第165話 3ー3
俺が放った弾丸は祐介が懐から出した神気を纏った樹の一部によって防がれてしまった。資料で見たことがある、土御門の家が好む防御用の呪具だ。春先の法師の事件でも、あれを使って光陰は茨木童子の攻撃から身を守っていたのだろう。回数制限があるとはいえ、優秀な呪具とされている。
正確には神の遺物だけど。それを彼らは理解していない。そうでもなければ、どんな攻撃でも防ぐことはできないだろうに。
「お前の攻撃手段なんて、対策してるに決まってるだろ。あれだけ派手に戦ってれば、ある程度の対策はできる」
「祐介、この銃がどんなもんかわかってるのか?」
「今のストレージはただ霊気を込めた弾丸を放つだけだ。多様性も何もない単一術式を刻印されたもんだろ。それでストレージを変えることで弾丸の種類を変える呪具だ。そのストレージに込められた術式しか使うことができない。しかも威力はそこまでじゃない。弾速だってまずまずだ。銃口を向けられてからでも十分対応できる」
「そうかよ」
対応ができているからと、攻撃の手を緩めることはしない。また引き金を引くが、今度は神具を使わずにポケットから出した新しい呪具で迎撃された。
その呪具の見た目も、やはりハンドガンのようなもの。俺との差は色で、向こうは白かった。それの引き金を引いたことで、お互いの霊気の塊は消える。
詳しい理由は、そういうことか。
「その武器がお前だけのものと思うなよ」
「なるほど。土御門ともなればそれくらいの呪具も用意できるか」
「理論自体は単純だからな。類似品はいくらでもある。だけど、この防御用の呪具の代わりをお前は持ってないだろ?」
「ああ。持ってないな」
なにせあの樹の神具は御神木を切らなければ手に入れられない代物だ。そんなものを難波家がするはずがない。御神木は御神木として育て、保護しなければいけない。枝葉を切るくらいはしても、それを集めただけではあれほどの神具にならない。あれは幹そのものを使っている。
枝程度であれほどの神具にはならないのだから。
神は奉るもの。崇めるもの。それに等しい御神木を伐採するようなことを、神であるゴンを保護している時点でするわけがない。
たとえその効力が得られる神具が作れるとしても。絶対にやらない自信がある。
「それでも銀郎さんを使わない気か?」
「ああ。式神は使わない。これは俺とお前の喧嘩だ」
「そうやって……足元見てんじゃねえぞ‼︎」
祐介のハンドガンから弾丸が放たれる。それを走って避けたり、俺も引き金を引いて白い弾丸たちが相殺する。
向こうの呪具も、基礎性能は変わらないみたいだな。一度に込められる霊気の量には限界がある。試しに霊気はそれなりに込めて、引き金を引く。俺の銃口からは細かい小さな弾丸がいくつも祐介に向かうが、祐介も同じことをしたのか全部防いでいた。
何発かは届いたみたいだけど、それは神具の効果で祐介の身体の前で消滅していた。
散弾機能もついてると。まあ、あまり特徴のない呪具だし、似ているものはあるだろう。これだってちょっと特殊なだけで、俺以外にも使える。
「こういうことはできるか⁉︎」
祐介の銃口から出てきたのは身体全体を巻き込むほどの大きな弾丸。
出力や弾丸の大きさを調整することはできる。だから、相殺できるように同じ威力、同じ大きさで弾丸を放った。それくらいは眼があればできる。
で、だ。こんな風にわかりやすく大きな弾丸を使うってことは、目眩しだ。
大きな弾丸が相殺して消えると、祐介が呪符を三枚用意していた。強力な術式を使うための容易だったのだろう。
「喰らえッ!
三枚の呪符が姿を変えたのは、ダイヤモンドでできた雷を纏った槍のようなもの。それが俺に向かって飛んでくる。金と木の二重属性、難しい術式だ。それを使える祐介の実力が惜しいと思ってしまった。
俺は焦ることなく、引き金を引く。
ゴギャギャギャン‼︎という音が辺りに響き渡る。
放たれた槍と黄色い弾丸がぶつかった音だ。それが鳴り止むと、そこには強力な術式がぶつかり合った衝撃が地面に穴を作ったという結果だけを残し、他には何も残さなかった。
その結果が意外だったのか、祐介の表情が曇る。
「な……なぁ⁉︎何で単音詠唱でもなく、ただ呪具から放った一撃が!これを破壊するだって⁉︎」
「祐介。神気って知ってるか?」
俺の問いに、思い当たることがあるのか警戒しながらも頷く。
神気なんて大学でも学ぶ者は極一部。熱心な教授が専攻していれば教わるくらい。神の存在を信じていない呪術省のカリキュラムでは、神に関わることは全くもって必修項目ではないのだから知らない者も多い。
「五神や神が持ってる特殊な力だろ?」
「まあ、あながち間違ってない。神に連なる者に与えられる祝福。霊気に似た、規模の異なる奇跡。……人間にだって、使えるんだぞ?」
「まさか……!」
「先代麒麟や瑞穂さん。それに現五神の玄武も使えるんだ。安倍家正統後継者の俺が使えてもおかしくはないだろ?安倍晴明は神気を使えなくても、混ざり気ない神の血を引いているんだから」
神気が使えることに納得したなら、あとは簡単だ。そんな力を使えるようなものを用意すればいい。
実のところ、神気を呪術省が把握していないから市販の物では呪符にしろ呪具にしろ、俺やミクではまともに術が使えない。補助にならず、力を発揮しきれない。いつぞやのミクのように、簡易式神が一枚の呪符で大量に現れたり、呪符が増えるという異常事態が起こる。
姫さんだって使ってるのは特別な呪符だし、マユさんはぶっちゃけ能力が制限されている。専用の物を用意できればもっと強くなれるはず。
俺とミクは妖に神気を用いても大丈夫な専用の呪符や呪具を用意してもらってるから、威力の低下は起きない。その見返りが保護と金銭なんだから、安いもんだ。
「このハンドガンにしても、呪術省が用意した物よりもよっぽど高性能だよ。神気に対応してるから、大抵の陰陽師には競り勝てる。妖や神、それにさっき言った数人にはどうってことないもんだけど。──神気が使えないお前相手なら、すっげえ有利になる代物だろ?」
「そうやって、持ち物自慢かよ……!」
「ただの事実だよ。それでも、まだ抗うんだろ?」
「諦めてたまるかよ!お前がいくら高い壁でも、それを乗り越えるだけだ……!」
まだ、祐介は諦めない。それでこそだと、ハンドガンを握る力が強くなる。
お互いの銃口が、再び向かい合う。放たれる弾丸は、またぶつかり合った。
やはりと言うべきか。神気を纏った俺の弾丸が祐介の弾丸を食い破った。霊気よりも神気の力の方が力の大元として優れている。だから神は崇められるのだ。だから、神は畏怖されるのだ。
食い破った弾丸を祐介は横に前転することで避ける。その間にハンドガンのストレージを取り出して、赤いストレージを差し込んでいた。
そして引き金を引いたことで放たれた弾丸は、火を纏った弾丸だった。
俺も即座に引き金を引いたが、ただの力の放出よりも属性を帯びていた方が強いことが多い。俺の弾丸を突き破ってきたため、俺もサイドステップで弾丸を避ける。
神気を込めまくれば貫通できるけど、今の俺はミクの治療で大きな影響を与えないために神気をわざと消費してミクから神気を受け取っている。そのミクの神気は俺の神気よりも純度が高くて、正直そんな量を受け取れなかった。だからあまり力押しはできない。
そうやって脅せば祐介も折れるかと思ったけど、その見通しは甘かったらしい。
「明!そっちだって同じことできるんだろ!」
「もちろん」
祐介に釣られるように俺もストレージの交換を行う。俺のは他の物と同じく黒色のストレージだ。それに入れ替えて引き金を引くと、祐介のように火を纏った弾丸が放たれる。
それを連射したことで祐介は対処できなかったのか、何回か神具を使い──祐介の懐から神気の気配がなくなるまで撃ち続けた。やはりあれの効果は回数。どんな攻撃でも大抵は防げるが、その回数は限られている。
祐介が他にも同じ神具を隠し持っていないことを確認して、俺は攻撃の頻度を落とした。
「あくまで同じ属性で力比べしようってか⁉︎」
この速度なら対応できるのか、祐介の弾丸とぶつかって消えていた。やっぱりこの銃、神気には対応してるけど、威力の限界がある。何でもかんでも頼ることはできないな。呪符みたいに消耗品じゃなくて攻撃に使えるだけで十分だけど。
祐介の言葉に応えるように、俺はまた霊気を込めて引き金を引く。ストレージの刻印術式が反応して、それは銃口から放たれた。
まごうことなき岩の塊。それが射出されたのを見て祐介は単音詠唱をして同じような岩を作り出して防いでいたが、枚数に限りのある呪符を使ってしまった祐介。その表情は呆気に取られていた。
何でだ?
「お前、それ……。複数の属性使えるのかよ……?」
「うん?もしかしてそれ、火しか使えないのか?」
ひとまず神具の効果を打ち消すために火の弾ばかり放っていて、そろそろ意表を突こうと思ってたら予想以上の驚きでこっちが困惑したんだが。
ストレージが赤いのはそれが理由か?まさか属性ごとにストレージが分けられてる?そうでもしなければ特性の異なる属性攻撃を再現できなかったってところだろうけど。
『坊ちゃん。それが普通の、表の技術力なんですよ。考えてみてください。神はおろか、妖にもまともに備えなかった表の人間が何を警戒するんですかい?外への侵略を考えていた、元五神の力を非道にも扱ってたデスウィッチすら映像にあった通りの性能だったんですよ?』
「ああ……。あのパワードスーツ」
銀郎の言葉で後から見た映像を思い出す。全盛期の力を失くした元五神の、狸たちに負けるんだもんなあ。あの狸たち、無理矢理現世に残ってたから精々能力的には八段相当だっただろう。そんな相手に完封された存在しか造れない技術力か。こうして表と裏の中間にいるとわからないもんだ。
俺もミクも、父さんたちも。裏からの技術提供を平然と受けてきたからそこら辺の認識のズレが大きい。裏に関わってる家大半は呪術省の出す道具なんてまともに使えないんじゃないだろうか。
遺体という最高の呪物を使って産み出した侵略兵器があの欠陥っぷり。「婆や」が幽閉されていることといい、呪術省は俺たちに喧嘩売ってるとしか思えないんだけど。
陰陽術も、一千年前の努力も。穢しすぎだろ。
祐介が用意した物は表の中では上位から数えた方が早い逸品なんだろうけど、神具を除くとどうしても俺たちの基準からしたらグレードは落ちる。
バックが。抱いてる想いが、違いすぎる。
「なんだよ……。産まれから何から、ここまで違うのかよ⁉︎俺たちは過去の失敗を、こんな未来まで引き継がなきゃいけないのか!先祖の失敗を、ここまで背負わなきゃいけないのかよ……⁉︎」
「それは違うぞ、祐介。過去から失敗し続けてるんだ。過去の失敗から学ばないで、どれだけの罪を重ねてきた?現代法に照らし合わせても、相当なことをやってるだろ。一千年前の失敗だけだったら、ここまでなってない。……祐介が産まれるのが、遅すぎたんだよ」
「俺一人で変えられねえよ!どいつもこいつもまともに日本のことを見てない!他人を見てないんだ‼︎一人が違う視野を持ってても、この闇は広がりすぎた……。深みに沈みすぎたんだよ‼︎」
悔しそうに、膝を折って地面を叩いている祐介。その嘆きは本当に辛そうで。
変えたくても変わらない現実に直面して、疲れてしまったような、悲しき嗚咽。
……今なら分かるまいと、ストレージを再び変える。そうして装填が終わってすぐ、銃口を祐介に向ける。そしてすぐに、引き金を引いた。
パンッ!と乾いた音が林に木霊する。
今まで銃声なんて聞こえなかったのに、今回ははっきりと聞こえた。今までは霊気を放出していただけなので、精々気の抜けた音しかしなかった。
だが今撃った物は、薬莢が地面に転がる。銃口から硝煙が昇る。
俺は──実弾を祐介に発砲した。
心臓付近に銃弾を受けた祐介は後ろへ身体が仰け反る。麻酔弾とはいえ、反動は大きいだろう。麻酔を確実に当てるために弾速は速いが、威力は出ないように調整してある。成人男性に使う分には殺傷能力はほぼない。弾丸の中身もほぼ麻酔の薬物で、それを射出するためのわずかな火薬しか入っていない。
麻酔銃を人に向けることそのものが違法なので、こんな物を所持しているなんて誰にも言ったことがなかった。
このハンドガンは対人も想定された呪具だ。正直この呪具を使う相手は魑魅魍魎か陰陽師だろうと思っていた。妖や神にはまさしくオモチャでしかなく、呪符を使った方が戦える。
これは霊気・神気・実弾全てに対応した対陰陽師を想定した特注品。こんな未来を父さんは視ていたのだろう。だから用意させただけ。
この麻酔は鎮圧用に調合されたものなので、一発受ければ人間は意識を失うほど強い効能がある。そのため取り扱い注意な劇物だが、このように効果抜群だ。
これで止められたかと思っていたが、地面に展開していた祐介の術式──偽物の泰山府君祭が止まっていない。それを確認して祐介に近付けなかった。
「まさか……!」
足元から祐介へ、目線を戻す。すると直撃だったはずなのに立ち上がった祐介が、上半身のYシャツを破いて胸元を見せていた。
弾丸が直撃したはずの左胸に、禍々しく発光する赤紫のガラス細工のような結晶。そんな人間に埋め込むような代物ではない呪具を、心臓に直結させていた。
「
「ああ。静香たちの実証データを元に埋め込んだ。運がなかったな、明。ここ以外を狙っておけば、俺を倒せたのに」
「……死ぬ気か?」
「元からそのつもりだ!もう俺には……時間がねえんだよ‼︎」
祐介の絶叫に応えるように、胸元の殺生石は妖しく光はじめた。
それは命の灯火のように、儚く。憐憫を呼び起こす色だった。
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