第166話 3ー4


 八月。明が珠希ちゃんと薫ちゃんと一緒に帰省した際、俺も少し後の新幹線で那須へ向かっていた。住む場所を提供してもらっている一族の人に明たちが駅の近くにいないことを確認してもらい、その上で変装して那須の拠点へ向かった。

 この一族は何かあった時のためにと、難波が家を興してから百年ほどして、こちらへ送り込んだ密偵の一族だ。こちらで何をしているのか、そして殺生石の対処は万全かを確認するためにずっと那須の地で潜伏していた一族だ。中学からはその一族が提供する家で暮らしていた。


 こちらに来た理由は、明たちを油断させて殺生石を奪うため。俺たちはどうしても大儀式を行うには霊気不足で、しかも降霊をするにしても縁となり得る物を持っていなかった。本家でも分家でも、それら全てを曰くありとして処分してしまったからだ。

 そこで目を付けたのが殺生石。呪詛の塊のようなものなため、霊気は十分。縁もあり、制御さえできればこれ以上ないというほど適した呪物だった。


 それの確保のため、明と顔を合わせず、かつ無防備な時となれば夏休みしかなかった。明たちと別行動ができて、かつ二人が本家に近付かない可能性がある期間。それはもうここしかなかった。

 明と珠希ちゃんが婚約者って知っていたし、それなら珠希ちゃんの実家に顔を出すタイミングもあるだろうと踏んでのことだ。そうすれば難波家に従う式神二体も、ゴン先生もそちらについていくはず。本家に残されている戦力は当主夫妻だけ。それでも俺より強い人たちだが、明たちがいない方が確実に良い。


 分家の者たちが本家に訪れるかどうかも調べたが、それは杞憂に終わる。街そのものには集結しているようだが、本家にいる人間は少ないことがわかった。

 どうやら外国人犯罪者グループが難波の祭壇を狙っているようで、それに駆り出されたようだ。これは都合が良いと思った。明たちの意識がその犯罪者グループに向くからだ。


 明たちは分家と、そしてCIAと手を組んで街の防衛に当たると知った。いつの間にそんな外国の組織と手を組んだのかとも気にはなったが、これは最大のチャンスだった。奥方を除いて本家の人間は全員難波の祭壇で泊まり込みによる護衛がされるとのことで、決行日が決まった。

 外国人のテロの事前に動いたら警戒された中で動くことになる。動くとしたら同時が好ましい。テロを利用するのが一番だと判断した。


 情報を得てすぐ外国人たちは動くのかと思ったが、海外からの増援を待っているのかすぐには動かなかった。その間に情報収集を行い、テログループは妲己を狙っていることがわかった。

 あそこに眠っているのは玉藻の前だと思うけど、海外じゃきちんとした情報収集ができなかったのだろう。日本はそれだけ呪術に関する事柄は秘匿してきた。


 でも警戒するように、外国人が日本を狙っているかもしれないと呪術省に一報を入れた。本当だったら戦争になりかねない。そんなのごめんだ。

 そうして当日。

 お昼に街中で外国人が爆破テロを起こしたことを聞いて、俺は本家の近くの林に身を潜めた。難波の本家は都市部から離れているおかげで身を潜める場所がたくさんあるのは助かった。


 昼を過ぎて夕方。その辺りで本家の偵察を行わせていたドローンが奥方の移動する様子を捉えた。それを見逃さず俺は陰行と認識阻害などの身を隠すための総動員して本家へ潜入。

 明に何度も招かれている間に侵入者対策の結界とかへ干渉して構造を把握していたから、侵入者への何かが発動することはなかった。


 明は、俺が裏切っていることを知っていただろう。過去がわかる、とんでもないチートだ。旦那様に至っては日本で一番の星見。そんな過去への干渉を防ぐ手段なんてわからず、だというのにずっと平時と変わらない態度であり続けた。俺を告発することもなく、学校でも友達のまま接していた。

 それも、気に食わなかったのだろう。いつでも俺をどうにかできるという態度の表れのようで。俺は明に一泡吹かせたかった。それは、この一生で叶うことのない願いかもしれない。


 とにかく本家に侵入し、旦那様の執務室の椅子の下。

 そこに地下室への唯一の扉があった。そこを開けて奥へ進む。

 地下室はただ広いだけの一部屋。そこを進み、奥にあった木箱を見付ける。

 豪華な木で作られた木箱だ。その割には、防衛用の呪術などがかけられていない。中に入っている物が物なためか、下手なことはしていないのだろう。


 機械的なトラップなどもないことを確認して、木箱を開けた。そこに入っていたのは赤紫色に妖しく光る拳大の鉱物。

 玉藻の前が死んだ際にこの世へ産み出した呪詛の塊。これが存在するだけで周囲の人間も土地も呪詛に飲まれ、朽ちていくまさしく呪われた物。



 殺生石。



 これを管理するための家が難波。そう聞かされていた。だから土御門も血筋を監視にこちらへ寄越したし、難波のことを注視してきた。祭壇の方にあるんじゃないかとも思ったが、祭壇になかった時点で本家で管理していることはわかった。

 本当はこっちが安倍の血筋なんて、わかんねえよ。土御門がそこまでバカだったなんて、わかるわけがない。


 殺生石を持ち出し、すぐに本家から出た。

 すると殺生石に反応したのか、土地が悲鳴をあげて魑魅魍魎が湧き出てきた。難波は京都と比べて魑魅魍魎はそこまでいなかったのに、急に京都並みに溢れ出た。


 殺生石に反応しているんだろうとはわかっても、俺は退治しなかった。この場から離れることが第一だったからだ。

 簡易式神を呼び出して那須を飛び出す。そのまま空を飛んでまずは埼玉県を目指した。


 殺生石。日本で最高の呪物。

 その忌み名は本当のようで、持っているだけで霊気のコントロールが効かないようだった。強すぎる呪いは使おうという意志すら関係ないようで、ただそこにあるだけで俺の身体を蝕む。

 持っている左手だけが異常に熱い。痙攣が止まらない。


 ズクズクと、そこだけ鼓動がやけに速い。まるで全神経がそこに集中しているかのように。

 左手だけではなく、その侵食は左腕に回った。骨の内側を刺激するような、そこに熱く滾った鉄棒を入れ込まれたような、一秒ごとに骨に直接金槌を叩かれているような痛みが走る。


 こなくそと我慢しながらとにかく簡易式神を飛ばし、ついでに光陰に殺生石の奪取に成功したことを伝えるメールを送信した。

 その時がしゃどくろのせいで京都が大変だったなんて露知らず。

 俺は越県したことで安堵して、適当な林の中で痛みに耐えながら休むことにした。


 それから身体に移植するまで、ずっと不調に苛まれた。霊気はまるで自分のものじゃないように波打ち、簡単な術式すら失敗する始末。

 高熱・幻覚・幻聴に魘されて夏休み期間はそれをどうにかする方法を確立するだけで精一杯だった。

 だがそれも、学校で明に会った瞬間無駄だったと知る。あいつは俺の隠していた不調にも気付いてたし、その原因が殺生石だと勘付いていた。


 それからの一ヶ月ちょっと、正直生きた心地がしなかった。いつでも明は、俺を消せたのに。

 それをあいつはしなかった。

 見逃されたようで、気に食わない。


 だが、最後に俺が勝てばいい。たとえ俺が死んでも、結果さえ残せればいい。

 静香を失った光陰は、それくらいもう周りが見えていないだろうから。最後のド派手な成果くらい演出してやる。

 それが、俺のできる精一杯。

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