸ふうりという妖のため、妖同士の争いには経験がある。だからあの争いにもついていけるが、戦ったらすぐに負けそうだなと思っていた。妖状態よりも人間状態の方が近接戦闘はできるのだが、そこまで強い妖というわけでもない。


 風狸としての実力は鬼よりはよっぽど下だ。陰陽師としての才能はあるために総合力ではそこそこでも、あの戦いには混じれない。

 視認できることと加わることは根本が違いすぎる。


「「水天渦巻け抜錨!流々水波槍りゅうりゅうすいはそう!」」


 鬼たちが戦っている上空で川から引き上げられた渦巻いた水で作り上げた槍がぶつかり合う。どちらが指し示したわけでもなく、明と法師は同じ術式を用いていた。上空でぶつかった術式は全く威力も変わらなかったのか、槍の形を失って下へ降り注ぐ。

 それが吟と鬼たちに土砂降りの雨のように降りかかったために一度自分たちの主の元へ戻っていた。仕切り直しだ。

 今の術式を見て、大峰は嘆息する。


「何?あの術式知らないんだけど……。青竜さんならあれと同じことできる?」

「無理だ。たったあれだけの短文詠唱であんな威力の術式を使えるものか。いくら水場でもアレは不可能だ」

「ん?……大峰さん。何で水の術式を奏流さんに聞いてるんだ?聞くなら玄武のマユだろ」

「え?水の術式なんだから青竜さんに聞くのが筋じゃない?」


 その言葉にマユの腕の中にいた玄武は溜息をつき、星斗は首を傾げる。そしてマユの顔を見た後にああと一人で納得した。

 難波で教わることと世間一般のズレを認識したために。


「そっか。五行がズレてるんだ。難波ならこうはならないのに……。いや、大峰さんだって裏・天海家なんだからズレてるのはおかしいんだが……?」

「五行がズレている?どういうことだ?」

「火・水・土・木・金が示す属性と色、五神が間違っているんスよ。火が火を表すもんだから色と名前を連想させてしまったというか。青竜が司るのは木。本質的には水を司っていないっス。水は玄武のもの。なんでか水を青竜、土を玄武とかおかしな認識をされてるんスよね。オレは風というか嵐とかそういうのが得意なんで白虎で間違ってないんスけど。金って正確には金属とかそういうのを示すけど、天災も含んでるんで間違ってないでしょう。うん。本質的には青竜の方が適してるんスが」


 一千年前はもちろんズレてなどいなかった。そして難波と天海家には表も裏もきちんと伝わっていたのだが。土御門と賀茂による弾圧で今のズレがそのまま適応されることになった。

 表の天海家もそれに迎合していき、発展が止まる。表の天海家に法師はあまり介入しなかったためだ。彼としては裏の本家さえ残っていればいいと考えたのだろう。


「麒麟も今翔子ちゃんが雷を司っちゃってるせいで雷だと思われてるんスけど、麒麟は土の象徴。朱雀と白虎以外ズレちゃってるんスよ。奏流さんの適性は玄武。翔子ちゃんは青竜っスかねえ。オレだってどれが一番かって言われたら青竜だし。今回の五神は適性ズタボロっスねえ」

「玄武がマユを選んだ時点で狂ってるんだ。マユが実家の関係で一番の適性が金だとわかってたら白虎になるべきだった」

『今更、びゃっくんには渡さない』

「と、神様の気ままで選ばれることもあるみたいですね」


 玄武が手放さない発言で適性なんて捨て置くものとなってしまった。呪術省の間違いも問題だが、こういう神の気まぐれにも困ったものだ。

 麒麟も気に入った相手には勝手に現れたりするのでこれも原因である。瑞穂も巧も得意な属性などないためにどれでも良かったのだから。これには麒麟を秘匿しようとして最高の陰陽師を割り振っていたことにも要因がある。


 マユは狐が属する金に一番適性があることが最近わかった。実家が稲荷神社なので影響を受けたのだろうとは金蘭談。星斗も火が得意なオールラウンダーなのでどれでも適性があったりするが。


「陰陽寮を正式に旗揚げしたら、この辺りは急務になるでしょうね。明とやることが多いなあ」

「あー……。だから学校でのセンパイ、ケアレスミスが多かったのですね?昇段試験とかも難しいと言ってましたけど」

「そうそう。難波での教えと違ったから。なので皆さんもう一度自分の適性調べ直したほうがいと思いますよ?五神の受け持ち変更はできないかもしれませんけど」

『今のままで、いいよ。ぼく、マユから離れる、つもりない』

「ゲンちゃんってワガママですね。でもわたしもゲンちゃんがいない生活は考えられないかな」

『五年以上、一緒なんだから。当たり前』


 マユは長年の疑問が解決してスッキリしたようだった。マユは純粋に自分よりも星斗の方が優秀だと思っている。一つ歳上だからというだけではなく、高校から事あるごとに頼れて、わからないことはわかりやすく教えてくれたからだ。

 マユは実家の関係で霊気や神気は現代人としては規格外なものがある。だが知識などでは難波本家に最も近い分家の星斗には敵わなかった。星斗は明に術比べで負けるまで、本気で難波の次期当主になるつもりだったし、なれるだけの才能も実力も知識もあった。

 ただ、明がそれ以上だっただけで。


「天海家は蘆屋道満が興した家なのだから、正しい方を知っていたんじゃ?」

「……あの老人たち、謀ったなあぁぁぁ⁉︎」


 大峰が真剣に陰陽術を習い始めたのは三歳の頃。瑞穂の葬式を村を挙げて行なった後だ。それから彼女のようになりたくて勉強を積んで、京都に引っ越した。基礎部分は村の老人たちにしごいてもらった上に、知識においても齟齬は出なかった。

 瑞穂のように麒麟になるとは宣言していたが、それを踏まえて一般的な知識しか与えなかったのだろう。村の老人たちが星を詠んだのかはわからないが、その教育は確かに麒麟を務める上で問題はなかった。巧に師事していた時もその間違いは訂正されなかった。


 もし間違いだと知っていたらすぐさま呪術省に掛け合って、実力も足りずに返り討ちになって巧のように追放されていただろう。しかも頼れる先もなく、あっけなくやられる有様を。裏・天海家はその辺り淡白で、死んだらそれまで。保護もまともにしてくれないだろう。その情景が鮮明に思い浮かび、大峰は背筋にゾォーとミミズが這うような感覚を覚えた。

 大峰は自分の才能を最近ようやく把握したと言ってもいい。瑞穂には到底劣るとは常々思っていたが、巧にも及ばない。そしてマユにも。五神の中でもそこまで強くないと理解している。


 だから瑞穂のような教育をされなかったのだろう。もし同じように鍛えられていたとしても、そこまで実力は伸びていなかっただろうと確信していた。幼少期の訓練は一級品だった。巧の指導と変わらず。

 村の老人たちが隠した理由にも納得して、大峰は更に機嫌を悪くする。

 隣にいた星斗はいきなり叫んでどうしたのだろうと怪訝な表情を浮かべていたが、そのことに気付かなかったのは幸運かもしれない。


「麒麟は置いておくとして。玄武も式神や香炉から聞いたのだろう。白虎はなぜそのズレを知っていた?」

「そっちの方がしっくりくるからっスよ?ズレを自分で気付いたというか。奏流さんにしても得意術式が肉体強化術式なんだから気付くと思ったんスけどねえ。だってあれ、血流操作の水と神経強化の木の複合属性の術式っスよ?筋肉や神経を雷で活性化させて、その膨張率を防ぐために同時に血流操作も行う。結構高等術式なんスけど」

「使い手が少ない理由はそういうことだったのか。これは様々な術式を見直さないとマズイな」

「あー。明は既存の術式全部把握してると思うし、俺もそこそこできると思うので纏めるのは任せてください。難波の分家も動員しますし」

「それは助かる。やることは山積みだな」


 目の前の術比べを見ていて、だからこその発言だった。奏流は正義感が強いために間違っていることは正していくし、それを率先すべきだと思ったら矢面に立って行動する。

 だからこそ、前の朱雀とは反発していた。五神になっておしまいではない。そこからできることを考え、実践していく。自分を鍛えることもその一環だ。五神だからこそ自己研鑽を怠らず、最強であることを示すために修行漬けにした。

 五神は日本の戦力の主柱であるために。

 そういう意味では精神的にも五神を引っ張ることができる器だろう。


(せめて自分の得意分野くらいはあの少年に勝ちたいものだ)


 奏流は明を見ながらそんなことを考えていたが、実のところ肉体強化をされて接近戦を挑まれれば、一対一なら明は負ける可能性が高い。接近戦など得意ではないし、祐介に先日負けたばかりだ。

 明は陰陽師としての実力も知識も最高峰だが、万能ではない。人それぞれに得意分野は異なるのだから。

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