第175話 1ー2

 今日は全校集会があるとのことで、いつもは登校時間が午後の三時だったのに対して、一時半には教室に入っているように通達されていた。

 朝昼のご飯を纏めて食べておいた俺は、ミクもあまり顔を出して欲しくなさそうだったし、早めに教室に行くことにした。誰もいないであろう早めの時間に教室に入ったのに、既に何人かクラスに生徒がいた。

 そんな生徒のことより、クラスの机を確認する。


 まるでそんな生徒がいなかったかのように、机が二つ。減っていた。

 俺はそれを心に刻みながらも、なんでもないように自分の席に着く。持ってきていた鞄を机の脇に置くと、クラスメイトたちがやってきた。

 その中でも関わりが若干ある攝津が声をかけてくる。


「難波……。話に聞いてたけど、本当にそっちが地なのか?」

「ああ、そうだ。寮では会ってなかったか」

「食堂にいたか?お前、大浴場にも来ないし、ここ数日は食堂にも来てないだろ」

「ご飯は金蘭に作ってもらってたからなあ。大浴場は元々行かないし。確かに会う機会がなかったか」


 言われて気付いたが、ここ数日ミクの看病をしていたり、京都の霊脈がずれていないかの実地調査をしていたから、男子寮にほとんどいなかったな。

 移動は基本的に禹歩か空飛ぶ式神任せだった。学校の人間に姿を見られることはなかったはず。そうなるとこの反応も頷けるか。

 俺ってそもそも、そんなに寮にいないからな。平時でも外をうろちょろしてたし。


「霊気を持ってる人間が髪と瞳を変色させるくらいおかしなことじゃないだろ?」

「そりゃあそうなんだが。……ずっと隠してたのか?」

「ゴンに隠形使ってたのと同じで、俺も認識阻害をしてただけ。髪と瞳が黒く見えるようにな。これ、看破されたんだぞ?瑞穂さんとか、五神とかに」

「見抜く方も凄いけど、その認識阻害だけで陰陽大家の秘術に匹敵するぞ……。本当にお前って規格外だな」


 マユさんはそれだけの眼を持ってるってことだけど。ほぼ誰にも気付かれない認識阻害なんて秘術中の秘術だ。だってそれが流布したら、完全犯罪が容易に起こってしまう。それを防ぐためにも、陰陽大家には独自の秘術を産み出しても秘匿してたりしているわけで。

 難波だと一応星見と式神降霊三式がそれに当たる。どっちも血筋以外でも発動できるけど、詳しい術式は公開していない。


 攝津の家は式神を主に研究している家だけど。同じく式神を扱っている俺がゴンや銀郎を式神にしていて、ついでとばかりに他家の秘術使ってたら驚くよな。

 とはいえこの認識阻害、どっかの家の秘術じゃなくて、晴明直々の術式。それを幼い俺がゴンから教わったものだからな。ゴンに教わるまでは父さんが似たような術式を俺にかけてたし。


「これでも本家本元、安倍家の血統だからな。やれないこともあるけど、そこらの陰陽師に引けは取らないぞ?」

「だろうよ。ウチが下なんじゃなくて、お前が上すぎるって思ってる」

「ああ、うん。その認識でいいと思う。それに攝津。前教えた式神の常駐化試してるんだろ?入学したての頃より霊気がだいぶ伸びてる」

「それはホント、助かった。親父たちも式神の研究こそすれど、実力に伸び悩んでたからな。式神を日常的に使うなんて発想がなかったんだ。しかもちゃんとした式神を。だいたいのことは簡易式神で済むし」


 掃除や雑用くらいなら、簡易式神で全て代用できる。簡易式神を用いる家は多いんだろうけど、ちゃんとした式神を常時用いる家は少ないだろう。霊気の無駄遣いなんていう風潮があるために。

 呪術省のせいで式神も下火だからな。いや、マルチタスクが必要だから、才能ない人には向かない術式なのはわかるんだけど。ここら辺は今後の改善点だ。


「え?なにそれ」

「攝津くらいにしか教えてなかったっけ?霊気って地道に伸ばす方法があって、日常的に霊気を使うと年単位で見れば基本増えてる。特に成長期の俺たちだと特に。霊気欠乏症に気を付ければそこまで危険なこともない。老化には流石に勝てないけど」

「そんなこと、これまでで習ってないよ?」

「呪術省がそんな事実を確認できていないからな。難波の分家ではどこでもやってることだぞ?皆だって高校上がってから霊気増えたんじゃないか?中学までは授業で霊気を使うことなんてほぼなかっただろうけど、ここなら結構使うし実習もある」

「確かに……」


 何人かは実感があるのか頷く。スポーツの練習や筋トレと同じで、練習すれば習熟度は上がるし、霊気だって使い込めばその潜在量を増やす。陰陽術だって技術の一つで、霊気はいわゆるスタミナだ。

 年間通して走りこめば走れる距離が伸びて、何回も走っていればタイムが縮む。限界ギリギリに挑戦すれば、手抜きで走るよりも早く成長できる。陰陽術だって同じ。使わないで成長させるなんて御魂持ちのような、外法が必要だ。


 または、ゴンによるツボ押しとか。あれは知られると面倒だから天海以外にやってないけど。俺も今ならできるんだよな。

 呪術省なんかは陰陽師学校の教育のおかげとか、教員の指導が素晴らしいからだと訴えていたが。いや、それも一部分ではその通りなんだろう。知識ある人間が教え、設備も揃っていれば習熟も早くなる。


 幼少期から修行漬けにされていない、伸びしろが多い普通の家出身の生徒はそれは伸びるだろう。

 霊気の量なんて生まれつき多いのは遺伝もあるが、偶然だって否定できない。星斗と妹の彩花あやかさんという例もある。星斗は生まれつきかなりの霊気を持っていたようだが、彩花さんはそうでもなかったのだとか。


 だから星斗がダメだったら彩花さんを教育して難波の次期当主を狙わせるってことをしなかったわけだし。星斗の才能が別格だったってこともあるだろうけど。

 私はあれができるようになった、俺はこれができるようになった、という話で周りが盛り上がっていると、女子の潮田に質問された。


「結構女子寮で噂になってたんだけど。難波君って狐憑きなの?」

「あー、バレてるならいっか。正確には先祖返りの半妖。安倍晴明の母親が葛の葉っていう妖の狐だし、晴明の妻は玉藻の前だから。それでも人間と狐半々なんだよ」

「尻尾と耳見せて!」


 えー。そんな顔輝かせられても。でも知ってる人は知ってるし、男子寮でも結構噂になってたみたいだしなあ。

 一度見せたら、二度も三度も変わらないか。

 そう思って無言で隠形を解くと、クラスで一斉に黄色い声が響いた。


「キャー!難波君可愛い!」

「いやあ、ゴンちゃんそっくり。でも尻尾は一本なんだね」

「いつもはカッコいいけど、こう見ると確かに可愛いかも。写真撮っていい?」

「あ、あたしも撮りたい!」


 すぐに女子に囲まれて、フラッシュを焚かれる始末。何が琴線に触れたのかわからないけど、もう男子なんて御構い無しに写真を撮られたり、何人かの女子と一緒になって集合写真的なものを撮ったり。

 教室に入ってきた天海が呆れていた。


「何、これ?」

「天海、助けてくれ」

「たぶん尻尾と耳を隠せば収まると思うよ?」


 それもそうか。後ろで銀郎も大きく頷いている。尻尾と耳を隠すと、女子たちは露骨にえー、と落胆の声をあげていた。それも束の間、撮った写真を見て「那須さんには悪いけどいい写真撮れたー」と喜んでいるのを壊そうとは思わない。

 全校集会が始まるまで。正確には八神先生が来るまで、他愛のない話をする。

 誰も二つのなくなった机について、言及しない。いや、したくないのだろう。

 忘れられるわけもない二人。そんな二人の喪失を口にすれば一度、この日常が崩れるから。

 だから、誰も日常という殻に罅を入れることは、しない。



 ミクは話していた通り、登校しなかった。天海に聞かれても、体調を崩しているとだけ言っておく。実際には体調を崩していないし、神気も霊気も安定している。なんというか、精神の安定に必要な休みだろう。

 全校集会もこれといって特筆するようなことはなかった。大体は校長室で聞いたことだったし、それと追加で話したことなんて陰陽術の私的使用を注意する程度。犯罪者になるなという内容だった。


 それと、防衛大や自衛隊との合同演習の企画が潰れたことくらい。自衛隊の活動がおそらく自国を守るための行動じゃなく、デスウィッチを用いた侵攻作戦だとわかったためだろう。要するに、陰陽師を戦争に用いようとしたということ。

 国を守るための連携ならまだしも、人を殺すためだとわかったら学校としても拒否するだろう。陰陽師はただでさえ国内でも足りていないのに、他国に喧嘩を売ってまで減らす人材じゃない。


 全校集会の後は短縮日課で、中休みで解散になった。この後俺は用事があったのでさっさと退散。コンビニでご飯を買って旧呪術省庁舎に向かった。今日は金蘭も瑠姫もご飯を作ってくれなかった。ミクを優先させたいからそれでいいけど。

 この旧庁舎もすぐに陰陽寮に名前を変えるだろうけど、国会はそこまで進んでいない。対応することが多いのだとか。デスウィッチの件とか、呪術省との汚職とか。最近の国会中継は見ていられるものじゃない。


 エレベーターを使って十階にある会議室へ。その部屋はなんて事のない小さな部屋で、長方形の机に椅子がいくつかとホワイトボードがあるだけの、重要な話をするような場所ではない風景。

 そこに座っているのが俺の両親と姫さんでなければ、だけど。

 第一声に迷ってしまったが、当たり障りのない言葉でいいかとすぐに口に出す。


「お待たせ。ご飯は?」

「もう食べた。まだなら話す前に食べるといい」

「向かってる途中で食べたよ。コンビニご飯だったし。……じゃあ、早速話そうか」


 俺が席に座って、後ろに吟と銀郎が控える。すぐに話題に入ろうと思ったら、ある意味一人だけ部外者の姫さんがクスクスと笑っていた。


「なぁに?明くんも康平くんも緊張したような声で。口調もどこか変だし」

「ムゥ……。瑞穂君、君に君付けで呼ばれるのはむず痒いからやめて欲しいんだが」

「年上のくせにわたしに星見として相談してきた康平くんは、いつまで経っても康平くんでいいでしょ?ねえ、里美ちゃん」

「そうね。この人が悩むのもわかるけど、それはそれ。当時小学生の瑞穂ちゃんに相談する情けない人だなんて思わなかったわ」

「法師に相談するわけにはいかないだろう。私では『婆や』に会えん。当時他に星見で同等だったのは瑞穂君しかいなかった」


 不貞腐れる父さん。なんというか、この三人の関係性が見られて面白い。あと思ってたけど、ウチの家系って女性に弱くないか?いや、女性が強いのか。

 俺も父さんも声がぎこちなかったのは色々図りかねていたからだろう。けど、そんなものは今更かと思って今まで通りに接する。間違いなく俺の両親は目の前の二人なんだから。


「姫さん、ありがとう」

「どういたしまして。このままわたしが進行しようか?」

「そうですね。それが一番収まりがいいかもしれません」

「じゃあ最初の確認。明くん、いつ頃思い出した?」

「五月の大天狗様の一件でうっすらと。死にかけたからでしょう。はっきりとは八月の一件で。金蘭と葛の葉の魂に会って刺激されたから、でしょうね」

「そう。なら大天狗様を動かせた甲斐はあったのね」


 やっぱり法師が主に動いたから大天狗様は襲撃なんて手段にしたのか。あの方も今の日本の姿を見ていい思いはしていないだろうけど、そこまでの排斥派じゃなかったはず。裏に他の誰かがいるんだろうなとは思ってたけど。

 法師のやり方に似ているとは思ってたけど、やっぱり主導は法師だったか。呪術省に仕掛けられていた先代麒麟の遺産を解くっていうのが一番の目的だったんだろうけど。父親や天竜会のために仕掛けておいた善意が邪魔になるなんて。

 視えていなかった未来を警戒して保険を残しておいたんだろうけど。法師からしたら良い機会だったわけだ。


「珠希ちゃんはどうなの?」

「詳しい時期はわかりませんけど、おそらく同じくらいには。……父さん。俺とミクの場合その辺りがちょっと違うはずなんだけど、どうして俺は忘れてたわけ?」

「ゴン様が契約するついでに十二支をベースにした封印術を施した。珠希君が思い出すのとほぼ同時になるように、だな。その辺りはお前がゴン様に頼んだと聞いているが?」

「覚えてない……。ミクも同時期だったっていうのは、それもゴンが何かしたのか?」

「あなたとの契約が堰き止めていたんでしょう?あなたと珠希ちゃんの契約にゴン様が便乗したとは言ってたけど」

「ああ……。俺とミクが繋がってたからこそってことか」


 腑に落ちた。というか父さんも母さんも名前の契約知ってたのか。父さんは星見だから仕方がないとして、母さんが知っていたのは父さんが話したからだろ。もしくはゴン。

 帰ったらゴンに呪術かけるか?一度シワシワになったゴンも見てみたいし。あいつ、俺との契約結構破ってるじゃないか。


 十二支をベースにした封印術。つまり十二年後に解けるものだから時期的にも一致する。俺がゴンと契約したのは三歳の時。そこで一旦全部忘れたわけだ。

 ゴンに、俺をずっと封印するだけの力があったのか?気になって身体に確認の術式を走らせる。すると。


「……ゴンの奴、俺に封印術重ねがけしてやがる。自然に解けるようにって言っておいたじゃないか。……三回も、仕掛けやがって」

「三回?いつ?」

「ミクに初めて会った迎秋会の時と、十歳の頃に法師を撃退した時。それと中学上がって初めての迎秋会の時です。初めての時なんて俺とミクの契約の時に重ねてるので、計四回ですよ。……これを良かったと思うべきか、悪いと断じるべきか」

「ゆっくりと過ごせたんだから良いんじゃないの?」

「法師に迷惑をかけ続けてるんだよ、母さん。……もっと早く思い出してれば、法師を苦しめることも、『婆や』を悲しませることもなかった。もっと色々と、できたと思う」


 そこに尽きる。一千年も待った二人に、わざわざ時間をかけさせただけ。

 それにもしかしたらだけど。「かまいたち」も産まなかったかもしれない。賀茂静香を助けられたかもしれない。住吉祐介は、まだ隣にいたかもしれない。

 そんなもしもを考えてしまう。

 どっちが良かったなんて比べられない。どっちの場合も悲しませた人はいるだろうし、幸せになった人はいる。それに、過ぎ去った時間は巻き戻らない。


「あの人も、『婆や』も。たった十年くらい気にしないと思うけど。今も上で楽しくお茶会をしているわよ?」

「……だとしても。ゴンには一回罰を与えます。ミクの精神を慮ったのだとしても。呪術省がここまで堕ちているなら、早く動きたかった」

「ゴン様は知らなかったんじゃないか?難波に来てからは、お前と珠希君の監視が目的になったんだから」

「……二人には謝ろう。ゴンにも問い質すとして。姫さん。俺ってすぐに陰陽寮を指揮できるんですか?」

「できるわ。内閣府を味方につけたし、もうしばらくしたらあなたの実力を見せるでしょう?今必要とされているのは強いトップ。陰陽師最強を見せつければ、問題ないわ」


 高校生が、良いのだろうかと思ってしまう。だから繋ぎとして星斗の名前を挙げたんだろうし。最悪、実権は俺が握っておいて、表向きのトップに星斗を置いておくという手段もある。

 これ以上姫さんに任せておけないし。

 陰陽寮をもらうことはある意味決定事項だったからいいとして。この話だけだったら姫さんがいれば済む。両親がいるのは、それ以外の理由があるから。


「次の確認事項ですが。二人の身体は問題ないですか?」

「ここの霊安室に安置されてるわ。専用の方陣も組んでおいたし、防腐処理もしてあるもの」

「それは良かった。どっちがどっちの交渉に行ったわけ?」

「私が賀茂に行ってきた。当主の方は既に正気を失っていてな。まともに話もできなかった。そのため暫定次期当主である、栄華君に話をしてきた。彼はもう意識を取り戻していてな。難波に任せる。ただし遺骨は京都にお願いすると」


 内容としてはとても真っ当だ。それに、意識が戻ったのなら良かった。彼は今まで辛い事が多かったためになるべく賀茂家の負債は残さないようにしたいが。それが彼女の望みだと思うし。

 賀茂・土御門はもう本当に、どうしたものか。国民からも相当責任を取れだの謝罪しろだのって声が挙がっている。日本人としては珍しいが、政府への抗議と共に両家への訴えとしてデモが起きているほどだ。


 それを止めようとは思わない。陰陽師の仕事を邪魔しなければいくらでもやっていいと思っている。国民の権利だ。

 これ以上引っ掻き回されても困るから、その両家に発言なんてさせないけど。

 父さんが賀茂に当たったってことは、母さんが土御門か。


「土御門には直接交渉をしていないわ。住吉さんが生きているとも思っていないでしょうし。その住吉さんの希望で、遺骨は地元に持ち帰りたいって。治療が済めば、地元へ戻るそうよ。ここには辛い思い出が多いから」

「それは予想してた。護衛は?」

「いらないそうよ。もう陰陽師に関わりたくないと」

「……わかった。見舞金を多めに包もう。治療はいつぐらいまでかかりそう?」

「精神的なものもあるし、身体的にもかなり衰弱しているわ。その上今回の一件だもの。年明け……年度始めくらいまでかかるかもしれないわ。その辺りは私も専門外だからちょっと。瑞穂ちゃんは彼女の診察をしたんだったっけ?」

「ごめんなさい。栄華さんの方だけで、亜利沙さんは診ていないわ」


 俺も医術についてはわからない。そっちの専門は法師だったし、それも込みで色々できる裏・天海家がおかしいんだけど。

 万能すぎるだろ。


「亜利沙さんが退院するまで、祐介の遺体は陰陽寮預かりですね。静香の方は、栄華君の体調次第でしょうが」

「彼はもうしばらくしたら退院できるわよ。彼に施されていた改造は、まだ良識的だったから」


 姫さんはそう言うけど、俺も後で顔を出そう。容態の確認などはできなくても、状態の把握はしておくべきだ。二人には罵倒されるだろうけど、それでも顔を出す義務がある。

 祐介を止められなかったのは俺だし、静香を殺したのは銀郎なのだから。


「……うん。それは俺がなんとかする。父さん、難波分家と、桜井会は説得できた?」

「ああ。本家に残る巻物を見せて納得させた。星斗の一件が終わってから説明したために星斗には伝えていないが。あいつにはお前が直接伝えろ。これから一番迷惑をかけるだろうからな」

「わかった。……星斗から聞いただけだけど。神奈かんなさんは、御座に昇ったんだって?」

「ああ。地上では身体の維持ができなくてな。星斗と別れの挨拶をして、昇ったよ」


 夢月むつき神奈さん。星斗の婚約者で、玉藻の多大なる信仰を受けて土地神になってしまった存在。

 星斗は奔走したようだが、どうにもならなかったようだ。金蘭も手伝ったらしいが、神として存在を確立させるのは厳しかったらしい。金蘭からも伝え聞いて、星斗からは電話で聞いた。

 星斗もそうやって失ったのに、今は動いているんだ。俺だって動かないと、星斗に失礼だ。


「星斗も気にした方が良いかな?」

「星斗くんは結構立ち直ってると思うけど?マユさんも隣にいるし、良いんじゃない?あの二人は持ちつ持たれつだろうけど」

「……ペアにして良いんですか?先輩後輩として良い関係でしたけど、男女ですよ?」

「やあねえ、明。男女だからじゃない。玄武はいい顔しないでしょうけど」


 母さんに笑われる。いやいや、男女だから問題なんじゃって思ったのに、そういう返しが来ることは想定外っていうか。

 星斗は婚約者を失ったばかりで、それなのに女性のマユさんと一緒に仕事させるっていうのは。呪術省の頃からそうみたいだけど、それって外聞良くないんじゃなかろうか。それが心配で……。

 玄武はいい顔しない?もしかして。


「そういうこと?……マユさんって白虎にも好かれてなかったっけ?そんなことで五神が崩壊するのは見過ごせないんだけど」

「あら、明にしては鋭いじゃない。でも、一目で見抜けないところはまだまだね」

「マユさん、結構わかりやすいと思うけど?五神については朱雀がいない時点で問題だし、翔子ちゃんに麒麟をちゃんと詠び出してもらわないと意味ないでしょ」

「そうですね、半壊状態でした。……朱雀は最悪俺が兼任するとしても、大峰さんの指導は急務だなぁ」

「星斗に朱雀を任せてしまえ。それか麒麟にさせればすぐ終わるぞ」


 まさかの父さんからの助言。

 星斗の適性としては麒麟が一番なんだけど、あいつ本当に万能で朱雀をやらせても詠べてしまうと思う。本当の意味で麒麟が務まる人物は、先代麒麟のように五行全てを修めているためにどの五神にも対応する。

 星斗はそういう、アベレージの高い陰陽師なわけで。


「……マユさんと一緒に仕事をしている良い口実になるから、無理矢理朱雀にするか?前任からの印象回復としては申し分ないし、実力も十二分。でもなあ、下世話すぎる気がする……」

「最適解ではあるけど、立場からして勧めづらい。そういうことは今後増えるはずよ。むしろ星斗くんでその罪悪感を覚えたら?」

「外堀埋めるようなことしたくないけど、それが最適解なのも事実……。今度、直接話すことにします」


 そこは俺が直接やらないとマズイだろうな。マユさん云々は抜きにしても、早急に京都を立て直したいのは本当だ。

 実家の方は父さんに当分頑張ってもらおう。それか次期当主を選出し直すか。そこらへんはもう数年様子を見て良いだろうから、後回し。


「とりあえず、この四人で話すことはこれくらいですかね」

「そうだな。瑞穂君から何かあるか?」

「いいえ。引き継ぎのための細かい書類はもう渡してありますし、こんなところかなと」

「じゃあ終わりにしましょう。姫さんにも、予定があるでしょうし」

「予定?わたしはもう、結構空いてると思うけど……」


 姫さんが首を傾げていると、会議室に入って来る人物がいた。法師だ。俺は千里眼で確認していたから驚かないけど、姫さんだけ驚いていた。


「会議は終わったな?姫、出かけるぞ?」

「え。はい?今から?」

「ああ、今からだ。明、三日後に喫茶店の前でやろう。それまで姫を借りていくぞ」

「姫さんはお前の式神だろう?好きにしろ」


 法師は一つ頷くと、姫さんをお姫様抱っこしてそのまま部屋から出ていった。見せつけていってそのままかよ。まあ、俺は見慣れてるから良いけど。父さんと母さんは呆れている。


「……なんだ?あのバカップルは」

「父さんと母さんそっくりだと思うけど?」

「あそこまでかしら……?入学式の時は私たちの姿をして、あんな感じだったの?」

「あんな感じ。今の見た目なら、若いカップルなんだなって思えるけど」

「……瑞穂君の見た目は、その。若すぎやしないか?」


 それは言わないお約束だ、父さん。

 なんだか締まらないなあ。すごい大事な約束をしたはずなのに。直前までは陰陽寮についてこれからのことを話していたはずなのに。

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