第184話 4ー1

 最初は、なんでもない思いからだった。

 純粋に、人手が欲しかったのだ。

 母と玉藻と一緒に日の本を巡って、今の状況を把握して。やることが明確になってきて。

 時間はともかく、手が足りないと悟った。


 時間はいくらでもある。むしろどれだけ時間をかけても良い。悠久の時を生きられるのだから、百年かけて体制を築くのもわけはない。むしろ、たった百年ぽっちは誤差とも言える。

 それでも、土台を作るには早いに越したことはない。


 だから、試してみたかったのだ。

 それがどんなに人道に背いていようと。神の領域を犯すことになろうと。

 人を、創ってみようと。

 俺とは別人に思える方が良いと考え。だが、関わりはあるように仕向けるために顔は似せて。

 俺よりも十歳ほど歳上に見えるように創造した。


 俺が人間界に忍び込むために変えた藍色の瞳を持ち、髪色だけは濡羽色ではなく白髪になるよう調整し。

 玉藻の力も借りて産み出した、唯一の生命体。

 生命を産み出す特権は神にある。自然に任せた産み方ではなく、力を用いた生命体を産み出す行為は人間にも妖にも許されていない。いくら玉藻が手伝ったとはいえ、神々からすれば許されざる禁忌だ。


 海も大地も空も作ったのが神々なれば。生き物も人間も産み出したのは神である。

 星に産まれ落ちた神が持つ特権を、自分たちよりも下等な生き物が勝手にすることは許されないのだ。

 海向こうで有名な妖怪、怪異の多くは人間や神が変性したもの。それらが自然の摂理の中で数を増やす以外は全て、神が創り出した存在なのだから。


 神にのみ許されたその事象を、星の意志以外で行えば目もつけられる。それでも俺は見た目人間のこの存在を産み出した。

 人間の世の移ろいは早い。すぐに都を変遷させ、時の指導者は変わり、人間同士で争い、神々の遺物を失う。そうしてまた自分たちを律する物を失い、制御を外れ、同じことを繰り返す。


 取り返しがつかなくなる前に、手を入れなければ火種が大きくなってしまうから。

 禁忌だとわかっていても、やらざるをえなかった。


「お前の名前は、蘆屋道満だ。名前はこう書く」

「ああ。それでまずは何をすれば良い?お前が都に入るのは後二年ほど先を想定しているだろう?」

「都に行き、利用できそうな陰陽師とやらに入り込め。間違った理論だが、正せば利用できる。貴族である必要があるから播磨で身分を作り、俺が入り込む隙間を空けておけ。後々お前は俺の名付け親とでもして都ですぐにでものし上がる」


 それが最初の命令。

 道満はいとも簡単に播磨で身分をでっち上げ、お寺の権力者になっていた。そのまま宮仕えを始めるのと同時に陰陽術を学び始める。

 その際、かなり愚痴られた。星を知らない者の星見が雑すぎると。昔からある占卜を悪い風に改変したために、なぜ星が詠めるのかわからないほどの汚物となっており、とても体系化には向かない代物だということ。


 道満には呪術を担当してもらうので、賀茂の歪さには触れさせなかった。むしろ俺が正してさっさと宮仕えするために放置させていた。

 俺は主に、人間と妖たちの管理が仕事だ。そのために理を敷かなければならないが、政治に関わっていたら術の開発など滞る。そのため、同じ頭脳と発想力、才能を持った道満に影の役割を任せたのだ。


 予想以上に都と人間の状況が悪くて、この状況を立て直すには足りないものが多すぎた。そういう意味では道満を産み出した意味は大きかっただろう。

 道満の準備も相まって、都ではすぐに行動に移せた。天皇という日の本の統治者とされている存在に近寄れたのは僥倖。新参者としてはそこに辿り着くまで時間がかかっただろうが、賀茂という下地と実際に見せた星見としての実力からすぐに成り上がれた。


 神とも連携が取れ始めたのはこの辺りからだ。都を足場とする神も多く、そもそも俺を望んだのは神々なのだ。こちらに協力してくれるのが道理だろう。

 未来がわかるということは宮中で優位にことが進み、権力者たちは俺や道満を求めてきた。不都合が出ない程度にそれに応えれば、信頼も得られる。

 諸々が順調に進んでいった頃、道満に聞いたことがあった。


「今の状況に満足いくかと言われれば……。まあ、不満はあるな。いかんせん、愚かな人間が多すぎる。だが、やらなければいけないのならやるしかないだろう」

「俺たちに、もしくは俺そのものに不満は?」

「お前に不満なあ……。玉藻を幸せにしなかったら怒るだろうが、それ以外はなんとも」


 そんな当たり前のことを言われても困ってしまった。

 道満は普通の人間ではない。だからこその気苦労はないかと聞いたつもりだったが、はっきりしない答えしか返ってこなかった。

 道満という存在は、人間・妖・神がバランスよく混ざった、どれでもありどれでもない存在だ。対等な存在がいない。俺も玉藻も同格ではない、この世界にひとりぼっちな存在と言ってもいい。

 だからこそ、悩みとかないかと聞いてみたが、ダメだった。


「お前の筋書きには則っているが、これはこれで悪くない。吟や金蘭などお前にとっても想定外だっただろうし、子どもについても同じだろう。二人目を作らなかったのは英断だな。私と同じように、下手をすれば世界から弾かれる」

「あの子一人なら問題ないだろう。お前は日ノ本では問題ないが、世界から見れば排除されかねない存在だ。外の神々や理からすれば不都合だろう」

「弾かれたなら、その時はその時だ。それに不満はない。それに外のことはまず日ノ本をどうにかしてからだ。日ノ本が安定すれば私も必要なくなる」

「いや、お前が居られるように世界を変革するぞ?」


 大真面目に言った言葉だったのに、自分そっくりの道満は何が面白かったのか吹き出していた。冗談など言った覚えはないんだが。


「なんて我が儘な調停者だ。独裁者の方が正しくないか?」

「神々が好き勝手するくせに、調停者の俺は好き勝手するなと?それこそ道理がおかしいだろ?」

「その道理を調停者が崩しにいくのがマズイという話だが。……事実、外へ目を向ける際に私は邪魔だろう。お前を消しかねん」

「玉藻は許されるのに、俺は許されないと。格とは面倒なものだ。海向こうと日ノ本の格もまた違うだろうからな」


 外の神々の方が偉い、と言う考えもある。なにせ日ノ本は小さな島国な上に、極東だ。西が世界を作ってきたと言っても過言じゃないこの世界で、どれだけ日ノ本の神に力があるものか。

 海向こうの神々からしたら、俺はとんだ破綻者かもしれないのに。


「そうなる前に手を打つべきだと言う話だ。それに最近は星が陰る。遠く未来のことなら視えるが、直近のことは霧がかったままだ」

「お前もか?……少し、星見に力を入れるとするか」


 このしばらく後に、母が殺されることになる。

 そうして日ノ本は太陽を失い、戦乱の世がやってくる。

 未来へ託すために、道満の矛盾を解消するために。そして玉藻の存在を守るために、ある仕掛けを施すことになる。

 それが紐解かれるのは、一千年後。



「待たせたな、明」

「待たせたのはこっちだろう。術比べの始まりは?」

「珠希にでもコインを投げさせればいいだろう。それか柏手でもやらせればいい」

「柏手でいいだろ」


 明と法師がそう言って珠希に目を向けると、珠希はしょうがないかのように立ち上がる。

 明たちは式神も込みで全員準備が終わると珠希は両手をわかりやすいように上へ掲げる。それと同時に金蘭と瑠姫も周りに被害が出ないように川と川辺の境界線に強固な方陣を一km以上もの巨大かつ分厚く長いものを観客用に作り上げた。


 そして、パンと大きく音が鳴る。

 その頃には観客たちも視線を戻していた。これからようやく、最強の陰陽師たちの術比べが始まるとわかったがために。

 先陣を切ったのは金時と酒呑。金時は日本刀を、酒呑は背中にあった太刀を抜いてそれをぶつけ合った。お互いが膂力を全開にしてぶつかり合った結果、足場と川を伝播して観客たちにも衝撃が伝わった。地面を伝ったものまでは金蘭たちの方陣でも防げなかった。


 その衝撃だけで、観客としては過去最高の催しだと確信した。観客たちは間近で五神たちの戦いを見たことがない。プロならまだしも、一般人は映像でしか五神の戦いを知らないだろう。だから詳しくはないが、全身に突き刺さった衝撃の臨場感から最高のエンターテイメントだと理解した。

 少しでも勉強している陰陽師からしたら、あれほど無意味に足場を霊気で作っていて、宴をするために式神たちを実体化させていて、坂田金時を詠び出した時点で実力などわかり切っていたが。


 金時たちに遅れて、吟と茨木がぶつかり合ったと思ったらすぐさま酒呑が二人の間に割り込んで手刀を繰り出していた。吟は下から迫る手刀を顎を引くことで避けたが、それに続けて茨木の足が飛んでくる。

 吟が足さばきでその場を離れるのと同時に金時が膨張させた左腕で足場を殴りつける。そのことで起こったスパークに、全員仕切り直しになる。


『金時。酒呑に簡単に引き離されてどうする?』

『しょうがねーじゃん。オレまだこの身体に慣れてねーもん。生前とほぼ同じように動かせるけど、何のおまけ?神に返した親父の力使えるんだけど』

「俺のサービスだ。それを使えてこそ、君だろう?」

『ここまで使えると金太郎の時かなって思うな』


 明が笑って金時に説明する。神に返したものは神の力で使えるようにすればいい。とはいえ明が神の権能を使ったわけではなく、神気によって擬似的に使えるようにしただけだ。この一戦のみの限定仕様である。

 神に返還した力を死後とはいえ取り返すことはできない。対価として支払ったものはそのままだ。ただ今回は鬼二匹と決着をつけさせるためにその力を貸しただけ。


『その力はおれらには一切使わなかったからな。酒呑、あれってどれくらい気を付ければいいんだよ?』

『あいつが本気だったら川を干枯らびさせて、そこらを焦土にしてるっての。山一つ、人間への仕返しのために禿げさせた雷神の子の力なんて明だけで再現できねー。だろ?法師』

「そうだな。そこまで馬鹿みたいな威力は出せないだろうが、陰陽師が使う雷撃よりはよっぽど痛いし範囲も広いと思え」

『はいよ。……雷撃って数ヶ月前にも特大なの喰らったばっかなんだよなあ、オレ』


 酒呑はそう愚痴りながらも、茨木と同時に駆ける。

 長年法師に一緒に仕えたために、その前からも大江山で連んでいたために二人は何も言わずにコンビネーションを取れる。阿吽の呼吸というやつだ。

 一方吟と金時はそうもいかない。


 吟は源氏に世話になっていたし、一緒に任務へ同行することもあったが、本質は晴明の式神。どちらかというと金蘭と共に戦場を駆け抜けてきた。金時と共同戦線を組むことももちろんあったが、その頻度は少ない。だいたい他の源氏武者もいたこと、金時は頼光四天王として働いていたことから二人だけの共闘機会などかなり少ない。


 金時としてもこれが他の四天王の誰かであれば阿吽の呼吸ができただろう。頼光は上司出会ったため、阿吽とはいかないかもしれない。彼の指示で動くことはあっても、二人だけで戦場を駆けたことはなかった。頼光の護衛を一人にしてしまったらそれこそ武士としての終わりだろう。

 そんな事情から吟と金時は若干不利だ。だがそれはそれ、その辺りは主がどうにかすればいい。


 明が無音で術式を発動して、左手だけでその術式を操る。その結果指の動きに合わせた小さい障壁が多数吟たちの前に現れた。

 それは時に吟と金時を二匹の攻撃から守り、時に二匹の行動を阻害していた。


『しゃらくせえ!』

『法師!テメエも何かやりやがれ!』

「そうだな。じゃあ──」

「「ON!」」


 明と法師の右手から同じような火球が飛ぶ。それがぶつかり合って、相殺。それからも同じように五行を用いた簡単な術式が詠唱短縮によって放たれ続ける。その間も明は左手で障壁を操作し続けた。

 側から見れば同じような術式がぶつかり合っているだけだが、これは陰陽術に理解のある人間こそ驚きを示す。


 まず、詠唱を短縮して放つ威力の術式ではないこと。火球も濁流も纏まった目に見える風の塊も岩でできた槍も一条の雷光も。全てを同じようにやれと言われて得意な術式でもできるものがどれだけいるか。

 五行には適性がある。五神を見ればわかりやすいだろう。火が得意な者、水が得意な者。そんな特化した五人組こそ五神だ。歴代の麒麟でもなければ五行全てを同程度に扱ってみせるなどといった傑物はいなかった。


 今明と法師が放っている術式は、そんな特化した五神がようやく至れるというレベルの高難易度の術式を、完璧な詠唱をせず使っているのだ。同じことができるのは一部例外を除いて五神だけと言ってもいい。

 そんなものを、適性なんて無視して使っているのだ。彼らの適性は式神行使だと考えていた者が多いだろう。名のある式神をこうして同時に使役し、あまつさえさっきは新しい式神を自力で詠び出していた。


 式神と降霊を鍛えておいて、その上五行まで五神に匹敵するというのは異常だ。五神だって式神は基本与えられたものであり、降霊まではできない。そして式神行使の他に術式を一個か二個使うので精一杯だ。

 青竜たる奏流そうりゅうは割と稀な式神行使に水の才能、そして肉体強化ができる恵まれた存在だ。しかも彼の場合自分の肉体も鍛えているので、訓練漬けにしなければ至れなかった境地でもある。


 明の場合は式神行使・降霊に加えて五行の全てと補助術式全てに適性を見せたこと。法師も似たようなもので彼の代名詞たる呪術もここに加わる。

 これだけでどれだけの傑物かわかるだろう。

 しかも彼らは今や絶滅危惧種たる星見でもあるのだ。知れば知るほど戦慄するだろう。


 式神行使だって複数の式神と契約していれば霊気が保たないとされている。実体化させるだけで霊気を消耗するのだから、二体を戦闘に用いて更にもう一人契約している式神がいるなんて考えられないだろう。式神は簡易式神を除いてそんなに複数契約していればすぐガス欠になってしまう。

 難波家ではそんな複数の式神行使をしている。明もメインは吟・ゴン・金時だが、この他にもニホンオオカミを三匹と烏とも契約している。星斗だって天狗三匹と大鬼であるくるわといったように複数契約している。


 これだけ見れば明の適性はやはり式神行使だろう。だが、その上で明は複数の才能を持っていた。それも超一流のものを。

 これが陰陽師たちが戦慄する理由だ。

 人間には時間の制限がある。何かを一級品にするには相応しい能力を伸ばすための努力が必要だ。時間をかけなければ才能は伸びない。五行全ての会得というだけで血反吐を吐くような時間を修行に費やすことで得られるものだ。それは効率が悪いからと五神ですら諦める偉業。


 例えば奏流であれば火と金の才能が全くなかったために諦めた。簡単な術式なら使えるが、普通の術式は難しいと言える。苦手を伸ばして器用貧乏になるよりは長所を伸ばすことを選択したわけだ。これが大半の陰陽師の在り方だろう。苦手なものを無理に伸ばすよりも長所を伸ばした方が戦いやすい。得意なものは自信に変わるのだ。


 五行ですらそんなバラツキが出る。式神行使と降霊は五行とはまた別の才能と修行が必要だ。それらを全て満遍なく高水準に修めているなど、あり得ないと言った方がいい。

 しかもまだ十代半ばの少年が、その域に達しているのだ。

 法師ならまだわかるが、明の異常性は十分示せている。瑞穂という特異点もいたが、それを差し引いても明は異常だろう。


 実のところ、星斗も若干スケールダウンするが明とあまり変わらない才能を持っている。五行も満遍なく使える上に郭を詠び出したのも星斗本人だ。そして式神行使の数も明と大差ない。

 だからこそ、星斗は明の実力を寸分違わず理解する。近いのかもしれないが、どうしても追いつけない分厚い壁がそこにあることを。


 今でさえ抜かれているのに、当時の年齢を考えたらずっと格下だなと把握して、星斗はこっそりため息をついていた。

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