第181話 3ー2
まず、法師がいつもの空間収納の術式によって用意していたお酒を出す。最高級品の日本酒から海外のお酒、それに安物もいくつか。じゃんじゃかじゃんじゃか出てくる。百人単位の飲み会でも飲みきれるかという量が出てきたが問題ない。
酒飲みが三匹、いるからだ。
なにせ量が量なために、御猪口など用意していない。一本ごと丸々飲めと、そう法師が視線で伝えていた。
ありがたいことに明用にソフトドリンクもいくつかあった。だが真相は、お酒に強くなくこの後術比べがある法師用だとわかる。明はそのおこぼれをいただくだけだ。
『法師、飯は?』
「天狐宅急便か、虎印の瞬間移動便で来る。もう少し待ってろ」
『なあなあ、オレを呼んだ少年。アンタ誰だ?法師たちはわかる。吟もだ。けどよ、アンタが契約してるっぽいあの狼知らねーし、何で法師と仲が良いのかわからん』
酒呑童子が飯の確認をした後、色々と酒を見比べていた詠び出された赤髪赤目の男が問う。この男、色々な制約の上で詠ばれたくせに、術者の明のことも知らないらしい。
周りの面子を見て気付け、という話なのだが。
なので明はからかってみせる。
「お初にお目にかかります。足柄山の怪童丸。安倍晴明が子孫、難波明と申します。今日私は道摩法師と術比べをするため、そして酒呑童子と茨木童子、吟とあなた様の決着を決する舞台を用意させていただきました」
『晴明の子孫?難波?……吟、今って何年?』
「平安から一千年後だ。風景は違えど、ここは鴨川だぞ」
『鴨川?ここが?……一千年後なあ。確かに周りの建物はだいぶ違うし、人間の身なりも変だな。……つーか、怪童丸って何?』
説明を受けて疑問に思ったことを聞き返す。この男、実際に生前怪童丸なんて呼ばれたことはない。後世に名付けられた異名であり、彼を指す言葉ではあっても、本人にすれば聞き覚えのない言葉だった。
「あなたの異名でございます。他にも金太郎などと呼ばれますよ?あなたのことは幼子でも知っている、誉れ高き日本男児なのです」
『ああ……?何でオレ?
「──印象操作だ。お前を人間だと知らしめるための源氏一派の工作の一種。だが似たような理由でお前が鬼であること、赤龍の子であることを残す者もいてな。平和になった今の世ではただの人間として知られる」
明が答え、男がさらなる疑問をぶつけ。法師が補足する。男は些か特殊な存在だった。そのために都の防人たる源氏はこの男を取り入れた際に決めたのだ。
人間として生かそう。人間としての心を与えよう。そして名誉も何もかも、人間として終わらせよう、と。
龍と鬼の混血児。酒呑童子と全く変わらない妖だというのに。
それに反発したのが理性的な鬼や龍の子、もしくはそんな存在の配下だった妖たちだ。
確かに功績は人間としてのもの。妖とも対立した。その生涯を人間として終わらせた。
それでも、男は妖なのだ。
これには降霊という術式にも関連する。
降霊はする対象の詳しい情報が必要だ。この男の場合は赤龍の父と山姥の母の間に産まれた源氏武者という情報が必須。
こっぱな人間にこき使われることに反発して行ったのが情報操作だ。赤龍については全く情報が出ないようにして、山姥の子であることを浄瑠璃などで広め、そして人間の姿で子どもの頃から凄かったと認識させるために金太郎、怪童丸のことも流布。
結果、星見か一千年前の真実を知る者しか彼を降霊できなくした。
こうしたのは法師であり、酒呑と茨木の強い要望と他の妖たちの声が強かったためだ。これには酒呑の子孫たちも一躍買っている。
人間として伝えられることは源氏としても望むところだった。そうして源氏の勢力が強い頃は人間として伝え、源氏が衰えてから浄瑠璃で山姥の存在を示唆した。
試みは大成功。これまで彼を詠び出した存在はいなかった。
この説明に、彼は納得する。
『ふうん。酒呑たちと決着つけられて、吟とも再会できたから良いけどよ。そんで、この周りの民はどういうこった?』
「余興ではありませんが、これから私と法師の行う術比べの立会人です」
『術比べ。法師も何か術を用いると?』
「今の言葉では陰陽術を使った決闘だな。なに、酒呑たちと戦ってくれればそれで良い」
『オレの知る術比べと随分と変わったんだな……。箱の中身を言い当てたり、天気を言い当てたり、呪いを解くのが術比べかと思ったが?』
「物差しが戦いの道具に成り下がった結果です」
『……悲しいなあ』
ある程度の説明が終わった頃、吟の隣に珠希と金蘭、瑠姫とゴン、天海が転移で現れる。どうやら吟を座標にしたらしい。
今やこの鴨川は明の制御下なので、そこに乗り込むくらい金蘭にはわけない。
天海はあまりの場違い感。転移の術式を成功させたこと、周りからの注目などから一気に顔が青ざめたが。すぐには離れられないし、誰もフォローを入れなかった。
「金蘭の方だったか。その方が早いとは思ったが」
『おお、金蘭の姉御!それにそこの小狐も見覚えがあるな!そうそう、玉藻の前様の飼い狐』
突然現れたことではなく、知人の登場に驚く男。彼からしてみれば転移ごとき驚くことではないらしい。
もっとも、この場にいた陰陽師及び一般人は全員転移について驚いていたが。
陰陽師からすれば転移自体は術式が残っているが、それを用いることができる者は確認できていない。五神や研究している陰陽師でも不可能だ。術式自体が間違っているのではないのかと疑う考えも出るほど習得難易度が桁外れな術式。
一般人からしたら転移そのものがありえない現象だからだ。科学技術がいくら発展しても瞬間移動などは不可能。陰陽術に詳しくないため、術式が残っていることすら知らない。
そんな絶技を見せられればざわめきも起こる。
「明様、遅れて申し訳ありません」
「法師の無茶な注文が悪い。……ミク、もういいのか?」
「はい。ご心配をおかけしました。そのお詫びじゃないですけど、ご飯は美味しいものを作ったので」
「ああ、ありがとう。……もう、法師に別れの言葉は言ったんだな?」
「大丈夫です。というわけで、お重置いていきますね」
「天海が可哀想だからな。
「ふふ。意地悪な人。金時さんとは別れの挨拶はできませんでしたが、今更でしょう。わたしは大丈夫です」
珠希と金蘭が宴会をしている全員に一礼する。瑠姫はゴンを抱えただけ、天海も慌ててお辞儀をして瑞穂が作った足場を渡って銀郎の脇に移動する。
それを見届けてから、金時はようやく合点がいったようだ。
『ああ、なるほど!あの少女、玉藻の前様か!なるほどなるほど、あれが今回の器なわけだ』
「器、という言い方は好きません」
『悪ぃ。けど、もうアンタのこともわかったからいいぜ?明様。法師と術比べをする理由もわかった』
「じゃあ悪ふざけはおしまいだ。ミクたちが料理を届けてくれたわけだし、宴を始めよう」
その言葉で全員が飲み物を選ぶ。酒呑が金時にこの時代のお酒を教えて、どれを開けるか決めたようだ。吟もお酒はあまり飲まないが、これは祝いの場なので最初くらいは飲むようだ。明と法師は適当に果汁ジュース。
「では、再会を祝して。乾杯」
『『『乾杯〜!』』』
その声を皮切りに、お酒を飲み料理を食べながらの騒ぎ合いが始まった。
それを見て周りの者は思っただろう。
あんな大規模な術式を使っておいて、これだけ目立っておいて。自分たちは何を見せられているのだろうと。
『はー!お前ら、あの後すぐ法師の式神になったのか!』
『つーか、頼光にオレたちの寝ぐら教えたのが晴明だろ。オレたちもお前らが来るって知ってたし』
『おれも晴明に聞いてなかったら酒呑の仕返しとか考えて逃げてたんだろうけどな。死んでも酒呑と一緒にバカできるならいっかって諦めた』
『綱が怒ってたぞ?』
『あいつの勝ちでいいだろー。右腕斬られておしまいで。腕も奪い返して、結果殺されて。それ以上あいつは何を望んてだんだか』
『真剣勝負ができなかったからだろ。討伐戦もあっさりやられてたんだから』
鬼三匹と吟は料理に舌鼓を打ちながら酒を飲み、大江山での討伐戦について話していた。
大江山の鬼退治。源頼光率いる四天王が酒呑童子と茨木童子をお酒で騙し、そのまま鬼を掃討した大きな逸話の一つだ。
その裏に法師がいたという記述は残っていない。晴明が頼光に鬼の寝ぐらを教えたという記述はある。本拠地がわからずに攻められなかった鬼たちを、晴明の星見によって打開したという頼光四天王と晴明を讃える話の一つだ。
晴明のライバルたる法師が酒呑と茨木を式神にしていたのは晴明への対抗心、敵対からではないかという推論がここ最近コメンテイターの間で流行っていたが、むしろ大学の教授などはその案は否定的だった。
呪術省を襲った「神無月の終焉」で法師の発言から法師と晴明は協力関係だと推察したからだ。
妖を率いていることは予想外だったが、瑞穂が流した過去でも晴明と法師は仲が良く、神や妖と交流があった。
あれを幻術とするか、本物とするか。それで揺れている各界だったが、見識ある人物たちは本物だったとしていた。それが一番、平安時代を紐解くには収まりがいいからだ。晴明は陰陽術を、法師が呪術を、という役割分担は合理的すぎるために。
「綱が怒ってた理由は、お前たちが討伐戦の時本気じゃなかったからだ。それに。茨木が他の鬼を逃がすために身体を張るようなやつか?」
『これでもおれ、大江山の鬼の首領だぜ?子分を逃すくらいするだろ。酒呑っていう客将であり、一番の親友を騙し討ちでやられたんだから』
「それが人間的思考だからバレるんだ。お前ら鬼なら、どんな被害が出ようが酒呑の仇討ちをするだろう。例え共倒れしようが、仇を討てずに全滅しようが。鬼を逃がそうとする時点でおかしいんだよ」
『そうそう!それを綱も頼光様も疑ってたぜ!鬼を逃がすことを絶対守ろうとしている動きだったって』
いくら酒呑が酒好きだからといって、そんなあっさりやられるだろうか。茨木が酒呑をやられて、人間の理性を持ったかのように振る舞って殿を務めて他の鬼を逃すだろうか。
この辺りが疑問に思われ、頼光たちには疑われたわけだ。
さしもの頼光たちも晴明や法師を疑えず、結末だけを伝えることになった。自分たちが晴明の掌で泳がされているなんて思いもしなかったのだろう。
それだけ晴明は裏の顔を隠し、宮中のため、都のために働いていた。頼光たちと一緒に遠征に行った際は陰陽師としてその力を示していた。危険を避け、天気を当て。
そして純粋な妖である金時を受け入れたのだ。
頼光は金時の育ての親として、その一点で晴明と法師を信用してしまった。
晴明たちからすれば、妖もよっぽどの存在ではない限り味方なのだから当たり前の感覚だったのだが。
『事前にいくつか逃がしておいたのに、お前がヘマするせいで頼光たちに疑われたじゃねえか』
『いや、ぶっちゃけ法師に苛立ってた。いくら星を詠んだからって、おれたちを見殺しにしたのと同じじゃん?しかも労働力として求めたんだぜ?意趣返しくらいしたくなったんだよ』
『オレはあっさり行きすぎて驚いてる頼光の間抜けな面見たかったからいいんだよ。それに法師には今日のことも約束させたからな。……頼光が納得いかないまま死んだんなら、それはそれでアリか?』
『綱もバカみたいな顔してたからおれとしても満足だけど』
相手をおちょくるためだけに命を捨てるのも、鬼たる所以だろう。人間の尺度ではない。いくら死んだ後に式神として擬似的な復活が約束されているとはいえ、命を捨てる動機としては下も下だろう。
二匹の鬼は当時の相手の表情を思い出しながら酒を煽る。この一千年で何度も肴にしてきた出来事だ。それほどまでに気に入った出来事だったのだろう。
『お前なあ……。綱には優しくしてやれよ。腕を取り返す時に酷いことしたって聞くぜ?』
『ん?ああ、おれの母親に化けて取り戻しに行ったやつか。酷いことって言われてもなあ……。あいつがおれの母親に懸想してたとか、知らねーし』
『え?そうなのか?』
「晴明様が茨木にバラしてたな。鬼になった茨木を匿っていたとして、
『……それで綱の前に母親の姿で現れるなんて、鬼だな』
『そうだけど?』
金時は忌避感を表情に出していたが、鬼の血がある存在としては金時の方が異常だ。鬼と龍の血を継ぐ生粋の妖なのに人間の感性で人間として生涯を全うするなんてありえない。
人間から変性して鬼になった茨木ですら、思考は完全に鬼のもので人間の頃のものなど存在しない。鬼に変わってしまえばそれで終わりだ。
茨木に人間の頃の記憶などない。なぜ鬼になったのかも知らない。鬼に変わってから母親に懇願されて屋敷に残るように言われて、数日言うことを聞いていたら綱たち検非違使がやってきて、茨木はそこを脱走しただけだ。母親への肉親としての情など残っていない。
産まれは人間だとしても、思考も身体も鬼に変質してしまった。なら鬼として過ごすだけのこと。それからは他の鬼に会い、鬼として認められて酒呑に会い、大江山の首領になった。
茨木としては、それだけのことだ。
綱としては、仕事を全うするために密かに愛していた女性を斬り、茨木を逃がし。茨木を追うために頼光の下に就き、力をつけて。ようやく見付けて右腕を斬ったと思ったら自分が殺した女性が幻のように現れ。
陰陽術という力があるからこそ、本物ではないかと。自分に恨みがあるのではないかと逸る心臓をどうにかしようとしている隙に、持っていた茨木の右腕は取り返されてしまった。それが茨木だと知り、必ず殺すと決心し。
大江山ではなぜか人間のような振る舞いをされて。人間としての理性が残っているのではないかと逡巡し。だが、やはり殺意が優って殺した。
綱からしたら、そういう話で。
『まあ、法師と契約してたなら話はわかった。鳥羽洛陽の時に酒呑が現れたのも合点がいった。……茨木が来なくて良かったと心から思うぜ。またお前を前にしたら、綱はどうなってたかわからねえ』
『人間は心が弱えなあ。殺した存在が目の前に現れるのがなんだってんだ?また殺せばいいだろ』
『いや、悪夢だろ。特にお前らが何度も蘇ったら都は大混乱だ』
「それを利用したわけだな。鳥羽洛陽では」
『ホント、晴明や法師の精神構造はオレたち鬼に近いな。というか、どの存在にも近くて遠いのか。だからこそこういうめんどくせー役目を負わされる。オレなら真っ平御免だ』
金時はこれまでの話で色々平安の頃の謎が解明されていった。そして今回式神として詠ばれたわけも。本人としてもありがたいことだったし、この後の術比べには思いっきり参加するつもりだった。
色々わかって、一千年後を知れて。格別な料理と酒を味わえて。
この後力を貸すには十分だった。
少し離れて二人で食事をしている明と法師に、金時は近寄った。
『事情はわかったぜ。オレも全力でやってやる。オレは前のように、吟と一緒に戦えばいいんだな?』
「ああ。式神として戦うのは初めてだろうから勝手がわからないかも知れないが、戦いながら慣れてくれ。適宜陰陽術で援護もするが、君なら問題ないだろう?」
『ああ、ない。──見かけは変わっても、アンタはアンタだ。生前も色々世話になったしなあ』
「俺のために動いてもらうために、わざと介入したとしても?」
『オレはあの頃、楽しかった。真剣に生きた。満足した。だから、それで十分だ』
「──ありがとう」
明と金時の会話に、法師は口を出さなかった。
もうすぐ、料理は尽きる。酒はまだまだあるが、呑兵衛の鬼が三匹もいるのだ。すぐに全部空いてしまうだろう。金時も初めて飲む現代の酒を楽しんでいる。
酒宴が終わるのは、陽が沈む頃になりそうだ。
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