第176話 2ー1

 父さんたちは近くのホテルに泊まるようで、会議が終わった後は少し会話して別れた。寮に俺が住んでるんだから両親を泊めるわけにはいかない。こういう時寮生活って不便だ。

 普段だったら学校が近いとか、食堂があるとか便利なんだけど。陰陽寮を率いることになったら一々学校に戻って来るのは面倒だ。父さんに言って一人暮らし用の部屋を借りるのも考えておこう。通学の割合が減るのに寮は面倒しかない。


 陰陽寮で主に活動するなら、いつどんな場面で呼び出しがかかるかわからないから学校のような警備がしっかりしているところだと面倒なんだよな。結構抜け出したりしてるけど、一々方陣に干渉するのがめんどくさい。

 一人暮らし、真剣に考えとこう。


 学校の寮に戻ってから気付いたけど、俺たち夜ご飯食べてない。こんな時間にやってる飲食店なんて京都といえどもないし、父さんたちはホテルのルームサービスで食べるだろう。

 俺たちは、コンビニか寮のご飯か。二人に聞いてみるか。


「吟、銀郎。ご飯コンビニか寮か、どっちが良い?」

「可能なら暖かいご飯が良いですが」

『右に同じく。それにコンビニご飯はお手軽ですが、化学調味料が満載であんまり好きじゃありません』


 銀郎は狼だもんなあ。人間と同じようなものを食べていても、化学調味料とかは敬遠したいものなのだろう。俺だってコンビニご飯は好きじゃない。

 瑠姫と母さんによってかなり味覚は鍛えられてるからな。今更コンビニのご飯じゃ腹は満ちても舌は満足しないんだろう。俺もさっき久しぶりに食べたけど、味気なかった。満場一致で寮のご飯だな。


 学校の方陣を壊さないようにすり抜けて、人目がつかないように隠形を使って寮の中へ。俺たちって基本外出申請を出さないまま外に行ってるからな。この辺りの規則を破るところは中学からまるで変わってない。

 いつもはゴンに任せてたけど、このくらいの方陣なら俺でも問題なく改変できる。というか、京都にかけられている方陣にも干渉できるんだから、これくらいは朝飯前というか。


 寮の食堂はそこそこ賑わっていた。夜の十時、あと一時間もすれば閉まるはず。本来夜の食堂は夜に実地訓練がある人が利用するくらいなので、利用者は少ない。でも今日は短縮日課なため、利用している人が多いみたいだ。

 こういう日って実習とかもなくなるから、逆に暇で、いつもの習慣で夜更かししてしまってこんな時間なのに混んでいるのだろう。


 売り切れとか言われないように、さっさと食べることにする。夜は利用者が少ないからか、メニューも限られていた。朝・昼なら利用者も多いんだろうけど、夜は麺類はやっていないらしい。茹で釜の用意が大変だからだろう。

 俺はハヤシライスを。吟がオムライス、銀郎がチャーハン。そんなもので良いのかと思ってしまうが、二人がそれ以上頼まないのは好き好きだ。

 空いている席を探していると、一人で食べている桑名先輩がいた。今日は朝からよく会うな。


「桑名先輩。良いですか?」

「ああ、難波君に吟様、銀郎様。どうぞ」


 許可をもらったので席に着く。桑名先輩は友達がいないわけじゃないんだろうけど、今日は特殊な日程だったからだろうか。


「桑名先輩。今日は訓練も巡回もなかったんですか?」

「そうだよ。訓練は当分控えることになってる。プロの陰陽師が今総動員で巡回に当たってるからね。『かまいたち事件』や土御門・賀茂両派閥の崩壊、陰陽寮からの離反者。人が減る理由はあっても、増える理由はないよ」

「それで叔父さんが巡回に回ってるんですね。……その上トップに立とうとしているのがこんな若造じゃ、不安になるのもわかります。龍や土蜘蛛を止められなかったんですから。アレらに何も対処できなかった」


 勝てないと今でも思う。幾分か力は取り戻したけど、先日対峙したあの三体に敵わないと自覚している。

 特にヴェルニカさん。あれ、もう妖とか神とかって尺度を超えてるんだけど?敵対されないみたいだし、今は海外にいるから当分頭から外して良いんだろうけどさ。


「そんなてんやわんやな状況で、僕は訓練できないんだけど。……難波君、陰陽寮を正式に継ぐ気になったのかい?」

「はい。姫さんにいつまでも任せておくのは酷ですから。星斗に補助してもらいつつ、誤魔化しながらやりますよ。姫さんも万能ではありますが、あくまであの人は影から支えることが本質ですから。表舞台で虚勢を張って陣頭指揮なんて、柄じゃないんですよ」

「確かに。あの方は裏から陰謀を企てている方が似合っている。勝手に人々を、気付かれずに動かしているんだ」


 どういう評価を受けているんだか。実際桑名家に対してはそんな感じだったのだろう。俺と同年代の先輩を鍛え上げていたようだし、大峰さんのことは利用しまくりだからな。


「かくいう難波君も表立ってというのは苦手なんじゃないかい?なにせ一千年に渡る引きこもりの家系だ」

「裏・天海家も基が同じなので似てしまうのは仕方がないんですが。──やるしかないでしょう。俺、なんだかんだ日本のあれそれ好きですし」

『法師が世界を変えた時に、珠希お嬢さんと一緒に海外に逃げようとしていたのに。よく仰られる』

「あれは冗談だっただろ?海外に当てなんかなかったし、もう選んだ」


 銀郎の言葉に苦笑しながら、ご飯を食べ進める。使命感や義務感など色々あっても、やっぱり根幹にはこの日本が好きだって想いがある。そうじゃなかったらこんなめんどくさい国、どうにかしようと思わない。

 あの神々と妖を纏められる人が他にいるなら出てきてほしい。……姫さんを除いたら、唯一できそうなのがマユさんなんだよな。本当に彼女は規格外だ。金蘭に匹敵する例外。

 後は先代麒麟もそうだけど、あの人はもう陰陽師から足を洗ってる。田舎でゆっくりと過ごしてほしい。それが麒麟と朱雀、そしてその他の人たちの願いだろうから。


「……難波君。姫様はもう、長くないのかい?」

「どこまで聞きました?」

「法師の式神で、法師以外と契約するつもりはないと。そして法師は間も無く、寿命だと」

「事実ですね。……桑名先輩。三日後のお昼から、鴨川に来ていただけますか?俺は早めに行くので、霊気を探って場所を特定してください。そこで術比べを行います」

「……わかった。姫様は僕たち桑名にとって大恩ある方だ。必ず駆けつける」

「はい。お願いします」


 桑名先輩にはお世話になっているから事前に伝えてしまったけど。他の人たちはどれだけ気付くことか。観客はいくらかいてもいいけど、多すぎるのは嫌だ。マスコミ辺りは勝手に嗅ぎつけそうだけど。

 あと五神は気付くだろう。鴨川という龍脈の上で霊気が興隆していれば、怪しむはず。俺の霊気を知っているマユさんと星斗、それに大峰さんは確実に来る。白虎は妖として来るだろうか。


 妖と神々はどれだけ来ることか。両者とも楽しみとか言って来そうだ。神々は御座で優雅に観戦しているかもしれないけど。

 ミクもこの術比べには流石に来てほしけど、そこはミクの体調というか心持ち次第。

 まあでも、必ず来るとは思う。そこまで薄情でもないだろうし。


 このタイムリミットは法師の都合も大いにあると思うけど、幾分かはミクへの配慮だと思う。あいつ、昔からミクにはダダ甘だし。

 鴨川の確認もしておかないといけないけど、その辺りは急ぎじゃない。俺としては急ぐ内容って今の所ないんだよな。法律勉強するくらい?

 それもこの三日のうちの急務じゃないし。まずは体調を整えることか。

 三日後は、一大決戦なんだから。


 食事の流れのまま、桑名先輩とそのまま大浴場に行くことになった。部屋に戻ってタオルなどを持ってきて、脱衣場でロッカーに服を入れて浴場へ。今までは部屋の風呂で済ませてたから来るのは初めてだ。

 男子が使えるようにと、浴場はかなり広かった。ホテルの浴場と大差ないだろう。寮自体も未来の陰陽師のための投資なのか、色々設備が整っているし綺麗だ。施設管理のために雇われてる人がいるくらいだからな。


 ホテルと変わらない。俺としてはそこにあまり魅力を感じていなかった。寮として一部屋あればいい、眠るだけの場所って認識だったから。食堂以外まともに利用していないんだよな。

 部屋に風呂も洗濯機も乾燥機もある。冷蔵庫もあるから、それ以上何がいるんだって感じだし。


 ラウンジにはコーヒーメーカーとか新聞が置いてあるらしいけど、使ったことない。調理室もあるけど、俺は使わない。瑠姫は女子寮でよく使ってたけど。

 浴場はシャワーのところにシャンプーなど一式揃っており、ご自由にって感じだ。うん、ホテルだな、これ。


 シャワーを浴びて、身体と髪を洗って大きなお風呂へ。この前行ったホテルのように露天風呂や複数のお風呂があるわけではなく、大きな湯船が一つあるだけ。サウナも流石にない。そんなものあったら今頃クレーム来てるだろ。

 湯船で桑名先輩と合流。吟と銀郎もシャワーを浴びてきたようだ。銀郎の毛がベシャリと身体にくっついてる。いつものフサフサ感がない。


「しかし、難波君も有名になっちゃったねえ。今日教室に行ったら酷かったよ。男子も女子も、君のことを聞きたがってきた。十月頭もそうだったけど、今回はもっとだ」

「何か特別変わりましたっけ?土御門の蛮行を止めたわけでもなし。有名になることありましたか?」

「法師と姫様と、仲良く話していただろう?それで陰陽寮の後継者が確定したってことと、土御門と賀茂の没落で、筆頭陰陽大家に格上げになるだろうっていう推測だろうね」


 筆頭陰陽大家は今まで土御門と賀茂だったが、現状空白だ。そもそもそんな称号を作ったのは呪術省で、あの二家が威張るための肩書きだ。

 一応複数ある陰陽大家で話し合って選定するとのことだけど、そんな会議は形だけのもの。あの二家しかなったことがないんだから。難波は呼ばれもしなかった。これは難波が拒否したんだったか。


 陰陽大家を選ぶ会議はそこそこやって、入れ替わりもあった。ただ、そんな陰陽大家で裏のことを知っていたのは少数。妖や土地神の存在を知って抜けた家や、知っているからこそ間者として入っていた家もある。

 正直そんな枠組み、どうでもいいんだけど。


「難波の分家として質問責めにあったんですか?」

「そんなとこ。その辺りがどうなるかなんて僕も知らないのにね。香炉さんのことを聞かれても知らないし」

「苦労かけます。俺の噂もそのうち収まるでしょう。もうそろそろ、今年に入ってからの騒動に決着がつきますから」

「今度の術比べでまた噂が広がるんじゃ?」

「その時はその時です。それにこの学校だったら、もうすぐ大峰さんが学校を辞めたことが広まるでしょうし」

「えっ⁉︎大峰さん学校辞めるのか!」


 俺たちの会話に入ってきたのは摂津含むクラスメイトの男子数名。ああ、宿泊学習の時に大峰さんを探していた連中だ。大峰さんに騙されている哀れな子羊たち。摂津はどうだか知らないけど。


「よっ。桑名先輩、こいつらクラスメイトです。お前ら知ってるかわからないけど、こちら二年生の桑名雅俊先輩。難波の分家だから関わりがある」

「桑名先輩のことは流石に知ってるって。文化祭の術比べで優勝してたじゃん」


 あの試合は全教室のテレビで放送されてたからな。一応この学校で最強の先輩って知られてるか。それに桑名は退魔の家系として有名だし。

 クラスメイトの連中も湯船に入ってくる。吟を初めて見た奴らが驚きながらジロジロと吟を見ていたが、部外者だったらここに居ないだろうと思ったのか何も言われることもなかった。吟も気にしていない。


「それで、大峰さんのことだったか?あの人は現麒麟だぞ?それに土御門の護衛として高校に再入学させられたんだから、用事も済めば辞めるだろ」

「何でそんなに詳しいわけ?」

「俺たちはあの人が麒麟だって知ってたからな。情報共有してた。俺たちも予備の予備で護衛してもらってたし」

「難波も?何で?」

「一月にウチの地元で蠱毒を用いた事件があったわけだけど。その犯人が土御門だったからだ」

「……ハァ⁉︎蠱毒って、禁術じゃねえか!そりゃあ、まあ……捕まるなあ」


 土御門光陰が捕まったことを知る人間は少ない。メディアに流れていないし、中庭で星斗が捕まえる場面を見ていた、聞いた人間しか知らない。学校では退学したことしか知らされていないために、何故辞めたのかは詳しく知っている者はほぼいない。

 家関係だとほとんどの人が思っているはずだが。事実を隠す意味はないために俺は口を滑らせた。そうじゃないと祐介と天海が浮かばれない。


 結局、天海が土御門をぶん殴るって約束、守ってやれなかったな。俺も半殺しや地獄を見せるって決めてたのに、ただ捕まっただけ。微温い幕引きだ。

 桑名先輩も蠱毒については知らなかったようだ。姫さんから全てを聞いてるわけじゃないのか。


「蠱毒の件はひとまず済んだし、あとは天海のお父さんだけだからいいとして。大峰さんはこれから陰陽寮を引っ張ってもらわないと困るんだよ。名目上最強の陰陽師なんだから」

「名目上かよ?」

「法師や天海瑞穂さんに負けてたのを知ってるから、名目上だ。今の五神で最強は玄武だし、そんな五神よりも、今タマを看病してる女性の方が陰陽師としては強いからな?」

「明様。姉は攻撃術式は苦手ですが?」

「吟。それは誰と比較してだ?法師よりは下かもしれないが、瑞穂さんには十分勝てる。それに法師でも金蘭の方陣も障壁も破れないぞ?」

「失礼しました」


 吟は金蘭をある意味一番贔屓目なしに見ているのかもしれない。だからこその発言だろうし、吟なら互角に戦えるんだろう。

 それに、法師が負けるとは思っていないのだろうが。本当にお前たちはこの一千年で拗らせすぎだろ。もうちょっとこの一千年の積み重ねを信じろって。


「とにかく。あの年齢詐称ロリババア先輩はここでやることが終わったんだから辞めて当然なわけ。実年齢二十歳だからな?」

「ウソ⁉︎見えねえ!」

「同い年だと思ってた……」

「難波君、口が悪いねえ」

「これからの苦労を考えたらそうなるのも仕方がないでしょう?大峰さんにやってもらいたいことは山ほどあるんですから。瑞穂さんの二代後の麒麟としては実力不足ですから」


 惚れていたと思われるクラスメイトたちの嘆きの声と、桑名先輩の苦笑。でも大峰さんには最低限麒麟の本体を詠び出してもらわないとこっちも困る。五神の中で一番温厚で難易度が性格的な意味で易しい麒麟を詠び出せないなんてなあ。

 多分姫さんと血縁だからこそ、なんだろうけど。


「あのロリババア先輩、名前すら偽名だからな?高校入学用の名前だから、普段京都で使ってる名前も、本名も違うぞ」

「偽名?そこまでするのかよ……」

「難波、本名は⁉︎」

「あー、一回資料で見た気がするけど……。こっちの名前は忘れたし、本名も下の名前は思い出せない。天海なんちゃらさん」

「……天海?ウチのクラスの天海さんと親戚なのか?」

「あの人、裏・天海家の分家の人間だからな。ウチのクラスの天海は東京に根ざす天海本家の分家だから、すっごく遠縁の親戚ってところだな。天海瑞穂さんは裏・天海家の本家の人間」


 今更どこの人間かってバレても問題ないだろう。裏・天海家の役割も、実質姫さんを世に産み落とした段階で終了。法師が裏の住人に働きかけたことで隠れる必要もなくなった。呪術省ももうないし。

 いやー、大峰さん人気だな。でも本人は星斗に惚れているという。

 星斗周りの人間関係、ドロドロすぎない?関わりたくないなぁ。


「……確かに姫様と大峰さん、面影があるね」

「でしょう?実際とても優秀な家なんですよね。麒麟を二人輩出。それに彼女らの村は全員八段のライセンスを取れるほどの実力者だとか」

「末恐ろしい。そんな一大派閥が誰にもバレることなく隠れていたなんて」


 難波も少し前までは知る人ぞ知る家系だったからな。名前が売れるようなことをしてこなかったし。隠れるだけならいくらでもできた。

 それからもクラスメイトによる質問がやってくる。のぼせないように気を付けながら、隠すべき情報だけは隠しつつも、基本的には質問に答えていった。

 こんなバカみたいな話、次はいつできるかわからないんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る